一年生
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───バ……け……───
───……だ!……───
『……』
誰かの声が響いている。
意識はまだ微睡みの中にある。
声は遠くで叫んでいた。
あるいは水の中のようにくぐもって聞こえた。
名前はゆっくりと目を開けた。
少しでも力を抜けば、意識はまた深く沈み込む。
眠気に抗い、ぼんやりと床を見つめる。
『……いきてる。』
掠れた声は自分の耳にしっかり届いた。
視界はぼやけていた。
何度か瞬きを繰り返すと、ようやく視界が晴れてくる。
『生きてるのか。』
もう一度呟いて、名前は顔を上げた。
名前の目は僅かに見開かれた。
『火。』
真っ赤な火が燃え盛り、周囲を囲んでいる。
それはもう、赤々と辺りを照らしていた。
咄嗟に名前は立ち上がろうとした。
けれど、すぐにごろんと倒れてしまう。
縛られていることを忘れていたのだ。
首だけ回してクィレルを探す。
見える範囲にはいないようだ。
『……』
身動ぎをしてみると、縄が締め付けることはなかった。
名前は顎と膝を使って、イモムシのように床を這った。
「捕まえろ!」
びくっと体が跳ねた。
大きな声が反響している。
辺りを見渡したが姿はない。
声は未だに捕まえろ、捕まえろと叫んでいる。
よく聞いてみれば、声はヴォルデモートのものだ。
しかしその言葉は、名前に向けて言っているわけでもなさそうだった。
身構えて待っていても何も起こらなかったからだ。
鏡に隠れながら、名前は向こう側を覗き込んだ。
「やるもんか!」
「捕まえろ、捕まえろ!!」
ハリーだ。
名前は目を見開いた。
ハリーが階段を駆けていく。
どうやら扉に向かっているようだ。
それをクィレルが追っている。
『(捕まる)』
所詮、子供と大人。
足の長い大人の方が有利に決まっている。
名前は腕にありったけの力をこめた。
固く結ばれた縄はほどけそうもない。
いくら力をこめても、少しも緩みがなかった。
名前は炎ににじり寄る。
燃え盛る炎に手を近付けた。
すぐに焦げたニオイがしてきた。
『ステューピファイ!』
目を刺す眩い光りが、炎の明かりに負けないくらい強く輝いた。
光は今にもハリーを捕まえそうだったクィレルに衝突し、クィレルを吹き飛ばした。
その隙にハリーの元まで駆けていく。
ハリーは名前を見ると、こぼれ落ちてしまいそうなくらい目を見開いた。
「ナマエ、なんで、ここに……」
名前が何か言葉を返す前に、ハリーは膝から崩れ落ちた。
慌てて名前はハリーを支え、それから杖をクィレルに向ける。
クィレルは呻きながら起き上がったところだった。
「ナマエ、僕、探していたんだよ。いなくなったから。夕食にも、寝る時間になっても帰ってこなかったから。僕、僕、……」
ハリーが名前のローブをぎゅっと握り締めた。
瞳からポロポロと涙が流れていく。
「僕、ナマエ殺されちゃったんじゃないかって……」
『大丈夫。……早く帰ろう。』
光の玉が飛んできた。
寸でのところで弾く。
腕がビリビリと痺れた。
クィレルは名前を睨みつけている。
杖が真っ直ぐ向けられている。
「ミョウジ、また私の邪魔をする気か!」
『ハリーを殺すでしょう。』
「だから何だ!ご主人様が望むことだ!それを果たすのは私の使命だ!私はもう、失敗を繰り返しはしない!!」
また光りが飛んでくる。
もう一度弾く。
しかし、衝撃に耐えきれず尻餅をついてしまった。
すかさずクィレルが走る。
ハリーの首に手を伸ばす。
名前が立ち上がり、近付こうと一歩を踏んだ。
突如クィレルから悲鳴が上がった。
すさまじい悲鳴だった。
名前は立ち止まった。
「ご主人様、ヤツを押さえていられません……手が……私の手が!」
見ると、クィレルの手が焼け爛れている。
皮が剥けて、皮膚の下の組織が見えている。
ハリーは階段に座り込んで唖然としていた。
「それなら殺せ、愚か者め、始末してしまえ!」
ヴォルデモートの鋭い声に、クィレルは素早く杖を握った。
手の動きはぎこちない。
痛みに顔が歪んでいる。
『ハリー!』
ハリーが殺される。
そう思って名前は、ハリーに向かって叫んだ。
これまでに聞いたことがないくらい、名前にしては大きな声だった。
しかしハリーは手を伸ばし、夢中でクィレルに掴みかかった。
「あああアアアァ!」
クィレルは逃げるようにハリーから離れた。
ハリーが触ったクィレルの顔が、ぼろぼろに焼け爛れている。
皮が剥けた赤い肌が、遠く離れた名前にも見えた。
苦しむクィレルに追い討ちをかけるように、ハリーはまた強くしがみつく。
また悲鳴が上がる。
そこら中に悲鳴は響き渡る。
頭の中で鳴り響く。
痛い
痛い痛い
痛い
痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い
痛い痛い痛い
痛い
痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い
痛い痛い
痛い
痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
『………』
気付けば、名前は小さく縮こまり、自身の体を掻き抱いていた。
身体中に冷や汗が滲んでいた。
自身の体に起こった現象が分からず、名前は戸惑うように俯いた。
まるでクィレルの心の声が、そのまま伝わってきたような。
クィレルの体に入り込んだような。
痛みや苦しみが、自分の体に実際に起こったような。
クィレルの悲鳴が反響している。
顔を上げてみれば、ハリーは我を忘れたようにクィレルにしがみついている。
クィレルは必死に振りほどこうともがいていた。
『ハリー……』
呼んでも、ハリーはしがみつくことをやめない。
『ハリー、駄目だ。クィレル先生が……ハリー……!』
クィレルの悲鳴が、名前の頭の中でこだまする。
その恐ろしい悲鳴で痛みが伝染するようだった。
血の気が引いて、体中が冷たくなった。
名前はたまらず駆け寄って、ハリーの腕を掴んだ。
ハリーの手はぴったりと、クィレルの肌に張り付いたように、なかなか離れようとしない。
指一本一本を順にはがしていく。
やっとこさ離せたが、ハリーの手は強張っていた。
『……ハリー』
小さな声で、しかし、聞こえる大きさで名前を呼ぶ。
俯いたまま、ぴくりともしない。
覗き込んで、無理矢理視線を合わせてみる。
だが、やはり反応はない。
ハリーの目はぼんやりとしていて、名前を見てはいなかった。
『ハリー、もう、やめてくれ。クィレル先生が、死んでしまう。ハリーが人殺しになるのは、いやだ。クィレル先生が死ぬのも、いやだ。ハリー……』
「……」
『ハリー……声、聞こえないか。……俺を見てくれ。』
「……」
伏せられた瞳が、僅かに動く。
そっと持ち上がった瞼。
ぱちり、ぱちり、瞬く。
瞳に映った自分の姿に、名前は少なからず安堵した。
ハリーの唇が気怠げに、ゆっくりと動く。
「……ナマエ?」
ハリーはぼんやりと名前を見た。
名前もハリーの手を掴んで、ただ見つめた。
時間が過ぎていく。
ぱちぱちと火のはぜる音だけが辺りに響く。
『……、……ハリー、』
何の前触れもなしに、胸にもたれ掛かってきた慣れない重さに、名前はその周囲で手を右往左往させた。
ハリーは全身の力を抜いているようだ。
放っておくと、ズルリと床に倒れてしまいそうだった。
躊躇いながら、そっと肩を掴んでみる。
名前を呼んでも反応しない。
どうしたのかと顔を覗き込んでみると、ハリーの瞼は閉じていた。
『……ハリー、』
呼んでも返事はない。
閉じられた瞼は開かない。
肩を掴み、いくら揺さぶってみても、ハリーの瞼が開くことはない。
寝癖のある頭は抵抗なく前後にかくかくと揺れた。
「……ウウ……」
『……』
絞り出すような呻き声に、名前の肩がビクッと揺れた。
ハリーに身を寄せ、名前はそっとクィレルを見る。
焼け爛れ、目も鼻も口も原形を留めていない。
口であったであろう場所がぽっかりと穴をあけ、そこから短い呻き声がもれている。
クィレルは、生きている。
まだ、生きているのだ。
『…………』
名前はハリーとクィレルを見比べた。
炎はますます燃え盛り、空気の柱が立ち上り、部屋の中を駆け巡る。
勝手に髪の毛が揺れて、頬が熱くなってくる。
名前は唇を一文字に引き結んだ。
考えている暇はない。
『……。』
右手にハリーを抱えて、左手にクィレルを抱える。
伸びようとしない膝を力いっぱい伸ばし、なんとか立ち上がった。
けれど足が震えていて、今にも崩れ落ちそうだった。
床に靴底を擦り付け、ゆっくりとだが確実に、階段の上にある扉に向かう。
階段を上るために足を浮かべると、バランスが崩れて倒れそうになる。
急いで階段に足を踏み出し、倒れないように支える。
一歩ずつ、上る足に力をこめる。
『……』
視界の端でキラリと光る物があった。
見てみると、赤い宝石のようなものが落ちている。
あれが賢者の石なのだろうか。
名前はぼんやりと思う。
視線を石から扉に戻し、また階段を上り始める。
一段。また一段。
パチパチと火のはぜる音に、ジャリとローファーが擦れる音が交ざる。
ゆらり、ゆらり、炎の揺めきに合わせるように、名前の体は前後左右に揺れている。
今にも倒れてしまいそうだ。
光を映さない瞳は階段をぼんやり見つめている。
『……』
不意に足を止める。
すぐそこにある扉を見つめた後、ゆっくりと二人を抱え直す。
刹那、息が止まる。
クィレルの体から、黒い"もや"が立ち上っていた。
一瞬、火がどこかに燃え移っているのかと考えが過ったが、瞬時に否定する。
"もや"は名前が見ている前で形を変えていった。
さながら呼吸でもしているかのように、散らばり、集まり、また散らばり、だが、確実にまとまっていく。
───かお、───
それはまるで、骸骨のような。
───顔。───
"もや"はそれ以上変化はせず、ゆっくりと天井付近まで浮上した。
そこでピタリと止まる。
あるのは窪みだけで、目玉も何もないのに、視線を感じる。
じっと名前を見下ろしている。
いや、名前なのかどうかはわからない。
ハリーもクィレルも、名前の腕の中にいる。
『(…………)』
名前は二人を扉にもたれさせて、二人の前に立った。
杖を構える。
先を真っ直ぐ"顔"に向けて。
"顔"は笑った。
ように感じた。
"顔"は突如猛然と名前に向かってきた。
何がこの"顔"を打ち倒すのかはわからない。
だが何かしなければならない。
二人が背中にいるかぎり、とにかく、どうにかするしかない。
しかし呪文を口にする前に、"顔"は既に目と鼻の先にいた。
煤のように黒い"もや"でできた"顔"が、大きく口を開けている。
何か叫んでいたのかもしれない。
だがその時には、名前の意識は無かった。
───……だ!……───
『……』
誰かの声が響いている。
意識はまだ微睡みの中にある。
声は遠くで叫んでいた。
あるいは水の中のようにくぐもって聞こえた。
名前はゆっくりと目を開けた。
少しでも力を抜けば、意識はまた深く沈み込む。
眠気に抗い、ぼんやりと床を見つめる。
『……いきてる。』
掠れた声は自分の耳にしっかり届いた。
視界はぼやけていた。
何度か瞬きを繰り返すと、ようやく視界が晴れてくる。
『生きてるのか。』
もう一度呟いて、名前は顔を上げた。
名前の目は僅かに見開かれた。
『火。』
真っ赤な火が燃え盛り、周囲を囲んでいる。
それはもう、赤々と辺りを照らしていた。
咄嗟に名前は立ち上がろうとした。
けれど、すぐにごろんと倒れてしまう。
縛られていることを忘れていたのだ。
首だけ回してクィレルを探す。
見える範囲にはいないようだ。
『……』
身動ぎをしてみると、縄が締め付けることはなかった。
名前は顎と膝を使って、イモムシのように床を這った。
「捕まえろ!」
びくっと体が跳ねた。
大きな声が反響している。
辺りを見渡したが姿はない。
声は未だに捕まえろ、捕まえろと叫んでいる。
よく聞いてみれば、声はヴォルデモートのものだ。
しかしその言葉は、名前に向けて言っているわけでもなさそうだった。
身構えて待っていても何も起こらなかったからだ。
鏡に隠れながら、名前は向こう側を覗き込んだ。
「やるもんか!」
「捕まえろ、捕まえろ!!」
ハリーだ。
名前は目を見開いた。
ハリーが階段を駆けていく。
どうやら扉に向かっているようだ。
それをクィレルが追っている。
『(捕まる)』
所詮、子供と大人。
足の長い大人の方が有利に決まっている。
名前は腕にありったけの力をこめた。
固く結ばれた縄はほどけそうもない。
いくら力をこめても、少しも緩みがなかった。
名前は炎ににじり寄る。
燃え盛る炎に手を近付けた。
すぐに焦げたニオイがしてきた。
『ステューピファイ!』
目を刺す眩い光りが、炎の明かりに負けないくらい強く輝いた。
光は今にもハリーを捕まえそうだったクィレルに衝突し、クィレルを吹き飛ばした。
その隙にハリーの元まで駆けていく。
ハリーは名前を見ると、こぼれ落ちてしまいそうなくらい目を見開いた。
「ナマエ、なんで、ここに……」
名前が何か言葉を返す前に、ハリーは膝から崩れ落ちた。
慌てて名前はハリーを支え、それから杖をクィレルに向ける。
クィレルは呻きながら起き上がったところだった。
「ナマエ、僕、探していたんだよ。いなくなったから。夕食にも、寝る時間になっても帰ってこなかったから。僕、僕、……」
ハリーが名前のローブをぎゅっと握り締めた。
瞳からポロポロと涙が流れていく。
「僕、ナマエ殺されちゃったんじゃないかって……」
『大丈夫。……早く帰ろう。』
光の玉が飛んできた。
寸でのところで弾く。
腕がビリビリと痺れた。
クィレルは名前を睨みつけている。
杖が真っ直ぐ向けられている。
「ミョウジ、また私の邪魔をする気か!」
『ハリーを殺すでしょう。』
「だから何だ!ご主人様が望むことだ!それを果たすのは私の使命だ!私はもう、失敗を繰り返しはしない!!」
また光りが飛んでくる。
もう一度弾く。
しかし、衝撃に耐えきれず尻餅をついてしまった。
すかさずクィレルが走る。
ハリーの首に手を伸ばす。
名前が立ち上がり、近付こうと一歩を踏んだ。
突如クィレルから悲鳴が上がった。
すさまじい悲鳴だった。
名前は立ち止まった。
「ご主人様、ヤツを押さえていられません……手が……私の手が!」
見ると、クィレルの手が焼け爛れている。
皮が剥けて、皮膚の下の組織が見えている。
ハリーは階段に座り込んで唖然としていた。
「それなら殺せ、愚か者め、始末してしまえ!」
ヴォルデモートの鋭い声に、クィレルは素早く杖を握った。
手の動きはぎこちない。
痛みに顔が歪んでいる。
『ハリー!』
ハリーが殺される。
そう思って名前は、ハリーに向かって叫んだ。
これまでに聞いたことがないくらい、名前にしては大きな声だった。
しかしハリーは手を伸ばし、夢中でクィレルに掴みかかった。
「あああアアアァ!」
クィレルは逃げるようにハリーから離れた。
ハリーが触ったクィレルの顔が、ぼろぼろに焼け爛れている。
皮が剥けた赤い肌が、遠く離れた名前にも見えた。
苦しむクィレルに追い討ちをかけるように、ハリーはまた強くしがみつく。
また悲鳴が上がる。
そこら中に悲鳴は響き渡る。
頭の中で鳴り響く。
痛い
痛い痛い
痛い
痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い
痛い痛い痛い
痛い
痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い
痛い痛い
痛い
痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
『………』
気付けば、名前は小さく縮こまり、自身の体を掻き抱いていた。
身体中に冷や汗が滲んでいた。
自身の体に起こった現象が分からず、名前は戸惑うように俯いた。
まるでクィレルの心の声が、そのまま伝わってきたような。
クィレルの体に入り込んだような。
痛みや苦しみが、自分の体に実際に起こったような。
クィレルの悲鳴が反響している。
顔を上げてみれば、ハリーは我を忘れたようにクィレルにしがみついている。
クィレルは必死に振りほどこうともがいていた。
『ハリー……』
呼んでも、ハリーはしがみつくことをやめない。
『ハリー、駄目だ。クィレル先生が……ハリー……!』
クィレルの悲鳴が、名前の頭の中でこだまする。
その恐ろしい悲鳴で痛みが伝染するようだった。
血の気が引いて、体中が冷たくなった。
名前はたまらず駆け寄って、ハリーの腕を掴んだ。
ハリーの手はぴったりと、クィレルの肌に張り付いたように、なかなか離れようとしない。
指一本一本を順にはがしていく。
やっとこさ離せたが、ハリーの手は強張っていた。
『……ハリー』
小さな声で、しかし、聞こえる大きさで名前を呼ぶ。
俯いたまま、ぴくりともしない。
覗き込んで、無理矢理視線を合わせてみる。
だが、やはり反応はない。
ハリーの目はぼんやりとしていて、名前を見てはいなかった。
『ハリー、もう、やめてくれ。クィレル先生が、死んでしまう。ハリーが人殺しになるのは、いやだ。クィレル先生が死ぬのも、いやだ。ハリー……』
「……」
『ハリー……声、聞こえないか。……俺を見てくれ。』
「……」
伏せられた瞳が、僅かに動く。
そっと持ち上がった瞼。
ぱちり、ぱちり、瞬く。
瞳に映った自分の姿に、名前は少なからず安堵した。
ハリーの唇が気怠げに、ゆっくりと動く。
「……ナマエ?」
ハリーはぼんやりと名前を見た。
名前もハリーの手を掴んで、ただ見つめた。
時間が過ぎていく。
ぱちぱちと火のはぜる音だけが辺りに響く。
『……、……ハリー、』
何の前触れもなしに、胸にもたれ掛かってきた慣れない重さに、名前はその周囲で手を右往左往させた。
ハリーは全身の力を抜いているようだ。
放っておくと、ズルリと床に倒れてしまいそうだった。
躊躇いながら、そっと肩を掴んでみる。
名前を呼んでも反応しない。
どうしたのかと顔を覗き込んでみると、ハリーの瞼は閉じていた。
『……ハリー、』
呼んでも返事はない。
閉じられた瞼は開かない。
肩を掴み、いくら揺さぶってみても、ハリーの瞼が開くことはない。
寝癖のある頭は抵抗なく前後にかくかくと揺れた。
「……ウウ……」
『……』
絞り出すような呻き声に、名前の肩がビクッと揺れた。
ハリーに身を寄せ、名前はそっとクィレルを見る。
焼け爛れ、目も鼻も口も原形を留めていない。
口であったであろう場所がぽっかりと穴をあけ、そこから短い呻き声がもれている。
クィレルは、生きている。
まだ、生きているのだ。
『…………』
名前はハリーとクィレルを見比べた。
炎はますます燃え盛り、空気の柱が立ち上り、部屋の中を駆け巡る。
勝手に髪の毛が揺れて、頬が熱くなってくる。
名前は唇を一文字に引き結んだ。
考えている暇はない。
『……。』
右手にハリーを抱えて、左手にクィレルを抱える。
伸びようとしない膝を力いっぱい伸ばし、なんとか立ち上がった。
けれど足が震えていて、今にも崩れ落ちそうだった。
床に靴底を擦り付け、ゆっくりとだが確実に、階段の上にある扉に向かう。
階段を上るために足を浮かべると、バランスが崩れて倒れそうになる。
急いで階段に足を踏み出し、倒れないように支える。
一歩ずつ、上る足に力をこめる。
『……』
視界の端でキラリと光る物があった。
見てみると、赤い宝石のようなものが落ちている。
あれが賢者の石なのだろうか。
名前はぼんやりと思う。
視線を石から扉に戻し、また階段を上り始める。
一段。また一段。
パチパチと火のはぜる音に、ジャリとローファーが擦れる音が交ざる。
ゆらり、ゆらり、炎の揺めきに合わせるように、名前の体は前後左右に揺れている。
今にも倒れてしまいそうだ。
光を映さない瞳は階段をぼんやり見つめている。
『……』
不意に足を止める。
すぐそこにある扉を見つめた後、ゆっくりと二人を抱え直す。
刹那、息が止まる。
クィレルの体から、黒い"もや"が立ち上っていた。
一瞬、火がどこかに燃え移っているのかと考えが過ったが、瞬時に否定する。
"もや"は名前が見ている前で形を変えていった。
さながら呼吸でもしているかのように、散らばり、集まり、また散らばり、だが、確実にまとまっていく。
───かお、───
それはまるで、骸骨のような。
───顔。───
"もや"はそれ以上変化はせず、ゆっくりと天井付近まで浮上した。
そこでピタリと止まる。
あるのは窪みだけで、目玉も何もないのに、視線を感じる。
じっと名前を見下ろしている。
いや、名前なのかどうかはわからない。
ハリーもクィレルも、名前の腕の中にいる。
『(…………)』
名前は二人を扉にもたれさせて、二人の前に立った。
杖を構える。
先を真っ直ぐ"顔"に向けて。
"顔"は笑った。
ように感じた。
"顔"は突如猛然と名前に向かってきた。
何がこの"顔"を打ち倒すのかはわからない。
だが何かしなければならない。
二人が背中にいるかぎり、とにかく、どうにかするしかない。
しかし呪文を口にする前に、"顔"は既に目と鼻の先にいた。
煤のように黒い"もや"でできた"顔"が、大きく口を開けている。
何か叫んでいたのかもしれない。
だがその時には、名前の意識は無かった。