skdy
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「そうか…。俺の気持ち、全然届いてなかったんだな…」
その声は海底の奥底から響くように、私の鼓膜を震わせた。大好きだった朝倉シン君の空色の目を、濁らせて。彼の大きな手が私を包み込む。その温度は優しいのに鉛のように私の心に沈み込む。
事の発端は何気ない喧嘩だった。もう理由さえ思い出せないほど。そして、その内シン君が大きく溜息を吐いて私の部屋から出て行った。
「しばらく、距離を置くぞ」
そう言って。
シン君の声が耳から離れない。
私は彼から突き放された言葉を忠実に守ったけど、心の中ではビクビクと怯えていた。
距離を置くって、いつまで?
何日ぐらい?坂本商店に会いに行くのもだめ?
メッセージのやり取りもダメ?電話も?
そんな不安が次々に溢れてきて、翌日の朝には喧嘩したことをとても後悔した。泣いても、喚いても、あの喧嘩したことは消えない。そして、あのシン君の言葉も消えない。
距離を置きたいと言われているから、メッセージも電話も我慢した。
会いに行くなんて絶対に出来なくて、坂本商店にも行けなかった。
下手に電話したり、メッセージをしたり、ましてや会いに行くことで、別れることになんてなりたくなかったから。だから私はシン君から、距離を置きたいという言葉を忠実に守ることしかできなかった。
でも少しずつ時間が経てば経つほど、頭の片隅に『自然消滅』という言葉がちらつき始めた。そんな事ないと自分に必死に言い聞かせるけど、自信なんて無くて。
仕事が休みの日に気晴らしに街を歩いていると少し先に見慣れた背中を見つけた。シン君だ。
会えない寂しさが募っていた分、希望に胸に小さく光が灯る。でも、その小さな光を掻き消したのは、シン君の隣には可愛らしい女の子がいて、その子をシン君は愛おしそうに、楽しそうに笑いかけていた。
「ぇ、」
喉から微かに声は漏れた。でも、頭のどこかで冷静な自分が「あぁ、やっぱり」と呟いた。
シン君、格好良いし、優しいし、モテるもんね。
私をいつまでも想ってくれているなんて思う事自体烏滸がましかったんだ。シン君に距離を置きたいと言われた時点で、別れを切り出されてるって思わなきゃいけなかったのに。いつまでも言葉をそのまま受け取って真意を汲み取れていなかった。
足を止めて俯く。
一瞬で世界から色が褪せていく気分だった。
視界が滲み、目頭が熱く、鼻の奥がツンっと痛んだ。一度瞬きをすると、熱い滴がボタボタッとアスファルトにシミを作った。
涙を拭って、顔を上げるとシン君と女の子は私に気付く事なく行ってしまった。シン君にはもう、新しい恋人が出来ていたんだ。
踵を返して、部屋に帰った途端ボロボロと涙が溢れてきた。膝を抱えて涙を流した。
あの大きな手が好きだった。
あの優しい、はにかんだ笑顔が好きだった。
あの私を優しく呼んでくれる声が好きだった。
全部、全部好きだったけど。
もう、遅いんだね…。
シン君から愛想を尽かされるんじゃないかって、関係を終わらせたくないって、怯えていたのは私だけだったのか。
どれぐらいそうしていただろう。しばらく泣き続けて、明日の仕事に支障をきたさないようにと、思い冷やしたタオルを目に当てていると、不意にインターホンが鳴った。宅急便かな…、でも頼んでいないし…?と、疑問に思いながら玄関のドアスコープを覗き込むと、そこにいたのは少し落ち着きのないシン君がいた。
なんだろう、もしかしてシン君、物わかりの悪い私にちゃんとトドメを刺すために別れを言いに来たのかな。胸の奥が凍りつくのが分かった。
「………………」
会いたくない。
トドメなんて刺さなくて良い。
別れたく、ない。
きゅっと唇を噛み締めて、鍵のつまみを回してドアを開いた。
「……、こんにちは、シン君」
上手く笑えてるだろうか。
変な顔してないだろうか。
心配になりながらシン君にそう言うとシン君は眉を顰めて少し怒ったような顔をして、私を睨みつけるように見ていた。
「会いたくないってどういう事だよ」
そうだった。シン君、心が読めるって聞いてたのに。この距離なら聞かれても仕方ないのに。
私は少し俯いて、目を閉じた。目を閉じれば、あの時見かけた、愛しそうに女の子を見るシン君が瞼の裏にいた。
「会、いたくないよ…、そりゃあ…」
ぼそっと言葉が漏れた。
またシン君は私の心を読んだのか、少しハッとして息を詰まらせる。
「可愛い子、だったねぇ…」
「違ッ、あれは道に迷ったみたいだから案内しただけで…」
慌てたような様子がますます私の疑念を膨らませる。
「あの時は、その…。お前に会いに行く前だったから、浮かれてて変な顔してたかも知んねぇけど…」
こんな面倒くさい私なんかよりよっぽど可愛い子だった。
「あの時距離を置くっつったのも、まともに話し合えないって思ったからで、俺はまだ、」
「もう良いよ…。シン君が、誰と付き合おうが、もう私には関係ない…」
「は……?」
胸が痛い。
言葉を紡ぐたびに鉛が無理矢理ズブズブと埋め込まれていくようだ。
そんな胸の重みを少しでも軽くするために大きく息を吸うと、ゆっくりと大きく吐き出した。
「ごめん、今日は疲れたから、」
そう言って扉を閉めようとしたらバンッと扉を無理矢理開けられ、私を部屋に押しやるとシン君が玄関に入ってきた。今までシン君は私と関わる時は優しくて、壊れ物を扱うように関わってくれていたからこんな強引な扱いに目を白黒させてしまう。
「意味分かんねぇんだけど」
冷たい声。
ナイフを突きつけられたような気分になる。
「心では別れたくないとか言いながら、口では別れたいとか言って、本心はどっちなんだよ。矛盾しすぎだろ」
まるで秘密を暴かれたような気持ちになって、カッと顔が熱くなる。何か言い返そうとシン君を見上げると、シン君の様子が明らかにいつもと違っていた。纏う雰囲気は冷たく、私が好きだった空色の目が濁った光を灯していた。
「あと関係ないって、なんだよ」
「……ッ…………!」
その見たことないシン君の異様な雰囲気と、私を射抜くその目に、全てが怖くて悲鳴をあげたいのに、喉が張り付いて声にならなかった。恐怖のあまり私は腰が抜けて、膝から崩れ落ちた。
「俺はこんなにも、お前のこと好きで好きでたまらないのに…」
シン君は私に言い聞かせるように私の目の前にしゃがみ込むと手を伸ばして、私の両頬を包み込む。私の大好きだった大きな手が、今は恐怖でしかない。
シン君の親指が、私の頬を愛おしそうに撫でる。仄暗く、濁らせた目は恍惚していた。
私がなにも発さないのを見て、シン君はちょっと悩んで、冒頭の台詞至る。
「そうか…。俺の気持ち、全然届いてなかったんだな…」
悲しそうに、呟くように、シン君はそう言った。
その声が悲しくて、恐怖で張り付く喉から何とか声を出そうとした。
だけどそれはくつくつと喉で笑う声によって引っ込んだ。
「お前にはさ、優しい俺でいたかったんだけど、もう良いよな…?」
私の目にはどこまでも深く、濁りきった空色の瞳をしたシン君が映る。その瞳は、優しく私の顔を包んでいる彼の手とは裏腹に、残虐な笑みを浮かべていていた。
逃げなきゃ、その手を振りほどいて、少しでも遠くへ逃げないと。そう思うのに体は恐怖で震えるだけでぴくりとも動かない。
「お前が優しい俺を捨てようとするなら、もういいよな…」
「、……ッ……ひ、……!」
「好きだけじゃない、このお前の事閉じ込めたいって、逃さないって、絶対に手放さないって思うこのドロドロした気持ちも全部、」
恐怖で涙が溢れる。
シン君はそれを見ると酷く満足したような顔をして、涙を拭った。
「絶対にお前を手放せないから、お前も諦めて今度こそ俺の気持ち、俺の全部受け止めろよ」
そう言ってシン君は私に優しく口付けた。
