南雲vs楽
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『まぁ、会わせたいっていうか、夢主に会いたがってる奴』
『………?』
盗聴器から聞こえてきた赤尾の声に南雲は胃の腑熱い鉄塊が軋むのを感じ内心舌打ちをした。せっかく、他の男達から夢主を遠ざけるようにしているのに。
隣を歩く坂本は、一瞬南雲の険しい雰囲気を見逃さず、訝しげな顔をしている。
高身長で甘いマスク、それだけで南雲は女子から人気があった。それを本人も理解していた。遊びで付き合っていたこともある。ただし、本人は坂本や赤尾、夢主と一緒にいるほうが楽しいため、それを伝えるとフラれていた。
最初は赤尾と坂本だけだった。
だが、ある日。
「あ、あの…!三人とも……!!」
あの日、僕は初めて夢主という『特別』を知った。
ホームルームが終わりさっさと帰ろうとしている三人に声をかけてきた。それが夢主だった。その頃、三人に悪童という名の異名が付けられて嫌厭されていたためクラスの人間から話しかけられること自体ほとんど無かった。そんな中夢主が話しかけて来て、三人も驚いていた。
夢主も少し怯えているようだった。
怯えるぐらいなら話しかけなきゃいいのに。
南雲はぼんやりとそう思った。
夢主はどう見てもそこら辺にいる女の子で、自分達悪童と呼ばれる生徒や、自分に絡んでくる陽キャと呼ばれる生徒とは明らかに異なっていた。
そんな自分達と相容れぬような女の子がなんで話しかけてきたんだろう?それとも見た目だけで実は何か悪い事でも企んでいるんじゃ…。
「今日、化学のノート提出しないと…」
そう言われ、南雲はあぁ、と言った。
赤尾は「あぁ?!」と声を上げた。そんな声を上げたら女の子ビビるんじゃ…、と思いチラッと夢主を見たが夢主は、こちらを恐れるどころか理解してくれて良かった、と言いたげににヘラリと笑った。
その悪意の一切ない透き通った笑みに南雲は逆に毒気が抜かれて、ただ呆然と見つめるしかなかった。
南雲は鞄からノートを取り出し、夢主に渡そうとする。坂本もゴソゴソと鞄からノートを出している。赤尾はノートを探すために自席の机に行った。
「偉いね、先生から頼まれたの?」
二人が探している間、南雲は夢主に話しかける。夢主はキョトンとして南雲を見上げてきた。
「結構な量だよね。手伝おうか?」
気付くと南雲も笑いかけていた。
夢主も花が綻ぶように笑った。
「ありがとう。でも、大丈夫。四冊分だけだし」
「え?」
「どういう事だ?」
ノートを見つけ出した坂本が夢主にノートを差し出しながら問い掛ける。
実は今日、三人で化学の授業をサボったのだがその際に化学の先生が今日の授業分までのノートを提出しない場合は成績を一番最低ラインにする、と言って授業中にノートを回収していったのだと夢主は教えてくれた。
それを聞いた三人は顔を青ざめさせた。
今日の化学の授業のノートは誰からも写していない。マズい、と三人の間でそんな空気が流れると夢主は自分のノートを見せた。そこには綺麗な字で化学とタイトルがかかれている。
「早く写しちゃおう!」
そう屈託なく笑う夢主に三人はキョトンとしてしまった。夢主は三人が思っていることが分かったのか苦笑しながら自席に向かった。
「完成度上げたいって言ったら先生にね、特別に許可もらったの」
「よくやった!」
赤尾は飛びつくように夢主に抱きつき、慌ててノートを写し出した。坂本も悪いな、と言って夢主のノートを写し出す。南雲も夢主の隣の席についてノートを写しながらチラッとまた夢主を見た。
これが夢主との始まりだった。
そこから赤尾は夢主を気に入ったのか、よく話しかけるようになり、三人の輪に加わった。陽キャと呼ばれる生徒からは変な目で見られることもあったが、夢主自体あまり気にしていなかった。四人でいることが定着し始めた頃、南雲は女子生徒から呼び出され、告白され、断った帰りのこと。
「夢主って可愛いよな…」
「お前告白してみろよ!」
「押せばヤラせてくれるんじゃね…?」
と下世話な事を言いながらたむろする男子生徒たちの言葉を聞いて南雲は仄暗く熱い、溶岩のような感情が湧き上がる。
あぁ、この醜い唾液で僕の『本物』を穢すな。
気付けば青褪めた男子生徒の胸ぐらを掴んでいた。
気付いていたけど、気付かないようにしていた。
自分は夢主が好きなんだと。
自分を取り巻く取り繕ったような笑顔や言葉、表情とは違う、心から溢れたような笑顔を向けてくれる。暖かいものが胸に溢れてくる。そんな夢主を南雲は好きになっていた。
だが、それと同時にこうも思った。
自分以外の男の誰にも触れさせたくない。
自分以外の男の誰も視界に入れさせたくない。
夢主が他の男を選ぶ選択肢を無くさないと。
夢主は僕だけを見つめてほしい。
僕だけを選んでほしい。
偽物の笑顔と薄っぺらい言葉で埋め尽くされていた南雲の世界で、夢主は唯一の『本物』となっていたのだ。
だから。
ーー誰にも渡さない。
「夢主、あげるよ」
そう言って差し出したのは綺麗な石のついたキーホルダー。夢主は誕生日でもないのに…?と思ったが、南雲はちょっと遠出してきたお土産なんだ、と適当な事を言った。
「綺麗…、ありがとう…」
そう。
その笑顔は僕だけに向けてね。
そっと南雲は内心呟いた。
笑顔だけじゃない、泣き顔も、笑い顔も、怒り顔も、恥ずかしがってる顔も全部。
全部、ね。
ジュースを赤尾に渡して南雲は夢主の元に行くと夢主はぼんやりとしていた。呼びかけるが返事はない。カバンに付けられたキーホルダー兼盗聴器を一瞥しその機能を確認する。そしてツンッと夢主の頬を突く。すると夢主は驚いたように南雲を見た。
「何か考え事?」
心配そうにそう聞くが夢主はきゅっと唇を一度噛み締めて、困ったように笑った。
「……、次の時間の小テスト、ちょっと自信ないなぁって思って」
嘘が下手だなぁ。
そんな君も好きだけどね。
「なぁんだ」
南雲は笑って夢主の小さな頭をぽんっと撫でた。
「大丈夫、僕が教えてあげるよ」
僕にしか頼れなくなるまではまだまだかかるだろう。
ーーそれでもいい。
僕は優しいから。夢主がちゃんと僕だけの『本物』になるまで優しく優しく、教えてあげるからね。
南雲の口は弧を描いていたが、昏く深く濁った目で夢主を見ていた。
