【岩月 愛】第二次埼京戦争 岩付城の戦い

  • 十三宮 幸

     地球世界は、原理主義とテロリズムが跋扈する時代に突入した。

  • 十三宮 幸

    西アジアにおける戦禍の拡大は、日本列島にも新たな動乱を引き起こした。

  • 十三宮 幸

    関東平野の首都圏を南北に分断した、二つの「日本」の戦いに、十三宮カナタ・土御門綺音、そして岩月愛らが挑む。

  • 十三宮 幸

    だが、その果てに達を待ち受けていたのは…。

  •  2649(未来三十)年6月の太平洋巨大津波と、2655(光復七)年の関西大震災により、四国は本州との交通から分断され、日本列島の中で孤立していた。

  • この情況に改善の兆しが見え始めたのは、震災から3年後の事である。

  •  2658(光復十)年。

  •  伊予(愛媛)の石本ユミカ少尉と、讃岐(香川)の大城エリザベス少尉が協力し、阿波(徳島)の北東端にある鳴門市を制圧した。

  •  ある神話によると、今から六百年以上前の日本には「平成時代」という伝説上の時代があり、その世界の四国には、本州と繋がる「四国・本州連絡橋」という巨大な橋が三つもあった…と言い伝えられている。

  • もちろん、そんな昔話の時代に、そんな代物を造る科学技術があったのかは疑問だが、27世紀の現代なら可能である。

  • そこで、石本少尉らのハンター中隊は、本州の関西・中國地方を支配する畿内幕府山陽軍と協力し、伝説上の四国・本州連絡橋を再建する計画を立ち上げた。

  •  また、翌2659(光復十一)年には、伊予今治いまばり市・安芸(広島)生口いくち島・備後尾道おのみち市を結ぶ「西瀬戸海道」も建設された。

  •  この頃、石本中尉の後輩である松山なつきが四国で入学式を迎えたが、当時のハンター中隊は、まだ北四国の一部しか実効支配できておらず、石本も大城も松山も、海賊との戦闘に明け暮れながら、いつ襲撃されるかも分からない仮校舎で苦学していた。

  • この時の「学び、働き、戦う」を両立させた経験は、後のサイドワインダー結成と、学園・職場・基地の併設による義勇兵の養成に役立つ事となる。

  • しかし、それは後の話であり、当時はまだ、なつきの双子は行方不明で、同級生の鵜久森ミナトに至っては、非行常習犯の不良少女であった。

  •  そして、それから4年後…この世界と日本に、新たな戦禍が迫りつつあった…。

  •  2661(光復十三)年、アフガン王国の神権政府を崩壊させた、アメリカ連邦とイングランド帝国は、2年後の2663(光復十五)年、大量破壊兵器の疑いでバビロニア王国(イラク)に侵攻し、長きに及ぶバビロン戦争が始まった。

  • 国際連盟は、2年前のアフガン戦争では米英を支持したが、今回の武力行使には時期尚早として反対し、国連理事会で孤立したアメリカ連邦は、ほぼ単独で作戦を遂行しなければならなくなった。

  • その結果、日本帝国に駐留する在日米軍も次々とバビロニアに出撃し、東アジアにおける超大国の抑止力が手薄になった。

  •  それは必然的に、天下を狙う者達に行動の隙を与える事となり、関東や九州に不穏な空気が漂い始めていた…。

  • Planet Blue 美少女萌え戦記
  • 岩月愛の章「第二次埼京戦争」
  •  東京と北武蔵(埼玉)の県境に、やたら田舎染みた風景の地域が広がっているのだが、いわゆる普通の「田舎」とは明らかに異なる点がある。

  • それは、生命の気配が皆無ではないものの、ほとんど感じられないという点であり、少なくとも一国の首都圏にあるべき景色ではないだろう。

  •  その内部は一見、山に囲まれているように見えるが、周囲の海抜が高いのではなく、ここの海抜が低いから、そう見えるのである。

  • 街区から一歩離れると、そこには道こそあるものの、左右に広がる地面は砂漠にしか見えない。

  • 正確には「雨降る砂漠」とでも呼ぶべきだろう。

  • そう…ここは14年前に小惑星の破片隕石が落ちた、あのクレーターである。

  • 東京湾岸は、日本帝国政府の強力なリーダーシップと、官僚達の都市計画によって急速な復興を進めているが、この場所だけは取り残され、時間が止まっているかのようだった。

  •  この地を人々は、いつからか「禍津日原まがつひはら」と呼ぶようになっていた。

  • 「マガツヒ」とは災害・凶事の神、要するに邪神のような存在を意味し、まさにここが、その邪神が舞い降りた忌むべき場所というわけである。

  • こんな不吉な所に住んだり、手を付けたりしたら、呪われるかも知れないし、迷信であっても近付きたくはない…そうした人々の心理が、この地の復興を遅らせている原因にほかならない。

  • 十三宮 勇

     だが、それでも禍津日原には駅があり、役所があり、広くはないが商店街もある。

  • 十三宮 勇

    そこには、この地に刻まれた不幸の記憶を受け止めつつ、しかし過去に縛られたまま停滞せず、未来を切り開こうとする「流刑者」達の強い意志があった。

  •  14年前、大覚寺雲母日女との権力闘争に敗れた西宮堯彦は、ここ禍津日原のクレーター復興庁長官に任じられたが、当時は禍津日原の復興など不可能と思われており、西宮長官は事実上、この地に流刑されたのも同然だった。

  • しかし、この処遇を長官は潔く受け入れ、本気で禍津日原を復興せんと決意したのであった。

  • 西宮長官の尽力は元より、彼に仕える鷹司智子や、七月革命を共に戦った摂津(岩月)愛、宇都宮決戦でエースパイロットとして活躍した落合航、それに傭兵隊長の八洲やしま精士郎せいしろうらがこれを支えた。

  •  更に、早くから西宮親王に従い、七月革命後に岩代(福島)・陸前(宮城)を占領した「会津同盟」の泰邦清継(陸軍大臣)も、精力的な支援を行ってきた。

  • かつては「禍津日原」と言えば、日本人民共和国の残党テロリストなど罪人が跋扈する、この世の穢れを凝縮したような場所であったが、今は一部ながらも開発が進み、治安も大幅に良くなっている。

  • 鳥羽 魅兎

    「…與峰様、いらっしゃいませッス!」

  • 與峰 菴吾

    「鳥羽様、失礼致します。ここが復興庁、ですか…普段どのような任務を?」

  • 鳥羽 魅兎

    「そうッスね~…公開されている最新ニュースからピックアップすると、現在は学校の開設などに取り組んでいるッス。つい先程、文部省からも設立認可が下りたッス」

  •  この学校、即ち禍津日原学校が開校し、山田玉子や十三宮仁、達が入学するのは、もう少し後の話になる…。

  • 十三宮 勇

    「…航空宇宙工学科二年、十三宮勇です。落合隊長…このたびは私の、クレーター復興基地へのインターンを許可して下さり、ありがとう御座います」

  • 落合 ラズール 航

    「こちらこそ、優秀な学徒の入隊を歓迎する。折しも現在は、バビロン戦争の長期化で、日本国内に駐留するアメリカ連邦軍が、手薄になっているからな」

  • 十三宮 勇

    「はい。在日米軍の減少は、関東首都圏の安全保障にも響きますね…具体的な懸念は、やはり星川でしょうか?」

  • 落合 ラズール 航

    「ああ、その通りだ。北武蔵の旧埼玉県域などを実効支配する星川に対し、帝国は協調を維持してきたが、星川初は今なお自分を『日本民主共和国総書記』だと言い張っており、東京に侵攻する野心を捨ててはいない」

  • 十三宮 勇

    「今みたいな不安定な情勢では、いつ戦端が開かれても不思議ではないですね」

  • 落合 ラズール 航

    「ああ…万一、星川との軍事衝突が起きた場合、ここ荒川休戦ラインに駐屯している俺達の部隊が、帝国皇軍の第一陣として戦う事になる。その際には、ぜひ十三宮にも助力を願いたい」

  • 十三宮 勇

    「分かりました、最善を尽くします。この私は無論の事、双子の聖にも話を通しておきます」

  •  こうして、禍津日原に駐屯する西宮軍と太田騎士団を中心に、十三宮教会や会津同盟、出羽(山形)の清水財閥などが協力して、仮想敵国である星川軍閥との開戦に備える事となった。

  •  東京と北武蔵の県境にして、日本帝国と星川軍閥の国境でもある禍津日原には、会津同盟から帝国に派遣された軍勢が待機している。

  •  泰邦清継の長女である泰邦清子、次女の泰邦明子、彼女らの母親役である馬坂佐渡らが集い、一旦緩急の事態に備えていた。

  • 十三宮 幸

     そして、現在の自宅。

  • 十三宮 幸

    「…あ、顯。おはよう」

  • 十三宮 寿能城代 顯

    「ああ、おはよう。はぁ…随分と疲れる夢を見てしまった」

  • 十三宮 幸

    「どんな夢?」

  • 十三宮 寿能城代 顯

    「過去と未来、現実と空想を行き来して、運命を取り戻すために戦う…みたいな話だった。その中には、自分が死んだ世界というのもあって…」

  • 十三宮 寿能城代 顯
  • 十三宮 幸

    「…奇遇だな、も同じような夢を見た」

  • 十三宮 寿能城代 顯

    「え、もなのか? 全く…こうなると最早、何が現実なのか分からないな…w」

  •  とりあえず、今ここにある現実を認識しようと思い、シャワーを浴びるなどして朝の眠気を覚まし、携帯電話の画面などを再確認する。

  • ここは…2663(光復十五)年、十三宮家の自宅に達は居た。

  • 携帯電話の通知画面でも、室内のテレビや新聞でも、海外の戦争に関するニュースが多く、それについて騒がしいほど報じられている。

  • それを見た達は「またか。でも、きっと自分には無関係なのだろうな…」程度にしか思わなかった。

  • しかし、そんな幻も破られる時が訪れつつあった。

  • 十三宮 伊豆守 聖
  • 十三宮 伊豆守 聖

    「天にいます我らの父よ、御名が崇められますように」

  • 十三宮 勇

    「御国が来ますように。御心が天に行われる通り、地にも行われますように」

  • 十三宮 巫部 仁

    「私達の日ごとの食物を、今日もお与え下さい」

  • 十三宮 寿能城代 顯

    「私達に罪のある者を赦しましたように、私達の罪をもお赦し下さい」

  • 十三宮 カナタ

    「私達を試みに遭わせないで、悪しき者からお救い下さい」

  • 十三宮 伊豆守 聖

    「「「「「国と力と栄光は、永遠にあなたのものです。エイメン」」」」」

  •  教会堂に併設された十三宮家の居間にて、いかにもキリシタンな挨拶で一日の始まりを迎えた後、達は十三宮聖と話し、どうやら戦争は海外だけでなく、日本国内…それも私達の近くで起き得るという事を知った。

  • 十三宮 伊豆守 聖

    「…勇から、世の現状に関する話を伺いました。戦争など無いに越した事は無いのですが、どうしても…という場合には、少しでも犠牲を減らし、一刻も早く戦争を終わらせるために、教会としても最善を尽くさねばと思います」

  • 十三宮 幸

    「ああ、そうだね」

  • 十三宮 伊豆守 聖

    「そこで今回、武芸修行に勤しんでおられる太田騎士団の愛様という方が、私達に協力して下さる事になりました。もうすぐ、こちらにいらっしゃる予定です。折角ですので、あなた方の護衛をお願いしようと思います。お優しい方ですので、すぐに仲良くなれますよ^^」

  • 十三宮 幸

    「分かった、話してみる」

  •  昨年から、聖姉さんは大学の宗教学科に在籍し、より本格的な神学(と呪術)の探究に励んでいた。

  • 達と仁さんを世話する事もあって、授業の無い時は家に居る場合が多い。

  • 十三宮勇も、当初は宗教学科に入る予定だったのだが、本人の意向で理系に転部し、航空宇宙工学を専攻する事になった。

  • 勇姉さんはアウトドア派なのか、休日も研究のためと出掛けてばかりである。

  •  この日、達が所属する十三宮軍は、太田騎士団の摂津(岩月)愛という新たな仲間と出逢った。

  • 太田騎士団は、人々の生命と自由を護るために結成され、特定の住所を持たず、日本各地を移動しながら活動する武装勢力である。

  • かつては日本人民共和国への抵抗運動で活躍し、現在は日本帝国などに協力している。

  • 岩月 愛

    「皆様、初めまして。太田騎士団の棟梁を務めさせて頂いております、愛と申します。十三宮様、宜しくお願い致します」

  • 十三宮 幸

    「こちらこそ、宜しくです」

  • 岩月 愛

    「聖様から、あなた方の護衛を仰せ付かりました。必要とあらば、何なりとお命じ下さいませ、御主人様」

  • 十三宮 幸

    「ご…御主人様だなんて、ありがとう御座いますw」

  •  アサルトライフルを携えた(胸が豊かな)メイドさん、という頼もし過ぎる仲間の愛さんに、今後の見通しを伺ってみる事にした。

  • 十三宮 幸

    「星川との戦争が迫っている…というのは、本当なのでしょうか?」

  • 岩月 愛

    「はい、残念ながら…星川様は最近、在日米軍の不在という隙を突く形で、帝国との開戦準備を進めていると考えられます。また、帝国の東京政府も、衝突を避けられなくなった暁には、星川様に打撃を加える策を検討しております」

  • 十三宮 幸

    「少し前までは、仲が良かったのに…」

  • 岩月 愛

    「アフガン戦争の時は、帝国と星川様、互いの利害が一致し、力の均衡も保たれておりました。しかし、此度のバビロン戦争で、その情況が一変してしまいました。また、両者の融和に努められてきた高瀬川将軍の御退官も、関係悪化の一因と思われます」

  •  高瀬川たかせがわ航二郎こうじろうは、日本人民共和国と星川軍閥に仕えた後、日本帝国の国民軍に転属した人物である。

  • 歴戦の老将として、星川軍と東京政府の双方に人脈を持つ立場から、両者の平和共存に尽力してきたが、先日に退役を迎えていた。

  • 岩月 愛

    「十三宮の皆様方にとって、星川様は義理の母でもあると伺っております。そのような方と敵対しかねない事態への御不安、深く拝察致します…ただ、悲観には及ばないかも知れません」

  • 十三宮 幸

    「それは、どういう意味ですか?」

  • 岩月 愛

    「星川様も、もちろん帝国も、相手側を殲滅するような全面戦争は望んでおらず、恐らく短期的な局地戦になるでしょう」

  •  また、内陸国である星川が陸軍一辺倒なのに対し、日本帝国は多くの戦闘機を保有しており、海上航路で武器・食糧の補給も可能である。

  • そのため、星川軍閥を支援する中華ソビエト共和国の参戦などが無ければ、帝国側のほうが有利だと考えられる。

  • 岩月 愛

    「兵站に関しては、私の旧主である清水しみず賢一郎けんいちろう様も、お力を貸して下さると思います。賢一郎様は、人民共和国時代に出羽農民一揆を纒めておられた名主であり、現在は、我が国を代表する清水財閥の当主になられ、帝国政府とも深い縁をお持ちです」

  • 十三宮 幸

    「なるほど」

  • 岩月 愛

    「万一、星川様との開戦になった場合、十三宮軍と私達は、後方で負傷者を救護する班と、最前線で戦う部隊とに分かれると思います。詳しくは、聖様や勇様を交えて軍議させて頂きたく思います」

  • 十三宮 幸

    「はい、分かりました」

  •  開戦した場合、愛さんを先陣とする東京軍が埼玉に侵攻し、星川軍に一撃を加え、そのまま和平交渉に持ち込む…こうする事で、犠牲者を最小限に抑え、戦争を短期間で終わらせるというのが、愛さんの考えであった。

  • 落合 ラズール 航

     同じ頃、星川軍閥の側も、そのような戦争の勃発を予想し、開戦準備を進めていた。

  •  星川軍総帥の星川初は、側近の上杉橄欖と、姪の星河亜紀を埼玉岩付(岩槻)市に派遣し、防衛線の構築を命じていた。

  • ここには、室町時代~江戸時代の岩付城遺跡があり、現在も星川軍の要塞として重視されている。

  • 星川初は、戦国時代の武士の末裔と言われており、先祖達が築いた城砦を、彼らへの敬意を込めて再建し、星川軍の拠点として用いるのを好んでいた。

  • 十三宮 巫部 仁

     その日の深夜、寝室への騒がしい足音で、
    私達は目を覚ましました。

  • 十三宮 勇

    「仲良く添い寝している時に悪いんだけど、起きなさい」

  • 十三宮 幸

    「…ん? あ、勇姉さんだ」

  • 十三宮 巫部 仁

    「どうしたの、姉様?」

  • 十三宮 勇

    「今から北武蔵に行くわ。昼間に話した件よ」

  • 十三宮 幸

    「もしかして、遂に戦争が…?」

  • 十三宮 勇

    「県境で両軍が睨み合っていて、付近の住民には避難命令が下ったみたい。恐らく、夜明けには始まるでしょうね」

  • 十三宮 巫部 仁

    「戦争が早く終わって、誰も死なないで済むように、神様にお祈りしようよ!」

  • 十三宮 幸

    「そうだね」

  • 十三宮 勇

    「岩付城に布陣している上杉橄欖は、石頭な上に野心的なキリシタンで、星川初さんを『日本教皇』にしようと企んでいるらしいわ。星川のためなら手段を選ばない上杉が、変な謀略を使ってくる前に、さっさと決着を付けたほうが良さそうね」

  • 十三宮 伊豆守 聖

    天主デウスの御前では、敵も味方も、星川様も私達も皆、大切な命です。早ければ暁にも、戦端が開かれるでしょう。急がなくては!」

  •  こうして私達は、極限状態の北武蔵へと急行しました。

  • もうすぐ始まってしまいそうな戦争を、一刻も早く終わらせるために…!

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