楽vs南雲
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眠っていた意識がふと浮かび上がって、まず聴覚が小鳥のさえずりを拾った。瞼を上げれば、自分の部屋。時計を見れば目覚ましよりも少し早めに目が覚めたことを指し示している。遮光カーテンの隙間から陽射しが差し込んでいる。
あの日。
運命の相手と名乗る楽と出会って、与一さんと別れるはずだった定例の日から半月が過ぎた。
今日は初めて、与一さんとデートをする。
あの別れるはずだった定例の終わりに、与一さんとメッセージアプリの連絡先を交換した。
「僕達に足りないのは、一緒に過ごす時間と言葉だと思うから」
そう言った与一さんは手慣れた様子だった。
その声は、まるで優しく諭すかようで、私の心にじわりと染み渡る。
正直、一緒に過ごす時間も言葉も足りないのは与一さんのせいでもあると思うし、この言葉はロミトラじゃないかと未だに疑っている。こうやって異性を籠絡して、まるで蜘蛛の糸のように絡め取っていくのだろう。そう思いながら。
そして、連絡を交換した日から与一さんは思っていた以上に連絡をまめにくれる。
今日はどうだったという話題から、ORDERの仕事は大変だということ、同僚との面白かったこと、たくさん話してくれる。時々電話もくれる。
最初は突然の電話に驚いてどうしたのかと聞くと、
「いやー、夢主の声が聞きたくなってね」
と言われた。
今の今までずっと放置されてきたのに、今更になって物凄い勢いで距離を縮めてくる与一さんに私はどういう反応をしたら良いのか分からない。ハニトラを仕掛けるターゲットにするみたいに男性に万人受けする女性らしい反応をしたら良いのか、それとも"私"の反応で良いのか分からなくて、困惑してしまう。それを与一さんは分かったのか、ふっと電話越しで少し自嘲気味に笑った。
「本当はね、会いたいんだけど。無理そうだからさー」
JCC時代によく女子達が恋愛の話をしていた。それはちょうど与一さんから冷え切った疑問符を投げかけられた頃で、恋愛というものが分からなくなっていた時期でもあった。いや、諜報活動科というところにいたせいもあるかも知れないけど。
「今の案件が終わったら、デートしようか」
「え……?」
「僕、言ったでしょ?僕達に足りないのは一緒に過ごす時間と言葉だって」
日付が決まったら連絡するね、と言われその日の通話は終わった。そして何度か電話を重ねていって、数日前に今日デートが出来ると伝えられた。
カーテンを開けて、ふと外窓の窓枠下にそれが置いてあるのに気づく。それを見て、ふと私は与一さんは無理そうだ言っていたが、なんだかんだ来てくれているんだと、ぼんやりと思った。
窓を開けるとそこに置かれていたのは、何処かで摘んだと思われる白いタンポポとピンクのすみれ。
これもあの日からずっと続いている。
ただ無造作に置かれているのが与一さんらしくないけど、もしかしたら忙しくて置いてすぐに行ってしまったのかも知れない。そう思い、ひとまず与一さんには今日お礼を言おうと心に決め、メッセージでは何も言っていない。
それにしても、白いタンポポなんてあまり見かけないのに…。
ふと笑みが漏れる。ふわりと胸が温かい何かで満たされた気がする。
花を手に取り、小さな花瓶に入れた。
*****
仕事が終わった頃には、すっかり日が暮れていた。
もしかしたら、与一さんが早めに着いているかもしれないと、慌てて着替えて待ち合わせ場所に向かう。しかし、与一さんの姿は見当たらない。それにホッとして、腕時計を確認する。
約束の時間まで、あと五分。
どこか緊張しているのに、楽しみに思っている自分がいる。与一さんを待つこの時間も、このあと会えると思えると少しワクワクしていた。ロミトラと騙されているのかも知れないと思いながらも、子供の頃からずっと欲しかったものが与えられる思うと、嬉しくてたまらなかった。この胸の高鳴りは、久しく忘れていた感覚だった。
すると、目の前を一組の男女が通り過ぎる。楽しげに笑っている。女性の首にはチョーカー。αとΩのカップルなのかもしれない。そんな私の首にもチョーカーがある。与一さんが念の為に、とあの日の帰り際に渡してくれたものだ。
ふと、鞄の中のスマホが震えた。
なんだろう、与一さんからの連絡かな…。
そう思いながらスマホを取り出し、通知を見ようと電源を入れた。
次の瞬間、後ろから手が伸びてきてスマホ画面を掴まれた。
それに酷く驚き、慌てて振り返る。
そこには、銀色の髪と鋭い紅い目。暗がりに浮かび上がるその姿は、どこか現実離れしていた。
「よぉ」
「楽……?」
あの日、私の運命と名乗った楽がいた。あまりに驚いて、少し後退りしようとしたがそれよりも早く、楽は私からスマホをいとも容易く取り上げる。
「ちょっ、楽…!返して…!!」
慌てて取り返そうとしたが、楽は素早く何やら操作して、電源を落とすと私にスマホを返した。
「ん」
素直なのか、意地悪なのか…、よく分からない。でも、第一印象は私の中では悪くないから、前者を選んだ。
スマホを受け取り、カバンにしまっていると楽は少しホッとしたかのように息を吐いた。なんでそんな息を吐いたんだろう?
「まだ、うすっぺらい匂いしかしてねーなって」
私の反応で楽は察したのか、息を吐いた理由を教えてくれた。
それに私は苦笑いしか出来ない。
今のところ敵意もないし、攻撃的なところも見えない。それに私は完全に油断していた。
「ところで、こんなところでどうしたの…?」
そう言うと、楽は私の腰を抱き寄せて、手を取ると指先に口付けた。
その指先が唇に触れた瞬間、ぞくりと全身に電気が走るような感覚に襲われた。
「助けに来た」
「、え……?」
激しい痛みと衝撃。
それに私は、意識が一瞬で遠くなる。目の前が急速に白んでいく。
「花、気に入ってくれて嬉しいぜ」
あぁ、あの花は与一さんからのものじゃなくて、楽からのものだったのか。
意識が途切れる前に、私はそんな事を悠長に思った。額に触れたわずかな感触だけが、現実だった。
南雲は自分の持てる限りの速度で夢主との約束の場所に行った。
だがそこに夢主の姿はない。
先程、関東支部を襲撃した主犯格の情報を得て、慌てて夢主に連絡したが、返ってきたメッセージは、
『もらうわ』
と四文字だった。
血の気が引いた。やっと、彼女と心が通じ合えると思って今日を楽しみにしていたのに。しかも約束の場所にかすかに残るのは紛れもなくあの時のあのαの匂い。
そして自分の家で調合したフェロモン抑制剤で匂いが薄いが、紛れもない自分の運命ーー彼女の匂い。
「っ………」
南雲はギリッと音がする程歯を噛み締める。自分の顔を両手で覆い、目を閉じた。
あの穏やかな笑顔の彼女を、自分の運命を、取り返す。
南雲の目から光が消えた。
「僕から、運命を掻っ攫うなんて、許さない」
鼻孔を擽る、憎らしいαの匂い。
殺してあげるよ。
惨たらしく。
南雲はそっと心で、誓うように呟いた。
