楽vs南雲
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
連れて来られたのは個室のあるファミレス。私達とすれ違う店員は訝しげな顔をしていたけど、男性がギロリと睨むと怯えたようにそそくさとバックヤードに逃げ戻った。
席に着くと、私は気になっていたことを口にした。
「あの、運命って……、もしかして運命の番のこと…?」
向かいに座った男性は肘付をついて、少し熱の籠もった目で私を見つめていた。この人、表情はあんまり変わらないけど、目は素直だなぁ。
「それ以外になんかあんのかよ」
そう。
そこだ。
「私、番がいるけど…」
それにあの時の感覚は、間違いなく彼と初めて出会った時の感覚と同じ。あの感覚が運命の番との出会いなら、私は彼とも運命であって…でも、複数の運命の番がいるなんて話、聞いたことない。あったとしても眉唾物だ。
「噛まれてねーんだろ?だったら番じゃねーだろ」
その言葉に私は何も言えなくなる。
彼が拒否をしているからなのか分からないけど、少なくともはっきりしているのは私は彼に項を噛まれていないから、番契約を結んではいない。大体、彼は私の事嫌っているだろうし…。
運命の番でも噛んでもらえないのがきっと、その証拠だ。私に興味なんて全く無いんだろう。
私の様子を見つめていた男は一つ溜息を吐いた。
「楽」
「え……?」
「俺の名前」
がく……。
心の中でそっとなぞる様に呼ぶと手をとられ、甲に唇を落とされた。それに驚いて手を引っ込めそうになるけど、強い力で放してなどもらえなかった。
「呼べよ」
名前を、呼ぶ。
「大体、番を見つけたのに噛みもしねーαなんざ、ただのゴミだろ。さっさと捨てちまえよ」
言葉こそ粗野だが、絶対に私を手放さないと言うように、手つきも唇も優しくて。もう一度私の手の甲に唇を落とした。
「俺はそんな顔させねー」
「…………?」
「お前、ひでぇ顔してたぜ。今にも死にそうな顔」
……、死にそうな…。
そうかもね、うん。Ωの私はもしかしたら死のうとしていたのかもしれない。あの時、許嫁兼番である彼に別れを告げようと思っていたのだから。契約したΩはαが居ないとその孤独感によるストレスで死んでしまうこともあるって聞いたことある。契約こそしてないけど、Ωの私からしたら運命の番と別れるなんて死にに行くようなものだ。
楽が運命の番なら…、もうあんなに苦しまないで、悲しまないで、済むのかな。ぼんやりとしながらそんな事を考えていると楽が急かすように「呼べよ」と再度催促してきた。
私はゆっくりと息を吸って、楽の名前を声に乗せようとした。
背後から私の口を誰かに覆われなければ。
「全く、約束の時間になっても来ないから探してみれば……。他のαと密会しているなんてね〜」
その背筋を凍らせるようなその声に私の体は意思に反して震えた。
その声は普段と変わらない楽しそうな声なのに、どこか底冷えするような冷たさがあり、彼の激しい怒りが空気を通じて伝わってきた。恐る恐る振り返ると、彼 ー 与一さんが獲物を追い詰めるかのように細められた黒い瞳が、私を冷ややかに見下ろしていた。私が惹かれてやまなかった筈の黒い瞳は冷たくて、私は心臓を鷲掴みされて、全身が硬直する。
「よ、いちさん……」
やっとやっと与一さんの名前を呼ぶ。与一さんは嬉しそうににこにこ笑いながら私の頬をつついた。
「全く……、僕の運命は浮気性でいけないね」
そんな事思ってないくせに。
私の事、何とも思ってないくせに。
「放せよおっさん」
「ん?」
酷く低い声で、まるで威嚇しているみたいに楽が与一さんにそう言った。
「こいつは俺の運命だ。それに、んな他の女の臭い付けてきて言うセリフじゃねーだろ」
楽がそう言うけど、与一さんはスッと手を伸ばして楽が掴んでいる私の手を素早く奪い返すと服の裾で手の甲をゴシゴシと拭った。
「君こそ、よくも僕の運命に手垢まみれの手で触れたね」
肌を刺す殺気。ここが個室で良かったと思った。一般人がこんなところにいたら、気絶してしまう。しかし、それどころじゃない。このままでは、このお店が戦場とかしてしまうんじゃないかと私が本気で心配していると、与一さんは私を無理矢理立たせ、楽に「じゃあね」と言って私を引き摺って店を出た。
そして連れて来られたのは、約束していた定例の会場。
夜景の見える、個室レストラン。席に無理やり着かされると向かいに与一さんが腰掛けた。
「与一さん、私、」
「夢主さ、今日僕と定例だって分かってたのに、僕の送った服、着てくれなかったの?」
毎回、送られてくるおしゃれな綺麗な服。
私はこんな服が似合うような女じゃないと、気後れして、それでも両親から与一さんの機嫌を損ねないようにと圧力をかけられていたから、あの服達を着ていた。
でも、それももうおしまい。
色々あったけど、私は今日本来の目的を果たす。
「与一さん、許嫁の話、破棄にして頂きたいんです」
黒い瞳がちらっと私を見た。
そしてすぐに逸らされて、彼専用に準備されていた葡萄ジュースが注がれているワイングラスに落とされた。
「一応聞いてあげるけど、どうして?」
どうして?
貴方こそ私に一切興味を示さず、ましてやぞんざいな扱いをしていて、なのに理由を聞くの?
私の事なんて何とも思ってないくせに。
「あぁ、もしかしてさっきの彼に絆された?」
「違います」
「あー……、思い出すだけで本当に虫酸が走る」
「………………」
ワイングラスを持ち上げて、葡萄ジュースを飲む与一さん。私はそんな与一さんを見つめていた。
「……、貴方に愛されたかった」
私はボソッと呟くように言った。
その言葉に与一さんはピクリと動く。
窓の外を眺める。綺麗な夜景、下ではたくさんの人々が行き交っているのだろう。その中で契約を結んだ幸せなαとΩがどれだけいるんだろう。そんな風に私はなりたかった。
「でも、もう追い求めるのはやめます。手に入らないものを追い求めるのは、疲れました」
「ッ、ちょっ、と待って…」
夢主、僕に愛されたかったの……?
そんな言葉を耳が拾った。
その言葉に私は少しありえないとさえ思い、顔を上げると、珍しく少し顔を赤らめた与一さんが私を見ていた。
「僕はてっきり…」
「……?」
「僕の家の威光が欲しくて、政略的なものかと思ってたから…」
「……、確かに、最初与一さんと出会うまでは私も政略的なものだと感じました。でも、初めて会ったときから、私は与一さんに愛されたいと思った。でも、いくら努力しても欲しいものは与えられなかった」
だからもう、追い求めるのはやめる。
もう、この関係だって終わりにしたい。
そう伝えると、与一さんはワイングラスを置いて、立ち上がると足早に私に近付いてきた。
怒ったのかもしれない。Ωがαに楯突いたなんて、プライドの高そうな与一さんからしたら、怒っても仕方ない事だから。でも、怒られて、別れられるなら安いものだ。
与一さんは私に近付くと視線を合わせるように、そっとしゃがみ込んだ。
私が惹かれていたけど、追い求めるのをやめた黒い瞳にようやく私が映された。
「夢主を僕はずっと、出会った時から愛してるよ」
「、は………?」
彼の家はスパイ家系。
ハニトラ、ロミトラなんて必修だろう。こうやって私をまた許嫁という名の檻に閉じ込めるつもりなんだろう。そう思うと、ようやく与えられたものでも酷く薄っぺらく感じた。反論しようと口を開こうとするよりも早く、与一さんが私の頬に触れた。その手に私はビクリと震える。
「与一さん、やめて…」
拒否をすると、与一さんは祈るように私の両手を掴んで乞い願った。
「僕に、一度でいい。チャンスをくれない…?もう、間違わないから。君を幸せにするから、」
こんなのロミトラだって分かってるのに。甘い罠だって分かっているのに。
信じた分、私が傷付くことになるのだと理解しているの筈なのに。それでも私の心は与一さんの言葉に微かな希望を見出し、私は愚かにも頷いていた。
アジトに戻った楽は、ゆっくりと目を閉じた。
瞼の裏には先程、酷く傷ついた顔をしながら、必死に笑みを取り作ろうとする自分の運命がいた。
そして、自分から運命を取り上げた黒い瞳。
自分の部屋の壁を力いっぱい殴り付ける。
「今、助けてやる」
誰に伝えるわけでもない。
自分にそう誓うように、楽はそっと呟いた。
