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貴方は貴方のままで

ここはとある教室。私はここで後輩と一緒にプログラミングについて、生徒たちに教えている。
「今言ったこと理解出来た?年々サイバー空間は複雑・高度化されているから、こんなのなんてまだまだ序の口だよ」
これ午後からの実技で実際にやってもらうからね、と付け加えると教室のあちこちからブーイングが聞かれる。
最近の若い子達は考え方が甘いーそう口にすると後輩である東雲歩に「おばさんくさいですよ、翼」と毒を吐かれてしまうのだが。
東雲は同い年だが、学歴の関係で一応私の方が先輩なのだ。先輩だから敬語を使っているが、名前は呼び捨て。そんな東雲とは班は違えどプログラミングを得意としている者同士、結構仲良くやっている。講義も講義と実技に分かれてはいるが、一緒にやることも多いのだ。

午前中の講義を終え、教官室に戻ると私と同じく公安学校の教官をやっている同僚全員が集合していた。
加賀兵吾。階級は警視で東雲の班の班長。
石神秀樹。階級は加賀さんと同じく警視で、私の直属の上司。班長だ。
石神班には他に私と警察学校の同期の後藤誠二、先輩の颯馬周介がいて、みんなこの学校で教官をやっている仲間だ。
他にも後輩が1人いるけど、教官はやっていないのでまた現れたときに紹介するとしようかな。
「佐山、プログラミングの講義はどうだった?」
「あ、お疲れ様です石神さん。今年の1年の中には今のところプログラミングに長けている人間はいなさそうですね」
そうか、と石神さんはメガネの縁をくいっと上げながら呟く。
「どいつもこいつも使えねえクズばっかりだ」
私たちは警察庁警備局公安課に属している一方で、この公安学校で後輩の育成にも力を入れている。ここを卒業後公安課で働ける人員を育てなければならないのだ。
公安課の仕事の両立は正直言うとかなり疲れる。加賀さんなんて常に舌打ちしてクズを連発しているくらい。
「そういえば翼。お前の補佐官が探してたぞ。昨日の課題の提出をしたいって」
「ああ、木村ね。また探しとくよ、ありがと誠二」
同期の誠二にお礼を言うとぶっきらぼうに「ああ」と返事が返ってきた。初対面の人は誠二の無愛想さに驚くけど、公安メンバーの中ではそんな驚く人もいない。
無愛想さの中に実は人一倍の心の温かさを持ってる。
ーーーそして、この誠二が私の長年の片想いの相手だったりするわけだ。
この想いを知っているのは、東雲くらい。ほんとは誰にも言うつもりなかったのに、酒の席でポロッと出してしまってそれ以来弱みを握られた形になっている。
とは言っても別に何かちょっかいをかけてくるわけではなく。たまに私と誠二が話しているのをニヤニヤして見てくるくらいだ。
なんで誠二に想いを伝えないのかーー。何度も東雲に聞かれた。
理由は簡単、今の関係性が心地良いから。
あと誠二の中には、私達の同期で殉職した飯嶋夏月への思いが深く深くあるのを知っているから。
振られるのがわかっているのに、告白するなんて私には出来ないもの。
夏月、誠二、あとSP所属の昴とは警察学校時代からの腐れ縁。卒業後は私は公安課、夏月と誠二は刑事課、昴は警護課に所属となった。特に私が所属した公安課は同期や友人にさえも中々所属を明かせない場所。昴とはたまに現場で会うこともあったからなんとなく配属先はバレていた気がするけど。
それでもお互い時間があるときには4人で集まって、昴が作ってくれる料理を食べながら一杯やったりしたのだ。
夏月とは結構気心知れた仲で、2人で休みの日に買い物に行ったりもした。私が誠二のことが気になっていることも知っていた。私自身潜入捜査を何度も経験して、想いを伝えておきたいという思いが強くなって、夏月によく相談していたから。
「翼なら大丈夫だと思うよ。タイミング見て、言っちゃいなよ!」と背中を押してもらったこともあって、潜入捜査が落ち着いたら誠二に想いを伝えようと本気で考えていた。
ーー夏月が撃たれて死ぬまでは。


あの日、夏月が死んだ日。私は別件で潜入捜査に入っていて、夏月が撃たれたと昴からメールをもらって知った。でも潜入している真っ只中で、病院に行けるわけもなく。夏月の死に目にも会えず、葬式にももちろん参加出来なかった。
目を閉じると夏月の笑った顔しか思い出せないのに、夢に出てくる夏月は悲しそうな顔をしている。それはまるで、どうして最後に逢いに来てくれなかったの?と私に言っているようだった。
半年間の潜入捜査を終えて久しぶりに警視庁に出勤したとき、前から見知った顔が歩いてきた。
ーーー誠二。
久々に見た誠二の頬は痩けて、みるからにやせ細っていた。目も虚ろで覇気が感じられない。
途中で私の存在に気付いた誠二は、歩くスピードを早めツカツカと傍に寄ってきて、
ドン!と音がしたなと思ったときには既に壁に押さえつけられていた。
掴まれた両腕がジンジンと痛む。
「…翼。お前、この3ヶ月何してたんだ?」
「それは…」
公安課はどんなときでも捜査内容など明かしてはならない。ーーそう石神さんに教わったのだ。
「一柳が、、夏月のことを翼にも伝えたと言っていた。でもお前は病院にも、葬式にも来なかった。なぜだ?」
「…仕事が立て込んでいたんだ。そう一柳にも伝えたよ」
「そういうときまで仕事優先なんだな、お前。あんなに夏月と仲良かったのに」
自嘲気味に笑う誠二の顔をまともに見られない。そんなこと私が一番わかってる。なんでこんなときまで仕事してるんだろうって、所属が公安じゃなかったらって。何度も何度も考えた。
「おれ、、俺は今どうしたらいいのかわからない。なんで夏月が死んだのか…っっ」
ツーっと涙が誠二の頬をつたって落ちた。誠二の顔が徐々に歪んでみえて、胸が熱くなってきた。
あれ、、私泣いてる?
私の涙を見て驚いたのか掴んでいた腕が解かれた。涙なんて見せたくなくて、その場にしゃがみこみ顔を膝にくっつける。
この騒ぎを聞きつけたのか、周りがザワザワし始めた。と同時にボコッと頬が殴られた音が聞こえた。顔をそっと上げると倒れ込んだ誠二と、息を切らした昴の姿が目に入った。
昴は誠二の胸ぐらを掴んで立ち上がらせる。昴の目は怒りで満ち溢れており、今にももう一度殴り掛かりそうな勢いだった。
「後藤、お前…何やってんだよ?なあ、お前自分が何したかわかってんのか?翼に八つ当たりしてどうすんだよ!」
「昴いいの!だって誠二が言ったことは正論…」
「翼は黙ってろ!なあ、後藤。お前が、、俺がつらいように翼だってつらいんだよ。気付けよ、、なあ!どれだけ4人で一緒に居たと思ってんだよ」
気付けば、昴も泣いていた。私達3人とも人目をはばからず泣いて泣いて泣きまくった。
どれくらい経っただろう。突然誠二が立ち上がって、ガバッと頭を下げた。そして「ごめん…」と聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
「お前さ、男なんだからもっとちゃんと謝れよ」
「昴いいよ。誠二、、私もごめんね」
「俺は、、これから夏月を殺した犯人を捕まえられるように一人で捜査する」
「バカ。一人で、じゃなくて三人でだろ??」
いつしか誠二の目はしっかりと前を向いていた。昴が私と誠二を見て頷いている。私もしっかり頷いた。
ーーその後、誠二が極秘で夏月の件の捜査をしていることが公安の目にとまった。そして石神さんに引き抜かれた誠二と一緒に働くことになったのは、公安学校の講師をする2年くらい前の話だ。
公安課に配属になった誠二はみるみる頭角を現し、エースと呼ばれるまでに成長した。私が知る限り、誠二が泣いたのはあの日が最後だ。
夏月の仇をうつために、誠二は前を向いて捜査をしている。私も夏月がなんで死んでしまったのか、色んな視点から捜査をしているけれど犯人はまだ捕まえることは出来ていない。
そうしているうちに年数だけが過ぎてしまい、夏月が死んで4年が経ってしまった。


「失礼します!レポート提出に参りました!」
気付けばウトウトしていたようで、訓練生の大きな声で目が覚めた。
どうやら補佐官の木村がレポートを届けにきたらしい。
木村は数少ない女性の訓練生。剣道が得意だと聞いたことがある。女性だが根性があり男子にも実技では立ち向かっているらしい。
「木村ごめんな?昼間探させたみたいで。デスクに置いておいてくれて良かったのに」
「いえ!やっぱり手渡しが一番かと思いましたので。あと1つご相談がありまして…」
「相談?」
なんだろう。講義で何かわからないとこでもあるんだろうか。
「つ、つかぬことを伺いますが、佐山教官と後藤教官はお付き合いされているのですか?」
「へっ?」
…だれと、だれがお付き合い?
「どうしてそう思ったの?」
「訓練生の間では結構噂になってます。後藤教官と佐山教官の息のあった連携プレーが実技で見られたとか。他にも後藤教官めったに笑わないのに佐山教官と話しているときは楽しそうだとか」
「それは、無駄に付き合いが長いからね。それ以上何もないよ?」
私、今自分の言葉に傷ついている…。でもそれを訓練生に悟られるわけにはいかない。
「実は私佐山教官と後藤教官の関係性に憧れてるんです。一度一緒に、、その…お食事でもどうでしょうか」
恐る恐る聞いてくる木村。たしかに教官と訓練生の親睦を深めるのも大事かもしれない。
「いいよ。じゃあ木村の他に誰か呼べる?何人か呼んで親睦会みたいな感じでさ食べるのはどうかな?」
「いいですね!じゃあ同期に声をかけてみます!」
そんなこんなで訓練生との食事会が決まった。誠二に声をかけるとあまり乗り気じゃなさそうだったけど、石神さんから親睦を深める大切さを言われてしまい渋々頷いてた。

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