短編
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その日の食堂はいつもどおり活気づきざわついていた。そんな中に訓練を終えたナイレン隊は入って行く。食事を盆に置き、いつものように食事を取る。だがナイレンは1人離れ、誰も寄り付かない席に座った。隊員を我が子のように扱うナイレンのそのような行動に目を点にする隊員。しかし、ユーリはナイレンの隣に座る人物を見て口に運ぼうとしていたスプーンを落としそうになった。
そこにいたのは夢主だからだ。
ナイレンと何か話しているようだ。フレンと2人の先輩双子女性騎士も気付いたようで目を丸くしている。
「久しぶりだな、夢主。大体こんな場所で会うのは初めてじゃねぇか?」
ナイレンは口にモノを含みながら「何かあったのか?」と聞いて来た。
夢主が食堂に来るのは初めてだ。大抵は(エステルが一緒に食べましょう、と言ったから)エステルと一緒に食事を取る彼女がエステルを連れずに、しかもここで食べるのは何かあった証拠だ。夢主はオムライスを口に運ぶ。さすが姫と食事を同席してあるだけにマナーはなっている。それに一つ一つの動きが上品に見える。たったそれだけで夢主の魅力は更に磨きを増している。
「エステリーゼ様は今、ヨーデル殿下と会合中だ」
会合と言ってもただ単に話をしたりするだけだが。時々行われるこれは夕方にならなくては終わらない。つまりそれまで夢主は自由の身という事だ。ナイレンはチラリと隣に置いてある夢主の長刀を見て、すぐに夢主に視線を戻す。初めてみた時から変わらずの無表情。まるで人形みたいだ。何をしても表情を変えないところは特にだ。
「いつまでもそんなシケた顔してんなよ。嫁の貰い手が無くなるぞ?」
「私を嫁に貰う物好きな男など居やしないと思うが?」
いや、かなり身近に居ると思うぞ。例えばウチの隊の複数名は特にな。……まぁ、女も居るが。
口からそんな言葉は出なかった。隊員達がジトリと刺々しい視線を送って来たからだ。下手な事を言えば後がうるさい。今は黙っていよう、とナイレンは溢れ出そうな本音に無理やり蓋をした。
「ナイレンも珍しいな。隊長は大体自室で違うモノを食べているようだが、」
水を一口飲んで夢主はそう言った。
「今日は隊員達に誘われてな」
それを聞いて夢主は一瞬動きを止めたが、相槌を打って再びスプーンを口に運ぶ。
ナイレンが夢主を見たのは、夢主が14歳の時。アレクセイが隊長達にのみ紹介したのだ。
顔の筋肉をピクリとも動かさず、真っ直ぐに自分達を見ていた夢主に隊長達は皆、ビクッと身体を震わせたものだ。あの時夢主のには、騎士団のあの甲冑はまるで仮面のようにも見えた。
それから数年間が経ち、夢主も大人となった。背が大きくなり男によく間違えられるようだが、顔色一つ変えない。だがそれでもエステルと一緒にいる時は纏う雰囲気や、まるで動く事を知らない顔の筋肉が微かに緩むのだ。一回だけだがナイレンはシュヴァーンと夢主が話をしているところを見たが、あの無表情がまるで嘘のようだった。
しかし彼は夢主の前に姿を現さない。それが今の夢主の無表情に更に拍車をかけているのかもしれない。
「……シュヴァーンには会えたか?」
「……アレクセイに頼んではいるが、会ってはいない」
抑揚の無かった声が微かに低くなった。落ち込んでいる証拠だ。
「まぁ落ち込むな。どうだ?午後から俺の隊の訓練に付き合わないか?」
「構わないが、少し時間が欲しい」
食べ終えたのか夢主は盆にスプーンを置いた。そして人形のような目をしていた夢主の目が、微かに闘志に揺らいだ。
「アレクセイと、剣を交える約束がある」
その言葉にナイレンは自分より小さい夢主を見る。御前試合で優勝し、無双を背負う騎士団の団長のアレクセイに夢主は挑もうというのか。
馬鹿げてる。勝てる筈が無い。
そう言おうとすると夢主はナイレンの視線に気付いていたのかナイレンを見上げ「馬鹿げてる、と思うだろう」と言った。
「何せ相手は騎士団団長。そんな相手と姫のたかが側近が戦うのだからな。だがアレクセイの希望だ、断る訳にもいくまい」
どうやら夢主からではなくアレクセイが申し込んで来たようだ。
ナイレンはニヤリと笑う。先程の「馬鹿げてる」などと一瞬でも思った自分を殴り飛ばしたい。楽しそうじゃないか。
「いいんじゃねぇか。後で俺の隊も見に行くからな」
「勝手にしろ」と言って夢主は立ち上がると盆と長刀をカウンターに返した。その見慣れない制服に騎士達は誰だ?と首を傾げている。ナイレンは「うっし」と一つ声を上げて盆を持ち自分の隊員が座る席に戻る。そして一言隊員達に言った。
「早く食えよ。いいモノを見過ごしたくなければな」
*******
簡単な模擬試合のようなモノだ、と先に来ていたアレクセイが言う。夢主は庭に下り立った。
「魔法は」
「下級魔法なら問題あるまい」
ただならぬ2人の雰囲気。近くにいた騎士達はそれに気付いて、2人を見る。本来ならここは新米の騎士達が訓練をする場所だ。そこに騎士団長とどこの隊か分からない色の制服を着ている2人が不穏な雰囲気を醸し出していれば、誰もが気付くだろう。夢主はチラッと自分の長刀を見た。この刀はこの戦いには不要なモノだろう。夢主はそう思うと長刀を木に立て掛けた。
「愛刀は使わないのか」
「これは、今使うべきモノではない」
そう言って置いてあった少し長めの鞘と剣を手に取る。軽く手に馴染ませるためにヒュンヒュンッと剣を持ったまま手首を回し、構える。アレクセイもゆっくりと構えた。
走って来る複数の足音が、止まった。どうやらナイレン達は間に合ったようだな、夢主は小さく胸中で思った。目の前は無双の持つ男、油断も何も出来まい。とても楽しみだ。
「制限時間は」
「どちらかが、倒れるまでだ」
緊迫したピリピリとした空気が流れる。
肌を叩かれた後のあの感じだ。それは2人だけでなく2人を見る騎士達も同じだ。
「1」
動かない2人。しかし夢主がそう言って少し足を動かした。
「2」
ジャリッと音を鳴らしてアレクセイはゆっくりと動く。向かい合うするように。
「「3」」
ガキィィンッ
金属の激しくぶつかる音。
一気に攻めて来たアレクセイの剣を夢主が受け止めたのだ。片手で柄を握り、もう片方で剣の刃を支えている。無表情だが、歯を食いしばっているのは隠し切れていない。力で夢主が劣勢なのは一目瞭然だ。ニヤリと笑ってアレクセイはトドメを刺そうと力を込めようとしたその瞬間、腹に激しい衝撃を感じた。
バキンッ
何かが硬いモノが割れるような音。その音と共にアレクセイの身体は吹き飛ぶ。だがギリギリで着地をして咳き込みながら蹴られた部分を見る。鎧が粉々に砕けていた。どうやら夢主は距離を取るためにアレクセイを蹴り飛ばしたようだ。鎧が守ったとはいえ鎧が壊れ、そしてあの衝撃は半端ではない。相変わらず夢主は無表情だ。そして先程と全く変わらずに構えている。
「はぁっ!」
アレクセイは体制を立て直し、素早く剣技を繰り出す。それが少し避け切れず夢主の頬に微かに傷を残す。だが夢主もアレクセイの懐に飛び込み技を決める。
戦いに綺麗や美しいなど絶対に有り得ない。そんなモノは絶対に戦いではなくただの偽の戦いだ。確かに2人の戦いは綺麗や美しいなど絶対にない。しかし戦いの激しさと、次々に繰り出される技に圧巻されて目を放せられなくなっていたのは事実だ。
しかしそれ以降はお互い技が相手に入らなくなった。攻撃を仕掛けても躱され受け流され。魔法を使おうにも詠唱時に防御ががら空きになってしまうために使えない。オーバーリミッツを使おうにもまだ溜まっていない。
そして1番最初の時のように夢主がアレクセイの剣を受け止める形で再び止まってしまった。だが、今度は違った。ミシリッと嫌な音を立てて夢主の持っていた剣にひびが入ったのだ。あまり手入れのされていなかったのか、老朽化がすすんでいたのか。夢主は慌てて剣から手を離しバックステップをすると、次の瞬間剣は耐え切れず砕け散った。アレクセイは体制の整わない夢主に2撃目を与える。それは完全に夢主の心臓を狙っている。どうやらアレクセイはこれを模擬試合という事を忘れているようだ。だからといって夢主は避けない訳がない。アレクセイの剣は空を切った。
ように見えた。
夢主が大切にしていたリボンが微かに剣に触れて切れた。それを見た夢主は無表情だが目を大きく見開いてそのリボンを見ていた。そして3撃目が来る前に、夢主は素早く動いた。上手く見切り、アレクセイの剣を蹴り飛ばし、そのまま回し蹴りでアレクセイの頭を蹴り飛ばしてやろうとする。だがそれは寸でのところで止まった。
「……互いの剣が無くなった。試合続行不可で、引き分けだ」
「…そうだな」
脚を下ろし、蹴飛ばした剣を拾ってアレクセイに渡す。見入っていた者達は我に帰り2人の淡々とした雰囲気に驚いていた。
「終わりだ」
「良い手合わせだった。また頼みたい」
「私はやりたくはない」
そう言って夢主は愛刀を持ちゆっくりとナイレンに近付いた。アレクセイも夢主を見送ってすぐに自分も立ち去った。興奮が収まらない新米の騎士達は声を荒げ、鼻息を荒げながら今の戦いの感想を言い合っている。
「惜しかったな」
「最後辺り、騎士団長は完全にこれを模擬試合と忘れてましたね…」
「それぐらい夢中だったんだろ」
「……奴のあの目、」
私を本気で殺す気だった。
夢主は小さく呟いて去って行くアレクセイの後ろ姿を見た。あの目に夢主は微かに嫌な予感を感じた。それがまさか数年後の未来で当たるなど予想もしていなかった。