rkrn長編
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彼女は自分を捨てました。
彼女は偽りました。
彼女は人を捨て狼と共にしました。
彼女は人に出会いました。
彼女は何度も出会いました。
彼女はその人に恋慕を抱きました。
彼女は恋慕を抱きながら涙を流しました。
彼女は恋慕を隠しました。
彼女はその人を守りました。
彼女は再び全てを捨てました。
彼女はその人のために全てを捧げる覚悟をしました。
彼女は涙を流しました。
彼女はどうしたらいい、と覚悟を要らないと言ったその人に問いました。
彼女は許されたかった。
その人は、笑顔でこう言いました。
「 」
****⑯****
ご飯時になると学園は賑やかになる。忙しいのは昼時と夕時。
私はあの後、尾浜と一緒にあのやたらと深い落とし穴から助け出されて、降参を認めた。そして尾浜は学園長の元に私を連れて行くとニッコリ笑ってお願いを言った。
「梓季さん!A定食!」
「俺、B定食!」
私を食堂に置いて欲しいと。それには学園長も驚いていて私も驚いた。おばちゃんは嬉しそうに笑っていた。しかし願い事は叶えなくてはならない。だから私は食堂のおばちゃんと一緒にここで働いている。
そして、願い事を言われたその晩。私は学園長の元に呼ばれた。行ってみると山田先生と山本シナ先生もいらっしゃった。
話は、狼としての仕事を梓季でこなせという事。つまり、もう顔を隠すなという事だった。それに関しては未だに返事は出来てないけど。
「はい、お待たせ。今日もお疲れ様」
「ありがとう!」
お盆を渡すと笑顔でそう返された。狼の時とは違う、皆にとても近い位置。それはムズ痒くて、胸が暖かくなる。そんな感じ。
先生方から、私が狼であった事は伝えられたらしい。やはり変な目で見て来る子や快く思わない子は居た。だが、私が意外とする生徒が力で捩じ伏せたのも事実。
「梓季さん!」
「A定食3つ」
「お願いします!」
それはくのたまの子達だ。
まぁ、多分忍たまよりくのたまの方が秀でてるっていう事が身近で分かったじゃないですか!って興奮しながら言ってたからそれでだと思う。
……私は、秀でてなんてない。
敵を潰すことで自分の心の中にある罪悪感や、友人だった敵を潰すごとに胸が潰れてしまいそうになった。忍として私は失格。
あの時だって顔を隠したりして狼として、尾浜にだっ…抱き付いたりして……。
「……梓季さん?」
「…え?な、何…?」
「顔、赤いですよ」
「えッ…!?」
指摘されたら何だか皆にあの時の事がバレてしまっている気がした。慌ててに頬に触れるともう身体中熱くて頬が熱いのか何なのか分からなかった。
「き、気のせいだ…!A定食3つだよね、お疲れ様」
料理の乗ったお盆を渡す。
ダメだダメだ、今は仕事中。変な事は考えるな!
それにしても、
「今日は5年生が少ないですね」
おばちゃんにそう言うとおばちゃんはそうねぇ、と言って食堂内を見回した。もう少ししたら食堂自体閉めてしまう。なのに5年生のあの制服を今日は殆ど見掛けていない。…5年生と一括りに言ってみたが、本当は尾浜が居なくて不安になって聞いてみた。忍務…、の話は聞かないし、どこかで鍛練でもしてるのかな…。
「もうすぐ食堂閉めちゃうのに、困ったわねぇ」
「私が食堂閉めてからおにぎりを届けに行って来ますよ」
「場所が分からないのにどうやって?」
「鍛練で山に行ってるなら愁達に探してもらいます。学園内にいるなら部屋に置きに行って来ますよ」
そう言うとおばちゃんはじゃあ頼もうかしらね、と笑って私も一緒におにぎりを握り始めた。
――――
「…組み手で?」
大量のおにぎりを運んでいたらボロボロになった5年生が歩いて来た。どうしたのかと話を聞くと午後の授業で組み手をしたらしい。そこでここまでボロボロにされたらしい。しかも、たった1人によって。
「新野先生いらっしゃったかなぁ…」
「善法寺先輩に頼もうと思ってるんですけど、」
「あぁ、そうなのか。じゃあ気を付けて。おにぎりは部屋に置いとくよ」
そう言って来なかった生徒達の部屋におにぎりを置く。もしかしたら治療待ちで遅くなってるのかもしれないなぁ、なんて思いながら配る。竹谷も不破も鉢屋も治療こそされていたがボロボロだった。それで大丈夫かを聞くと苦笑された。
「私達の言葉が軽率だったんだ」
「そうだね、特に三郎」
「私だけ!?」
「まぁ、勘ちゃんにはタブーだったかな」
一体何を言ったのか分からなかったが、取り敢えずおにぎりを渡して最後に尾浜と久々知の部屋に行くと、久々知しかいなかった。
「尾浜は…?」
そう聞くと上を指差し、こっそりと「今は落ち込んでますから気を付けて」と囁いた。何に対して落ち込んでるのか、気を付けてなのか分からないが取り敢えずありがとうと言っておにぎりを渡すと屋根の上に上がる。上着と頭巾を取った尾浜がぼんやりと満月を見上げていた。
「尾浜」
「…あ……」
呼ぶと尾浜はびっくりして、何だか照れくさそうに頬を掻いていた。
「隣、良い?」
「…うん」
隣りに座るとおにぎりを渡した。尾浜は感謝の言葉を口にしただけでそれ以上は話そうとしなかった。もぐもぐと食べ始めた尾浜を眺める。
あれから、こうやって狼の時にしてたように話すのは、初めてだった。
5年生は皆口を揃えて言っていた。
尾浜にやられたんすよ。
何があったんだろ。
尾浜は基本的ボロボロになるまではしないか、ある程度自分の中でセーブを掛けると思ってた。なのに…。
「許せなかった」
「うん…?」
何が、と聞く前に尾浜は食べるのを止めて私を見た。
「皆して、梓季を、俺が最初なのに…」
「…どういう意味…?」
そう聞くと真っ直ぐ、でも何か熱が籠ったような目で尾浜は私を見ていたが、ふいっと視線を下に落とした。
「…、俺、嫉妬深いんだ」
嫉妬深い…。
「だから、皆が梓季を狼であって女の子だって知って、今度話しかけようとか、女の子って知ったから美人だとか、そういうの許せないんだ」
女の子って…。
私はそんな歳じゃないんだけどなぁ…。
「俺は梓季をずっと見て来たのに…、悔しくて…」
「尾浜」
心配しなくてもいいのに。
確かにこの学校の生徒であるならば私は誰であろうと基本的信頼するし呼ばれればそばに行く。それは先生方だったりおばちゃんだったり。
でも…。
「前にも言った…、私が安心して、そばに居られるのは尾浜だけだから。それは今でも変わらない」
だから心配する必要なんてない、そう言おうとしたら押し倒されてた。でも尾浜が後頭部の下に手を入れてくれたから屋根に頭をぶつけることはなかった。けど…、
「…、ぉ……は、ま…?」
なんで私は尾浜に押し倒されてる?
なんで尾浜は私の上に馬乗りになってる?
なんで尾浜は私の両腕を押さえ込んでる?
「梓季…」
顔がゆっくり近付いて来て、口吸いが出来そうなまで近付くと、コツンと額がぶつかった。
きっと私の顔は真っ赤だろう。ギュッと目を瞑ると尾浜の優しい声が聞こえて来た。
「後輩であり、忍術学園の尾浜としてじゃなくて。梓季を想う1人の男の尾浜として、聞いて」
私を、想う…?
「好きだよ。ずっとずっと、好きだった」
「お、はま…でも…、私って知ったとき……、怒って……」
「悔しかった。自分が情けなかった。いままでこんなにそばにいたのに気付く事も、気付こうともしなかった自分に。梓季を泣かせた自分に」
頭と胸がぐちゃぐちゃになる。尾浜は私が好き…?ずっと好きだった…?怒ってなかった…?尾浜が私を泣かせた…?いつ私は泣かされた…?
「もう嫌だ。梓季の泣く姿を見ても何も出来ないなんて、背中を追いかける事しか出来ないなんて。隣で涙を拭きたいし、隣に立ちたい」
目の前が歪んだ。
尾浜の姿が歪んで、なんで、歪んでる…?
「…、泣く程…いや…?」
「ちがっ…!」
そんな事、言われた事無かった。隣に立ちたいなんて、涙を拭きたいなんて、好きだなんて…。胸が暖かい。でも、息が苦しい、涙が止まらない、どうしたら良い?なんて返事をしたら尾浜を傷付けない?
「おはま…」
「うん」
「私は、かわいくないし、性格だって、可愛くない。心は弱いし弱虫だし、尾浜が幻滅してしまうかもしれない…」
「そんなこと、」
「でも、こんな私だけど、欲張りだけど、尾浜に、尾浜だけに…そばにいて欲しい…」
嬉しい時も、悲しい時も、悔しい時も、隣にいるのは尾浜が良い。うぅん、尾浜じゃなきゃ、いや…。
「うん…、そばにいる」
「我が儘で、ごめん…」
「我が儘なんて!兵助や鉢屋の方がよっぽど我が儘だよ。むしろ、嬉しいから。だから泣かないで」
身体を抱き起こされ、抱き締められた。涙腺が決壊したように後から後から涙が溢れて来る。こんなに逞しくなっていたんだ…。そう考えたら恥ずかしいけど、暖かくて心強くて、心地良かった。
(久しぶりに夢を見た)(尾浜が隣にいて、私に笑いかけてくれてる夢)(目が覚めたら忍び込んで来た尾浜が笑っておはようと言ってくれてまた涙が溢れた)
END