一年生
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「あら、あなた…ナマエ・ミョウジ?」
『……。』
一瞬、指先に鋭い痛みが走る。
声をかけられた拍子に、どうやら本の紙で指先を切ってしまったようだ。
出血の確認は後にして、名前はゆっくりと振り返る。
朝早い図書館の奥で、その女の子の髪の毛は栗色に輝いていた。
『ええと、君は…』
「あら、いきなりごめんなさい。私はハーマイオニー・グレンジャー。」
『…よろしくね。
…何で、俺の名前が分かったの。』
「だってあなたって、とっても目立つもの。ああ、悪い意味じゃないのよ。
背が高いから、どこにいたって目が止まるの。
それに魔法薬の初日の授業で、遅刻してきたでしょう?それでも冷静で…。
先週の飛行訓練ではネビルを助けに飛んでいったじゃない。
あなたって結構、先輩方はもちろん、私たちの間でも話題になってるのよ。女の子たちの間ではファンクラブもできたとか。」
『…そうなんだ。』
矢継ぎ早に繰り出される言葉を飲み込むのに、名前は少々時間を要した。
英語が聞き取れなかったわけではない。
ハーマイオニーの良く通る声で、ハキハキとして聞き取りやすかった。
ただ言っている意味の理解が出来なかった。
先輩や女の子の話題になっていて、ファンクラブがある?
規模が大きくて、名前には理解が追い付かない話だ。
「いつも落ち着いて見えてたから、先週の出来事には本当にびっくりしたわ…手首はもう大丈夫なのよね?」
『…、うん。ほとんどは。今は皮膚の治療してる。
でも…何で知っているの。』
「ネビルから聞いたの。あなたのこと、とても心配してたわ。」
『………』
「そういえば…朝御飯は食べたの?
大広間では、あなたの姿を見掛けなかったけれど。」
『治療があったから、医務室で食べた。』
「そう。それならいいんだけれど。
ねえ、あなた、本が好きなの?」
抱えている本を見せる。
『………』
コクリ、頷く。
「そうなの?だけど、あまり姿を見たことがないわね…」
『いつも奥にいるから。』
「ああ…そっか、私はあまり奥まで来ないわ。だから会わないのね。
でも、なんだか嬉しいわ。本を読む子がいて。
先輩方には本を読む人がたくさんいるんだけど、同期の子はあまり読まないの。
よかったらナマエって呼ばせてもらっていいかしら?」
『うん。俺は、…ハーマイオニーって呼ぶね。』
「ええ、よろしくね、ナマエ。」
『よろしく、ハーマイオニー。』
ハーマイオニーはニコリと笑った。
少し大きな前歯と、きれいな白い歯を覗かせて。
名前は笑い返さず無表情だったけれど、ハーマイオニーは特段気にした様子は無い。
自然な動作で名前の隣に座って、会話を再開させた。
図書館の中だから二人を声を抑えて色々な話をした。
声を抑えてもハーマイオニーの声は聞き取りやすく、名前の声は静かな空間で普段よりも逆に声が通っていた。
内容は殆どが勉強に関する話だ。
お気に入りの授業の話、より深く学びたい授業の話。
教科書の中で気になった事や、面白かった本の話。
お互いの情報の交換、先生達の話と本と教科書の内容を照らし合わせて議論をしたりした。
スラスラ話すハーマイオニーと、ぼそぼそ話す名前は対照的だったけれど、考え方や学びへの姿勢、価値観などが似ていたのだろう。
お喋りが途切れる事は無く、瞬く間に時間が過ぎていく。
授業開始15分前に差し掛かった頃、ヒョッコリと二つの頭が現れる。
ハリーとロンだ。
笑顔だった二人だが、ハーマイオニーと目が合うと、途端に不機嫌そうな顔付きになった。
何事かと振り向くと、ハーマイオニーも同じ顔だ。
間に挟まれた名前は首を傾げた。
「やぁグレンジャー。さっきぶりだね。
君の『お節介』にナマエを巻き込むつもりかい?」
「悪いけどナマエは喜んでくれると思うぜ。君と違ってね。」
「あら、それはどうかしらね。
喜ぶかどうか、話してごらんなさい。どうぞご自由に。」
「ああ、君に言われなくともそうするさ。」
三人の話す口調がとても刺々しい。
声音が明らかに攻撃的で、初めて聞くその声に、名前はどうしたのかと三人の顔を見比べる。
ハーマイオニーはハリーとロンを睨み、ハリーとロンはハーマイオニーを睨んでいて、ここで口を挟んで良いものかと逡巡する。
ハーマイオニーはハリーとロンを一睨みして、名前を見上げるとにっこりと笑いかけた。
表情の切り替えの早さに驚く名前をよそに、『またね』と言い残して、ハーマイオニーは本を抱えて去っていった。
直後ハリーとロンが笑顔で近寄ってくる。
此方も中々表情の切り替えが早い。
「ナマエ、また医務室?朝御飯の時大広間で見なかったけど。まだ完治しないの?」
『あとは皮膚だけだから、大丈夫。』
「そっか、よかった。安心したよ。」
『ありがとう。……
あの…何かあったの。』
「え?」
『いつもよりご機嫌に見える。』
指摘されたハリーはロンとキョトンとして互いの顔を見合わせた。
そしてすぐにおかしそうにクスクス笑い、嬉しそうな笑顔のまま名前に理由を話した。
なんでもハリー宛てにニンバス2000という箒がマクゴナガルから送られてきたらしい。
その箒がいかに素晴らしいか説明するロンに、名前が口を挟む隙も無くただ頷くしかない。
ニンバス2000の説明を心ゆくまで話し終えると、次に二人はハーマイオニーの事で愚痴を言い始めた。
どうして三人があのような態度を取ったのか、図書館を出てしばらく、愚痴を付け加えながらの説明を聞く。
名前は静かに二人の話に耳を傾けて、二人が話し終えてから口を開いた。
『心配してるんじゃないか。』
「まさか!校則を破ってシーカーになった僕が気に入らないだけさ。」
「そうだよ。あいつ退学が何より最悪だと思ってるからな。」
「ナマエは僕が校則を破ってシーカーになったこと、どう思う?ハーマイオニーみたいに怒るかい?」
『怒りはしない。でも…、』
「でも、何だい?」
『……。
よかった、と思うよ。…』
二人は何よりその言葉が欲しかったのだろう。
ハリーとロンは満足気に、嬉しそうに笑った。
続けて、今夜さっそく練習を見に来ないかと名前を誘った。
しかし名前は罰則を受けなければならない。
それを理由に丁寧に断ると、二人とも思い出したように同情の視線を向けた。
多分、本当に忘れていたのだろう。
二人はさして気分を害した様子もなく、むしろ名前を慰める為に優しく接してくれた。
『……。』
罰則の時間が近付く夕刻。
名前は一人、地下牢に繋がる長い螺旋階段を下りていた。
一日中ずっと日が射し込むことはないここは普段から肌寒かったが、日が落ちる時間帯になるとより寒さが強まる。
更に一段一段階段を下りる度に温度が下がっているように感じた。
冷気が身体に纏わりつき、徐々に体温を奪っていく。
ローブから出た指先が冷たかった。
やっと教室に着いた頃には、名前の指先に感覚はなかった。
その手を何度か握り締め、教室のドアを叩く。
『ミョウジです。』
「入れ。」
ドアの向こうからくぐもった声が素早く返ってきた。
ドアをゆっくり開けると、悲鳴のような軋む音が鳴り響く。
薄暗い教室内を一見する。誰もいないように見えた。
目を皿のようにして注意深く観察する。
すると教室の端、スネイプが闇に紛れて立っていた。
此方に背を向けて、棚にある薬物を見ているようだ。
この地下の教室は地上の音を遠ざけているみたいで、教室は自分の呼吸がはっきりと聞こえるくらい静まり返っている。
物音を出すのは憚れる雰囲気を感じてか、名前は静かにスネイプへ歩み寄る。
「いつも通りだ。」
『……分かりました。』
名前が近付いてくる気配を感じ取ったのだろう、スネイプは此方に目もくれず言い放った。
薬物らしきものが入った小瓶をじっくり吟味して、何か紙に書き出している。
在庫のチェックでもしているのだろうか。
邪魔をしてはいけないと、名前は静かにスネイプの側から離れた。
そして掃除道具の入っている薄汚れたロッカーまで行くと、箒や塵取りを取り出した。
『いつも通り』、罰則初日に告げられた通り手ずから掃除をする。
静まり返った教室内に、しばらく掃除の音と、たまに瓶と瓶とが擦れる音が響いていた。
粗方の汚れを取り除き、仕上げの雑巾がけに取り掛かる。
慣れた手付きで机を拭いていく。
『、……』
指先に鋭い痛みが走った。思わず雑巾から手を離す。
まるで生傷に消毒液を塗り込めたかのような灼熱の痛み。
痛みのある指先を顔に近付けてじっと見る。
教室が薄暗いからはっきりとは見えないけれど、指先から血は出ていない。
朝方、本の紙で切った傷痕があるだけで、それも開いた様子はない。
机のささくれでも刺さったかと思われたが、そうでも無いようだ。
しかしこの痛みは普通じゃない。
ズキズキとした痛み。指先から掌へと熱感が広がっている気がする。
名前は指先から目を離し、今さっき拭いていた机を見た。
特に雑巾がけをしていた箇所をよく観察する。
すると蝋燭の灯りに照らされて、小さな水溜まり僅かに見えた。
水溜まりと言っても水滴サイズだが、点々と散っている。
これ以外に何もない。
まさかこの水滴が原因だろうか。
指先を見つめる。見た目に変化はない。
けれど痛みと灼熱感は掌から手首へと広がっている。
この変化の早さ、まさかとてもまずい状況なのかもしれない。
「ミョウジ。」
反射的に返事をしてしまってから、名前はゆっくりと後ろを見た。
とっくに薬品のチェックの手を止めていたらしい、スネイプとバッチリ目が合った。
深く皺を寄せた眉の下から探るような目付き覗いており、たちどころに名前を磔にする。
今までの一連の動作を見られていたのだろうか。
何かを勘付いたのかスネイプは黒いマントを翻し、さっとこちらに寄ってくる。
するとどうしたことか、名前は痛む手を下ろして机の下に隠してしまった。
スネイプが取り仕切る魔法薬の教室で起きた事なのだから、いの一番に教鞭をとるスネイプへ伝えなければいけないのにも関わらずだ。
スネイプは名前の隣までやって来ると、まるで背後霊のように身を寄せてきた。
背後で名前のローブとスネイプのマントが触れ合う感覚がする。
首を捻ってそちらを見ると、すぐそこにスネイプの顔があった。
「この机に、」
スネイプの低い囁き声は、吐息すら感じさせる距離にある名前の耳の中へ、小さな蛇のようにするりと忍び込んだ。
探るような黒い瞳がじっと名前を見据え、名前はその瞳の中に自分の姿を見た。
「どのような『汚れ』があったか答えられるかね。」
『汚れ、ですか……。』
てっきり一連の動作を見られていて、その事について質問されると考えていたのだろう。
名前は少し肩の力を抜いて安堵した様子で、素直に自分が行った掃除の手順を思い出しているようだった。
チリを集め、汚れを拭き取り、そして仕上げ。
だから汚れとしては、薬の材料のチリ、溢れたインク、それから───。
名前は視線を泳がせた。
スネイプは言葉を続けた。
「君が全て一人で掃除をしているのだから、君に答えられぬはずがなかろう。」
これは誘導尋問というやつではないだろうか。
スネイプは水滴が何か知っていて、その上で名前に答えさせようとしている。
ならば名前は余計に嘘は吐けない。
元々嘘や演技は得意ではないけれど。
だが答えたところで、今度は何を言われるのだろう。
『……。』
一瞬、指先に鋭い痛みが走る。
声をかけられた拍子に、どうやら本の紙で指先を切ってしまったようだ。
出血の確認は後にして、名前はゆっくりと振り返る。
朝早い図書館の奥で、その女の子の髪の毛は栗色に輝いていた。
『ええと、君は…』
「あら、いきなりごめんなさい。私はハーマイオニー・グレンジャー。」
『…よろしくね。
…何で、俺の名前が分かったの。』
「だってあなたって、とっても目立つもの。ああ、悪い意味じゃないのよ。
背が高いから、どこにいたって目が止まるの。
それに魔法薬の初日の授業で、遅刻してきたでしょう?それでも冷静で…。
先週の飛行訓練ではネビルを助けに飛んでいったじゃない。
あなたって結構、先輩方はもちろん、私たちの間でも話題になってるのよ。女の子たちの間ではファンクラブもできたとか。」
『…そうなんだ。』
矢継ぎ早に繰り出される言葉を飲み込むのに、名前は少々時間を要した。
英語が聞き取れなかったわけではない。
ハーマイオニーの良く通る声で、ハキハキとして聞き取りやすかった。
ただ言っている意味の理解が出来なかった。
先輩や女の子の話題になっていて、ファンクラブがある?
規模が大きくて、名前には理解が追い付かない話だ。
「いつも落ち着いて見えてたから、先週の出来事には本当にびっくりしたわ…手首はもう大丈夫なのよね?」
『…、うん。ほとんどは。今は皮膚の治療してる。
でも…何で知っているの。』
「ネビルから聞いたの。あなたのこと、とても心配してたわ。」
『………』
「そういえば…朝御飯は食べたの?
大広間では、あなたの姿を見掛けなかったけれど。」
『治療があったから、医務室で食べた。』
「そう。それならいいんだけれど。
ねえ、あなた、本が好きなの?」
抱えている本を見せる。
『………』
コクリ、頷く。
「そうなの?だけど、あまり姿を見たことがないわね…」
『いつも奥にいるから。』
「ああ…そっか、私はあまり奥まで来ないわ。だから会わないのね。
でも、なんだか嬉しいわ。本を読む子がいて。
先輩方には本を読む人がたくさんいるんだけど、同期の子はあまり読まないの。
よかったらナマエって呼ばせてもらっていいかしら?」
『うん。俺は、…ハーマイオニーって呼ぶね。』
「ええ、よろしくね、ナマエ。」
『よろしく、ハーマイオニー。』
ハーマイオニーはニコリと笑った。
少し大きな前歯と、きれいな白い歯を覗かせて。
名前は笑い返さず無表情だったけれど、ハーマイオニーは特段気にした様子は無い。
自然な動作で名前の隣に座って、会話を再開させた。
図書館の中だから二人を声を抑えて色々な話をした。
声を抑えてもハーマイオニーの声は聞き取りやすく、名前の声は静かな空間で普段よりも逆に声が通っていた。
内容は殆どが勉強に関する話だ。
お気に入りの授業の話、より深く学びたい授業の話。
教科書の中で気になった事や、面白かった本の話。
お互いの情報の交換、先生達の話と本と教科書の内容を照らし合わせて議論をしたりした。
スラスラ話すハーマイオニーと、ぼそぼそ話す名前は対照的だったけれど、考え方や学びへの姿勢、価値観などが似ていたのだろう。
お喋りが途切れる事は無く、瞬く間に時間が過ぎていく。
授業開始15分前に差し掛かった頃、ヒョッコリと二つの頭が現れる。
ハリーとロンだ。
笑顔だった二人だが、ハーマイオニーと目が合うと、途端に不機嫌そうな顔付きになった。
何事かと振り向くと、ハーマイオニーも同じ顔だ。
間に挟まれた名前は首を傾げた。
「やぁグレンジャー。さっきぶりだね。
君の『お節介』にナマエを巻き込むつもりかい?」
「悪いけどナマエは喜んでくれると思うぜ。君と違ってね。」
「あら、それはどうかしらね。
喜ぶかどうか、話してごらんなさい。どうぞご自由に。」
「ああ、君に言われなくともそうするさ。」
三人の話す口調がとても刺々しい。
声音が明らかに攻撃的で、初めて聞くその声に、名前はどうしたのかと三人の顔を見比べる。
ハーマイオニーはハリーとロンを睨み、ハリーとロンはハーマイオニーを睨んでいて、ここで口を挟んで良いものかと逡巡する。
ハーマイオニーはハリーとロンを一睨みして、名前を見上げるとにっこりと笑いかけた。
表情の切り替えの早さに驚く名前をよそに、『またね』と言い残して、ハーマイオニーは本を抱えて去っていった。
直後ハリーとロンが笑顔で近寄ってくる。
此方も中々表情の切り替えが早い。
「ナマエ、また医務室?朝御飯の時大広間で見なかったけど。まだ完治しないの?」
『あとは皮膚だけだから、大丈夫。』
「そっか、よかった。安心したよ。」
『ありがとう。……
あの…何かあったの。』
「え?」
『いつもよりご機嫌に見える。』
指摘されたハリーはロンとキョトンとして互いの顔を見合わせた。
そしてすぐにおかしそうにクスクス笑い、嬉しそうな笑顔のまま名前に理由を話した。
なんでもハリー宛てにニンバス2000という箒がマクゴナガルから送られてきたらしい。
その箒がいかに素晴らしいか説明するロンに、名前が口を挟む隙も無くただ頷くしかない。
ニンバス2000の説明を心ゆくまで話し終えると、次に二人はハーマイオニーの事で愚痴を言い始めた。
どうして三人があのような態度を取ったのか、図書館を出てしばらく、愚痴を付け加えながらの説明を聞く。
名前は静かに二人の話に耳を傾けて、二人が話し終えてから口を開いた。
『心配してるんじゃないか。』
「まさか!校則を破ってシーカーになった僕が気に入らないだけさ。」
「そうだよ。あいつ退学が何より最悪だと思ってるからな。」
「ナマエは僕が校則を破ってシーカーになったこと、どう思う?ハーマイオニーみたいに怒るかい?」
『怒りはしない。でも…、』
「でも、何だい?」
『……。
よかった、と思うよ。…』
二人は何よりその言葉が欲しかったのだろう。
ハリーとロンは満足気に、嬉しそうに笑った。
続けて、今夜さっそく練習を見に来ないかと名前を誘った。
しかし名前は罰則を受けなければならない。
それを理由に丁寧に断ると、二人とも思い出したように同情の視線を向けた。
多分、本当に忘れていたのだろう。
二人はさして気分を害した様子もなく、むしろ名前を慰める為に優しく接してくれた。
『……。』
罰則の時間が近付く夕刻。
名前は一人、地下牢に繋がる長い螺旋階段を下りていた。
一日中ずっと日が射し込むことはないここは普段から肌寒かったが、日が落ちる時間帯になるとより寒さが強まる。
更に一段一段階段を下りる度に温度が下がっているように感じた。
冷気が身体に纏わりつき、徐々に体温を奪っていく。
ローブから出た指先が冷たかった。
やっと教室に着いた頃には、名前の指先に感覚はなかった。
その手を何度か握り締め、教室のドアを叩く。
『ミョウジです。』
「入れ。」
ドアの向こうからくぐもった声が素早く返ってきた。
ドアをゆっくり開けると、悲鳴のような軋む音が鳴り響く。
薄暗い教室内を一見する。誰もいないように見えた。
目を皿のようにして注意深く観察する。
すると教室の端、スネイプが闇に紛れて立っていた。
此方に背を向けて、棚にある薬物を見ているようだ。
この地下の教室は地上の音を遠ざけているみたいで、教室は自分の呼吸がはっきりと聞こえるくらい静まり返っている。
物音を出すのは憚れる雰囲気を感じてか、名前は静かにスネイプへ歩み寄る。
「いつも通りだ。」
『……分かりました。』
名前が近付いてくる気配を感じ取ったのだろう、スネイプは此方に目もくれず言い放った。
薬物らしきものが入った小瓶をじっくり吟味して、何か紙に書き出している。
在庫のチェックでもしているのだろうか。
邪魔をしてはいけないと、名前は静かにスネイプの側から離れた。
そして掃除道具の入っている薄汚れたロッカーまで行くと、箒や塵取りを取り出した。
『いつも通り』、罰則初日に告げられた通り手ずから掃除をする。
静まり返った教室内に、しばらく掃除の音と、たまに瓶と瓶とが擦れる音が響いていた。
粗方の汚れを取り除き、仕上げの雑巾がけに取り掛かる。
慣れた手付きで机を拭いていく。
『、……』
指先に鋭い痛みが走った。思わず雑巾から手を離す。
まるで生傷に消毒液を塗り込めたかのような灼熱の痛み。
痛みのある指先を顔に近付けてじっと見る。
教室が薄暗いからはっきりとは見えないけれど、指先から血は出ていない。
朝方、本の紙で切った傷痕があるだけで、それも開いた様子はない。
机のささくれでも刺さったかと思われたが、そうでも無いようだ。
しかしこの痛みは普通じゃない。
ズキズキとした痛み。指先から掌へと熱感が広がっている気がする。
名前は指先から目を離し、今さっき拭いていた机を見た。
特に雑巾がけをしていた箇所をよく観察する。
すると蝋燭の灯りに照らされて、小さな水溜まり僅かに見えた。
水溜まりと言っても水滴サイズだが、点々と散っている。
これ以外に何もない。
まさかこの水滴が原因だろうか。
指先を見つめる。見た目に変化はない。
けれど痛みと灼熱感は掌から手首へと広がっている。
この変化の早さ、まさかとてもまずい状況なのかもしれない。
「ミョウジ。」
反射的に返事をしてしまってから、名前はゆっくりと後ろを見た。
とっくに薬品のチェックの手を止めていたらしい、スネイプとバッチリ目が合った。
深く皺を寄せた眉の下から探るような目付き覗いており、たちどころに名前を磔にする。
今までの一連の動作を見られていたのだろうか。
何かを勘付いたのかスネイプは黒いマントを翻し、さっとこちらに寄ってくる。
するとどうしたことか、名前は痛む手を下ろして机の下に隠してしまった。
スネイプが取り仕切る魔法薬の教室で起きた事なのだから、いの一番に教鞭をとるスネイプへ伝えなければいけないのにも関わらずだ。
スネイプは名前の隣までやって来ると、まるで背後霊のように身を寄せてきた。
背後で名前のローブとスネイプのマントが触れ合う感覚がする。
首を捻ってそちらを見ると、すぐそこにスネイプの顔があった。
「この机に、」
スネイプの低い囁き声は、吐息すら感じさせる距離にある名前の耳の中へ、小さな蛇のようにするりと忍び込んだ。
探るような黒い瞳がじっと名前を見据え、名前はその瞳の中に自分の姿を見た。
「どのような『汚れ』があったか答えられるかね。」
『汚れ、ですか……。』
てっきり一連の動作を見られていて、その事について質問されると考えていたのだろう。
名前は少し肩の力を抜いて安堵した様子で、素直に自分が行った掃除の手順を思い出しているようだった。
チリを集め、汚れを拭き取り、そして仕上げ。
だから汚れとしては、薬の材料のチリ、溢れたインク、それから───。
名前は視線を泳がせた。
スネイプは言葉を続けた。
「君が全て一人で掃除をしているのだから、君に答えられぬはずがなかろう。」
これは誘導尋問というやつではないだろうか。
スネイプは水滴が何か知っていて、その上で名前に答えさせようとしている。
ならば名前は余計に嘘は吐けない。
元々嘘や演技は得意ではないけれど。
だが答えたところで、今度は何を言われるのだろう。