一年生
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晴れ渡った真っ青な空に、真っ白な雲が浮かんでいる。
優しい風が頬を撫で、好き勝手に髪を巻き上げる。
頭上では木の葉が擦れ合い音を立てた。
木漏れ日が揺れ動き、時々目に射し込む。
それでも瞬きもせずに、一心に空を見つめる。
「……」
『……』
「……」
『……』
「……」
『……』
「……大丈夫?ナマエ……」
『……』
芝生の上に寝転んだまま、名前はぴくりとも動かない。
今日で試験が終わった。
生徒達は勉強から解放されたことで、溢れんばかりの笑顔を輝かせている。
けれど名前の顔色は普段以上にすぐれない。
怪我のせいで、試験を万端で迎えられなかったからだ。
それでもなんとか試験をこなしたものの、不安を拭いきれない様子だ。
「そう落ち込むなよ、ナマエ。君は普段から成績がいいんだから、きっと大丈夫さ。」
ロンは名前の肩を優しくぽんぽんと叩いた。
名前はゆっくりとロンを見た。
錆びた機械仕掛けの人形ような、とても緩慢な動作だ。
そして弱々しく首を横に振った。
筆記試験の暗記物は全て勘であったし、実技試験においても、上手く出来た気がしなかった。
『もう駄目。さようなら……。』
「ナマエは心配しすぎだよ。君、今日ご飯は食べたっけ?見てないんだけど。」
『食べてない。食欲がない。』
「やっぱり、心配しすぎだよ。試験は終わったんだよ?」
『心配せずにはいられない。だって、ロン……点数が悪かったら、進級できないかもしれない……』
「ナマエが弱音を吐くのは珍しいね。」
「まあ、なんとかなるって。大丈夫さ。」
「そうだよ。きっと大丈夫だよ。」
何が大丈夫なのかちっとも分からないが、ロンとハリーは名前を間に挟んで慰めた。
二人はまるで名前を洗脳するように「大丈夫」を繰り返し聞かせた。
すると名前も「大丈夫」な気持ちになってきたのか、だんだんと顔色が戻って来た。
ちょっと元気になったのか、体を起こして二人にお礼を言った。
二人はニコニコ笑って名前の背中や肩を叩いた。
「あなた達、よくもまぁ根拠もないのに言えるわね。」
ハーマイオニーは呆れた顔でバッサリと切った。
その言葉で名前にまた不安が押し寄せたらしい。
今度は膝を抱えて俯き、どんよりとした空気を纏い始めた。
ハリー達は何か言い返そうと口をモゴモゴさせたが、声を詰まらせたまま何も言えない。
そんな二人を放置し、ハーマイオニーはどこからか分厚い本を何冊も取り出すと、名前に眩しい笑顔を向けた。
「ナマエ、顔を上げて?一緒に答え合わせしましょう。私、試験の内容覚えてるから。」
『何て書いたか覚えてない……。』
対する名前は幽霊のように青白い顔色で、俯きがちにぼそぼそと普段よりも更に小さな声で答えた。
ハーマイオニーが何かを返す前に、項垂れていた名前は操り人形のように立ち上がった。
そしてゆらゆらと揺れながら歩き始めた。
「何処へ行くの?」、とハリーが問う。
『図書館』、と呟きに近い小さな声で返ってくる。
いわく、本を読んでいる内は試験のことを忘れられるだろう、とのことだった。
残された三人は互いに顔を見合わせた。
今にも倒れそうな猫背を見つめて、胸の内に不安が立ち込めていた。
ところが数時間後、名前は一人軽やかに歩いていた。
図書館に長時間入り浸ったせいか、廊下には誰もいない。
ハリー達の心配をよそに、スキップでもしそうな勢いだ。
図書館は試験が終わった直後だからか、極端に人がいなかった。
それに、貸し出された本が戻ったタイミングなのか沢山あった。
選びたい放題だったし、気になっていた本を借りられた。
名前は喜びでいっぱいである。
試験のことはすっかり割り切れていた。
何冊か借りた本を小脇に、一冊ペラペラと歩きながら眺める。
するとポンポンと、遠慮がちに肩が叩かれた。
名前は立ち止まって、くるりと振り返った。
「や、やあ。こんにちは。ミョウジ。」
『クィレル先生。』
振り向いた先には、クィレルが立っていた。
クィレルは困ったような、泣き出しそうな、怯えているような、そんな複雑な笑みを浮かべて名前を見ていた。
名前はパタリと本を閉じて、改めてクィレルと向き合う。
それからゆるゆると頭を下げて会釈をした。
『こんにちは……』
「し、試験が終わりましたね。どうですか?で……で、出来の方は。」
『……』
そのクィレルの言葉により、名前の意識は一瞬にして試験の時間に戻った。
ただただ必死にやったが、内容はよく覚えていない。
名前の胸にざわざわと不安が舞い戻ってきた。
けれど昼間の、動けなくなるほどの不安ではない。
本を読むことで名前のメンタルゲージは回復したのだ。
『……、自信はないです。』
「は、はは……皆さん、お、同じことをい、言いますよ。」
『そうなんですか。』
「ええ。で、でも、実際、落第する生徒は殆どいません。だ、だから、きっとミョウジも大丈夫ですよ。」
『ありがとうございます。……でも、クィレル先生。』
「はい?」
『あの、もし、……点数が足りない場合、もう一度、一年生ですか。』
「落第となると……そ、そうなりますね。ですが、君ならだ、大丈夫でしょう。」
『……』
「い、今採点をしているんです。安心して、い、いいと思いますよ。」
『……そうですか……。』
「ええ。……」
会話が途切れて、辺りは急にしんと静まり返った。
風に煽られて蝋燭が燃え盛り、影がゆらゆらと揺れていた。
自身の呼吸の音や血流の音が、耳の中でゴウゴウと川のように鳴っている。
いささか騒がしく感じられるほどだ。
名前はじっとクィレルを見つめていた。
目の前に立つクィレルがその場から動かなかったからだ。
再び口を開くのを、じっと待っていた。
「げ、元気そうで、よかったです。」
『……。』
「ミョウジ。き、君が、意識をなくして、森から、かか、か帰ってきたとき、……私はびっくりしましたよ。」
『……お騒がせして、すみません。』
「い、いいえ、謝るなんて。だ、大丈夫ですよ。せ、生徒を、それにち、小さな一年生を、あの森に送ったのは、教師に責任がありますから。」
『……でも、悪い事をしたのは間違いないです。』
「そ、そうですね……。しかし少なくとも、こ、子どもと大人では、悪事の重さが違うと考えられています。罰をあ、与えるにしても、年齢や状況に、み、見合った適切な処罰があります。」
『……』
「ミョウジ、き、君は大人びていますが……でも、大人ではない。そうでしょう?」
『……はい。』
名前が頷くと、クィレルは笑顔を浮かべた。
困ったような、泣き出しそうな、怯えているような、そんな複雑な顔だ。
名前はクィレルを見つめた。
クィレルはまだ、その場から動かなかった。
「き、き、聞いた話なのですが、」
『はい。』
「君は、あ、あの森の中で、妨害呪文を使ったそうですね。使いこなすことは、で、できなかったようですが……。」
『……はい。』
「あ、いえ、ミョウジ、君をひ、批判しているわけではありません。妨害呪文は、もう少し上級生になってからできるものですから……そ、その年で出来たのは素晴らしいと思うのです。」
『あの……いいえ、ええと……でも、成功はしていないです。』
「そ、それでも、呪文を唱えても、何も起きないことが大半なんですよ。」
『……。』
「そ……それと、これもき、聞いた話なのですが、」
『……はい。』
「ユニコーンを襲った者に、な、何か話し掛けたらしいですね。……痛い、とか。」
名前はクィレルを見つめた。
無表情のまま、瞬き一つしない。
石になってしまったか、時が止まったかのようだった。
少しして、名前の視線は徐々に動いた。
下に、左右に、上に、ゆっくりと目を泳がせた。
思考を巡らせ、頭の中で必死に言葉を探しているのだろう。
そうして、名前は口を開いた。
『そう言ったのですか。』
「え?」
『俺が、そう言ったのですか。』
「……え、ええ。」
『そうですか。……』
「ミョウジ、どうしました?」
『……その、……』
「もしかして……き、聞いてはいけない事でしたか?」
『いいえ。それは、俺が……あの、あんまり、……』
「……」
『……全く……その時のことを、覚えていなくて……。ハリー……ポッターに、まだ話を聞いていないですし……』
「覚えていない?」
『……』
聞き返したクィレルの声が、普段とは違って、低く鋭く感じた。
名前の体は一瞬にして強張った。
すぐにクィレルの顔を見た。
クィレルの顔に笑顔はなかった。
無表情に見えたが、目は名前を睨み付けていた。
だがそれは瞬く間に消え去り、いつもの引き攣った笑みに戻った。
「ほ、本当に覚えていないのですか?」
『……はい。』
「そうですか……。つ、強く頭を打ち付けたせいで、記憶が飛んでしまったのかも、し、しれませんね。き、傷の具合はどうです?」
『……殆ど、回復しました。』
「そ、それはよかった。でも、記憶が戻っていないのなら、ま、まだ安静にした方が良いでしょうね。」
『……』
「き、聞いた話では、君は……ま、まるで、ユニコーンが君に乗り移ったようだった、らしいですよ。」
『……』
「そ、その時には、すでにユニコーンは息絶えていたようですがね。なんとも、ふ、不思議な話でしょう。」
『……そうですね。』
「そうでしょう。思い出したいですか?」
『……』
「その時のことをですよ。き、君が思い出したいと願うのならば、おも、思い出させることもできるのですよ。魔法でね……。」
そう言ってクィレルは、更に笑みを深くさせた。
無理矢理に頬と口角を上げて、目を細めて、時折顔がピクピクと痙攣している。
名前はその笑顔を見つめたまま黙り込んだ。
医務室で治療を受けているとき、スネイプに同じことを言われた。
「何か話し掛けた」。そう言われて問いただされた。
しかし名前は本当に何も覚えていない。
あの森での出来事は、ハリーにしか分からない。
けれどそのハリーは、名前が「何か話し掛けた」ことについて、何も言わなかった。
おそらくロンとハーマイオニーにも、名前が「話し掛けた」ことについて話しているだろう。
だがハリーも、ロンも、ハーマイオニーも、皆いつも通り接した。
何も言わないし、何も聞かれなかった。
だから、大したことではないかもしれない。
もしも異常なことなら、とっくに病院へ送られているだろう。
それに名前の両親にも連絡がいっているはずだ。
両親に連絡がいっているなら、両親は名前とやり取りを望むだろう。
しかし何の音沙汰もない。
何らかの事情でやり取りを止められているのだとしたら……
両親は学校に乗り込んでくるだろう。
それなら、無理矢理思い出す必要はない。
『俺は……知らないままで、いいです。』
「そうですか。では、」
瞬く瞬間、目の前に何かが現れた。
それは此方に真っ直ぐと突き出されたクィレルの手のように見えた。
クィレルの手は握り込まれていた。
確かに何かを握っていた。
けれどそれが何かを確認する前に、光が弾けた。
静電気のような、カメラのシャッター音のような、風船が割れるような、弾ける音がした。
そして、目の前が真っ暗になった。
体から力が抜けた。
膝が折れる。
体が傾くが、止められない。
クィレルが何かを呟いた気がしたが、聞こえなかった。
優しい風が頬を撫で、好き勝手に髪を巻き上げる。
頭上では木の葉が擦れ合い音を立てた。
木漏れ日が揺れ動き、時々目に射し込む。
それでも瞬きもせずに、一心に空を見つめる。
「……」
『……』
「……」
『……』
「……」
『……』
「……大丈夫?ナマエ……」
『……』
芝生の上に寝転んだまま、名前はぴくりとも動かない。
今日で試験が終わった。
生徒達は勉強から解放されたことで、溢れんばかりの笑顔を輝かせている。
けれど名前の顔色は普段以上にすぐれない。
怪我のせいで、試験を万端で迎えられなかったからだ。
それでもなんとか試験をこなしたものの、不安を拭いきれない様子だ。
「そう落ち込むなよ、ナマエ。君は普段から成績がいいんだから、きっと大丈夫さ。」
ロンは名前の肩を優しくぽんぽんと叩いた。
名前はゆっくりとロンを見た。
錆びた機械仕掛けの人形ような、とても緩慢な動作だ。
そして弱々しく首を横に振った。
筆記試験の暗記物は全て勘であったし、実技試験においても、上手く出来た気がしなかった。
『もう駄目。さようなら……。』
「ナマエは心配しすぎだよ。君、今日ご飯は食べたっけ?見てないんだけど。」
『食べてない。食欲がない。』
「やっぱり、心配しすぎだよ。試験は終わったんだよ?」
『心配せずにはいられない。だって、ロン……点数が悪かったら、進級できないかもしれない……』
「ナマエが弱音を吐くのは珍しいね。」
「まあ、なんとかなるって。大丈夫さ。」
「そうだよ。きっと大丈夫だよ。」
何が大丈夫なのかちっとも分からないが、ロンとハリーは名前を間に挟んで慰めた。
二人はまるで名前を洗脳するように「大丈夫」を繰り返し聞かせた。
すると名前も「大丈夫」な気持ちになってきたのか、だんだんと顔色が戻って来た。
ちょっと元気になったのか、体を起こして二人にお礼を言った。
二人はニコニコ笑って名前の背中や肩を叩いた。
「あなた達、よくもまぁ根拠もないのに言えるわね。」
ハーマイオニーは呆れた顔でバッサリと切った。
その言葉で名前にまた不安が押し寄せたらしい。
今度は膝を抱えて俯き、どんよりとした空気を纏い始めた。
ハリー達は何か言い返そうと口をモゴモゴさせたが、声を詰まらせたまま何も言えない。
そんな二人を放置し、ハーマイオニーはどこからか分厚い本を何冊も取り出すと、名前に眩しい笑顔を向けた。
「ナマエ、顔を上げて?一緒に答え合わせしましょう。私、試験の内容覚えてるから。」
『何て書いたか覚えてない……。』
対する名前は幽霊のように青白い顔色で、俯きがちにぼそぼそと普段よりも更に小さな声で答えた。
ハーマイオニーが何かを返す前に、項垂れていた名前は操り人形のように立ち上がった。
そしてゆらゆらと揺れながら歩き始めた。
「何処へ行くの?」、とハリーが問う。
『図書館』、と呟きに近い小さな声で返ってくる。
いわく、本を読んでいる内は試験のことを忘れられるだろう、とのことだった。
残された三人は互いに顔を見合わせた。
今にも倒れそうな猫背を見つめて、胸の内に不安が立ち込めていた。
ところが数時間後、名前は一人軽やかに歩いていた。
図書館に長時間入り浸ったせいか、廊下には誰もいない。
ハリー達の心配をよそに、スキップでもしそうな勢いだ。
図書館は試験が終わった直後だからか、極端に人がいなかった。
それに、貸し出された本が戻ったタイミングなのか沢山あった。
選びたい放題だったし、気になっていた本を借りられた。
名前は喜びでいっぱいである。
試験のことはすっかり割り切れていた。
何冊か借りた本を小脇に、一冊ペラペラと歩きながら眺める。
するとポンポンと、遠慮がちに肩が叩かれた。
名前は立ち止まって、くるりと振り返った。
「や、やあ。こんにちは。ミョウジ。」
『クィレル先生。』
振り向いた先には、クィレルが立っていた。
クィレルは困ったような、泣き出しそうな、怯えているような、そんな複雑な笑みを浮かべて名前を見ていた。
名前はパタリと本を閉じて、改めてクィレルと向き合う。
それからゆるゆると頭を下げて会釈をした。
『こんにちは……』
「し、試験が終わりましたね。どうですか?で……で、出来の方は。」
『……』
そのクィレルの言葉により、名前の意識は一瞬にして試験の時間に戻った。
ただただ必死にやったが、内容はよく覚えていない。
名前の胸にざわざわと不安が舞い戻ってきた。
けれど昼間の、動けなくなるほどの不安ではない。
本を読むことで名前のメンタルゲージは回復したのだ。
『……、自信はないです。』
「は、はは……皆さん、お、同じことをい、言いますよ。」
『そうなんですか。』
「ええ。で、でも、実際、落第する生徒は殆どいません。だ、だから、きっとミョウジも大丈夫ですよ。」
『ありがとうございます。……でも、クィレル先生。』
「はい?」
『あの、もし、……点数が足りない場合、もう一度、一年生ですか。』
「落第となると……そ、そうなりますね。ですが、君ならだ、大丈夫でしょう。」
『……』
「い、今採点をしているんです。安心して、い、いいと思いますよ。」
『……そうですか……。』
「ええ。……」
会話が途切れて、辺りは急にしんと静まり返った。
風に煽られて蝋燭が燃え盛り、影がゆらゆらと揺れていた。
自身の呼吸の音や血流の音が、耳の中でゴウゴウと川のように鳴っている。
いささか騒がしく感じられるほどだ。
名前はじっとクィレルを見つめていた。
目の前に立つクィレルがその場から動かなかったからだ。
再び口を開くのを、じっと待っていた。
「げ、元気そうで、よかったです。」
『……。』
「ミョウジ。き、君が、意識をなくして、森から、かか、か帰ってきたとき、……私はびっくりしましたよ。」
『……お騒がせして、すみません。』
「い、いいえ、謝るなんて。だ、大丈夫ですよ。せ、生徒を、それにち、小さな一年生を、あの森に送ったのは、教師に責任がありますから。」
『……でも、悪い事をしたのは間違いないです。』
「そ、そうですね……。しかし少なくとも、こ、子どもと大人では、悪事の重さが違うと考えられています。罰をあ、与えるにしても、年齢や状況に、み、見合った適切な処罰があります。」
『……』
「ミョウジ、き、君は大人びていますが……でも、大人ではない。そうでしょう?」
『……はい。』
名前が頷くと、クィレルは笑顔を浮かべた。
困ったような、泣き出しそうな、怯えているような、そんな複雑な顔だ。
名前はクィレルを見つめた。
クィレルはまだ、その場から動かなかった。
「き、き、聞いた話なのですが、」
『はい。』
「君は、あ、あの森の中で、妨害呪文を使ったそうですね。使いこなすことは、で、できなかったようですが……。」
『……はい。』
「あ、いえ、ミョウジ、君をひ、批判しているわけではありません。妨害呪文は、もう少し上級生になってからできるものですから……そ、その年で出来たのは素晴らしいと思うのです。」
『あの……いいえ、ええと……でも、成功はしていないです。』
「そ、それでも、呪文を唱えても、何も起きないことが大半なんですよ。」
『……。』
「そ……それと、これもき、聞いた話なのですが、」
『……はい。』
「ユニコーンを襲った者に、な、何か話し掛けたらしいですね。……痛い、とか。」
名前はクィレルを見つめた。
無表情のまま、瞬き一つしない。
石になってしまったか、時が止まったかのようだった。
少しして、名前の視線は徐々に動いた。
下に、左右に、上に、ゆっくりと目を泳がせた。
思考を巡らせ、頭の中で必死に言葉を探しているのだろう。
そうして、名前は口を開いた。
『そう言ったのですか。』
「え?」
『俺が、そう言ったのですか。』
「……え、ええ。」
『そうですか。……』
「ミョウジ、どうしました?」
『……その、……』
「もしかして……き、聞いてはいけない事でしたか?」
『いいえ。それは、俺が……あの、あんまり、……』
「……」
『……全く……その時のことを、覚えていなくて……。ハリー……ポッターに、まだ話を聞いていないですし……』
「覚えていない?」
『……』
聞き返したクィレルの声が、普段とは違って、低く鋭く感じた。
名前の体は一瞬にして強張った。
すぐにクィレルの顔を見た。
クィレルの顔に笑顔はなかった。
無表情に見えたが、目は名前を睨み付けていた。
だがそれは瞬く間に消え去り、いつもの引き攣った笑みに戻った。
「ほ、本当に覚えていないのですか?」
『……はい。』
「そうですか……。つ、強く頭を打ち付けたせいで、記憶が飛んでしまったのかも、し、しれませんね。き、傷の具合はどうです?」
『……殆ど、回復しました。』
「そ、それはよかった。でも、記憶が戻っていないのなら、ま、まだ安静にした方が良いでしょうね。」
『……』
「き、聞いた話では、君は……ま、まるで、ユニコーンが君に乗り移ったようだった、らしいですよ。」
『……』
「そ、その時には、すでにユニコーンは息絶えていたようですがね。なんとも、ふ、不思議な話でしょう。」
『……そうですね。』
「そうでしょう。思い出したいですか?」
『……』
「その時のことをですよ。き、君が思い出したいと願うのならば、おも、思い出させることもできるのですよ。魔法でね……。」
そう言ってクィレルは、更に笑みを深くさせた。
無理矢理に頬と口角を上げて、目を細めて、時折顔がピクピクと痙攣している。
名前はその笑顔を見つめたまま黙り込んだ。
医務室で治療を受けているとき、スネイプに同じことを言われた。
「何か話し掛けた」。そう言われて問いただされた。
しかし名前は本当に何も覚えていない。
あの森での出来事は、ハリーにしか分からない。
けれどそのハリーは、名前が「何か話し掛けた」ことについて、何も言わなかった。
おそらくロンとハーマイオニーにも、名前が「話し掛けた」ことについて話しているだろう。
だがハリーも、ロンも、ハーマイオニーも、皆いつも通り接した。
何も言わないし、何も聞かれなかった。
だから、大したことではないかもしれない。
もしも異常なことなら、とっくに病院へ送られているだろう。
それに名前の両親にも連絡がいっているはずだ。
両親に連絡がいっているなら、両親は名前とやり取りを望むだろう。
しかし何の音沙汰もない。
何らかの事情でやり取りを止められているのだとしたら……
両親は学校に乗り込んでくるだろう。
それなら、無理矢理思い出す必要はない。
『俺は……知らないままで、いいです。』
「そうですか。では、」
瞬く瞬間、目の前に何かが現れた。
それは此方に真っ直ぐと突き出されたクィレルの手のように見えた。
クィレルの手は握り込まれていた。
確かに何かを握っていた。
けれどそれが何かを確認する前に、光が弾けた。
静電気のような、カメラのシャッター音のような、風船が割れるような、弾ける音がした。
そして、目の前が真っ暗になった。
体から力が抜けた。
膝が折れる。
体が傾くが、止められない。
クィレルが何かを呟いた気がしたが、聞こえなかった。
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