短編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
たまたま知り合った年下の奴と、そういった関係になったのは随分前だった気がする。
相手はトップアーティスト。
私は一般人。ただ少し奴に……ユーリ・ローウェルに近付いて仕事をしただけ。ユーリ・ローウェルも私に懐いてくれていたと思う。だけど、これでお終いだ。
「……もう、止めよう。こんな関係、ユーリ・ローウェルの夢のためにも。私も夢を見ていたんだと思うから。だからユーリ・ローウェルも、………さようなら」
ユーリ・ローウェルが何か怒鳴って、何だか必死そうだったが、私は何だかそんな行動さえ虚しく感じて、そのまま携帯を切り、電源も切った。
大体、私たちの関係はなんなのだろう?時々来たと思ったら食事をたかられ、話し惚け、そして身体を重ね…。朝、目覚めたらそこにはもう居ない。
それだけだ。
その間に言葉も、絆も何もない。ただのセフレだ。空を仰ぎ見上げる。電子看板には生放送の音楽番組が流れている。今はCM中なのか何やらゴチャゴチャした映像が流れている。
そういえばあの音楽番組に出ると教えてくれていたな。きっと今、合間を縫って出てくれたんだろうな。そんな事をしなくても休んでいれば良いのに。
初めて会ったのは、仕事でだった。マネージャーやユーリ・ローウェルが一緒にいて私はその頃新米で、モデルの仕事をしていてたまたまユーリ・ローウェルもそこで雑誌の撮影だったらしく、そこで出会った。
そして、その仕事が終盤に差し掛かった時に声を掛けられた。
話をする内に、大人びているユーリ・ローウェルにもどこか子供らしい一面も見る事が出来て。何だか自分が他の人より好かれている優越感を感じた。そして話をしたりしている内に流されて、"初めて"を捧げた。朝、目覚めたらそこには居なかったが、電話がかかって来てそれから今までずっと続いていた関係。
ユーリ・ローウェルの周りにはたくさん女の子がいる。青い髪の美人な子、桃色の髪の優しく可愛い子、茶色髪の素直じゃないが根は優しい子。挙げ始めたらそれこそ終わらない。そんな女の子達がいるんだ。たまには違う女に手を出したくなるのだろう。
結局、想いを告げる事は出来なかった。いや、これで良かったのだろう。何せ相手はトップアーティスト。手を出すのもおこがましい。相手は遊び半分で来ただけだ。本気にしてはいけないんだ。
「なぁ、夢主って俺の前だと結構笑ってくれるよな」
ユーリ・ローウェルは嬉しそうに笑って、そんな事を言っていた会話を思い出すだけで胸が苦しい。あぁ、バカ。忘れろ。全部忘れてしまえ。
もう終わってしまった事だ。分かっていた事だ。住む世界が違うと。手を伸ばす事さえ、いけない事なのだと。夢主は自分にそう言い聞かせると、中継ボードから目を離しゆっくりと歩き出した。思えばユーリ・ローウェルは女の子との噂が絶えなかった。そう考えると私はバレなくてよかった、けどバレないようにしていたのかもしれない。こんな女と噂になるのは、ユーリ・ローウェルにとってもデメリットでしかないからな。
自嘲的な考えがグルグルと頭の中を駆け巡る。
いつかユーリ・ローウェルが会わせてくれた相方の金髪の彼は何だか疑わしい目で私を見ていたが、こういう事を示唆していたのだろう。今度この歌をソロで歌うんだ、と面倒くさそうだがどこか誇らしげに言っていたあの曲を思い出して口ずさんだ。
珍しく恋愛をテーマにした曲で、珍しいなと言ったら何だか恥ずかしそうに何かを言っていた。
ユーリ・ローウェル、本当は私もそういう道に進みたかった。自分の言葉で、自分の喉で音楽を紡ぎたかった。でも私にはそんな才能なかったからこんな道に進んだ。最初はとても羨ましかった。でも、最近は自分の事みたいに嬉しかった。だから、もっと上へ行け。要らないモノを人間を切り捨てて。
賑やかな明るい街を抜けて、自分が住むアパートに帰って来た。部屋に入り明かりを点けると自宅電話の着信履歴を見て驚いた。あの時間からかなりの回数かけられている。しかし伝言は一つも残っていない。まぁこんなモノだろうな。自嘲的に笑って、先程中継ボードの番組を見ようとテレビのスイッチを入れた。何やら会場はざわめいていた。どうやらユーリ達の演奏は終わってしまったようだ。残念だな、と思いながら着替えを終えて、冷蔵庫から飲み物を取り出して来た。
ユーリ・ローウェル。
1回も口にはしなかったが少なくとも、私はユーリ・ローウェルを愛していた。
皮肉なところも、上手に気を使うところも、私の料理を美味しそうに食べてくれてるところも、演技でも……幸せそうに笑ってくれたところも。
例えお前が私との関係が遊びだったとしても。
それにしても一体何が起こっているんだ。音楽番組の筈が先程から音楽が流れず、何やらザワザワと騒がしい。一体何が起こっているというんだ。飲み物を一口含んで、再びテレビを見たらテレビに浮かんだ文字を見て飲み込んだ液体を吐いてしまいそうになった。
【ユーリ・ローウェル、引退宣言】
一体何が起こっているというんだ。目の前が眩んで、頭がガンガンする。何が一体起こったんだ?ユーリ・ローウェルが引退宣言って…。そんな素振りも、相談もしてくれなかった。いや、そりゃあ遊び相手の私に相談しても意味ないだろうが。だがしかし、それでもこれは…。すると、司会者が「では先程のVTRをもう一度」とか悠長に言って私が見なかったユーリ・ローウェルが歌っている場面を見せてくれた。
泣きたくなった。
その歌は男からの視点で書かれた歌詞だった。上手いのもあるが、ユーリ・ローウェルがあまりに気持ちを込めて来るから。夢はもっと上に行く事だな、いつかに聞いたユーリ・ローウェルの答え。なのに、何で辞めたんだ。どうして引退をする。………私のせい?…いや、そんな勘違いも甚だしい事を思うのは失礼だな。歌が終わると観客達が盛大な拍手とユーリ・ローウェルを呼んで黄色い声援を上げている。だがユーリ・ローウェルは何だか切羽詰まった顔をしている。
『今日、聞きに来てくれてありがとな』
そう言うとまた皆黄色い声援を上げた。中には目をハートに変えている子さえいる。凄いな、さすがユーリ・ローウェル。
『でも、悪ぃ…』
俺、今日をもって芸能界を引退するわ。
まるで「ちょっとそこまで行って来る」と言うようにユーリ・ローウェルは言った。そのあまりの言い方の軽さに衝撃を受けてカメラマンもスタッフも、観客も固まった。そしてユーリ・ローウェルはそんな彼らには一切目もくれず走り出した。どこへ行ったかも、誰に会いに行ったかも分からない。相方である金髪の彼は真面目な顔をしながら何やら含みある言葉を記者達の前で話している。明日にはきっとこのネタを記者達が盛大に記事にするのだろう。
ピンポーン
チャイムが聞こえた。一体誰なんだ。こんな一大事に、もしかしたら隣の奥さんが来たのかもしれない。回覧板を回すのを口実にユーリ・ローウェルが引退宣言をしたという話をしたいのかも。隣の奥さんは私の部屋にユーリ・ローウェルが出入りしているのを知っているしユーリ・ローウェルを息子みたいに思っているみたいだからな。多分そうに違いない。玄関に行き、ドアスコープを覗くと、何やら見覚えのある髪。……まさか。バタンッと扉を開けるとそこには先程テレビで見た衣装の上に上着を羽織ったユーリ・ローウェル。走って来たのだろう、息が上がっている。
「さっきの電話、一体何の冗談だ」
「……一体、自分が何をやっているのか分かっているのか…!」
沸き上がって来たのは怒り。普通の女の子や、恋人ならここで喜んだりするのだろうか?生憎だが私はとても喜べそうにない。可能性や才能があるのに全て捨てて、芸能界をやめるだと…?胸倉を掴んで部屋の中に連れ込むと、ユーリ・ローウェルを床に叩き付け私はその上に乗っかった。ユーリ・ローウェルは痛みで少し顔を歪めたが、私はそんな事知ったこっちゃない。
テレビの音が微かに聞こえて来た。
「何故引退宣言などした…?ユーリ・ローウェルには才能も実力も、全て揃っているというのに何故引退をする…。上に行くのが夢だったというのに何故夢を捨てる…!ユーリ・ローウェルは私とは違う、私にはそんな才能ないのに…。どうして、どうして………」
本当に羨ましかった。自分が欲しいモノを全て持ち合わせているユーリ・ローウェルが。
自分がしたいための能力を持て余しているユーリ・ローウェルが。
だから全て捨てるユーリ・ローウェルが憎かった。
「アンタの、喜ぶ顔が好きだ」
ユーリ・ローウェルが真剣な目で私を見て来ていた。全く話が分からなくて「何…?」と言ったら手首を掴まれた。
「夢主が歌手に憧れてんのは気付いてた。俺はこんな才能、夢主にあげられるもんならやりたいって思った。その方が夢主も喜んでくれる。でも無理だ。だからもっと上に行って夢主を喜ばせようって」
ユーリ・ローウェルはゆっくりと起き上がった。
「でも、俺はそれだけじゃ満足出来なくなった。今までも今もこれからも夢主が、隣にいて欲しいって願ったんだよ。そう思ってて、今日やっと決心つけたのによ……」
「…じゃあ、何で……。引退など…」
「アンタが…。夢主が隣居ないのに、続けても意味が無いって思ったからだよ。だから引退した。どうせ自分は一般人だから、とか考えてんだろうとか思ってたけど」
ご尤もすぎて何も言い返せない…。というか、原因は私だったのか…。
「アンタが、…夢主が好きだ」
ユーリ・ローウェルが私を抱き締める。私はそんなユーリ・ローウェルの言葉も表情も見て、ユーリ・ローウェルが歌っていたあの曲を思い出していた。
そしてその後、洗いざらいはかされた。何であんな事言ったのか、私が身体を重ねても痕を残そうとしなかった理由も(だって彼女に勘違いされて欲しくはない)、愛の言葉を言わなかった理由も(ユーリ・ローウェルも言わなかったし、重い女と思われたくはなった)。
数日後。
どうやらユーリ・ローウェルの相方である金髪の彼が上手い具合に説明したようで、ユーリ・ローウェル達のグループは1年間活動停止という事になった。
「何だか、おかしな気分だ…」
ベッドで眠りながら呟いたら後ろから抱き締められた。本当におかしな気分だ。いや、これは幸せな気分というべきなのだろうが。何だか幸せすぎで夢心地だ。
「………あ」
そういえば今日は、ユーリ・ローウェルが歌ったあの歌の発売日だ…。今行っても店は開いて居るだろうか?
「どうした?」
「いや…、あの曲……」
「………あぁ」
ユーリ・ローウェルはそう返事しても放そうとはしなかった。何せトップアーティスト。1分1秒でも急いで買いに行かねば売り切れになってしまう。
「んなもん買わなくても、俺が生で歌ってやるよ」
そう言ってユーリ・ローウェルはあの時の歌を歌い出した。反論しようかと思ったがその甘い声に溶かされて、すっかり動けなくなってしまった。
22/22ページ