長編
女騎士の名前
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ヒロイン解説
名前:#dn=1#
性別:女
年齢:24ぐらい
備考:元エステルの側近(ボディーガードも兼ねている)。中性的な顔をしており、身長も長身のため男に間違われることもしばしばある。無表情で感情をあまり出さないが、ちゃんと甘いものや可愛いものも好き。
文中に出てくる流浪の民(これが特殊設定)の説明は物語中に説明していく予定なのでそのまま読み続けてください。
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#dn=1#はダングレストに来ていたがあまり大っぴらには動けずにいた。何せエステルがこれから帰ろうとしているという事で騎士団が来ているのだ。#dn=1#を知るアレクセイやフレンに見つかるかもしれない。そう思っているからだ。一応帝都を出てからずっとフード付きのローブを被っているが、彼らやユーリ、エステルは確実にすぐに#dn=1#と見破るだろう。
帝都を発って随分経つ。あれからあちこちを回っているが、いつの時代も人間は変わらない。善も居れば悪もある…。この地も、あまり変わらない。
随分前に来たが。何一つ変わらないな。ダングレストか…。ドン・ホワイトホースに顔を見せた方が良いのだろうか…。
ボンヤリと思いながら橋の上に居ると、何かを感じた。自分の愛刀を握る力が強くなった。馬車にエステルが乗るのをチラッと見る。
あぁなんて事を、彼女はもっと世界を知るべきだ。知識が溢れていても見て体験して得られぬモノもあるというのに。だが…、私には何も出来ない。自分から全ての選択権も、可能性も捨てたのだから。
それに、彼女には彼女自身を知って欲しい。例えその万能な力が、世界の毒にもなると知ろうとも。
#dn=1#は一つ溜息を吐いた。そして空を見上げる。空には結界魔導器の加護が浮かんでいる。
さて、私は早く彼が眠っているだろうあの場所に行かなくては。恐らくキャナリさんとイエガーと共に眠っているだろうが。
#dn=1#はゆっくりとした足取りで、歩き出す。始祖の隷長達にも会いに行かねばいけない。それは流浪の民の行事のようなモノだからだ。この10年間、民がどうなったか、民の誰かが彼らに会いに行ったのか#dn=1#は定かではない。
もしかしたら誰か行ったかもしれない、もしかしたらもう民は自分だけかもしれない。前者でも後者でも、自分は会いに行かなければ。
決心して歩き出す。
そして背後から聞こえる爆発音。
振り返ると黒い煙が立ち上ぼっている。そしてそれに駆け出した。あぁ、馬鹿者め。こんな事をしても何にも意味がないというのに。黒い煙を抜けると倒れている騎士と、巨鳥と、エステルが見えた。
『忌マワシキ、世界ノ毒ヲ消ス』
フェローか…、何故彼がここに…。いや、今はそんな事考えてる場合ではない。彼女はまだ自分が何者かも知らない。殺すにしろ生かすにしろ、自分が何者か知ってからではないと。
#dn=1#が駆け出すと向かい側から、ユーリが駆けて来ていた。そして2人の前に#dn=1#が庇うようにして立ちはだかる。
「エステル!無事みたいだな…」
「ユーリ…」
「…………」
感動の再会は良いが今は状況を見てやって欲しいものだ。
橋の手を置く部分に乗る。フェローはようやく#dn=1#が目に入ったのか、驚いたような声を上げた。
『生キテイタノカ民ヨ、何故庇ウ。ソレハオ前達ヲ苦シメタ人間達ダロウ』
確かに、あの頃は苦しかった。安息の地など、もはや死の世界しか無いとさえ思った。しかし、それはお前が人殺しをして良い理由にはならない。
#dn=1#は無表情な顔で、しかし何かを語りかけるような目でフェローを見て、小さく首を横に振った。
『オ前ノ身体ニ傷ヲ残シタ者ヲ、許セヌ』
あの頃からフェローは#dn=1#をまるで我が子のように思っていた。#dn=1#もフェローを大切なモノと思っていた。
大切な我が子を傷つけられ、この10年間訪れもしなくて、フェローにしたら苦しかっただろう。
するとドンッと何かがフェローの身体に当たった。
「……」
呼び掛ける前に#dn=1#は何かが飛んで来た方を見る。ヘラクレスと呼ばれる兵器が目に入った。自分の愛刀を見てヘラクレスに向けて構える。
蒼破刃
心で唱え、鞘から抜かず剣を一振りする。愛刀はヒュンと音を立て蒼白い波動を放つ。それは見事にヘラクレスに命中し一部、活動不能となる。それを見届け、砲撃から避けるフェローに目を向ける。
ヒュンッ
空を斬る音。#dn=1#はフェローに目を向けたまま自分を襲う刃を愛刀で受け止めた。チラッと見るとユーリが睨むようにして#dn=1#を見て刃を向けていた。
「アンタ…、魔物を助けんのか」
どうやらユーリは#dn=1#だと気付いてないようだ。#dn=1#はほぅ…と一息ついて、ユーリの剣を振り払った。
半身のみ振り返るようにして、2人を見る。2人から見たら#dn=1#の顔は見えないだろうが。すると音が聞こえた。何かが落ちて来るような音だ。
「走れ」
静かな声だった。
その声を聞いて誰か分かったのか呼び止めようとする2人。しかし#dn=1#は既に走り出していた。後ろから自分の名を呼ぶ声がして、後ろ髪を引かれる思いだが、とにかく走った。するとフェローは#dn=1#より少し高い高さで飛んでいる。
乗れ……という事か…。
地を強く蹴る。浮かび上がる身体。トンッとフェローの上に着地をして、振り返る。2人は悲痛な顔で#dn=1#を見つめて小さな声でまるで呟くように#dn=1#を呼んだ。騎士団は相変わらずの攻撃だが、アレクセイは#dn=1#だと見抜いたのか驚愕していた。
「……フェロー、お前がわざわざ海を越えここまで来たのか、理由は分かる。だが、まだ早い」
『毒ハ早ク消シタ方ガ良イ。世界ニ大キナ害ヲモタラス前ニ』
「……」
#dn=1#はもう1度振り返る。ダングレストは小さくなって黒い煙を上げていた。
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マンタイクにいる兄妹の両親を見つけ凛々の明星メンバーとエステル、リタ、そしてレイヴンはホッと一息ついた。照り付ける日差しに、下からの熱気。目的を一つ達成したという事で、重かった肩の荷を一つ下ろした気分だ。
夫婦は皆にお礼を何度も言った。それにしてもあの砂漠の中、エステルの治癒術のおかげとはいえよく助かったものだ。
「いえ、それは…」
何故助かったのか……。それを聞くと夫婦は何とも微妙な顔をして顔を見合わせた。何やら言いにくい事があるらしい。そんな2人を見てユーリは眉を顰めた。言いにくいにしても夫婦の反応は何やらおかしい。皆が夫婦を見ているとその目線に負けたように男の方が言いにくそうに口を開いた。
「実は、途中でローブの方に会いまして…」
フードを深く被ったローブの方が私達を途中まで送って下さったんです、と男の方は少し早口に言った。それを聞いてエステルとユーリは大きく目を見開いた。#dn=1#だ、と瞬時に分かった。
2人の話を聞いていると砂漠に居るとそのフードを深く被ったローブの者が突然現れ「それでは危険だ」と言って途中まで送ったそうだ。
しかし2人は警戒し物取りか盗賊か何かと勘違いし、途中フードを深く被ったローブの者から逃げ出したらしい。
そいつも呼び止めようとしたらしいが、2人が振り返るともう居なくなっていたらしい。
ユーリは何て馬鹿な事をしたんだ、と言いそうになった。もしそれが#dn=1#だったら、金などを取らずに守りながら2人をちゃんとマンタイクまで送ったというのに。
まさか物取りや盗賊と間違われて逃げられるなんて#dn=1#は思っても見なかっただろう。
「あの方には悪い事をしました…、水も分けて下さったのに…」
反省しているようで2人は肩を落としていた。そんな2人を責める気などユーリには毛頭ない。今は恐らくフェローと共にいるだろう#dn=1#の事で頭がいっぱいだった。
あの時、なんでアンタは…
聞きたい事がたくさんあって思考がまとまらない。アンタを早く見つけて、取り敢えず抱き締めてやりたいかも。それで全部聞き出してやる。
「ちょっ…、何あれ…!」
リタの切羽詰まった声にユーリが顔を上げる。そこには見た事もないような魔物。カロルが震え「あんなの魔物じゃない…!」と言う。
逃げようにも怯える事のないラピードが珍しく怯えて威嚇している。
マズい、それも今まで経験した事が無いくらいに。ユーリは剣を抜いた。
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ずっとフェローのところに居た#dn=1#だが今は砂漠を歩いていた。理由はない、ただ散歩がてら歩いている。フェローには余り遠くに行く必要は無いと言われた。それも良いかもしれない。しかしフェローのところにいつまでも居る訳にはいかない。始祖の隷長達はまだたくさんいる。そのため取り敢えずベリウスに会うために新月を待っていた。
#dn=1#は歩を止めて前を見た。見渡す限りの砂、熱を吸った砂が蜃気楼を発してユラユラと向こう側が揺れている。
懐かしい、昔を思い出す。あの頃も私はここを歩いていた。
仲間とこの砂漠を超えるために奮闘した。思った以上に足を取られて大変な目に遭ったが、それでもそのおかげで今は楽に砂漠を歩く事が出来る。あのサボテン、何かに似ているとか話していたな。
思い出した懐かしい記憶に#dn=1#は無表情の中に小さく笑みを漏らし再び歩き出す。だが、奇妙な気配を感じてそれはすぐに消え去った。顔から一切の表現が消え、目を細めて遠くを見つめる。心臓の音がやたらと近くに感じた。まるで耳の近くにあるような気分だ。
そして今までずっと砂かと思っていたそれらの中に何か違うモノが見えた。
人だ。
そう理解すると#dn=1#は駆け出した。あまり砂地で走る事は良くない事だが今は仕方が無い。駆け出して行くとそれが見知った顔というのが徐々に分かって来た。近くまで来ると#dn=1#は驚きに目を見開き、しかしどこか安堵したようにいつの間にか張り詰めていた息を吐き出した。辺りを見渡す。奇妙な気配はもう感じない。一体なんだったのだろうか、と思っていると羽ばたきの音が聞こえた。
見上げるとそこには見た事のない鳥種の魔物がいた。#dn=1#は剣を抜こうと思ったが、止めた。
魔物はゆっくりと降りると#dn=1#を見つめて来る。
その目を見て#dn=1#は本能的に危険ではないと思った。
「……この者達を運びたい。手伝ってはくれないか?」
そう言ってみた。1人に対して運ぶ人数がいくらなんでも多すぎる。頷くように魔物は1回瞬きをした。その意思を汲み取って#dn=1#は倒れてる者を抱えると魔物の背中に乗せた。
「ぅ……」
ユーリが唸った。それに#dn=1#は反応してチラッと見るが…、起きる気配はない。安堵の息を吐いて次々に乗せて行く。
近くに確か古い村が、あったはずだ。そこならまだ家屋がある筈だ。砂漠で投げ出されているよりは良いだろう。
そう思いながら最後の1人を乗せる。魔物の足元に掴まると魔物は高く舞い上がった。
「古慕の郷で良い。…すまないな」
そう言うと魔物はチラッと#dn=1#を見てすぐに視線を逸らした。
もしかして私を餌か何かと思っているのだろうか…?それは是非とも勘弁したいモノだ。
#dn=1#はそう思いながらしっかり落ちないように魔物の足に掴まっていた。
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「フードを深く被ったローブの方が、あなた方をここまで…」
ユーリ達はそれを聞いて絶句した。特にユーリとエステルは特に、だ。#dn=1#が自分達に、しかも近くにいてくれたというのに、自分達はのうのうと気絶していたのだ。自分の不甲斐なさに涙が出て来る。
ユーリは気絶している途中、恐らくヨームゲンについて#dn=1#が皆を降ろしている時に、うっすらと意識が回復していた。
「……#dn=1#…」
呼ぶと#dn=1#は動かしていた手を止めてユーリを見る。見上げるように見ているユーリにとって#dn=1#の顔はハッキリ見えた。相変わらず無表情で、でも何だか優しい雰囲気を醸し出していた。
「もう暫く、眠っていろ」
そう言って目を塞がれて、その#dn=1#の体温がハッキリ感じ取れて。その手を、自分は何度も欲していて。重たい手を上げて、もうどこにも行くなと言うように#dn=1#の手を掴んだ。
そこから意識がぷっつり切れていて、何も思い出せない。舌打ちをして自分を殴りたくなるような気持ちを押さえる。
「そいつ、どこに行ったか分かるか?」
「さぁ…、ただ『この者達を頼む』って言って消えてしまいました」
なぁ、アンタは今どこにいるんだ?
掴んだというのに、届かなかった手をユーリは見つめていた。
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キュモールが砂に沈んで行くのをユーリは冷たく見下ろしていた。奴が街の人間にしていたのは許しがたい事だ。大人を危険な砂漠に置いて自分は悠々としていたのだから。絶対に許せない。この愚かな人間1人が消えるだけで、この街の大勢が救える。
ユーリは沈んで行ったキュモールに改めて殺意を抱いたが、もう終わったと自分に言い聞かせた。そして目を瞑ってあの時、ユーリが気絶している間に微かに見た#dn=1#の無表情の中の優しい感じを思い出していた。
なぁ、今のアンタなら俺を見てどう思う?なんて言う?
何故殺した?って問うか?
何も言わずに俺をゴミみたいな目で見つめるか?
それとも、……。
フッと背後によく感じる気配。それが誰のモノかなどユーリにはすぐに分かった。目を開いて不思議と笑みが零れる。
「街の中は僕の部下が抑えた。もう誰も苦しめない」
それを言ったのはユーリの幼馴染みであり腐れ縁のフレンだ。それを聞くとユーリは軽く空を仰ぎ見上げた。空はなんだか濁って見えた。フレンらしい言葉に何だか笑いが溢れてしまいそうだった。
「そうか、これでまた出世の足掛かりになるな」
そう言ってやるがフレンからは返事は無い。一つ溜息を吐いてユーリは振り返った。そこには硬く、そして軽くしかめっ面をしたフレンがいた。
「俺、アイツらのところに戻るから」
そう言ってユーリは仲間の待つ宿屋へと向かった。フレンと擦れ違うとフレンは「ユーリ、後で話がしたい」と言った。分かるつもりだ。フレンが何を言いたいのかも。自分に何を言わんとしているかも。
「……分かってる」
覚悟を決めたようにユーリは言った。フレンはそんなユーリの背中を見ながら、小さくしかしユーリに聞こえるように呟いた。
「湖のそばで……待ってる」
月がそんな2人を照らし、星々がキラキラと輝いていた。そしてフードを深く被ったローブの者が隠れるようにして聞いていた。チラッとフレンを見るが、フレンはその視線に気付かない。
フレンがそこを去ると辺りの気配を探りながらローブの者―#dn=1#は陰から出て来るとキュモールが沈んで行ったアリ地獄を見ていた。
これが、騎士を捨てたユーリ・ローウェルに出来る事か…。
彼がどれだけ苦しんでいたか分かる。下町で虐げられていた者達を間近で見ていたのだから。
しかし、そんな奴等を止めても正当とされないのは今の法とキュモールのような愚かな知能の低い馬鹿げた人間が上にいるせいなのだろう。
ジッと砂を見ているといずれ飲まれてしまいそうな気がして、#dn=1#はそこから離れた。そして影に紛れるように歩いて行った。
そこに一陣の風が吹いた。
********
ユーリとフレンの討議はソディアの登場によって打ち切られてしまった。
分かっていた。
人を殺すのは罪だという事も、それをこの融通のきかない奴には理解してもらえないという事も。
「なぁ、フレン。#dn=1#に、会ったか…?」
ユーリは背を向けたまま聞いた。フレンは#dn=1#の名にピクリと反応して振り返る。
フレンも#dn=1#がアレクセイに「全てを辞める」と告げてから姿を消し、その通達が来てからずっと探していた。それはアレクセイの命令でもあり、フレンがやりたいと思っている事だ。だが、行く先々で手掛かりを探すが#dn=1#の名前も影形さえ見当たらない。それは自分が騎士のせいもあるのだろうが、この世界で幾万といる女性の中から#dn=1#を見つけるのは大変困難な事という事をフレンは分かっていた。
「いや…」
フレンは首を振って悔しそうに歯を噛み締めた。そんなフレンを見てユーリはパッと視線を逸らして、ヨームゲンがある方角を見た。
「俺は会った」
いや、会ったと言うには曖昧すぎるかもしれない。何せ自分は気絶している時にしか、#dn=1#の顔を実際に見ていないのだから。
しかしダングレストでは一方的な言葉を掛けられただけだし。
もしかしたらあれはただの幻かもしれない。
そんな事を思っているとフレンは大きく目を見開いてユーリの肩を掴んだ。その表情は驚きと、大きな喜びが滲み出ていた。
「あの人は…!#dn=1#様は何て!?いや、どこで会ったんだいユーリ!?」
「砂漠だ。だけど、もう居ない」
ヨームゲンで周りを見て来たがもう#dn=1#の影も形もなかった。足跡も、街の住人達に聞いても手掛かり一つも無かった。だが同じように#dn=1#を探す奴を見つけたのも事実だ。
ヨームゲンの賢人の家にいた、デュークだ。彼は#dn=1#を違う名称で呼ぼうとしたがすぐに言葉を変え、
「#dn=1#という者を知らないか」
と聞いて来た。あれにはひどく驚いた。そこで関係はなんなのかと聞き出そうとしたが「お前達には関係ない」と一蹴されてしまった。
「そうか…」
フレンはガックリと肩を下げた。
俺はいつになったらアンタと同じように歩けて、アンタの隣で歩けるようになれるんだ?何でアンタはエステルを毒って言ったあの魔物と一緒なんだ?アンタはなんでエステルの側近も騎士も辞めたんだ?何であの時、俺達を助けてくれたんだ?
疑問ばかりが溢れて来る。だがそれよりもずっと抱いていた想いが先に溢れてしまいそうで。ユーリは強く拳を握って、消えるようにそこから立ち去った。
街の者達はまだ賑やかに踊ったりはしゃいだりしている。それを見てフレンは微笑んだ。ソディアからの連絡は、マンタイクからノードポリカへの道の閉鎖をせよとのアレクセイからの命令だ。
何故、そのような事が必要なんだろうとフレンは思ったが相手は騎士団長。
逆らえない。2人は街の中にいる自分達の仲間に集合を掛けようと賑やかに街の中に足を踏み入れた。
次の瞬間だった。
「己の正しいと思う気持ちに従え、フレン・シーフォ」
その諭すような喋り方。
その厳しくも優しい声。
その少し堅苦しい言葉。
そんな話し方をする人間をフレンは1人しか知らない。
その人は、特定の人以外をフルネームで呼ぶ。
「#dn=1#様!?」
声がした方を振り返るが、そこに#dn=1#らしき人はいない。フレンの声に負けないぐらいに賑やかに喋って、歌っている。
ソディアは「隊長…?」と心配そうに声を掛けて来る。だが、フレンは声がした方へ駆け出しキョロキョロと探す。
何故あなたは騎士団を、エステリーゼ様の側近を辞めてしまわれたんだ…。何でアナタは黙って行ってしまわれたんだ…。何でアナタは、…。
「隊長、どうされました?」
その声にフレンはハッとして振り返るとソディアが心配そうにこちらを見ていた。今は#dn=1#を探す時じゃない、と自分に言い聞かせ首を横に振った。
「何でもない、少し……呼ばれた気がしただけだ」
そう言って再び歩き出した。そんな2人を見るのはフードを深く被ったローブの者。フレンをジッと見ていたがフイッと視線を逸らしてゆっくりとした足取りで歩き出した。
目指すはノードポリカ。
ベリウスに、会わねばいけない。
フードを深く被ったローブの者―#dn=1#はゆっくりしていた足取りを少し早めた。
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これは夢だとすぐに分かった。あの日からこの夢に苛まれて来たからだ。
「止めッ!勝者、#dn=1#」
あの日は一族の子供達の戦闘の腕を見るために総当たり戦が行われた。元々子供は少人数だったから早く終わった。
私は自分で言うのもなんだが、子供達の中じゃ腕が立つ方だった。だけど私より2つ上のコイツには、剣の腕前より何だか全てに勝てる自信は無かった。
「#dn=1#、お疲れ」
「……あぁ」
「今夜、子供の統括決めるってさ。#dn=1#は、俺の殿頼むな」
殿(しんがり)っていうのは列などの1番後ろの奴という意味。最後尾にあって迫ってくる敵を防ぐ。
恐らく決めるのだってどこか魔物のいる神殿に放り込んで決めるんだろうな。
先導するのはコイツ――リークで、遅れをとったり、自分じゃ動けない奴を保護してリーク達と合流させたり、追って来た敵を斬り伏せたりするのが私の仕事。
リークは大人顔負けの剣の腕前だ。人望も厚いから子供の統括になるのはリークだって、皆が噂してる。
「殿なら他の者がいるだろう」
私はこんな性格だから人望は微妙。だからリークが何で私を殿にするのかよく分からなかった。
「えーっ?じゃあ俺は、今回先導役やらね」
「何を言う。リークには実力も、人望もある。やらねばそれは宝の持ち腐れだ」
「俺は、#dn=1#が殿じゃなきゃ、やりたくねぇんだよ。分かったら返事!長には#dn=1#が殿って言っとくからな」
いくら反論してもリークは聞かなくて。仕方なく引き受ける事になった。
夜になって、子供達が神殿に入って皆バラバラの場所に置かれた。開始とすぐに私とリークは駆け出して合流し、皆を探し、リークのところに合流させて、私は他に誰か残っていないか探していた。
人数はあと2人。
走っている足に力が入る。私の愛刀であるこの長刀は力が強いから必要以上に抜刀するなと長に強く言われていたが、今は抜いて良い時だ。襲いかかって来る魔物を斬り伏せる。
そして微かに気配を感じて2人を探し出そうとした瞬間、ドンッという激しい衝撃が走って、頭を壁などにぶつけて、私達は少しの間気を失った。目が覚めたら、2人を起こして神殿の外まで行った。だが、それよりも早く1人の大人が駆け込んで来て私達の腕を掴んだ。
そして一言。
「殆どの奴等は死んだ。我々は逃げるぞ」
その言葉を理解するまでに随分かかった気がする。試しに振り返ると、ゴツゴツとした岩が立ち並んでいた筈の神殿の外には、岩はおろか草も、何にも無くなっていた。その奥に見えたのは、たくさんの騎士団と大きなギルド。
ローブを着てフードを深く被り、ひたすら逃げた。途中、矢や魔法で攻撃されたがそういう事には慣れているから逃げていた皆は生き残った。
実際に生き残ったのは、流浪の民全員のほんの一握りだった。
集団で動いていれば騎士団やギルドの守りが強い今のテルカ・リュミレースでは我々は生き残れない。
本来ならどんな時でも共にいなければいけないが…、そう判断して、皆はバラバラになった。
生き残った大人から聞いた話だと、子供達が神殿に入って、私とリークが動き出してすぐに騎士団が来たようだ。
大人達も、先に神殿を出たリーク達の先頭部隊も、戦ったようだけど奇妙な魔導器と魔法によって、リークは………皆は消されてしまったらしい。殺されたのではなく、分解…というものだろうと言っていた。神殿が無事だったのは咄嗟に結界を張ったからだそうだ。
復讐などする気も起こらなかった。
「悲しみも怒りも抱くな。これからは感情を見せれば首を取られる、決して感情を見せるな」
最後に大人達に言われた言葉だった。
私は元々余り感情を面に出さない人間だったから、簡単な事だった。
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「すまないが、ベリウスに会わせて欲しい」
ノードポリカに来て、闘技場のベリウスの部屋の前に来た#dn=1#を待ち構えたていたのはナッツだった。ナッツはフードを深く被ったままの#dn=1#を覗き込むようにして見ている。
「残念ながらベリウスは、新月の夜にしか会わない」
「今日は新月だ」
「ならばもう少し経ってからにしてもらおう」
確かに今は夕方だが、山の方はもう闇色に染まって来ている。
#dn=1#は溜息を吐いた。
このままでは埒が明かない。
#dn=1#はそう思うとあまり言いたくない言葉を口に来た。
「"民が来た"、とベリウスに伝えて欲しい」
そう言うとナッツが立つ扉の向こうで微かに物音が聞こえた。その音にナッツも#dn=1#も反応して扉を見た。
ベリウスは#dn=1#を覚えているだろうか。元々民の人数は多くなかったから私を覚えていてくれているだろうか?
一応、騎士の制服はアレクセイに返したし、今の服は民として世界を歩き回っていた時のモノと同じだから…、忘れていなければ気付いてくれる筈なんだが…。
#dn=1#は多くの疑問を浮かべるがここまで来てしまっては仕方が無いと思い、覚悟を決めた。
「民よ…、来てくれたもうたか」
まるで本当に心待ちにしていた声が聞こえた。ナッツと#dn=1#は顔を合わせる。ナッツはやれやれ、といった顔で退いた。#dn=1#は緩慢な動作でその扉に入った。それはナッツによって閉められる。だが#dn=1#は振り返りもせずに歩き出した。階段を上り、再び目の前に現れた大きな扉を開ける。夕暮れの光はもう無い。あるのは明かりの無い部屋の闇と、窓から差し込む空の闇だけ。その窓の前にある巨大な陰。#dn=1#は深く被っていたフードを取り、それを見上げた。
「流浪の民の#dn=1#だ、久しいなベリウス」
「#dn=1#か、久しいの…」
あれから10年以上か、と巨大な陰―ベリウスは言った。明かりが灯り、巨大な陰の正体が現れる。が、#dn=1#は動じない。無表情で見上げている。
「覚えてくれて、いたのか」
「民に、何があったのじゃ…」
心配そうにベリウスは聞いて来る。#dn=1#は有りのままを話した。ある神殿で統括を決めていた事、そこにギルドと騎士団が攻めて来た事、民の多くが死んでしまった事。
皆、バラバラになってしまった事。
話し終えると#dn=1#は無意識に唇を噛み締めた。そんな#dn=1#を見てベリウスは#dn=1#に優しく触れた。#dn=1#はベリウスを見上げる。だが、無表情。ベリウスは自分の記憶の#dn=1#と今の#dn=1#を重ねた。
あの頃の#dn=1#は今程では無いが感情を面に出すのが苦手だった。リークの数歩後ろに構え、人形のような無表情で相手を見据える。だがそれでも、リークや大人には少しだが感情を見せていた。だが、目の前の#dn=1#はあの頃とは違う。無表情、まるで顔の筋肉を動かす事を知らないかのようだ。
「すまぬ…、辛い話をさせてしもうたな」
「構わない。だがその様子だと、民は誰も来ていないのだな」
#dn=1#はそう言って何か悩んでいるようだった。だが、あの無表情な#dn=1#がここまで成長したのか、そう思うとベリウスは何だか胸から何か溢れるような気持ちになった。
これが親心というのかの。
静かにそう思った。
「#dn=1#よ、世界に愛されておるな」
数年旅をしたというのに民とバレず、今まで生きて来たのだから。運がいいのだろうか?
ピクリと#dn=1#は反応した。#dn=1#は静かにベリウスを見上げている。その目がベリウスは怖くなった。
まるで首元に鋭利なモノを突き付けられているような。ヒンヤリとした、しかし寂しい目だ。
「世界に愛されている?」
だったら私では無い。愛されるべきは私では無い。愛されるべきは、ユーリ・ローウェル達やフレン・シーフォを言うのだ。
何故私を世界は愛していると言うのだ?だったら何故あの時、リークを助けてくれなかったのだ。
私は世界に愛されている?
「違う」
仲間の死を弔う事も出来ず、行方知れずな仲間を探す事も出来ずただ義務をこなす。
仲間の死を、知らずして年月を過ごさねばいけないのだぞ?
「世界は私を愛してなどいない。世界は私を、」
忌み嫌っているのだ。
#dn=1#は瞼を閉じた。まだ見つけられぬ仲間の亡骸を思うと、苦しくてたまらなかった。もう自分は、本当に1人になってしまったのかもしれない。そう思うと、恐怖が微かに込み上げた。
*******
「で、何用で参った…?」
「……満月の子について、相談をな」
そこで#dn=1#が口を開いた内容は、満月の子のエアルの乱れを生み出す事をどうにか出来ないかという事だった。フェローに世界の毒と言われたエステルを、どうにか世界の毒ではないものにしようと#dn=1#は考えているようだ。
それを聞いてやはり#dn=1#は世界にも愛されるべき人なのだと改めて思った。他人のためにこんなにも頑張っているのだから。例え表情が乏しくとも、心は本当に優しい。
こんなに優しい人を、何も知らぬ人間は化け物と罵り、差別をしている。ならば世界が、人間が#dn=1#を愛さなくとも、我々が…始祖の隷長が愛そう。そう胸に誓う。
「……すまぬ、わらわも知らぬのだ」
「分かった…、すまないな」
そう言って#dn=1#は少し落ち込んだようだった。何せ今はフェローと共にいるのだろう。フェローは世界を救うためにエステルを消すしか考えていないのだから、このような相談は出来ない。だからこそ、ここまで来たのだろう。そう思うと自分の無力感にベリウスは胸が張り裂けそうだった。
だがそれでも#dn=1#の目には諦めの色が一切見えていない。むしろ絶対見つけてやると言っているかのようだった。
するとナッツが守っているであろう入り口の方から何やら賑やかな声が聞こえて来た。その声にベリウスも#dn=1#も耳を傾ける。だがナッツではない客人の方の声を聞いて#dn=1#は目を見張り、慌て始めた。
「どうしたのじゃ?」
「逃げられる道は無いか、ベリウス」
「何じゃ、これから来る客人は#dn=1#の知り合いか?」
「そんなところだ」
珍しい。ここまで#dn=1#が取り乱すとは。ベリウスは是非とも逢いたくなった。#dn=1#を慌てさせる人間を。嫌い、というわけでは無さそうだ。むしろ逢ってはまずいというところだろう。
#dn=1#はどこか隠れられる場所はないかと探している。ナッツも何やら断ろうとしている。#dn=1#にとってはそれがどれだけありがたい事だろうか。だがベリウスは違うようだ。
「よい、通せ」
#dn=1#が驚いた目で見上げて来る。何を言っているんだと言っているかのようだ。#dn=1#は本格的に慌て始めた。
「しかし…!」
「わらわは通せと言うておる」
厳しくベリウスは言う。#dn=1#は溜息を吐いてキョロキョロとどこか隠れられる場所を探している。するとベリウスは自分の後ろに来いと手招きをして明かりを消した。#dn=1#は明かりが消える前にベリウスの背後に行く。これでベリウスの前に立つ者は#dn=1#が見えないだろう。
明かりが消えると部屋はすっかり闇に包まれた。大人数の足音が聞こえる。それが徐々に近付くたびに#dn=1#は身を堅くして息を潜めた。愛刀が見えてしまわぬように隠し、フードを更に深く被ろうとする。
#dn=1#がここまで民以外の人間を意識しているのは本当に珍しい。というよりは今まではあり得なかったのだ。
すると石の扉が開かれる音が聞こえた。#dn=1#はそれを聞いて完全に警戒している。そして扉が閉まると部屋はまた闇に包まれる。
「え、な…何!?」
「皆、居るよな!?」
そう誰かが声を掛ける。そうすると人数がかなりいるのか同時に返事が聞こえた。#dn=1#は闇に慣れた目で闇の中にいる者達を見て、再び顔を引っ込めた。
そして、灯が点く。
その後、話が続いた。
天を射る矢のドン・ホワイトホースからの書状の話、満月の子の話。そんな真面目な話を#dn=1#はベリウスの背後で暇そうに聞き流していた。
「…ベリウス。アンタ、始祖の隷長なんだよな」
その声に#dn=1#はピクリと反応した。これはどう聞いても、ユーリの声だ。見た時はそっくりさんで終わらせて欲しいと思ったが、その願いは叶わないらしい。#dn=1#は静かに溜息を吐いた。
だがユーリのその声は、いつもとは違い真面目で、どこか切羽詰まっていた。
「いかにも」
「じゃあフェローのそばにいる女…、知ってるよな?」
「女…?」
フェローのそばにいる女、それにベリウスは眉を顰める。そんな者はいただろうか?フェローは厳しく、人間をあまり好まない。そばにいるなど有り得ない。
「知らぬ。フェローが連れていたのか?」
「いや…、ダングレストで一緒に行っちまったってだけだ」
だがコゴール砂漠で会った。そう言うとエステルもユーリが誰を探っているのか懇願した顔で胸の前に手を合わせて言った。
「#dn=1#って言うんです!心当たりはないです…?」
チラッとベリウスは背後で俯いたままの#dn=1#を見る。#dn=1#の表情は伺えないが、相変わらず無表情なのだろう。ベリウスの視線に気付いたのか#dn=1#は顔を上げずに首を横に振る。つまり知らないと言えという事らしい。
そんなベリウスの行動にユーリ達は首を傾げる。ユーリはそんなベリウスの行動に目を細めた。
「誰か、そこに居るのか…?」
#dn=1#はチラッとベリウスの向こうにいるだろうユーリを見た。唇を噛み締める。
逢いたくない。嫌いなわけではない。ただ、ユーリ・ローウェルは今の私を見たら何を言うか手にとるように分かる。質問責めにされてしまうだけだ。
答えられる訳がない。
仲間を持つ事が怖い。
こんなにも、恐ろしい。
目の前で背を向けて去って別れたあの仲間達を思い出すと、また自分を置いて行ってしまう。だからこそ仲間は持てない。失うのはもう、たくさんだ。自分の無力感を、嫌というほど味わい、また失う…特に彼らを失いたくはない。
#dn=1#はそう思い逃げ出そうとした瞬間、魔狩りの剣が入って来て騒然となる。ユーリ達はナッツの加勢に行き、#dn=1#はベリウスに加勢する。
言っている用途は違うものの「魔物と共にいる化け物」、…。罵られる。不思議と自嘲気味に笑えた。そう、私は化け物だ。世界に排除された、邪魔な化け物。目の前に来た数人を一気に薙払う。もちろん鞘から刀は抜かない。その必要は今無いから。相手は弱い、峰打ちだけで十分だ。
だが次の瞬間激しくガラスが割れる音を聞いて#dn=1#は音がした方を見る。ベリウスと、魔狩りの剣と名乗っていた巨剣を持っていた男と無礼な男が居なくなっていた。
「ベリウ、…ッ!」
駆け出そうとするとまだ溢れて来る雑魚に#dn=1#は刀を構える。ベリウスの元に早く行かねばならない。すぅ…と#dn=1#は目を細めた。タンッと床を強く蹴り、雑魚を剣技や蹴り技で一掃する。一掃し終わり、落ちて行った方を向いた瞬間。
「ぎ、あぁぁあああっ!」
ベリウスの、悲鳴。
まさか、と考えたくない事が浮かび#dn=1#は慌ててそちらへ駆けて行き下を見る。
ベリウスが光を放ち暴走している。その近くでエステルが呆然と立っている。
やってしまったのか…、#dn=1#はギリッと唇を噛み締めた。ベリウスの大きな手がエステルに振り上げられる。
そう理解した瞬間、いや理解する前だったかも知れない。#dn=1#はそこから飛び降りると振り下ろされるベリウスの手を蹴り飛ばした。
かなり力を込めたせいか少しバランスが崩れ、しかし着地は何とか成功する。
「#dn=1#!?」
「民、よ…、……わらわを……倒せ……!ぅあぁぁあっ!」
「しかし…!」
「頼む…!!」
嫌だ、と言えたらどれだけ良かっただろうか?だがベリウスの目を見てしまった#dn=1#は断る事が出来ない。#dn=1#は自分の刀に目を落とした。
また、私は…。
内心でそう呟いて、目を閉じると覚悟を決めた様に深呼吸をした。
「…、それがベリウスの望みならば、」
私が断れぬ事を知っているだろう?誰かにそんな事を頼まれては…。
私はまた…、大切な者を失うのか…。
刀を鞘から抜かず、構える。すると隣にユーリが駆け寄って来た。
「俺たちも、手伝うぜ」
「………」
チラッと#dn=1#はユーリを見たが、すぐに視線をベリウスに移した。
胸が張り裂けてしまいそうだ。苦しくて、息をするのさえ辛い。忘れもしない、これは"悲しい"という感情だ。
#dn=1#は目の前で暴れるベリウスと対峙した。決心しろ、振り返るな、これはベリウスの頼みだ。流れに逆らってはいけない。我々はそういう一族だ。自分にそう言い聞かせる。改めて唇を噛み締めるとブツッという音がした。
*******
始祖の隷長が亡くなる時の歌。
そして満月の子が己を犠牲にし、星喰を退けた時に贈った歌。
それらを私が長から教えてもらった時、長は私に子守歌を歌ってくれた。歌詞などない、拙(つたな)くて…。でも私は大好きだった曲。それが耳の奥で耳鳴りと一緒に、寂しく、悲しく流れていた。
目の前には倒れながら何かエステルに話している…命の光を発光させているベリウス、そしてただただ謝り続けるエステリーゼ様。チラッと背後を見ると激しい戦いに息を上げているユーリ・ローウェル達。
#dn=1#は自分を殺してしまいたかった。この10年間、少しは強くなって、誰かを守れるかと思っていた。しかしそんな馬鹿げた思い込みが今、自分が愚かだった事を証明している。この10年間、自分は一体何をやっていたんだ、と思うと唇を噛み締め刀を持つ手に力が籠った。結局、仲間を自分は守れない。あの頃から何一つ変わっていない。
私は、無力だ。
悔しい。
悔しい。
守りたくても、守れない。大切な者も、仲間も、守れない。世界は、何故こんなにも無情で非情なのだ。どうして、ベリウスを奪うのだ。彼女は、私とは違う。
優しい者だ、だというのに何故。世界を守ってくれているというのに。
そんな事を思っていた#dn=1#だが、ハッと我に帰ってやるべき義務を思い出した。歌わなくては、紡がなくては。
亡くなる者が、消えゆく者が迷わぬように、それさえ手助けするのは我々一族だ。#dn=1#は震えるように深呼吸をして、歌詞のない遠い記憶の歌を歌った。音だけの寂しく味気の無い曲。だがベリウスはそれを聞いてとても安心しているようだった。優しくて、どこか寂しいその歌に皆耳を澄まし、ユーリとレイヴンだけはそんな#dn=1#に悲しそうな目を向けていた。いつもは頼り甲斐のある、華奢だというのに大きく見える背中は、今にも煙のように消え去ってしまいそうだった。
俺は、アンタの背中を追うためにアンタを追ってるんじゃない。ギルドの仕事をして、エステルの願いを聞いて、でもアンタが…。俺はアンタがあの頃から、惚れてるから。憧れで背中を追ってるんじゃない。
アンタと対等になりたいから、その背中を。
「民よ…」
ベリウスが優しく声を掛けると、#dn=1#は歌うのを止めてベリウスを見た。今にも壊れてしまいそうな顔をしている#dn=1#。その顔に、手は届かない。
「たとえ、世界が…、人間共が…、そなたを愛さなくとも、我々始祖の隷長は、わらわは、そなた達、民を、」
愛しておる。
そう言うと#dn=1#はひゅっと息を吸った。そしてベリウスは「その者達を、頼むぞ」と付け足した。
皆、私を置いて逝くのか。消えて逝くのか。愛していると言って、皆死んで逝くのか。私は一体どうなっているんだ。私は疫病神でも憑いて居るのか。何故、どうして…。
ベリウスは大きく光を放つ。その眩しさに皆目を瞑る。が、#dn=1#は俯いたままだった。ポタリと唇を噛み締めすぎて血が溢れ落ちた。それはまるで#dn=1#の涙のようだった。光が消えると、そこには聖核が残った。
「わらわの魂、蒼穹の水玉を、わが友、ドン・ホワイトホースに ―」
#dn=1#は伝る血をグイッと拭った。
そんなベリウスの声が聞こえると、#dn=1#はその石を持ち小さく「それが、ベリウスの望みなら」と言って、近くで蹲っているエステルに優しく渡す。エステルは何か言い掛けたように#dn=1#を見上げたが、#dn=1#はエステルを見なかった。
ハイライトが消え、まるで動くだけの、ただの人形のようだ。
「私の力は、毒なんです…?」
その問いに#dn=1#は返す事が出来なかった。曖昧に返したところで、どちらも結果的にエステルを落ち込ませ悲しませると判断したからだ。#dn=1#はエステルの前に膝を突く。城でやっていたあの時のように。
「ベリウスも、言ったでしょう。フェローに会え、と」
最低だ。私は、最低の屑だ。自分に言えぬから、フェローに押し付けるなど、ただエステリーゼ様の悲しませると判断したから、フェローに真実を告げてもらうなど。
#dn=1#は手が白くなるまで拳を握る。掌に食い込む爪が、まるで自分の愚かさを責めて居るかのようだった。
すると何やら不穏な雰囲気になっているのに気付き、#dn=1#は立ち上がり辺りを見回した。
気絶させた魔狩りの剣のメンバーが目を覚まし始めたのだ。チラッとユーリ達を見る。何やらクリントと話して、クリントに向けて武器を構えているようだが、もう傍から見れば随分とボロボロだ。他のメンバーも長期戦はとても臨めた状態ではない。#dn=1#はエステルを庇うように構えようとした。
「そこまでだ!全員、武器を置け!」
その声を聞くまでは。
ハッとして声がした方を見るとそこにはフレンの副官であるソディアが居た。#dn=1#は奥歯を噛み締める。
今ここで帝国に連れ戻される訳にはいかない。いや、私はまだバレていないだろうが、エステリーゼ様は。ダメだ、エステリーゼ様は。戻られてはいけない。今、戻っても何にもならない。
するとユーリが#dn=1#の横を通りエステルと何か話をしている。飛び込んで来た騎士達をラピードが身軽に倒す。パティが煙幕を張り、逃げ道を確保している。
すっかり、仲間だな。ユーリ・ローウェルも、エステリーゼ様も。
そう思うと胸の中で張り詰めていた感情が少しだけ緩んだ。だがいつまでもそうやっている訳にはいかない。#dn=1#は辺りを見渡し2人を見る。
「走れ、私が殿をする」
「あぁ、悪い!」
「はい!」
2人が駆け出して行くと#dn=1#も少し間を置いて走り出した。ソディアの声が聞こえたが、#dn=1#はチラッと見ただけだった。そして自分を追いかけて来ようとしている騎士達に剣技を放ち蹴散らした。もちろん刀は抜かない。その特徴的なまでに長い刀の姿を見てソディアは小さく#dn=1#の名前を疑問系で呼んだ。
そして逃げ出したユーリ達を合流したウィチルと共に追いかけた。
名前:#dn=1#
性別:女
年齢:24ぐらい
備考:元エステルの側近(ボディーガードも兼ねている)。中性的な顔をしており、身長も長身のため男に間違われることもしばしばある。無表情で感情をあまり出さないが、ちゃんと甘いものや可愛いものも好き。
文中に出てくる流浪の民(これが特殊設定)の説明は物語中に説明していく予定なのでそのまま読み続けてください。
*******
#dn=1#はダングレストに来ていたがあまり大っぴらには動けずにいた。何せエステルがこれから帰ろうとしているという事で騎士団が来ているのだ。#dn=1#を知るアレクセイやフレンに見つかるかもしれない。そう思っているからだ。一応帝都を出てからずっとフード付きのローブを被っているが、彼らやユーリ、エステルは確実にすぐに#dn=1#と見破るだろう。
帝都を発って随分経つ。あれからあちこちを回っているが、いつの時代も人間は変わらない。善も居れば悪もある…。この地も、あまり変わらない。
随分前に来たが。何一つ変わらないな。ダングレストか…。ドン・ホワイトホースに顔を見せた方が良いのだろうか…。
ボンヤリと思いながら橋の上に居ると、何かを感じた。自分の愛刀を握る力が強くなった。馬車にエステルが乗るのをチラッと見る。
あぁなんて事を、彼女はもっと世界を知るべきだ。知識が溢れていても見て体験して得られぬモノもあるというのに。だが…、私には何も出来ない。自分から全ての選択権も、可能性も捨てたのだから。
それに、彼女には彼女自身を知って欲しい。例えその万能な力が、世界の毒にもなると知ろうとも。
#dn=1#は一つ溜息を吐いた。そして空を見上げる。空には結界魔導器の加護が浮かんでいる。
さて、私は早く彼が眠っているだろうあの場所に行かなくては。恐らくキャナリさんとイエガーと共に眠っているだろうが。
#dn=1#はゆっくりとした足取りで、歩き出す。始祖の隷長達にも会いに行かねばいけない。それは流浪の民の行事のようなモノだからだ。この10年間、民がどうなったか、民の誰かが彼らに会いに行ったのか#dn=1#は定かではない。
もしかしたら誰か行ったかもしれない、もしかしたらもう民は自分だけかもしれない。前者でも後者でも、自分は会いに行かなければ。
決心して歩き出す。
そして背後から聞こえる爆発音。
振り返ると黒い煙が立ち上ぼっている。そしてそれに駆け出した。あぁ、馬鹿者め。こんな事をしても何にも意味がないというのに。黒い煙を抜けると倒れている騎士と、巨鳥と、エステルが見えた。
『忌マワシキ、世界ノ毒ヲ消ス』
フェローか…、何故彼がここに…。いや、今はそんな事考えてる場合ではない。彼女はまだ自分が何者かも知らない。殺すにしろ生かすにしろ、自分が何者か知ってからではないと。
#dn=1#が駆け出すと向かい側から、ユーリが駆けて来ていた。そして2人の前に#dn=1#が庇うようにして立ちはだかる。
「エステル!無事みたいだな…」
「ユーリ…」
「…………」
感動の再会は良いが今は状況を見てやって欲しいものだ。
橋の手を置く部分に乗る。フェローはようやく#dn=1#が目に入ったのか、驚いたような声を上げた。
『生キテイタノカ民ヨ、何故庇ウ。ソレハオ前達ヲ苦シメタ人間達ダロウ』
確かに、あの頃は苦しかった。安息の地など、もはや死の世界しか無いとさえ思った。しかし、それはお前が人殺しをして良い理由にはならない。
#dn=1#は無表情な顔で、しかし何かを語りかけるような目でフェローを見て、小さく首を横に振った。
『オ前ノ身体ニ傷ヲ残シタ者ヲ、許セヌ』
あの頃からフェローは#dn=1#をまるで我が子のように思っていた。#dn=1#もフェローを大切なモノと思っていた。
大切な我が子を傷つけられ、この10年間訪れもしなくて、フェローにしたら苦しかっただろう。
するとドンッと何かがフェローの身体に当たった。
「……」
呼び掛ける前に#dn=1#は何かが飛んで来た方を見る。ヘラクレスと呼ばれる兵器が目に入った。自分の愛刀を見てヘラクレスに向けて構える。
蒼破刃
心で唱え、鞘から抜かず剣を一振りする。愛刀はヒュンと音を立て蒼白い波動を放つ。それは見事にヘラクレスに命中し一部、活動不能となる。それを見届け、砲撃から避けるフェローに目を向ける。
ヒュンッ
空を斬る音。#dn=1#はフェローに目を向けたまま自分を襲う刃を愛刀で受け止めた。チラッと見るとユーリが睨むようにして#dn=1#を見て刃を向けていた。
「アンタ…、魔物を助けんのか」
どうやらユーリは#dn=1#だと気付いてないようだ。#dn=1#はほぅ…と一息ついて、ユーリの剣を振り払った。
半身のみ振り返るようにして、2人を見る。2人から見たら#dn=1#の顔は見えないだろうが。すると音が聞こえた。何かが落ちて来るような音だ。
「走れ」
静かな声だった。
その声を聞いて誰か分かったのか呼び止めようとする2人。しかし#dn=1#は既に走り出していた。後ろから自分の名を呼ぶ声がして、後ろ髪を引かれる思いだが、とにかく走った。するとフェローは#dn=1#より少し高い高さで飛んでいる。
乗れ……という事か…。
地を強く蹴る。浮かび上がる身体。トンッとフェローの上に着地をして、振り返る。2人は悲痛な顔で#dn=1#を見つめて小さな声でまるで呟くように#dn=1#を呼んだ。騎士団は相変わらずの攻撃だが、アレクセイは#dn=1#だと見抜いたのか驚愕していた。
「……フェロー、お前がわざわざ海を越えここまで来たのか、理由は分かる。だが、まだ早い」
『毒ハ早ク消シタ方ガ良イ。世界ニ大キナ害ヲモタラス前ニ』
「……」
#dn=1#はもう1度振り返る。ダングレストは小さくなって黒い煙を上げていた。
*******
マンタイクにいる兄妹の両親を見つけ凛々の明星メンバーとエステル、リタ、そしてレイヴンはホッと一息ついた。照り付ける日差しに、下からの熱気。目的を一つ達成したという事で、重かった肩の荷を一つ下ろした気分だ。
夫婦は皆にお礼を何度も言った。それにしてもあの砂漠の中、エステルの治癒術のおかげとはいえよく助かったものだ。
「いえ、それは…」
何故助かったのか……。それを聞くと夫婦は何とも微妙な顔をして顔を見合わせた。何やら言いにくい事があるらしい。そんな2人を見てユーリは眉を顰めた。言いにくいにしても夫婦の反応は何やらおかしい。皆が夫婦を見ているとその目線に負けたように男の方が言いにくそうに口を開いた。
「実は、途中でローブの方に会いまして…」
フードを深く被ったローブの方が私達を途中まで送って下さったんです、と男の方は少し早口に言った。それを聞いてエステルとユーリは大きく目を見開いた。#dn=1#だ、と瞬時に分かった。
2人の話を聞いていると砂漠に居るとそのフードを深く被ったローブの者が突然現れ「それでは危険だ」と言って途中まで送ったそうだ。
しかし2人は警戒し物取りか盗賊か何かと勘違いし、途中フードを深く被ったローブの者から逃げ出したらしい。
そいつも呼び止めようとしたらしいが、2人が振り返るともう居なくなっていたらしい。
ユーリは何て馬鹿な事をしたんだ、と言いそうになった。もしそれが#dn=1#だったら、金などを取らずに守りながら2人をちゃんとマンタイクまで送ったというのに。
まさか物取りや盗賊と間違われて逃げられるなんて#dn=1#は思っても見なかっただろう。
「あの方には悪い事をしました…、水も分けて下さったのに…」
反省しているようで2人は肩を落としていた。そんな2人を責める気などユーリには毛頭ない。今は恐らくフェローと共にいるだろう#dn=1#の事で頭がいっぱいだった。
あの時、なんでアンタは…
聞きたい事がたくさんあって思考がまとまらない。アンタを早く見つけて、取り敢えず抱き締めてやりたいかも。それで全部聞き出してやる。
「ちょっ…、何あれ…!」
リタの切羽詰まった声にユーリが顔を上げる。そこには見た事もないような魔物。カロルが震え「あんなの魔物じゃない…!」と言う。
逃げようにも怯える事のないラピードが珍しく怯えて威嚇している。
マズい、それも今まで経験した事が無いくらいに。ユーリは剣を抜いた。
******
ずっとフェローのところに居た#dn=1#だが今は砂漠を歩いていた。理由はない、ただ散歩がてら歩いている。フェローには余り遠くに行く必要は無いと言われた。それも良いかもしれない。しかしフェローのところにいつまでも居る訳にはいかない。始祖の隷長達はまだたくさんいる。そのため取り敢えずベリウスに会うために新月を待っていた。
#dn=1#は歩を止めて前を見た。見渡す限りの砂、熱を吸った砂が蜃気楼を発してユラユラと向こう側が揺れている。
懐かしい、昔を思い出す。あの頃も私はここを歩いていた。
仲間とこの砂漠を超えるために奮闘した。思った以上に足を取られて大変な目に遭ったが、それでもそのおかげで今は楽に砂漠を歩く事が出来る。あのサボテン、何かに似ているとか話していたな。
思い出した懐かしい記憶に#dn=1#は無表情の中に小さく笑みを漏らし再び歩き出す。だが、奇妙な気配を感じてそれはすぐに消え去った。顔から一切の表現が消え、目を細めて遠くを見つめる。心臓の音がやたらと近くに感じた。まるで耳の近くにあるような気分だ。
そして今までずっと砂かと思っていたそれらの中に何か違うモノが見えた。
人だ。
そう理解すると#dn=1#は駆け出した。あまり砂地で走る事は良くない事だが今は仕方が無い。駆け出して行くとそれが見知った顔というのが徐々に分かって来た。近くまで来ると#dn=1#は驚きに目を見開き、しかしどこか安堵したようにいつの間にか張り詰めていた息を吐き出した。辺りを見渡す。奇妙な気配はもう感じない。一体なんだったのだろうか、と思っていると羽ばたきの音が聞こえた。
見上げるとそこには見た事のない鳥種の魔物がいた。#dn=1#は剣を抜こうと思ったが、止めた。
魔物はゆっくりと降りると#dn=1#を見つめて来る。
その目を見て#dn=1#は本能的に危険ではないと思った。
「……この者達を運びたい。手伝ってはくれないか?」
そう言ってみた。1人に対して運ぶ人数がいくらなんでも多すぎる。頷くように魔物は1回瞬きをした。その意思を汲み取って#dn=1#は倒れてる者を抱えると魔物の背中に乗せた。
「ぅ……」
ユーリが唸った。それに#dn=1#は反応してチラッと見るが…、起きる気配はない。安堵の息を吐いて次々に乗せて行く。
近くに確か古い村が、あったはずだ。そこならまだ家屋がある筈だ。砂漠で投げ出されているよりは良いだろう。
そう思いながら最後の1人を乗せる。魔物の足元に掴まると魔物は高く舞い上がった。
「古慕の郷で良い。…すまないな」
そう言うと魔物はチラッと#dn=1#を見てすぐに視線を逸らした。
もしかして私を餌か何かと思っているのだろうか…?それは是非とも勘弁したいモノだ。
#dn=1#はそう思いながらしっかり落ちないように魔物の足に掴まっていた。
*******
「フードを深く被ったローブの方が、あなた方をここまで…」
ユーリ達はそれを聞いて絶句した。特にユーリとエステルは特に、だ。#dn=1#が自分達に、しかも近くにいてくれたというのに、自分達はのうのうと気絶していたのだ。自分の不甲斐なさに涙が出て来る。
ユーリは気絶している途中、恐らくヨームゲンについて#dn=1#が皆を降ろしている時に、うっすらと意識が回復していた。
「……#dn=1#…」
呼ぶと#dn=1#は動かしていた手を止めてユーリを見る。見上げるように見ているユーリにとって#dn=1#の顔はハッキリ見えた。相変わらず無表情で、でも何だか優しい雰囲気を醸し出していた。
「もう暫く、眠っていろ」
そう言って目を塞がれて、その#dn=1#の体温がハッキリ感じ取れて。その手を、自分は何度も欲していて。重たい手を上げて、もうどこにも行くなと言うように#dn=1#の手を掴んだ。
そこから意識がぷっつり切れていて、何も思い出せない。舌打ちをして自分を殴りたくなるような気持ちを押さえる。
「そいつ、どこに行ったか分かるか?」
「さぁ…、ただ『この者達を頼む』って言って消えてしまいました」
なぁ、アンタは今どこにいるんだ?
掴んだというのに、届かなかった手をユーリは見つめていた。
*******
キュモールが砂に沈んで行くのをユーリは冷たく見下ろしていた。奴が街の人間にしていたのは許しがたい事だ。大人を危険な砂漠に置いて自分は悠々としていたのだから。絶対に許せない。この愚かな人間1人が消えるだけで、この街の大勢が救える。
ユーリは沈んで行ったキュモールに改めて殺意を抱いたが、もう終わったと自分に言い聞かせた。そして目を瞑ってあの時、ユーリが気絶している間に微かに見た#dn=1#の無表情の中の優しい感じを思い出していた。
なぁ、今のアンタなら俺を見てどう思う?なんて言う?
何故殺した?って問うか?
何も言わずに俺をゴミみたいな目で見つめるか?
それとも、……。
フッと背後によく感じる気配。それが誰のモノかなどユーリにはすぐに分かった。目を開いて不思議と笑みが零れる。
「街の中は僕の部下が抑えた。もう誰も苦しめない」
それを言ったのはユーリの幼馴染みであり腐れ縁のフレンだ。それを聞くとユーリは軽く空を仰ぎ見上げた。空はなんだか濁って見えた。フレンらしい言葉に何だか笑いが溢れてしまいそうだった。
「そうか、これでまた出世の足掛かりになるな」
そう言ってやるがフレンからは返事は無い。一つ溜息を吐いてユーリは振り返った。そこには硬く、そして軽くしかめっ面をしたフレンがいた。
「俺、アイツらのところに戻るから」
そう言ってユーリは仲間の待つ宿屋へと向かった。フレンと擦れ違うとフレンは「ユーリ、後で話がしたい」と言った。分かるつもりだ。フレンが何を言いたいのかも。自分に何を言わんとしているかも。
「……分かってる」
覚悟を決めたようにユーリは言った。フレンはそんなユーリの背中を見ながら、小さくしかしユーリに聞こえるように呟いた。
「湖のそばで……待ってる」
月がそんな2人を照らし、星々がキラキラと輝いていた。そしてフードを深く被ったローブの者が隠れるようにして聞いていた。チラッとフレンを見るが、フレンはその視線に気付かない。
フレンがそこを去ると辺りの気配を探りながらローブの者―#dn=1#は陰から出て来るとキュモールが沈んで行ったアリ地獄を見ていた。
これが、騎士を捨てたユーリ・ローウェルに出来る事か…。
彼がどれだけ苦しんでいたか分かる。下町で虐げられていた者達を間近で見ていたのだから。
しかし、そんな奴等を止めても正当とされないのは今の法とキュモールのような愚かな知能の低い馬鹿げた人間が上にいるせいなのだろう。
ジッと砂を見ているといずれ飲まれてしまいそうな気がして、#dn=1#はそこから離れた。そして影に紛れるように歩いて行った。
そこに一陣の風が吹いた。
********
ユーリとフレンの討議はソディアの登場によって打ち切られてしまった。
分かっていた。
人を殺すのは罪だという事も、それをこの融通のきかない奴には理解してもらえないという事も。
「なぁ、フレン。#dn=1#に、会ったか…?」
ユーリは背を向けたまま聞いた。フレンは#dn=1#の名にピクリと反応して振り返る。
フレンも#dn=1#がアレクセイに「全てを辞める」と告げてから姿を消し、その通達が来てからずっと探していた。それはアレクセイの命令でもあり、フレンがやりたいと思っている事だ。だが、行く先々で手掛かりを探すが#dn=1#の名前も影形さえ見当たらない。それは自分が騎士のせいもあるのだろうが、この世界で幾万といる女性の中から#dn=1#を見つけるのは大変困難な事という事をフレンは分かっていた。
「いや…」
フレンは首を振って悔しそうに歯を噛み締めた。そんなフレンを見てユーリはパッと視線を逸らして、ヨームゲンがある方角を見た。
「俺は会った」
いや、会ったと言うには曖昧すぎるかもしれない。何せ自分は気絶している時にしか、#dn=1#の顔を実際に見ていないのだから。
しかしダングレストでは一方的な言葉を掛けられただけだし。
もしかしたらあれはただの幻かもしれない。
そんな事を思っているとフレンは大きく目を見開いてユーリの肩を掴んだ。その表情は驚きと、大きな喜びが滲み出ていた。
「あの人は…!#dn=1#様は何て!?いや、どこで会ったんだいユーリ!?」
「砂漠だ。だけど、もう居ない」
ヨームゲンで周りを見て来たがもう#dn=1#の影も形もなかった。足跡も、街の住人達に聞いても手掛かり一つも無かった。だが同じように#dn=1#を探す奴を見つけたのも事実だ。
ヨームゲンの賢人の家にいた、デュークだ。彼は#dn=1#を違う名称で呼ぼうとしたがすぐに言葉を変え、
「#dn=1#という者を知らないか」
と聞いて来た。あれにはひどく驚いた。そこで関係はなんなのかと聞き出そうとしたが「お前達には関係ない」と一蹴されてしまった。
「そうか…」
フレンはガックリと肩を下げた。
俺はいつになったらアンタと同じように歩けて、アンタの隣で歩けるようになれるんだ?何でアンタはエステルを毒って言ったあの魔物と一緒なんだ?アンタはなんでエステルの側近も騎士も辞めたんだ?何であの時、俺達を助けてくれたんだ?
疑問ばかりが溢れて来る。だがそれよりもずっと抱いていた想いが先に溢れてしまいそうで。ユーリは強く拳を握って、消えるようにそこから立ち去った。
街の者達はまだ賑やかに踊ったりはしゃいだりしている。それを見てフレンは微笑んだ。ソディアからの連絡は、マンタイクからノードポリカへの道の閉鎖をせよとのアレクセイからの命令だ。
何故、そのような事が必要なんだろうとフレンは思ったが相手は騎士団長。
逆らえない。2人は街の中にいる自分達の仲間に集合を掛けようと賑やかに街の中に足を踏み入れた。
次の瞬間だった。
「己の正しいと思う気持ちに従え、フレン・シーフォ」
その諭すような喋り方。
その厳しくも優しい声。
その少し堅苦しい言葉。
そんな話し方をする人間をフレンは1人しか知らない。
その人は、特定の人以外をフルネームで呼ぶ。
「#dn=1#様!?」
声がした方を振り返るが、そこに#dn=1#らしき人はいない。フレンの声に負けないぐらいに賑やかに喋って、歌っている。
ソディアは「隊長…?」と心配そうに声を掛けて来る。だが、フレンは声がした方へ駆け出しキョロキョロと探す。
何故あなたは騎士団を、エステリーゼ様の側近を辞めてしまわれたんだ…。何でアナタは黙って行ってしまわれたんだ…。何でアナタは、…。
「隊長、どうされました?」
その声にフレンはハッとして振り返るとソディアが心配そうにこちらを見ていた。今は#dn=1#を探す時じゃない、と自分に言い聞かせ首を横に振った。
「何でもない、少し……呼ばれた気がしただけだ」
そう言って再び歩き出した。そんな2人を見るのはフードを深く被ったローブの者。フレンをジッと見ていたがフイッと視線を逸らしてゆっくりとした足取りで歩き出した。
目指すはノードポリカ。
ベリウスに、会わねばいけない。
フードを深く被ったローブの者―#dn=1#はゆっくりしていた足取りを少し早めた。
******
これは夢だとすぐに分かった。あの日からこの夢に苛まれて来たからだ。
「止めッ!勝者、#dn=1#」
あの日は一族の子供達の戦闘の腕を見るために総当たり戦が行われた。元々子供は少人数だったから早く終わった。
私は自分で言うのもなんだが、子供達の中じゃ腕が立つ方だった。だけど私より2つ上のコイツには、剣の腕前より何だか全てに勝てる自信は無かった。
「#dn=1#、お疲れ」
「……あぁ」
「今夜、子供の統括決めるってさ。#dn=1#は、俺の殿頼むな」
殿(しんがり)っていうのは列などの1番後ろの奴という意味。最後尾にあって迫ってくる敵を防ぐ。
恐らく決めるのだってどこか魔物のいる神殿に放り込んで決めるんだろうな。
先導するのはコイツ――リークで、遅れをとったり、自分じゃ動けない奴を保護してリーク達と合流させたり、追って来た敵を斬り伏せたりするのが私の仕事。
リークは大人顔負けの剣の腕前だ。人望も厚いから子供の統括になるのはリークだって、皆が噂してる。
「殿なら他の者がいるだろう」
私はこんな性格だから人望は微妙。だからリークが何で私を殿にするのかよく分からなかった。
「えーっ?じゃあ俺は、今回先導役やらね」
「何を言う。リークには実力も、人望もある。やらねばそれは宝の持ち腐れだ」
「俺は、#dn=1#が殿じゃなきゃ、やりたくねぇんだよ。分かったら返事!長には#dn=1#が殿って言っとくからな」
いくら反論してもリークは聞かなくて。仕方なく引き受ける事になった。
夜になって、子供達が神殿に入って皆バラバラの場所に置かれた。開始とすぐに私とリークは駆け出して合流し、皆を探し、リークのところに合流させて、私は他に誰か残っていないか探していた。
人数はあと2人。
走っている足に力が入る。私の愛刀であるこの長刀は力が強いから必要以上に抜刀するなと長に強く言われていたが、今は抜いて良い時だ。襲いかかって来る魔物を斬り伏せる。
そして微かに気配を感じて2人を探し出そうとした瞬間、ドンッという激しい衝撃が走って、頭を壁などにぶつけて、私達は少しの間気を失った。目が覚めたら、2人を起こして神殿の外まで行った。だが、それよりも早く1人の大人が駆け込んで来て私達の腕を掴んだ。
そして一言。
「殆どの奴等は死んだ。我々は逃げるぞ」
その言葉を理解するまでに随分かかった気がする。試しに振り返ると、ゴツゴツとした岩が立ち並んでいた筈の神殿の外には、岩はおろか草も、何にも無くなっていた。その奥に見えたのは、たくさんの騎士団と大きなギルド。
ローブを着てフードを深く被り、ひたすら逃げた。途中、矢や魔法で攻撃されたがそういう事には慣れているから逃げていた皆は生き残った。
実際に生き残ったのは、流浪の民全員のほんの一握りだった。
集団で動いていれば騎士団やギルドの守りが強い今のテルカ・リュミレースでは我々は生き残れない。
本来ならどんな時でも共にいなければいけないが…、そう判断して、皆はバラバラになった。
生き残った大人から聞いた話だと、子供達が神殿に入って、私とリークが動き出してすぐに騎士団が来たようだ。
大人達も、先に神殿を出たリーク達の先頭部隊も、戦ったようだけど奇妙な魔導器と魔法によって、リークは………皆は消されてしまったらしい。殺されたのではなく、分解…というものだろうと言っていた。神殿が無事だったのは咄嗟に結界を張ったからだそうだ。
復讐などする気も起こらなかった。
「悲しみも怒りも抱くな。これからは感情を見せれば首を取られる、決して感情を見せるな」
最後に大人達に言われた言葉だった。
私は元々余り感情を面に出さない人間だったから、簡単な事だった。
*******
「すまないが、ベリウスに会わせて欲しい」
ノードポリカに来て、闘技場のベリウスの部屋の前に来た#dn=1#を待ち構えたていたのはナッツだった。ナッツはフードを深く被ったままの#dn=1#を覗き込むようにして見ている。
「残念ながらベリウスは、新月の夜にしか会わない」
「今日は新月だ」
「ならばもう少し経ってからにしてもらおう」
確かに今は夕方だが、山の方はもう闇色に染まって来ている。
#dn=1#は溜息を吐いた。
このままでは埒が明かない。
#dn=1#はそう思うとあまり言いたくない言葉を口に来た。
「"民が来た"、とベリウスに伝えて欲しい」
そう言うとナッツが立つ扉の向こうで微かに物音が聞こえた。その音にナッツも#dn=1#も反応して扉を見た。
ベリウスは#dn=1#を覚えているだろうか。元々民の人数は多くなかったから私を覚えていてくれているだろうか?
一応、騎士の制服はアレクセイに返したし、今の服は民として世界を歩き回っていた時のモノと同じだから…、忘れていなければ気付いてくれる筈なんだが…。
#dn=1#は多くの疑問を浮かべるがここまで来てしまっては仕方が無いと思い、覚悟を決めた。
「民よ…、来てくれたもうたか」
まるで本当に心待ちにしていた声が聞こえた。ナッツと#dn=1#は顔を合わせる。ナッツはやれやれ、といった顔で退いた。#dn=1#は緩慢な動作でその扉に入った。それはナッツによって閉められる。だが#dn=1#は振り返りもせずに歩き出した。階段を上り、再び目の前に現れた大きな扉を開ける。夕暮れの光はもう無い。あるのは明かりの無い部屋の闇と、窓から差し込む空の闇だけ。その窓の前にある巨大な陰。#dn=1#は深く被っていたフードを取り、それを見上げた。
「流浪の民の#dn=1#だ、久しいなベリウス」
「#dn=1#か、久しいの…」
あれから10年以上か、と巨大な陰―ベリウスは言った。明かりが灯り、巨大な陰の正体が現れる。が、#dn=1#は動じない。無表情で見上げている。
「覚えてくれて、いたのか」
「民に、何があったのじゃ…」
心配そうにベリウスは聞いて来る。#dn=1#は有りのままを話した。ある神殿で統括を決めていた事、そこにギルドと騎士団が攻めて来た事、民の多くが死んでしまった事。
皆、バラバラになってしまった事。
話し終えると#dn=1#は無意識に唇を噛み締めた。そんな#dn=1#を見てベリウスは#dn=1#に優しく触れた。#dn=1#はベリウスを見上げる。だが、無表情。ベリウスは自分の記憶の#dn=1#と今の#dn=1#を重ねた。
あの頃の#dn=1#は今程では無いが感情を面に出すのが苦手だった。リークの数歩後ろに構え、人形のような無表情で相手を見据える。だがそれでも、リークや大人には少しだが感情を見せていた。だが、目の前の#dn=1#はあの頃とは違う。無表情、まるで顔の筋肉を動かす事を知らないかのようだ。
「すまぬ…、辛い話をさせてしもうたな」
「構わない。だがその様子だと、民は誰も来ていないのだな」
#dn=1#はそう言って何か悩んでいるようだった。だが、あの無表情な#dn=1#がここまで成長したのか、そう思うとベリウスは何だか胸から何か溢れるような気持ちになった。
これが親心というのかの。
静かにそう思った。
「#dn=1#よ、世界に愛されておるな」
数年旅をしたというのに民とバレず、今まで生きて来たのだから。運がいいのだろうか?
ピクリと#dn=1#は反応した。#dn=1#は静かにベリウスを見上げている。その目がベリウスは怖くなった。
まるで首元に鋭利なモノを突き付けられているような。ヒンヤリとした、しかし寂しい目だ。
「世界に愛されている?」
だったら私では無い。愛されるべきは私では無い。愛されるべきは、ユーリ・ローウェル達やフレン・シーフォを言うのだ。
何故私を世界は愛していると言うのだ?だったら何故あの時、リークを助けてくれなかったのだ。
私は世界に愛されている?
「違う」
仲間の死を弔う事も出来ず、行方知れずな仲間を探す事も出来ずただ義務をこなす。
仲間の死を、知らずして年月を過ごさねばいけないのだぞ?
「世界は私を愛してなどいない。世界は私を、」
忌み嫌っているのだ。
#dn=1#は瞼を閉じた。まだ見つけられぬ仲間の亡骸を思うと、苦しくてたまらなかった。もう自分は、本当に1人になってしまったのかもしれない。そう思うと、恐怖が微かに込み上げた。
*******
「で、何用で参った…?」
「……満月の子について、相談をな」
そこで#dn=1#が口を開いた内容は、満月の子のエアルの乱れを生み出す事をどうにか出来ないかという事だった。フェローに世界の毒と言われたエステルを、どうにか世界の毒ではないものにしようと#dn=1#は考えているようだ。
それを聞いてやはり#dn=1#は世界にも愛されるべき人なのだと改めて思った。他人のためにこんなにも頑張っているのだから。例え表情が乏しくとも、心は本当に優しい。
こんなに優しい人を、何も知らぬ人間は化け物と罵り、差別をしている。ならば世界が、人間が#dn=1#を愛さなくとも、我々が…始祖の隷長が愛そう。そう胸に誓う。
「……すまぬ、わらわも知らぬのだ」
「分かった…、すまないな」
そう言って#dn=1#は少し落ち込んだようだった。何せ今はフェローと共にいるのだろう。フェローは世界を救うためにエステルを消すしか考えていないのだから、このような相談は出来ない。だからこそ、ここまで来たのだろう。そう思うと自分の無力感にベリウスは胸が張り裂けそうだった。
だがそれでも#dn=1#の目には諦めの色が一切見えていない。むしろ絶対見つけてやると言っているかのようだった。
するとナッツが守っているであろう入り口の方から何やら賑やかな声が聞こえて来た。その声にベリウスも#dn=1#も耳を傾ける。だがナッツではない客人の方の声を聞いて#dn=1#は目を見張り、慌て始めた。
「どうしたのじゃ?」
「逃げられる道は無いか、ベリウス」
「何じゃ、これから来る客人は#dn=1#の知り合いか?」
「そんなところだ」
珍しい。ここまで#dn=1#が取り乱すとは。ベリウスは是非とも逢いたくなった。#dn=1#を慌てさせる人間を。嫌い、というわけでは無さそうだ。むしろ逢ってはまずいというところだろう。
#dn=1#はどこか隠れられる場所はないかと探している。ナッツも何やら断ろうとしている。#dn=1#にとってはそれがどれだけありがたい事だろうか。だがベリウスは違うようだ。
「よい、通せ」
#dn=1#が驚いた目で見上げて来る。何を言っているんだと言っているかのようだ。#dn=1#は本格的に慌て始めた。
「しかし…!」
「わらわは通せと言うておる」
厳しくベリウスは言う。#dn=1#は溜息を吐いてキョロキョロとどこか隠れられる場所を探している。するとベリウスは自分の後ろに来いと手招きをして明かりを消した。#dn=1#は明かりが消える前にベリウスの背後に行く。これでベリウスの前に立つ者は#dn=1#が見えないだろう。
明かりが消えると部屋はすっかり闇に包まれた。大人数の足音が聞こえる。それが徐々に近付くたびに#dn=1#は身を堅くして息を潜めた。愛刀が見えてしまわぬように隠し、フードを更に深く被ろうとする。
#dn=1#がここまで民以外の人間を意識しているのは本当に珍しい。というよりは今まではあり得なかったのだ。
すると石の扉が開かれる音が聞こえた。#dn=1#はそれを聞いて完全に警戒している。そして扉が閉まると部屋はまた闇に包まれる。
「え、な…何!?」
「皆、居るよな!?」
そう誰かが声を掛ける。そうすると人数がかなりいるのか同時に返事が聞こえた。#dn=1#は闇に慣れた目で闇の中にいる者達を見て、再び顔を引っ込めた。
そして、灯が点く。
その後、話が続いた。
天を射る矢のドン・ホワイトホースからの書状の話、満月の子の話。そんな真面目な話を#dn=1#はベリウスの背後で暇そうに聞き流していた。
「…ベリウス。アンタ、始祖の隷長なんだよな」
その声に#dn=1#はピクリと反応した。これはどう聞いても、ユーリの声だ。見た時はそっくりさんで終わらせて欲しいと思ったが、その願いは叶わないらしい。#dn=1#は静かに溜息を吐いた。
だがユーリのその声は、いつもとは違い真面目で、どこか切羽詰まっていた。
「いかにも」
「じゃあフェローのそばにいる女…、知ってるよな?」
「女…?」
フェローのそばにいる女、それにベリウスは眉を顰める。そんな者はいただろうか?フェローは厳しく、人間をあまり好まない。そばにいるなど有り得ない。
「知らぬ。フェローが連れていたのか?」
「いや…、ダングレストで一緒に行っちまったってだけだ」
だがコゴール砂漠で会った。そう言うとエステルもユーリが誰を探っているのか懇願した顔で胸の前に手を合わせて言った。
「#dn=1#って言うんです!心当たりはないです…?」
チラッとベリウスは背後で俯いたままの#dn=1#を見る。#dn=1#の表情は伺えないが、相変わらず無表情なのだろう。ベリウスの視線に気付いたのか#dn=1#は顔を上げずに首を横に振る。つまり知らないと言えという事らしい。
そんなベリウスの行動にユーリ達は首を傾げる。ユーリはそんなベリウスの行動に目を細めた。
「誰か、そこに居るのか…?」
#dn=1#はチラッとベリウスの向こうにいるだろうユーリを見た。唇を噛み締める。
逢いたくない。嫌いなわけではない。ただ、ユーリ・ローウェルは今の私を見たら何を言うか手にとるように分かる。質問責めにされてしまうだけだ。
答えられる訳がない。
仲間を持つ事が怖い。
こんなにも、恐ろしい。
目の前で背を向けて去って別れたあの仲間達を思い出すと、また自分を置いて行ってしまう。だからこそ仲間は持てない。失うのはもう、たくさんだ。自分の無力感を、嫌というほど味わい、また失う…特に彼らを失いたくはない。
#dn=1#はそう思い逃げ出そうとした瞬間、魔狩りの剣が入って来て騒然となる。ユーリ達はナッツの加勢に行き、#dn=1#はベリウスに加勢する。
言っている用途は違うものの「魔物と共にいる化け物」、…。罵られる。不思議と自嘲気味に笑えた。そう、私は化け物だ。世界に排除された、邪魔な化け物。目の前に来た数人を一気に薙払う。もちろん鞘から刀は抜かない。その必要は今無いから。相手は弱い、峰打ちだけで十分だ。
だが次の瞬間激しくガラスが割れる音を聞いて#dn=1#は音がした方を見る。ベリウスと、魔狩りの剣と名乗っていた巨剣を持っていた男と無礼な男が居なくなっていた。
「ベリウ、…ッ!」
駆け出そうとするとまだ溢れて来る雑魚に#dn=1#は刀を構える。ベリウスの元に早く行かねばならない。すぅ…と#dn=1#は目を細めた。タンッと床を強く蹴り、雑魚を剣技や蹴り技で一掃する。一掃し終わり、落ちて行った方を向いた瞬間。
「ぎ、あぁぁあああっ!」
ベリウスの、悲鳴。
まさか、と考えたくない事が浮かび#dn=1#は慌ててそちらへ駆けて行き下を見る。
ベリウスが光を放ち暴走している。その近くでエステルが呆然と立っている。
やってしまったのか…、#dn=1#はギリッと唇を噛み締めた。ベリウスの大きな手がエステルに振り上げられる。
そう理解した瞬間、いや理解する前だったかも知れない。#dn=1#はそこから飛び降りると振り下ろされるベリウスの手を蹴り飛ばした。
かなり力を込めたせいか少しバランスが崩れ、しかし着地は何とか成功する。
「#dn=1#!?」
「民、よ…、……わらわを……倒せ……!ぅあぁぁあっ!」
「しかし…!」
「頼む…!!」
嫌だ、と言えたらどれだけ良かっただろうか?だがベリウスの目を見てしまった#dn=1#は断る事が出来ない。#dn=1#は自分の刀に目を落とした。
また、私は…。
内心でそう呟いて、目を閉じると覚悟を決めた様に深呼吸をした。
「…、それがベリウスの望みならば、」
私が断れぬ事を知っているだろう?誰かにそんな事を頼まれては…。
私はまた…、大切な者を失うのか…。
刀を鞘から抜かず、構える。すると隣にユーリが駆け寄って来た。
「俺たちも、手伝うぜ」
「………」
チラッと#dn=1#はユーリを見たが、すぐに視線をベリウスに移した。
胸が張り裂けてしまいそうだ。苦しくて、息をするのさえ辛い。忘れもしない、これは"悲しい"という感情だ。
#dn=1#は目の前で暴れるベリウスと対峙した。決心しろ、振り返るな、これはベリウスの頼みだ。流れに逆らってはいけない。我々はそういう一族だ。自分にそう言い聞かせる。改めて唇を噛み締めるとブツッという音がした。
*******
始祖の隷長が亡くなる時の歌。
そして満月の子が己を犠牲にし、星喰を退けた時に贈った歌。
それらを私が長から教えてもらった時、長は私に子守歌を歌ってくれた。歌詞などない、拙(つたな)くて…。でも私は大好きだった曲。それが耳の奥で耳鳴りと一緒に、寂しく、悲しく流れていた。
目の前には倒れながら何かエステルに話している…命の光を発光させているベリウス、そしてただただ謝り続けるエステリーゼ様。チラッと背後を見ると激しい戦いに息を上げているユーリ・ローウェル達。
#dn=1#は自分を殺してしまいたかった。この10年間、少しは強くなって、誰かを守れるかと思っていた。しかしそんな馬鹿げた思い込みが今、自分が愚かだった事を証明している。この10年間、自分は一体何をやっていたんだ、と思うと唇を噛み締め刀を持つ手に力が籠った。結局、仲間を自分は守れない。あの頃から何一つ変わっていない。
私は、無力だ。
悔しい。
悔しい。
守りたくても、守れない。大切な者も、仲間も、守れない。世界は、何故こんなにも無情で非情なのだ。どうして、ベリウスを奪うのだ。彼女は、私とは違う。
優しい者だ、だというのに何故。世界を守ってくれているというのに。
そんな事を思っていた#dn=1#だが、ハッと我に帰ってやるべき義務を思い出した。歌わなくては、紡がなくては。
亡くなる者が、消えゆく者が迷わぬように、それさえ手助けするのは我々一族だ。#dn=1#は震えるように深呼吸をして、歌詞のない遠い記憶の歌を歌った。音だけの寂しく味気の無い曲。だがベリウスはそれを聞いてとても安心しているようだった。優しくて、どこか寂しいその歌に皆耳を澄まし、ユーリとレイヴンだけはそんな#dn=1#に悲しそうな目を向けていた。いつもは頼り甲斐のある、華奢だというのに大きく見える背中は、今にも煙のように消え去ってしまいそうだった。
俺は、アンタの背中を追うためにアンタを追ってるんじゃない。ギルドの仕事をして、エステルの願いを聞いて、でもアンタが…。俺はアンタがあの頃から、惚れてるから。憧れで背中を追ってるんじゃない。
アンタと対等になりたいから、その背中を。
「民よ…」
ベリウスが優しく声を掛けると、#dn=1#は歌うのを止めてベリウスを見た。今にも壊れてしまいそうな顔をしている#dn=1#。その顔に、手は届かない。
「たとえ、世界が…、人間共が…、そなたを愛さなくとも、我々始祖の隷長は、わらわは、そなた達、民を、」
愛しておる。
そう言うと#dn=1#はひゅっと息を吸った。そしてベリウスは「その者達を、頼むぞ」と付け足した。
皆、私を置いて逝くのか。消えて逝くのか。愛していると言って、皆死んで逝くのか。私は一体どうなっているんだ。私は疫病神でも憑いて居るのか。何故、どうして…。
ベリウスは大きく光を放つ。その眩しさに皆目を瞑る。が、#dn=1#は俯いたままだった。ポタリと唇を噛み締めすぎて血が溢れ落ちた。それはまるで#dn=1#の涙のようだった。光が消えると、そこには聖核が残った。
「わらわの魂、蒼穹の水玉を、わが友、ドン・ホワイトホースに ―」
#dn=1#は伝る血をグイッと拭った。
そんなベリウスの声が聞こえると、#dn=1#はその石を持ち小さく「それが、ベリウスの望みなら」と言って、近くで蹲っているエステルに優しく渡す。エステルは何か言い掛けたように#dn=1#を見上げたが、#dn=1#はエステルを見なかった。
ハイライトが消え、まるで動くだけの、ただの人形のようだ。
「私の力は、毒なんです…?」
その問いに#dn=1#は返す事が出来なかった。曖昧に返したところで、どちらも結果的にエステルを落ち込ませ悲しませると判断したからだ。#dn=1#はエステルの前に膝を突く。城でやっていたあの時のように。
「ベリウスも、言ったでしょう。フェローに会え、と」
最低だ。私は、最低の屑だ。自分に言えぬから、フェローに押し付けるなど、ただエステリーゼ様の悲しませると判断したから、フェローに真実を告げてもらうなど。
#dn=1#は手が白くなるまで拳を握る。掌に食い込む爪が、まるで自分の愚かさを責めて居るかのようだった。
すると何やら不穏な雰囲気になっているのに気付き、#dn=1#は立ち上がり辺りを見回した。
気絶させた魔狩りの剣のメンバーが目を覚まし始めたのだ。チラッとユーリ達を見る。何やらクリントと話して、クリントに向けて武器を構えているようだが、もう傍から見れば随分とボロボロだ。他のメンバーも長期戦はとても臨めた状態ではない。#dn=1#はエステルを庇うように構えようとした。
「そこまでだ!全員、武器を置け!」
その声を聞くまでは。
ハッとして声がした方を見るとそこにはフレンの副官であるソディアが居た。#dn=1#は奥歯を噛み締める。
今ここで帝国に連れ戻される訳にはいかない。いや、私はまだバレていないだろうが、エステリーゼ様は。ダメだ、エステリーゼ様は。戻られてはいけない。今、戻っても何にもならない。
するとユーリが#dn=1#の横を通りエステルと何か話をしている。飛び込んで来た騎士達をラピードが身軽に倒す。パティが煙幕を張り、逃げ道を確保している。
すっかり、仲間だな。ユーリ・ローウェルも、エステリーゼ様も。
そう思うと胸の中で張り詰めていた感情が少しだけ緩んだ。だがいつまでもそうやっている訳にはいかない。#dn=1#は辺りを見渡し2人を見る。
「走れ、私が殿をする」
「あぁ、悪い!」
「はい!」
2人が駆け出して行くと#dn=1#も少し間を置いて走り出した。ソディアの声が聞こえたが、#dn=1#はチラッと見ただけだった。そして自分を追いかけて来ようとしている騎士達に剣技を放ち蹴散らした。もちろん刀は抜かない。その特徴的なまでに長い刀の姿を見てソディアは小さく#dn=1#の名前を疑問系で呼んだ。
そして逃げ出したユーリ達を合流したウィチルと共に追いかけた。
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