短編
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「夢主!一緒にお風呂に入りましょう!」
「結構。1人でお入りください」
言葉は丁寧なのに相変わらずの無表情で夢主はエステルの言葉を一蹴した。だがエステルはムッとしたまま夢主を見ている。そんな光景を見た仲間達は呆れたように笑ったり、溜息を吐いたりと様々な反応を見せた。
その原因は昨日の夜。
夢主が出掛けている時だった。エステルが残念そうに言った。
「私、夢主と一緒にお風呂に入った事ないんです」
当たり前だ。誰もがツッコミを入れたくなった。主従関係というモノを分かっているのだろうか。大体主人であるエステルと一緒に夢主が一緒に風呂に入るなど有り得ない。そしてそんな事があったらなんて羨ましい、皆心の中で呟いた。
「当たり前だよ!夢主はエステルを守るために居たんだから」
カロルがさも当たり前だろというように言ったが、エステルは違う。夢主と一緒に風呂に入るためにやって来た武勇伝を語り出した。しかも真顔で。
「夢主を事故のふりをして汚したり、汚れた場所でワザとモノを探させたり、時には強行突破しようと無理やり連れ込もうとした事もありましたけど。しかもお風呂に入りましょう、って命令だけは絶対聞いてくれなかったんです。それに女性騎士に一緒に入ってるんです?って聞いても、分からないとか逆に聞き返されたり」
「ってか、側近相手に一緒に風呂に入ろうなんて頼むの、どこを探してもアンタだけよ」
リタが少し呆れ気味に言った。エステルは不思議そうな顔をして「そうです?」と聞いて来る。エステルは夢主を溺愛しているため、こんな事を語り出すのは日常茶飯事。普通の人ならドン引きモノだろうが、共感を持てる仲間は敢えて聞き入れるか、聞き流すかのどちらかだ。
「まぁ、何か夢主にも知られたくねぇ事があんだろ?」
ユーリが宥めるように言った。しかしエステルは「そんなっ!」と悲劇のヒロインのような声を出した。
「私、夢主の事、隅々まで知りたいです!」
「エステル、そういうのは音量下げて言った方がいいわよ」
ジュディスが食えない表情でそう言うとレイヴンは拳を握り、立ち上がった。
「おっさんも夢主ちゃんの身体の隅々まで知りたい!」
「アンタは黙ってろッ!」
リタの魔法が炸裂した。
という事が昨日の夜にあり、冒頭に至るのだ。いわゆる、エステルの悪い病気【夢主に甘えた病】なのだ。だがエステルに限らず夢主もパーティーメンバーのお願いは大概の事は何でも許す。パーティーメンバーは思い出した。
【合成素材の採取がしたいです、気をつけてやってください。夢主一緒に料理しましょう、そうですね分かりました】
【夢主ちょっと肩揉んでくれないかしら、あぁ構わない。お買い物付き合ってくれない、あぁ分かった】
【夢主!ちょっと修行に付き合いなさい、あぁ構わない。この本読みたいから食事当番代わって、はいはい】
【夢主!あっちに宝物があるから一緒に行くのじゃ、宝物は逃げないから落ち着いて行こうな。武器の合成が上手くいかんのじゃ…やってくれ、貸しなさい】
【うわわっ敵だ助けて、後ろに居なさい。いいなそのアイテム、…カロル・カペルが使いなさい】
「あら…」
「最低…」
「頼り過ぎじゃ」
どうやって思考を読んだのかはさておき、皆が冷たい目でカロルを見るとカロルは未だにエステルと無表情で戦ってる夢主に助けを求めようとしたが止められた。夢主と一緒に過ごす時間を大切にしているエステルだ。あの中に飛び込んだら間違いなく、エステルによって明日の朝日は拝めなくなる事間違いなしだ。
【夢主ちゃん街に遊びに行きましょー、…女の子を引っ掛けにだろう。う…おっさん甘い物は…ちょっと…、そう言うと思ってレイヴンには別の物を作っておいた】
【夢主甘い物作ってくれ…、何が食べたい。………、凝視してないでケーキなら2つだけ買ってやるから選んで来い】
思い出せば思い出す程、夢主がまるで母親のように見えて来るのは気のせいだろうか。パーティーメンバーは夢主を見る。いや、外見からしたらお父さん?いやいや、外見だけで中身はお母さん。皆はアイコンタクトで夢主はお母さんかお父さんか話し合っている。
だが、レイヴンは押され気味な夢主の背中を目を細めて見ていた。
******
夜中に夢主は部屋を出て外に出ていた。不思議と寝れずにいたのだ。恐らくあれだけエステルがねだってきたせいもあるのだろう。しかし、先程からまるで昼のように外を照らす星や月を見たかったのだ。
流浪の民だった頃はよく見上げていた。しかし帝都ではあまり見えなかった。だから見える内に見ておきたいのだ。
さすがに少し冷えるが、今は光り輝く月と星に夢中になっていたかった。その場に座り込みふうっと白い息が溢れた。
「うぅ~、寒ッ…」
「ッ!レイヴン、寝ていなかったのか…」
いきなり声が聞こえて夢主は面白いぐらいに肩を跳ねさせて振り返ると、寒さで少し震えるレイヴンがいた。その手には毛布が2枚ある。寒がりなレイヴンの事だ、と夢主は納得してしまった。そして再び目を空へと移した。そうするとレイヴンは「うわ、おっさん見ないなんて酷いわ」とそんな夢主に言葉を続ける。
「おっさん、こんな寒い中頑張って来たのに…」
そう言ってレイヴンは夢主の隣に座った。夢主はそんなレイヴンの言葉を聞き、星から目を離してレイヴンを見る。その目は何だか月と星の光を吸収したみたいで不思議な光を放っているようだった。月明かりに照らされているのはレイヴンも同じ筈なのに、月はまるで夢主だけを照らしているかのようだ。夢主はそっと手を伸ばしてレイヴンの頭を優しく撫でる。
「ありがとう」
無表情。そう、無表情だったはず。なのにいきなり優しい微笑みを浮かべられては普通の男なら内心秘奥義をくらってしまったぐらいにノックアウトだ。かく言うレイヴンはそんな破壊力のある優しい微笑みに何とか耐え忍んだが、10年前から胸の内に秘めた想いが爆発しかける。
が、何とか押し止どめる。
落ち着けレイヴン、いやシュヴァーンでもいい、とにかく今は告ってる場合じゃないでしょ!?
夢主は手を退けていつの間にかまた空を見上げていた。
「あー、あのね、夢主、皆を甘やかさなくていいのよ…?」
恐る恐るレイヴンが言うと、夢主は眉を顰めて小さく「甘やかす…?」と呟き、顎に手をついた。どうやら無自覚らしい。レイヴンはそんな夢主に対して溜息を吐いた。
「嬢ちゃんと一緒に料理した時、本当は手に怪我をしててあんまり料理したくなかったくせに」
「……」
「ジュディスちゃんとの買い物。本当は夢主ちゃんだって1番休みたかったんじゃないの?」
「……」
「リタっちと食事当番代わったみたいだけど、本当はあの時、夢主ちゃんだって読みたい本があったんでしょ?」
「……」
「パティちゃんに合成頼まれた時、自分だって合成したかったのにパティちゃんの合成にそのお金使っちゃうし?」
「……目敏いな」
夢主はとても関心したように言った。だがレイヴンはそんな夢主の態度に逆にビックリした。むしろここまで知っていればストーカーまがいだというのに。夢主は変なところで抜けているのだろうか。
「少年にあげたアイテム、本当は前からずっと欲しかったものだったのにね」
「……」
「青年にケーキ買ってあげたあのお金で、本当は欲しかった髪飾りを買うつもりだったんでしょ」
「ッ、見てたのか!?」
夢主はいつもの無表情を崩して慌てたようにレイヴンに聞いた。そんな夢主を見れて満足なのかレイヴンはにんまり笑って首を縦に振った。
あの時夢主は不審なまでにキョロキョロしていたのをよく覚えている。だが印象に残っている1番の理由は辺りを警戒しているのにその髪飾りを見ている時は女の顔をしていたから。
だが同時に嫉妬もした。その目には自分が映っていない、そして夢主は中性的な顔をしているから男も女も釘付けだったから。
「あのね、おっさんはもっと夢主ちゃんは自分を主張しても良いと思うよ。甘やかしてばっかりじゃなくてね」
「甘やかしてる訳じゃないんだ」
レイヴンの言葉に夢主が優しく反論した。レイヴンは首を傾げると、それが面白くて夢主は小さく笑った。
「私は、流浪の民だ。そして民は皆バラバラになり、エステリーゼ様に仕え、そして今は皆と居る。分かるか?私は、嬉しいんだ。ずっと1人だったから甘える事も、頼られる事もなかった。仲間がいなかったから。でも今は皆という仲間が居る。私はそれが嬉しくて、頼まれたらきいてしまうんだ」
寂しそうに夢主が笑った。レイヴンは「あぁ」と返事をしたがそれは夢主の昔を思い出したようだった。あの木の下で夢主と話していた頃夢主は全てを話してくれた。1人で結界の外を旅をしていた時。何を思ったか。
「甘やかしていると思ったのなら、すまない。でも、甘やかしてる訳じゃないんだ、仲間のためならちょっとの我慢ぐらい厭(いと)わないだけで、」
「いや、いーのよ。おっさんは夢主ちゃんが、嫌な事を嫌って言えてないんじゃないかって心配してただけよ」
「まさか」
「例えば?」
否定しながらも夢主の事だから仲間のお願いを断った事が無さそうで、レイヴンは意地悪そうに聞いたが夢主はキョトンッとした表情で「このリボン」と、自分の髪を束ねているリボンを指さした。
そのリボンはかつて、レイヴンがシュヴァーンであった頃に夢主にあげた物だ。レイヴンは首を傾げる。
「何度かエステリーゼ様が髪を解いた姿を見たいと言ってな、」
「うんうん」
これはある人との約束を私が今でも信じている証なのです。だから、髪を洗う以外でリボンを取る時はその人にリボンを返す時なのですよ。
夢主はいつもの無表情で言う。逆にレイヴンはその言葉を受け入れ理解していくと、徐々に顔を赤くしていった。という事は夢主は今までずっとレイヴンの帰りを信じて待っていてくれたのだ。
「…そろそろ冷えて来たな。私は寝る。おやすみ」
そう言って夢主は部屋の中に入って行った。レイヴンは曖昧な返事をして夢主を見送った。
翌日、寒い中夢主の言葉を悶々と考えていたレイヴンは風邪を引いて皆にバカにされたらしい。もちろん夢主の介抱によってすぐに治ったらしいが。
レイヴンのくれたリボンは夢主さんには大切な物のようです。