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「人魚姫は、王子様から救われたんだ」
私の口からポロリと言葉が漏れた。その言葉はとても小さくて、洗い物をしているから食器の当たる音や、水道の音にかき消されるほど。だけど、隣で食器を拭いていた南雲君の耳には入っていたようで「人魚姫?」と不思議そうに言った。
その目はキョトンとしていて、なんでそんな事を言ったんだと問いかけているようだった。その大きな目に見つめられ、耐え切れず私は何故いきなりそんなことを言い出したのかを話した。
「南雲君、この間絵本置いてったでしょ。その中に人魚姫ってあって…」
昔、たくさん読み聞かされた絵本の中で人魚姫だけは悲しい終わりをしていてあまり好きではなかったという子供の頃からの印象がある。
でも今回読み直して、実は救いがあったのではないかと思った。
人魚姫は、隣国のお姫様と結婚することになった王子様のそばで、自分と結ばれなかった事への嫉妬、悲しみ、苦しみなどの苦痛から逃れる術があった。王子様を殺せば自分の中でそれこそ一生その負の感情を自分の中で背負い込む事になる。だから、ナイフで王子様を殺さずに、自分が泡になることで、王子様から逃れた。
それは、一見結ばれなくて悲しいことなのかもしれないけど、声も出せず、思いを伝えることも出来ない、これからずっと負の感情に囚われていく人魚姫にとって、唯一の救いだったのかもしれない。
そう話すと、南雲君はふふふと穏やかに笑いながら食器を戸棚にしまっていく。
「確かに、そういう見方でも出来るね」
水道を止めて、タオルで手を拭く。
泡になった人魚姫は海に帰ったんだ。
故郷の海に。
姿は違うけど、それはそれで幸せなのかもしれない。もう誰にも見つけてもらえない、話してももらえないかもしれないけど。
「でも、僕なら…、」
「ん…?」
ふと南雲君がそう言いかけるから、私は思わず南雲くんを見る。南雲君は私を見ている。その目は何処までも深い、底の見えない黒い瞳をしていた。それに私は怖気づいて身体が恐怖し、いつの間にか少し後ずさっていた。南雲君はそんな私を見てふっと笑って、パッといつもの読めない笑顔を浮かべた。
「まぁ、僕が人魚姫なら容赦なくめった刺しにしてるけどね〜」
ニコニコ笑って南雲君がそう言うから、思わず想像してしまった。返り血を浴びながらもニコニコ笑いながら絵に描いたような王子様を、めった刺しにする南雲君。
………………、うん。
容易く想像できる辺り、私の想像力は伊達じゃないというか、何というか…。
私は引き攣った笑みを浮かべながら南雲君に笑い返した。ジャラリと鎖が音を立てた。
******
数独をしていた南雲は集中力が切れてきて、ふと隣で小さく寝息を立てている夢主を見た。小さく丸まるようにして眠る夢主に手を伸ばして、頬に触れる。南雲は人魚姫の話をした時、夢主は自分から逃れたいのかと思ってしまった。しかし話を聞いていくうちにそうではないと理解し、胸をなで下ろした。
夢主は今、南雲に軟禁されている。
その証にその細い右の足首には足枷が付けられている。
鎖はこの部屋の中を移動することは可能だが、外に出ることは出来ない。
南雲は耐えられなかったのだ。
自分以外の男と関わる夢主を見るのが。夢主の目に他の男が映るのが。夢主の耳に他の男の声が入るのが。夢主が他の男に触れられるのが。他の男の目に夢主の姿が映るのが。
何もかも耐えられなかった。
坂本や赤尾など大切な友人は出来たことはあるが、これほどまでに自分に余裕が無くなるほど大切な人など出来たことがなかった。
「もし、キミが人魚姫みたいに、泡になって僕から逃げたなら…、」
その目から光が消える。
真っ黒な目には穏やかに眠る夢主が映っていた。
「もう逃げられないように、その泡を飲み込んであげる」
そうすればもう僕から逃れることも出来ない。いや、そうする事で文字通り僕の一部になるんだ。それはそれで魅力的で、南雲は恍惚とした表情を浮かべたが、すぐにその表情は消えた。
一部になるのは魅力的だが、そうしたらもう彼女とこうやって一緒に眠ることも、話すことも、触れ合う事もできなくなる。それは南雲にとって苦痛だった。
「ん……」
触れたことで夢主が起きたのかモゾリと身動ぎ、閉じていた瞼がうっすら上がる。そしてぼんやりと南雲を見つめた。それが愛おしくて、ふっと笑みが漏れる。南雲は数独の本を置くと愛用のアイマスクを手に取り、布団に潜り込んだ。
「ごめんね、起こした?」
「なぐ、もく、」
舌足らずに、必死に言葉を紡ぐ夢主。
「こんどは、」
「ん…?」
「はっぴーえんどな、おはなしがいいなぁ…」
そう言うと力尽きたのか夢主の瞼は再び閉ざされてしまう。だがまだ言いたいことがあるのか、必死に言葉を紡いでいる。
「そ、すれば…、しあわせ、だ、から…」
再び小さく寝息を立て始めた。どうやら眠ってしまったようだ。そんな夢主を見て南雲は幸せそうに笑うと電気を消した。
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