楽vs南雲
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「この方があなたの番よ」
第二の性の結果が出てから数日。Ωだと診断を受けた直後、両親…特に父は落ち込んでいた。
だけど、この時両親から「大切な方に会うから」と言われ、初めてドレスコードに則った格好をした。少し窮屈で、身動きもままならない服が嫌で仕方なかったが両親の強い視線に逆らえず、仕方なく準備された綺麗な服を着た。
そして、車で連れて行かれたのは手入れの行き届いた美しい庭園のある場所。私はそこで、ある男の子を両親から紹介される。男の子も両親から私が番だと紹介を受けている。
サラサラと流れる綺麗な黒髪。
そして、男の子がこちらを見た際に、その黒曜石みたいな深く澄んだ瞳と視線が絡んだ。
まるで心臓を鷲掴みされたみたいに全身が硬直する。ドクン、ドクンと鼓動が激しく鐘を打った。そして頭の奥底で「離れたくない」と誰かが叫び、男の子の傍を離れるのを拒んだ。男の子も何かに気付いたのか自分の両親に何かを伝えている。
大人達は何やら慌てた様子で、私と男の子を少し引き離していたが、私の父は何やら少し興奮して喜んでいるように見えた。そして何かを捲し立てている。私は、目の前の男の子から目が離せず、ただ、見つめ続けていた。
男の子は大人から何やら注射を打たれていた。そして、大きく呼吸をして改めて私を見る。
「君が、僕の運命なんだね」
男の子は残念そうにそう言ったのを見て、私は酷く傷ついたのを覚えている。胸の奥がギュッと、締め付けられた。
その後、男の子が拒否したのか知らないけど私の項は噛まれなかったため、番にはならなかった。その代わりに、許嫁という立ち位置になった。
私の生活には、やらねばならないことが増えた。と言っても、向こうの家から送られてくる薬を飲む、というものだけだが。これは何の薬なのか、と両親に聞いたが答えは濁されるばかり。向こうの家の言いなりになっている両親に、酷く嫌気が差していた。
そして、あの日から十数年経った今でも、月に一回男の子に会うのが定例となっていた。会うといっても決まった日に夕食を一緒に過ごすだけ。デートでもなければ楽しい会話があるわけでもない。
ただ、近況を話すだけ。下手したらほとんど言葉を交わさないことさえあった。
学生の頃はJCCで同じ科だったけど、彼は「何やら楽しそうだ」と言ってあっさり転科してしまった。転科した彼はとてもいきいきしていて、本当に楽しそうだった。
それはきっと、彼が特に仲良くしていた二人の友人のおかげだろう。
そのせいなのか定かではないが、学生時代の定例は私には悲惨なものだった。
彼は常に彼らと一緒に居たいのか、食事を早く切り上げては足早に帰っていく。もう少し一緒に居たいと思ったこともあったし、勇気を振り絞って伝えたこともあった。でも、私が強く惹かれたその瞳に、私の姿が映ることはなかった。
「なんで?」
彼から返ってきたのは、その一言だけ。
冷え切った疑問符を投げかけるだけの、言葉。
彼はJCCからORDERへ、私はJCCを卒業して一般人に紛れ込みながら諜報活動を行っている。
今でも定例は続いている。悲惨だった学生時代のそれよりは若干良くなって入るが、あくまで"若干"だ。
これは家族同士が決めた関係。私は彼に惹かれているけど、彼はそうじゃない。この虚しさと悲しみで何度枕を濡らしたことだろう。
でも、もうそれも今日で終わり。
そう思いながら、定例の会場に私は向かう。今日は金曜日の夜だから、帰らずに飲みに行こうと多くの人が行き交っていた。
そんな人混みの中、隙間を縫うように歩いていると、ふと懐かしい気配に足を止めた。
人混みの中でも一際目を引く、黒い服に銀色の髪の男性。がっしりしたその体躯は一般人ではないと瞬時に分かった。男性は、真っ直ぐこちらを見つめていた。
そして、紅い目と視線が絡んだ。
心臓が鷲掴みにされたような激しい衝撃が走る。ドクン、ドクンと鼓動が狂ったように鐘を打った。そして、頭の奥深くで「はなさないで」と誰かが叫んだ。
慌てて視線を逸らし、頭を抱える。
心は激しく波立ち、混乱の淵に落とされた。
こんな感覚になるのは、彼と初めて会った時以来。
今まで他の誰に対してもこんな風になったことないのに。なんで、どうして?Ωはαに会えばみんなこうなるの?でも今までαに会ったことなんて数え切れないほどあったけど、こんなになることなんて、彼と会った時以外一度だってなかったのに。
頭の中でグルグルとなんで、どうして、と言葉が巡る。
「おい」
いつの間にかすぐ近くに男性が立っていた。その声にビクリと体が震え、心臓が耳元にあるんじゃないかと思うほど近くでドクッドクッと鼓動が聞こえる。
やめて、やめてお願い。
来ないで。
そう思うのに私は恐る恐る顔を上げてしまった。
紅い瞳が私を射抜くように見つめ返していた。
紅い瞳が逃げようとする私の視線を絡み取る。
「お前、俺の運命だな」
彼と同じ言葉。まるで過去の記憶を呼び起こす呪文ようだった。あの彼と同じ、冷たい響きを帯びた「運命」という言葉。
紅い瞳は冷徹さとは裏腹にその奥には、何か燃えるような、熱い光があった。
逃げなきゃ(はなさないで)。
逃げなきゃいけない(私をはなさないで)。
頭の中では警鐘が鳴り響くのに、心はまるで逆の事を叫び続けている。
だってこれから、私、彼と、最後の定例だから……。
思考とは裏腹に、体は金縛りにあったかのように言うことを聞かない。男性はしばらく私を見ていたけど、ゆっくりとその大きな手を私に伸ばしてきた。
