一年生
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───気持ちが悪い───
瞼を閉じているのにグルグルと目が回る感覚がする。
耐えきれずに名前は固く目を瞑った。
眉間に力が入り、奥歯を噛み締めてしまう。
ぐるぐる。
ぐるぐる。
ものすごいスピードでジェットコースターは回転する。
気分は最高に悪い。
遠くで唸り声が聞こえる。
誰の声だろうか?
自分の声?
意識が浮上したその時、何かが額を撫でた。
瞬間、嘘のように楽になった。
『……』
目を開けたはずなのに、視界は暗闇に覆われていた。
理解ができずに暗闇を見詰めて、何度も瞬きをする。
ジェットコースターに乗っていたはずなのに、今は全く揺れも回転も感じない。
そしてどうやら、どこかに寝かされているらしいと気付いた。
じっと暗闇を見詰め続ける。
だんだんと目が慣れてきて、それが単なる暗闇でないことを知った。
温かな熱を持つ手だった。
手入れをしていない、そのままの無骨な手だ。
触れる皮膚は固く、乾燥してささくれ立っている。
手のひらに刻まれた皺を目でなぞる。
手のひらから、つんと薬品の匂いがする。
「お得意のだんまりかね、Mr.ミョウジ。」
手のひらが離れて視界が開けた。
暗闇に目が慣れた状態とはいえ、それでも辺りはほの暗い。
それでも自身の顔を覗き込むスネイプの姿は見える。
眉間の皺がいつもより深く刻まれている気がする。
スネイプから少し目を逸らすと、見慣れない高い天井が映る。
地下にいるのか、それとも夜なのだろうか。
時計が近くにないので時間はわからない。
目だけで可能な限り周囲を見回す。
するとスネイプは身を屈めて名前の顔を覗き込んだ。
ますます距離が近付いて、スネイプの髪が顔にかかりそうなほどだった。
「我輩の声が聞こえなかったか?」
『いいえ、聞こえて……』
咄嗟に発した声は寝起きのせいかひどく掠れていた。
手で喉を擦ろうとしたが、何故かとても体が重い。
まるで縫い付けられているかのように動かない。
それでもなんとか体を動かそうと試みた。
しかし、どこに力を入れたらいいのか分からない。
体のどこもピクリとも動かない。
動かない理由を考えるけれど、どうも記憶が曖昧だった。
「ここは医務室だ。何故自分がここにいるのか、君にわかるかね。」
名前はスネイプを見詰めて、そのまま少し考えた。
この医務室にいる前は、自分はどこにいただろうか?
一番最近の記憶は確か、罰則を受けて森に入ったことだ。
そして森の奥深くでユニコーンを見つけた。
その辺りから記憶が曖昧になっていた。
『いいえ、……』
返事をしながら首を振る。
その時に突然、頭部に鋭い痛みが走った。
思わず顔をしかめてしまうほどの痛みだ。
名前の場合、端から見れば無表情だったけれど。
痛みはすぐに治まらなかった。
自分の鼓動に合わせて脈打つように痛みが繰り返す。
じっとしていると少しずつ痛みは小さくなっていった。
動かなければ痛まないようだ。
「君はひどく頭を打ち付けていた。何も覚えていなくても無理はない。」
『……』
「だが、君は自身の身に何が起きたか知りたいはずだ。それならば、我輩が一から説明して差し上げよう。三日前、森に入り、お前は気を失った状態で帰ってきたのだ。」
『三日、』
「そうだ。君はずっと眠り続けていた。」
『……ハリー達は……他の人達は、』
「いつも通り、憎たらしいほどに元気だ。Mr.ミョウジ、君以外は。」
『……』
「お前が気を失ったのは頭を打ち付けたことだけが原因ではない。魔法の暴走による急激なエネルギーの消耗が肉体の機能を低下させ結果、
意識を失ったのだろう。安心したまえ、そう珍しいことではない。」
『……』
「魔法とは便利なものだ。杖が最後に使った呪文がわかる魔法もある。確認したところ、君が最後に使用したのは確か妨害呪文でしたな。しかしこれは一年生の生徒が知るものではない。どこでいつ覚えたのかは知らないが……君はその呪文を習得していたのかね?」
『……いいえ。その時に、初めて使いました。』
スネイプの纏う空気が一変した。
名前は全身が一気に強張った。
「馬鹿者!!」
破裂したように声は鋭く辺りに響いた。
今まで聞いたことのないとても大きな声だ。
まるで雷が落ちたかのようだった。
それに、見たことのないくらい怒っている。
目が吊り上がり、眉間の皴は更に深く。
鼻にも皴が寄り、唇がめくれ上がって歯が噛み締められている。
その怒りの表情は般若の面とそっくりだった。
名前はぴしりと固まった。
石になる魔法でもかけられたかのようだった。
「習得をしていない、一度も使ったことがない魔法をいきなり使用すれば、暴走する可能性もあると頭の片隅にほんの少しでも考えなかったのかね。ましてやまだ魔法に不慣れな未熟者の一年生だ。」
『……』
「もしもそっくりそのまま呪文が自分に返ってきたらどうする気だ。君でなくとも周りの者に取り返しのつかないことが起きていたかもしれない。想像もしていなかったか?今回怪我だけで済んだのはたまたま運が良かっただけのことにすぎない。」
『……』
「君は英雄気取りで誰かを守ったつもりかもしれないが、それは全くの自惚れだ。君はただ周囲の者を危険に晒した愚か者だ。」
『…………ごめんなさい。』
怒りを含んだ言葉が流れるように紡がれ続け、名前はただ謝ることしか出来なかった。
記憶が曖昧なせいで何故その時に習得していない呪文を使ったのかは分からない。
しかし分からなくても、危険に晒したことに変わりはない。
自分の身も、友人達も。
スネイプは静かに深い溜め息を吐いた。
そしてくるりと黒いマントを翻し背中を向けた。
備え付けのテーブルの上で何かをしている。
それから此方に向き直り、何かを名前の顔に近付けた。
見てみると、それは名前の杖だった。
「誰に対して使った。」
『……』
「覚えていないのかね?」
『……ええと、…………』
「どうやらミョウジ、君は頭を打ち付けた衝撃で忘れてしまったことが多いらしい。」
スネイプはまた背中を向けた。
備え付けのテーブルの上で何かをしているようだ。
背中と黒いマントのせいで何をしているのかは分からない。
動作の様子と聞こえてくる陶器の擦れ合う音から、何かを掻き回しているように見える。
寝ている名前の視野は限られているので、はっきりとは分からない。
ただ微かに発酵しているような匂いが漂ってきた。
そうしてまた、スネイプは此方に向き直った。
「飲みたまえ。少しは頭がすっきりするだろう。」
スネイプの手にゴブレットが握られていた。
すぐに名前は体を起こそうと試みた。
しかしやはり、思うように体が動かない。
苛立ったようにスネイプが、鼻から大きく息を吐いた。
ゴブレットをテーブルに置いて、何も言わずに名前の首の後ろへ手を差し込む。
突然の出来事に石像化する名前をよそに、スネイプはそのまま背中へ手を滑らせた。
そして乱暴なほど力強く、名前の上半身を無理矢理起こした。
名前の肩を押して、ベッドの柵に背を凭れ掛かせる。
スネイプは黙ってゴブレットを手に取り、反対の手でまた名前の首の後ろに触れた。
その手は名前の首を掴み、僅かに後ろへ引っ張る。
そのまま支えて、ゴブレットを口元へ運んだ。
『……』
おそらく、スネイプは名前に薬を飲ませようとしているのだろう。
けれど名前はすぐに事態が飲み込めないようだった。
石像化したまま瞬きを繰り返し、唇は真一文字に結ばれている。
スネイプは苛立ちを隠さず、ゴブレットを名前の口にあてた。
ゴブレットと歯が、唇を挟んでガツンとぶつかった。
名前は痛みで思わず口を開けた。
そこへ容赦なくスネイプは薬を注ぎ込んだ。
『……』
一気にゴクンと飲み込んでしまった。
薬の味以上に今起きていることが衝撃的で、名前の頭は瞬く間に冴え渡った。
スネイプは空になったゴブレットをテーブルに置いた。
名前は薬そっちのけでスネイプをじっと見詰めた。
スネイプは振り返って名前を見た。
「思い出せたかね。」
『……はい。』
「誰に向けて使った。」
『……マントを被った、多分、人です。』
「つまり顔が見えなかったうえに人であるかも不確定だと。」
『……はい。』
「全く君の話は参考にならない。」
『すみません……。』
「他に何か覚えていることはあるかね。」
『……』
「聞いた話では君はマントを被った者に向かって何か話し掛けたらしい。その事について覚えているかね。」
『俺……俺は、話し掛けたのですか。』
「君の友人であるポッターからそう聞いている。」
『……』
名前の記憶にあるのは、森の奥深くでユニコーンを見付けて、そして黒いマントを被った者がハリーを襲う場面だ。
だから名前はてっきり、ユニコーンを見付けた時に自身が襲われて、気を失い、運よくハリーが襲われる前に目が覚めたのだと思っていた。
いくら思い出しても話し掛けた記憶はない。
でもハリーがそう言うのなら本当の事なのだろう。
しかし何も思い出せない。
『すみません、スネイプ先生。よく、覚えていません……。』
「ほう。ならばポッターが嘘を吐いたということかね。」
『ハリーは……、ポッターは、そういう嘘は言わないと思います。』
「ポッターは君が話し掛けたと言っている。しかし君は覚えていないと言う。であれば、どちらかが嘘を吐いているという事だ。」
『……』
「我輩は何かおかしなことを言っているか?Mr.ミョウジ。」
暗闇の中でスネイプは幽霊のように立ちはだかる。
暗い瞳は正確に名前を捉え、じっと見下ろして動かない。
名前は蛇に睨まれた蛙だ。
心臓が早鐘を打ち、頭の中で警報が鳴っているようだった。
ハリーは名前が話し掛けたと言ったそうだが、名前は覚えていないから何も話せない。
しかしハリーが嘘を吐いたとは思えない。
だが第三者の立場から見れば、どちらかが嘘を吐いていると考えても不思議ではない。
重い沈黙に耐えきれず、名前は何か言おうとした。
しかしここで『いいえ』と答えれば、きっとまた問い詰められるだろう。
そうしたら名前は何も言えずにまた黙ってしまう。
言葉に詰まり、開きかけた口を閉じる。
呼吸を繰り返しながら思考を巡らせるけれど、良いアイデアは浮かんでこない。
徐々に焦りが募っていく。
「よかろう。三日間も眠っていた君の頭では思い出せずとも無理はない。」
『……すみません。』
「気にする必要はない。休養をとれば自然と思い出せるだろう。その時に再び、君の口から聞くとしよう。」
『……』
「ああ、それと……Mr.ミョウジ、念のためお伝えしておこう。」
『……』
「明日から試験だという事をお忘れなきように。」
『…………………………』
今までの緊張と思考が散り散りに吹っ飛んだ。
石像のように固まっているが、頭の中はパニックだ。
スネイプはふんと鼻で笑って黒いマントを翻した。
もう名前に用は無いのだろう。
そのままどこかへ行ってしまいそうだった。
名前は慌てふためき、その時、咄嗟に手が動いた。
動かないと思っていた体の回線が、急に元通りになったみたいだった。
名前の手はスネイプのマントを引っ掴んだ。
スネイプが少し後ろへ仰け反るほど遠慮なく。
名前はそんなつもりはなく、焦った様子でスネイプを見た。
当然スネイプは名前の事を睨み付けていた。
「お前が我輩を掴んでいるのだな?動けない演技をしていたのかね。」
『い……いいえ。急に……動けるようになって……』
「急に?ふん……。ならばその手を離したまえ、Mr.ミョウジ。」
『スネイプ先生……試験範囲を、教えてください。』
「……」
『……』
「全てだ。」
『全て……』
スネイプは名前からマントを引ったくって取り戻した。
あまりの勢いに名前は前のめりになって布団に突っ伏す。
動かない名前を放置して、スネイプはさっさと医務室を出ていった。
名前は静かな医務室でしばし途方に暮れた。
目の前が真っ暗になって、口から魂が抜け出しそうだった。。
しかし、こうしていても状況は変わらない。
名前は勉強道具を呼び寄せ、徹夜で勉強した。
最後の足掻きだった。
翌朝、マダム・ポンフリーにその姿を発見され、試験開始直前までこってりしぼられたが。
そういう事で試験初日は朝食を食べる時間はなかった。
徹夜と栄養不足でふらふらする体のまま、名前は教室まで疾走した。
瞼を閉じているのにグルグルと目が回る感覚がする。
耐えきれずに名前は固く目を瞑った。
眉間に力が入り、奥歯を噛み締めてしまう。
ぐるぐる。
ぐるぐる。
ものすごいスピードでジェットコースターは回転する。
気分は最高に悪い。
遠くで唸り声が聞こえる。
誰の声だろうか?
自分の声?
意識が浮上したその時、何かが額を撫でた。
瞬間、嘘のように楽になった。
『……』
目を開けたはずなのに、視界は暗闇に覆われていた。
理解ができずに暗闇を見詰めて、何度も瞬きをする。
ジェットコースターに乗っていたはずなのに、今は全く揺れも回転も感じない。
そしてどうやら、どこかに寝かされているらしいと気付いた。
じっと暗闇を見詰め続ける。
だんだんと目が慣れてきて、それが単なる暗闇でないことを知った。
温かな熱を持つ手だった。
手入れをしていない、そのままの無骨な手だ。
触れる皮膚は固く、乾燥してささくれ立っている。
手のひらに刻まれた皺を目でなぞる。
手のひらから、つんと薬品の匂いがする。
「お得意のだんまりかね、Mr.ミョウジ。」
手のひらが離れて視界が開けた。
暗闇に目が慣れた状態とはいえ、それでも辺りはほの暗い。
それでも自身の顔を覗き込むスネイプの姿は見える。
眉間の皺がいつもより深く刻まれている気がする。
スネイプから少し目を逸らすと、見慣れない高い天井が映る。
地下にいるのか、それとも夜なのだろうか。
時計が近くにないので時間はわからない。
目だけで可能な限り周囲を見回す。
するとスネイプは身を屈めて名前の顔を覗き込んだ。
ますます距離が近付いて、スネイプの髪が顔にかかりそうなほどだった。
「我輩の声が聞こえなかったか?」
『いいえ、聞こえて……』
咄嗟に発した声は寝起きのせいかひどく掠れていた。
手で喉を擦ろうとしたが、何故かとても体が重い。
まるで縫い付けられているかのように動かない。
それでもなんとか体を動かそうと試みた。
しかし、どこに力を入れたらいいのか分からない。
体のどこもピクリとも動かない。
動かない理由を考えるけれど、どうも記憶が曖昧だった。
「ここは医務室だ。何故自分がここにいるのか、君にわかるかね。」
名前はスネイプを見詰めて、そのまま少し考えた。
この医務室にいる前は、自分はどこにいただろうか?
一番最近の記憶は確か、罰則を受けて森に入ったことだ。
そして森の奥深くでユニコーンを見つけた。
その辺りから記憶が曖昧になっていた。
『いいえ、……』
返事をしながら首を振る。
その時に突然、頭部に鋭い痛みが走った。
思わず顔をしかめてしまうほどの痛みだ。
名前の場合、端から見れば無表情だったけれど。
痛みはすぐに治まらなかった。
自分の鼓動に合わせて脈打つように痛みが繰り返す。
じっとしていると少しずつ痛みは小さくなっていった。
動かなければ痛まないようだ。
「君はひどく頭を打ち付けていた。何も覚えていなくても無理はない。」
『……』
「だが、君は自身の身に何が起きたか知りたいはずだ。それならば、我輩が一から説明して差し上げよう。三日前、森に入り、お前は気を失った状態で帰ってきたのだ。」
『三日、』
「そうだ。君はずっと眠り続けていた。」
『……ハリー達は……他の人達は、』
「いつも通り、憎たらしいほどに元気だ。Mr.ミョウジ、君以外は。」
『……』
「お前が気を失ったのは頭を打ち付けたことだけが原因ではない。魔法の暴走による急激なエネルギーの消耗が肉体の機能を低下させ結果、
意識を失ったのだろう。安心したまえ、そう珍しいことではない。」
『……』
「魔法とは便利なものだ。杖が最後に使った呪文がわかる魔法もある。確認したところ、君が最後に使用したのは確か妨害呪文でしたな。しかしこれは一年生の生徒が知るものではない。どこでいつ覚えたのかは知らないが……君はその呪文を習得していたのかね?」
『……いいえ。その時に、初めて使いました。』
スネイプの纏う空気が一変した。
名前は全身が一気に強張った。
「馬鹿者!!」
破裂したように声は鋭く辺りに響いた。
今まで聞いたことのないとても大きな声だ。
まるで雷が落ちたかのようだった。
それに、見たことのないくらい怒っている。
目が吊り上がり、眉間の皴は更に深く。
鼻にも皴が寄り、唇がめくれ上がって歯が噛み締められている。
その怒りの表情は般若の面とそっくりだった。
名前はぴしりと固まった。
石になる魔法でもかけられたかのようだった。
「習得をしていない、一度も使ったことがない魔法をいきなり使用すれば、暴走する可能性もあると頭の片隅にほんの少しでも考えなかったのかね。ましてやまだ魔法に不慣れな未熟者の一年生だ。」
『……』
「もしもそっくりそのまま呪文が自分に返ってきたらどうする気だ。君でなくとも周りの者に取り返しのつかないことが起きていたかもしれない。想像もしていなかったか?今回怪我だけで済んだのはたまたま運が良かっただけのことにすぎない。」
『……』
「君は英雄気取りで誰かを守ったつもりかもしれないが、それは全くの自惚れだ。君はただ周囲の者を危険に晒した愚か者だ。」
『…………ごめんなさい。』
怒りを含んだ言葉が流れるように紡がれ続け、名前はただ謝ることしか出来なかった。
記憶が曖昧なせいで何故その時に習得していない呪文を使ったのかは分からない。
しかし分からなくても、危険に晒したことに変わりはない。
自分の身も、友人達も。
スネイプは静かに深い溜め息を吐いた。
そしてくるりと黒いマントを翻し背中を向けた。
備え付けのテーブルの上で何かをしている。
それから此方に向き直り、何かを名前の顔に近付けた。
見てみると、それは名前の杖だった。
「誰に対して使った。」
『……』
「覚えていないのかね?」
『……ええと、…………』
「どうやらミョウジ、君は頭を打ち付けた衝撃で忘れてしまったことが多いらしい。」
スネイプはまた背中を向けた。
備え付けのテーブルの上で何かをしているようだ。
背中と黒いマントのせいで何をしているのかは分からない。
動作の様子と聞こえてくる陶器の擦れ合う音から、何かを掻き回しているように見える。
寝ている名前の視野は限られているので、はっきりとは分からない。
ただ微かに発酵しているような匂いが漂ってきた。
そうしてまた、スネイプは此方に向き直った。
「飲みたまえ。少しは頭がすっきりするだろう。」
スネイプの手にゴブレットが握られていた。
すぐに名前は体を起こそうと試みた。
しかしやはり、思うように体が動かない。
苛立ったようにスネイプが、鼻から大きく息を吐いた。
ゴブレットをテーブルに置いて、何も言わずに名前の首の後ろへ手を差し込む。
突然の出来事に石像化する名前をよそに、スネイプはそのまま背中へ手を滑らせた。
そして乱暴なほど力強く、名前の上半身を無理矢理起こした。
名前の肩を押して、ベッドの柵に背を凭れ掛かせる。
スネイプは黙ってゴブレットを手に取り、反対の手でまた名前の首の後ろに触れた。
その手は名前の首を掴み、僅かに後ろへ引っ張る。
そのまま支えて、ゴブレットを口元へ運んだ。
『……』
おそらく、スネイプは名前に薬を飲ませようとしているのだろう。
けれど名前はすぐに事態が飲み込めないようだった。
石像化したまま瞬きを繰り返し、唇は真一文字に結ばれている。
スネイプは苛立ちを隠さず、ゴブレットを名前の口にあてた。
ゴブレットと歯が、唇を挟んでガツンとぶつかった。
名前は痛みで思わず口を開けた。
そこへ容赦なくスネイプは薬を注ぎ込んだ。
『……』
一気にゴクンと飲み込んでしまった。
薬の味以上に今起きていることが衝撃的で、名前の頭は瞬く間に冴え渡った。
スネイプは空になったゴブレットをテーブルに置いた。
名前は薬そっちのけでスネイプをじっと見詰めた。
スネイプは振り返って名前を見た。
「思い出せたかね。」
『……はい。』
「誰に向けて使った。」
『……マントを被った、多分、人です。』
「つまり顔が見えなかったうえに人であるかも不確定だと。」
『……はい。』
「全く君の話は参考にならない。」
『すみません……。』
「他に何か覚えていることはあるかね。」
『……』
「聞いた話では君はマントを被った者に向かって何か話し掛けたらしい。その事について覚えているかね。」
『俺……俺は、話し掛けたのですか。』
「君の友人であるポッターからそう聞いている。」
『……』
名前の記憶にあるのは、森の奥深くでユニコーンを見付けて、そして黒いマントを被った者がハリーを襲う場面だ。
だから名前はてっきり、ユニコーンを見付けた時に自身が襲われて、気を失い、運よくハリーが襲われる前に目が覚めたのだと思っていた。
いくら思い出しても話し掛けた記憶はない。
でもハリーがそう言うのなら本当の事なのだろう。
しかし何も思い出せない。
『すみません、スネイプ先生。よく、覚えていません……。』
「ほう。ならばポッターが嘘を吐いたということかね。」
『ハリーは……、ポッターは、そういう嘘は言わないと思います。』
「ポッターは君が話し掛けたと言っている。しかし君は覚えていないと言う。であれば、どちらかが嘘を吐いているという事だ。」
『……』
「我輩は何かおかしなことを言っているか?Mr.ミョウジ。」
暗闇の中でスネイプは幽霊のように立ちはだかる。
暗い瞳は正確に名前を捉え、じっと見下ろして動かない。
名前は蛇に睨まれた蛙だ。
心臓が早鐘を打ち、頭の中で警報が鳴っているようだった。
ハリーは名前が話し掛けたと言ったそうだが、名前は覚えていないから何も話せない。
しかしハリーが嘘を吐いたとは思えない。
だが第三者の立場から見れば、どちらかが嘘を吐いていると考えても不思議ではない。
重い沈黙に耐えきれず、名前は何か言おうとした。
しかしここで『いいえ』と答えれば、きっとまた問い詰められるだろう。
そうしたら名前は何も言えずにまた黙ってしまう。
言葉に詰まり、開きかけた口を閉じる。
呼吸を繰り返しながら思考を巡らせるけれど、良いアイデアは浮かんでこない。
徐々に焦りが募っていく。
「よかろう。三日間も眠っていた君の頭では思い出せずとも無理はない。」
『……すみません。』
「気にする必要はない。休養をとれば自然と思い出せるだろう。その時に再び、君の口から聞くとしよう。」
『……』
「ああ、それと……Mr.ミョウジ、念のためお伝えしておこう。」
『……』
「明日から試験だという事をお忘れなきように。」
『…………………………』
今までの緊張と思考が散り散りに吹っ飛んだ。
石像のように固まっているが、頭の中はパニックだ。
スネイプはふんと鼻で笑って黒いマントを翻した。
もう名前に用は無いのだろう。
そのままどこかへ行ってしまいそうだった。
名前は慌てふためき、その時、咄嗟に手が動いた。
動かないと思っていた体の回線が、急に元通りになったみたいだった。
名前の手はスネイプのマントを引っ掴んだ。
スネイプが少し後ろへ仰け反るほど遠慮なく。
名前はそんなつもりはなく、焦った様子でスネイプを見た。
当然スネイプは名前の事を睨み付けていた。
「お前が我輩を掴んでいるのだな?動けない演技をしていたのかね。」
『い……いいえ。急に……動けるようになって……』
「急に?ふん……。ならばその手を離したまえ、Mr.ミョウジ。」
『スネイプ先生……試験範囲を、教えてください。』
「……」
『……』
「全てだ。」
『全て……』
スネイプは名前からマントを引ったくって取り戻した。
あまりの勢いに名前は前のめりになって布団に突っ伏す。
動かない名前を放置して、スネイプはさっさと医務室を出ていった。
名前は静かな医務室でしばし途方に暮れた。
目の前が真っ暗になって、口から魂が抜け出しそうだった。。
しかし、こうしていても状況は変わらない。
名前は勉強道具を呼び寄せ、徹夜で勉強した。
最後の足掻きだった。
翌朝、マダム・ポンフリーにその姿を発見され、試験開始直前までこってりしぼられたが。
そういう事で試験初日は朝食を食べる時間はなかった。
徹夜と栄養不足でふらふらする体のまま、名前は教室まで疾走した。