貴方は貴方のままで
訓練生との親睦会と聞いて一番張り切ったのは、講師ではない黒澤だった。お祭りごとが好きで、公安課の飲み会とかでも割といつもはしゃいでいる。
「それでは、訓練生と教官との親睦を深める会の開始を祝って〜乾杯!」
「乾杯ー!!!!」
木村の声かけで集まったのは、各教官の下についている補佐官たちだった。そうすると教官たちが集まらないわけにはいかず、全員が参加することとなった。
あと予想外だったと言えば、、
「なんでローズマリーまでいるんだ…」
「あ?なんか言ったかパジャマ野郎。呼ばれたから来たんだよ!」
誰に呼ばれたかなんて、確認しなくてもわかる気がする。
「もちろん透が呼びましたとも☆だって後藤さんと佐山さんといえば一柳さんじゃないですか!しかも一柳さんも時々教官役を買って出てくれてますし」
そりゃあ同期ですが。ただ最近は3人で集まることってなかったからある意味新鮮かもしれない。
ふと2人の同期に視線を向けると、誠二も昴も訓練生に囲まれていた。あの二人は実力もあるから、後輩から慕われるのもわかる。昴の横には、私の補佐官の木村もいて色々と質問しているようだ。
といっても、聞こえてくるのは普段の講義とか全く関係ないプライベートなことだったりするわけだが。
「一柳教官は彼女さんいないんですか?」
「いねーよ。仕事で毎日手一杯だ」
「料理が趣味って聞きました!一柳さんの奥さんになった人幸せだろうな〜」
「料理は自分のためにやってんだよ。ただー、、気になるやつならいるかもな?」
昴の発言に訓練生たちは男も女も関係なく悲鳴をあげる。
へー、昴も気になる子がいるんだ。スペック高いし、昴ならOKしてくれそうだけど。
「後藤さんはどうなんですか?彼女さんいるんですか?」
いつの間にか昴から誠二に質問の的が移ったようだった。ただ誠二は昴とは正反対の性格で、受け答えなんてするわけもなく黙って酒を飲んでいるだけだった。
とかいう私の横には東雲や黒澤、あとは誠二の補佐官の武田が真向いに座ってお酒を飲んでんいる。
「武田は誠二…後藤教官とちゃんと会話出来てる?無口だから分かりにくいでしょ」
「そんなことないですよ。色々教えてもらってます。でも俺実を言うと…佐山教官の補佐官になりたかったんです」
「へ?」
「佐山教官は俺の憧れの人ですから」
頬を赤らめて話す武田にこっちも思わず赤くなってしまう。
「へー。翼が憧れって中々の物好きもいるんですね」
「歩さん失礼ですよ!!佐山さんだって凄いんですから!潜入捜査で男装させるなら佐山さん以上の適役はいません」
…それは褒められているのか貶されているのか。黒澤も東雲もどっちもどっちだよ。
「俺学生時代にちょっとトラブルを起こしてて。不良グループに絡まれてたんです。そのときに助けてくれたのが教官でした。名前も言わずに立ち去っていったけど、あれは絶対教官でしたから」
あまりに武田が熱心に話すものだから恥ずかしくなって「ちょっとお手洗い行ってくるね」とその場を一旦離れることにした。
お手洗いを終えてもなんだか親睦会に戻る気分になれず、外の空気を吸うことにした。
まだ6月というのに外はカラッとした熱さで、少し出ただけでも汗をかいてしまう。
「ちゃんと水飲んどけよ。今日ピッチはやいだろ」
ひんやり頬に冷たさを感じ、振り返ると昴が水のペットボトルを私の頬に当てていた。
「ありがと。ちょうど水が欲しいなって思ってたとこ」
「そりゃ良かった」
「昴よくあの輪を抜け出せて来れたね」
輪とは訓練生たちのことだ。
「途中から後藤にシフトチェンジしたからそんなに大変じゃなかった。翼のほうこそ、後藤の補佐官に色々言われてたじゃねえか」
「まあそうだけど。私ってこんな感じだから中々後輩に憧れられるってこと少ないからさ。男っぽいし、ガサツだし」
「でもプログラミングと潜入捜査をやらせたら石神班のトップクラス、、だろ?」
「男役のね。女の子らしいハニートラップは専門外」
別にそこに悲しさはない。今の仕事に誇りを持ってるから。ただ自分に自信がないのは否めず。
女性らしさって、なんていうかもっと柔らかさも必要だと思うんだよね。それがないから男役できるんだろうけど。足とかそのーーー胸とか。スーツを着ていると余計に目立たない。どっちかというと筋肉質。
「ハニートラップはしないほうがいい」
「できないんだよ?」
「しなくていいんだって。…俺は、お前のこと可愛いと思ってる。初めて見たときから」
「ええ?それは嘘だー。初めて見たときって警察学校時代でしょ?今よりもっと筋肉ついてて女らしさゼロじゃん」
昴どうしたの、なんか誠二みたいーー。
その言葉は発することができなかった。
、、なぜなら、昴の唇が私の唇とそっと合わさったから。
数秒のことだったんだろうけど、私にはとてもとても長く感じた。
唇はゆっくり離れ、目の前には少し怒ったような赤い顔をした昴がいた。
「筋肉がどんなについてても、俺にとってお前は女で…。一目惚れだったんだよ」
「ひとめぼれ」
「…俺がお前を見てたように、お前が誰を見ていたのか知ってる。お前があの日からどれだけ傷ついたのか知ってる。お前のこと困らせてしまうってわかってたからさ、言うつもりなかったんだ」
「…じゃあなんで言ったのよ」
その問いに対して、昴はバツの悪そうな顔をして「後藤の補佐官に口説かれてたから」と言った。
確かに憧れてるって言ってくれたけどさ。
「口説かれてないって」
「お前鈍感だから気付かないだけだろ。でも言ってよかった。これで多少なりとも俺のこと、意識してくれるだろ」
ただー、、気になるやつならいるかもな?
さっき訓練生に囲まれていたときに昴が言っていた相手って、私ってこと、、?
さっきのキスもそういう意味??ていうか普通まずキスする?
「…やっぱり昴軽い。イケメンってみんな行動早いのかな」
「バーカ。俺様はイケメンだけど、誰にだってこんなことしねえ。…何年片想いしてると思ってんだ。5年だぞ。やっぱり少しは意識してもらいたいし?」
「そっか…」
少しの間沈黙が流れた後、昴が口を開いた。
「なあ、翼。次の休みいつ?」
「え?えーっと、金曜かな。その日はどっちの仕事もないよ」
「マジ?俺もその日休みだからさ、何か美味しいもの食べに行かね?あれだったら、俺がなんか作ってもいいし」
「昴がご飯作ってくれるの!?ほんとに?」
お前現金なやつな、と笑う昴の笑顔は眩しくて不覚にも胸にキュンとくるものがあった。
ーーじゃあ金曜日な。と約束をして再び親睦会の場に戻った。その話をあの人に聞かれていたなんて思わなかった。
10時に○○駅に集合な。
数日前に昴から来たメールをもう一度読み直していると、携帯に影がさした。
昴かなと思い顔を上げると、そこにいたのは。
「…誠二?」
なんで誠二がここに??疑問を口にする前に、誠二は「行くぞ」と先々歩き始める。
「なんで誠二がいんの?」
「今日仕事が急遽休みになって。一柳に連絡したらメシ食うって聞いて、呼ばれたんだ」
「そうなんだ。誠二と昴ってなんだかんだ言って仲良しだよね」
休みの日に連絡するって仲良しの証拠だよね。
誠二と並んで昴のマンションへ向かう。チャイムを鳴らすとエプロン姿の昴が出てきた。
「お、いらっしゃい。…ってなんで2人で一緒に組んだよ」
「駅で会ったんだよ。一柳飲み物どこに置いたらいい?」
「冷蔵庫に入れとけよ。ったく、なんでこう野生の勘が働くのかね。俺と翼を2人きりにしたくないのかよ…」
ぶつぶつと呟きながら、作り終えた料理をお皿に盛ってくれる。お皿一つ一つにバラやサクラなど綺麗な柄が入っているのが昴らしい。昴はそこらへんの女の子なんかより100倍女子力が高いことは、同期の中での当たり前の周知事項だ。
「いただきます」と3人で両手を合わせ、目の前の料理をいただく。どの料理も美味しくて、やっぱり昴の料理の腕は天下一品のようだ。
こうやって同期で集まることは、もうないと勝手に思っていた。あの日、3人で泣いた日から、私たちは前を向いたけど以前のような仲良しだけの関係性ではなくなったのだ。
…一番は、ムードメーカーだった夏月が居なくなってしまったことが大きいけど。
ふと横を見ると顔を真っ赤にして、目も虚ろな誠二がいた。
「ちょっ、誠二何飲んでるの?」
手にはアルコール度数の高いお酒が握られている。
誠二はアルコールに滅法弱く、潜入捜査でもどうにかして水と変えたりするくらいの下戸なのにどうして?
「飲み物買ってきたのは後藤だからな。なんか飲みたい気分だったんじゃね?」
「……つば、さ」
「どうしたの誠二?」
やや呂律が回っていない状態で名前を呼ばれる。
「あのとき、…つばさに完全に八つ当たりした。ごめんな」
ーー「そういうときまで仕事優先なんだな、お前。あんなに夏月と仲良かったのに」
誠二の悲痛な叫びだった。あのときの誠二の表情を鮮明に覚えている。
「謝らないでよ。あのときの誠二の言ったこと間違ってないもの。もう気にしてないよ」
「…おれも石神さんの元で働くようになって、公安の大変さを知った。つばさ、お前のすごさも。なのにあんなこと言って、ほんとごめん」
「…ありがと。それ言うために今日来てくれたの?」
「親睦会のとき、ローズマリーとつばさが一緒にメシ食うって話してたのたまたま聞いて…なんでか居てもたってもいられなくて……すー、、」
最後まで言葉は紡がれることなく、誠二はパタリと机に突っ伏した。下戸なのにそんなお酒飲むからだよ、全く。
アルコールの力を借りなきゃいけないくらいのことだから、何を言うのかと思えば…。
そうは思いつつ、口元はにやけてしまう。ひょんなことから職場が一緒になって、しかも同じく上司の下で働くことに気まずくなかったわけではない。
でも誠二とペアを組むこともあって、いつの間にかその気まずさもどこかに行ってしまっていた。ただ、昴も含め3人でご飯に行ったりすることがなくなっただけで。
「後藤とたまにメシ屋で顔合わせるときがあるけど、こいつ前みたいに翼と一緒に同期会がしたいっていつも酔うと言うんだぜ。でも俺にはその資格がないって。ずっと気にしてた。翼はもうとっくに許してくれてるだろって言うんだけど全然聞く耳持たねえの」
「…そういう融通が効かないとこが、誠二の良さだね」
…同期会。嬉しいはずなのに、やっぱり胸が少しチクリと痛んだ。やっぱり私の想いは最初から届いてないよね。別に良いんだけど。
「さて、と。後藤寝ちまったら暫く起きねえだろうし。つばさー、一緒にこれ見ねえ?この前掃除したとき出てきたんだよ」
昴の手にあるものは、警察学校時代の卒業アルバムだった。
「見たい!」
「そうこなくっちゃ。こっち来て一緒に見ようぜ?」
誠二を昴と一緒にベッドまで運び、私達はソファーに並んで座ってアルバムを覗き込む。
「うわー懐かしい!これ体育祭のときの写真だよ」
「ああ。翼がリレーのアンカーで最下位でバトンをもらって優勝したやつな」
「よく覚えてるね」
「だってお前めっちゃ足速いのな。あれは中々忘れられねえよ。そこらへんの男より速いんじゃね?」
「学生のとき陸上やってたからね。それに比べて剣道の授業は散々でさ。昴にもよく練習付き合ってもらったよね」
陸上部だった私は武道に全く精通してなくて、同期の中でも下のほうで。それが悔しくて毎日稽古してもらってたな。
「翼、お前肘がコップに当たりそ、、」
バシャ。
夢中で卒業アルバムを捲っているうちに、肘が珈琲の入ったコップに当たってしまい昴のシャツに掛かってしまった。
「す、昴ごめん!!すぐ拭かなきゃ…」
鞄からハンカチを出して昴の服を夢中で拭く。幸いにも少しだけだったようだが、少しシミになってしまってる。
「とりあえず拭いたから、あとは洗濯して落ちたらいいけど…」
「…ああ、サンキュー。それよりさ、お前この体勢。誘ってんの?」
「へ?」
ふと手を止めて自分の今の状況を確認する。昴の顔が私の下にあって、両手は昴の胸元に。
ーーこれじゃあまるで私が昴を押し倒してるみたい!
「ご、ごめん!!すぐ退くから、、、わっ」
「ばか、あぶねえ」
ドスンと2人揃ってバランスを崩してしまい、ソファーから床に落ちてしまった。幸いそんなに高さがなくて怪我はなかったけど、そのかわり目の前に昴の顔があった。…今にも唇が触れそうな距離に。
ぶわっと顔が赤くなり、親睦会のときにされたキスを思い出してしまう。
「つばさ顔真っ赤だな」
「…うるさい。早くそこ退いてよ」
「無理。…噂で聞いたんだけど、お前また暫く潜入するんだって?しかも結構大変なA会社に」
「…仕事内容言えるわけないじゃん」
なんとかそう答えたけど、内心ドキリとした。
確かに私は一昨日石神さんからその仕事内容を知らされた。
ーー人身売買。その疑いがA会社にあるというのだ。毎年新入職員の中の何人かが行方不明になってしまい、家族から捜索願が出されている。まだ行方はわかっていない。捜索願が出されている人達の共通点は、20代の小柄な男性。
今回は石神班にこの仕事が回ってきて、その中でも一番小柄な私に依頼されたのだ。
一緒に颯馬さんが潜入することになっている。
潜入捜査のことは同じ班の誠二でも詳しく知らないはずだ。なのに課の違う昴が知ってるのだろう。
「A会社の社員の中に、俺の高校時代の友人がいる。そいつは新卒担当で、たまたま家に行ったとき中途採用者の履歴書が目に入ってさ。…お前の写真だった」
「…っすごい偶然だね。そのお友達には私のこと言ってないよね?」
「言うわけねえだろ。…でも本当にA会社は色々な噂があるとこだ。気をつけろよ」
「わかってるよ。昴は心配性なんだから。私警察学校のときに比べたら武道もちゃんとできるんだからね?」
「知ってる。でも…敵わないときもあるだろ?お前は女なんだから」
覆いかぶさっていた昴にぐっと両腕を片手で拘束された。
「昴…」
「お前がどんだけ足が速くても、武道ができるようになっても力では敵わない。現にほら、俺は片手でお前の両手を持ってるんだ。…力ずくで外してみろよ」
「…っつ!、」
どれだけ力を加えても両腕を解くことはできない。…すばるがこわい。恐怖を感じた。
「俺は今片手が空いてる。この手で何でもできるんだぞ?」
ブチっとシャツの首元のボタンが1個外された。その瞬間私の中でブツリと何かスイッチが入った。両足で思いっきり昴の背中を羽交い締めにして、横に転がす。そしてそのまま昴の上に覆いかぶさった。
「…形勢逆転ね」
「くくく。やっぱり翼は面白いな。さっきお前の目マジだった。スイッチ入れやがって、咄嗟に受け身をとったからいいものの」
「ごめん、痛かった?」
「いや、大丈夫だ。…でもマジで心配してるんだからな」
頭をポンポンと軽く叩いて、昴は「珈琲入れ直してくるな」とリビングへ向かった。
私はボタンを止め直して、そっと寝室を覗いた。
…誠二にさっきの話聞かれてないよね?
そこには静かに目を閉じて眠る誠二の姿があった。
来週から私は佐山翼ではなくなる。
続
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