一年生
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
夜の十一時になって、ハリーとハーマイオニーは、震えるネビルを連れて玄関ホールに向かった。
玄関ホールには既に、フィルチとマルフォイの姿があった。
いつも不機嫌そうな顔をしているフィルチが、今は不気味な笑みを浮かべている。
マルフォイは青白い顔を一層青くしていてまるで幽霊のようだ。
「ついて来い。」
フィルチはランプに火を灯し、先頭に立って外に出る。
開いた扉の先には夜の暗闇が広がっており、ぽつんと空に浮かんだ大きな満月が電球のように辺りを照らしていた。
満月は明るく足元を照らしたが、時折叢雲がそれを隠した。
ランプの火だけではとても頼りないほどに辺りは闇に変わる。
暗くなるたびにネビルはつまずいて、ハリーのローブの裾を掴んだ。
どこに向かっているのかは知らないが、いい加減転びそうだ。
「フィルチか?急いでくれ。俺はもう出発したい。」
「ハグリッド!……え?」
ハグリッドの小屋の側まで近付くと、遠くから大声が聞こえた。
姿は見えないが確かにハグリッドの声だった。
ハリーの心は一気に踊った。
声が聞こえた方に目を向けて、凝らして見る。
そこには何故か月明かりに照らされた名前の姿があった。
眩しそうに目を細めてハリー達一行を見ている。
「どうしてナマエがいるの?」
『……。』
「おお、ハリー。それがな……。ナマエは昼間俺のところまでやって来て、罰則に一緒に行くって言うんだよ。
そりゃ、人手があった方がありがてぇが、まさか理由もなしに生徒を森に連れてくわけにもいかねぇ。」
「森だって?」
マルフォイが素頓狂な声を出して、ハグリッドの声を遮った。
驚きと恐怖で目が見開かれている。
「そんなところに夜行けないよ……それこそ色んなのがいるんだろう……狼男だとか、そう聞いてるけど。」
「ワオーン」と、遠吠えが辺りに響き渡る。
まるで図ったようなタイミングだ。
発生源は分からないが、おそらく森の奥からだろう。
ネビルが体当たりでもするかのような勢いでハリーに抱きついて、小さな悲鳴を上げた。
「そんなことは今さら言っても仕方がないねぇ。狼男のことは、問題を起こす前に考えとくべきだったねぇ?」
遠吠えのした方向を見て、ハリー達を見て、フィルチはとても嬉しそうに笑った。
こみ上げる笑いを隠しきれないのか声が震えている。
「もう時間だ。俺はもう三十分くらいも待ったぞ。ハリー、ハーマイオニー、大丈夫か?」
「こいつらは罰を受けに来たんだ。あんまり仲良くするわけにはいきませんよねぇ、ハグリッド。」
「それで遅くなったと、そう言うのか?
説教をたれてたんだろ。え?説教するのはお前の役目じゃなかろう。お前の役目はもう終わりだ。ここからは俺が引き受ける。」
「夜明けに戻ってくるよ。こいつらの体の残ってる部分だけ引き取りに来るさ。」
そう言い残してフィルチは、ランプをゆらゆら揺らしながら城に消えていった。
その後ろ姿を見ながら、ハグリッドは不機嫌そうにふんと鼻を鳴らした。
「僕は森には行かない。」
マルフォイが俯きがちにきっぱりと言う。
いつもの威張りくさった態度が鳴りをひそめ、今は見る目もない。
まるで別人のようだ。
ネビルと同じように震え、怯えている。
ただ、主張する声だけは強かった。
少し様子を見ていたハグリッドだったが、やがて小さく息を吐いて口を開く。
「なんだ、この手は。ミョウジ。」
『行くしかない。』
俯いたままのマルフォイを見詰めて、名前は静かにそう言った。
ローブの袖の下でマルフォイの手をやんわりと掴みながら。
『悪いことをしたから。やらなければならない。それで許される。』
「でも、だからって、生徒にさせることじゃない。森に行くのは召使いがすることだよ。
同じ文章を何百回も書き取りするとか、そういう罰だと思っていた。
危険すぎるよ。君も聞いたろ?さっきの声。きっと狼男の声だ。
もし僕がこんなことをするってパパが知ったら、きっと……」
『俺も、危険だとは思う。だけどきっと、学校にいる先生方は承知しているはずだ。無責任にこうした罰は生徒に、子どもにさせない。だから大丈夫。』
「それは……そうかもしれないが……」
『いざとなったら、走って逃げる。ドラコを背負って。足は速い方。……たぶん。』
「……」
俯いた顔を上げて、マルフォイは名前を見上げた。
名前がマルフォイを背負って走って逃げたところで、相手は森を知り尽くした者たちだ。
狼男にせよ、他の生物にせよ……人間の足で逃げ果せられるわけがない。
だから顔を上げて反論しようとした。
けれど名前の顔を見たら、どうしたことか、言葉に詰まってしまった。
風が吹き、森の樹木がざわざわと音を立てて、雲の切れ目から月の光が溢れ出た。
月光に照らされた名前の黒髪は、風に踊りきらきらと輝いている。
丸い頭には、見事な天使のわっかが出来ている。
照らされた肌は黒いローブの影響で、発光しているのではないかと錯覚するほどに白い。
じっと見つめてくる白目の部分は青白く、ぽっかりと浮かぶ黒目はまるで洞穴のようで、相変わらず冷ややかだった。
名前の独特な空気に飲まれ、言おうとしていた言葉がどこかへ行ってしまったマルフォイは、我に返って目をそらす。
けれど反論が思い付かない。
「……お前が嘘を吐いていないか、確かめてやる。」
『ありがとう。約束する。』
マルフォイは握られた手を掲げて、名前自身へ見せ付けるように強く握り返した。
開き直ったマルフォイは、名前を自分の側から離さない事に決めたようだ。
この独特な空気に飲み込まれたのはマルフォイだけではない。
周囲の人々も飲み込まれ、巻き込まれ、言葉を発せずにいた。
そして次第に意識を取り戻し始め、少しずつ疑問が湧き上がってきた。
あれ?二人っていつ仲良くなったの?
あれ?二人って何か特別な関係なの?
口を挟みたいが、入り込めない空気感がある。
「よーし、それじゃ、よーく聞いてくれ。」
ハグリッドの大きな一声で空気が霧散した。
天の助け!と思った者は、ここに何人いることだろうか。
「なんせ、俺たちが今夜やろうとしていることは危険なんだ。みんな軽はずみなことをしちゃいかん。しばらくは俺について来てくれ。」
まずハグリッドが先頭に立って森に入っていった。
次にハリーが続き、ネビルやハーマイオニーも恐る恐るといった様子で跡をついていく。
森は濃い闇と霧に包まれていた。
光を灯した杖を持つその手を、霧が包み込むように纏わり付く。
少しでもよそ見をしたらあっという間に皆を見失い迷子になるだろう。
後方にいる名前には、ほんの一、二メートル先のランプの明かりすら、ぼんやりとしか見えない。
キョロキョロと辺りを見渡すドラコの手を握り締め、はぐれないように名前も跡をついていく。
「あそこを見ろ。地面に光った物が見えるか?銀色の物が見えるか?」
どれほど歩いたかは分からない。
不意にハグリッドは立ち止まり、獣道を指差してそう言った。
指が差された方向を辿って見てみる。
そこには銀色の、水銀のような液体が水溜まりになっていた。
この濃い闇と霧の中だというのに、その液体だけはきらきらと輝き、名前たちの目にはっきりと映った。
あれは何か?
名前は目を凝らして集中する。
その名前の耳へ音が届いた。
何かを引き摺るような音だ。
しかも真後ろから音が聞こえる。
『……。』
名前は頭だけを捻り、目だけで背後を確認した。
そして奥深い森の先をじっと見つめる。
だが確認しようとしても、霧と闇が濃いせいで分かりにくい。
目だけではなく耳も凝らしてみる。
「ユニコーンの血だ。
何者かにひどく傷つけられたユニコーンがこの森の中にいる。
今週になって二回目だ。」
何も聞こえない。
何もいないのだろうか?
名前はぐるりと辺りに視線を遣る。
何か動いている気配はない。
淀んだ空気に流れはない。
何も動いていない。
空耳だったのだろうか。
少しだけ首を傾げた。
それとも身を潜めているのか?
「水曜日に最初の死骸を見つけた。
みんなでかわいそうなやつを見つけだすんだ。助からないなら、苦しまないようにしてやらねばならん。」
「ユニコーンを襲ったやつが先に僕たちを見つけたらどうするんだい?」
「俺やファングと一緒におれば、この森に住むものは誰もお前たちを傷つけはせん。道を外れるなよ。
よーし、では二組に別れて別々の道を行こう。そこら中血だらけだ。ユニコーンは少なくとも昨日の夜からのたうち回ってるんじゃろう。……ナマエ?おい、ナマエ。お前さん、どうかしたのか?」
じっとあらぬ方向を見ていた名前は、顔を戻してみて驚いた。
自分に注目する五人と一匹の目。
きょとんとしている。
いたたまれなさやら恥ずかしさやらで名前は俯いた。
『……何でもないです。すみません。』
「なら、いいが。話は聞いてたか?これから二組に別れて別行動だ。いいな?」
『はい。』
「僕はファングと一緒がいい。」
すかさずマルフォイが言った。
「よかろう。
断っとくが、そいつは臆病だぞ。」
マルフォイはぎょっとしてファングを見る。
目が合うと、ファングはくーんと鳴いた。
長い尻尾は頼りなく垂れ下がっている。
僕は朝日を拝めないかもしれない……。
マルフォイは今年一番の間違いを犯した気がした。
マルフォイがどん底に叩き落とされている間に話は進み、組分けが終わった。
六人と一匹は二組に別れ、左右別々の道を進む。
右に向かうのは、ハリー、ハーマイオニー、ハグリッド。
左に向かうのは、名前、ドラコ、ネビル、ファングだ。
名前は前を見据える。
道らしき道はない。
足元は長年に渡り積み重なった落ち葉で埋め尽くされている。
空気が湿っているため、苔が生えているところも少なくない。
これなら、簡単に足をとられて転ぶだろう。
好き勝手に出た木の根っこや、大きな岩、曲がりくねった辺りをぐるりと見渡す。
道は暗く、辺りは霧に包まれているため余計に視界は悪い。
『……ルーモス、マキシマ。』
呪文を唱えると、杖先の光は強くなった。
これなら三人の足元も容易に照らせるだろう。
ファングが先頭になり、前に進む。
名前は呪文が成功したことに、密かに安心した。
最近はクィレルのご指導もあり、発音もしっかりしている。
名前のローブに蝉のようにくっついたネビルが、杖先の光を見て首を傾げた。
「ナマエ、その呪文、習ったっけ?」
『…………』
名前はやや首を傾げる。
「ご、ごめんね。僕、覚え悪くて。呪文習ってもすぐ忘れちゃうから。」
『……いや。俺も、どうだったか、覚えてない。』
「え?でも……知ってるのに?」
『本で知ったのかもしれない。頭の中で、授業と混ぜこぜになってる。』
言いながら、地上に這い出ている太い木の根っこを避ける。
道は結構急のようだ。
かと思うと、断崖絶壁のような場所もある。
注意していなければ怪我をしてしまう。
気を付けながら、点々と続く銀色の液体を追う。
おとぎ話のヘンゼルとグレーテルのように。
『(ユニコーン。)』
何故、ユニコーンが傷付けられたのだろう。
痛め付けられたユニコーンの姿を想像して、名前は眉を顰めた。
『(ユニコーンが傷付けられる理由……なんだろう。……
……どうしたいんだろう。
ユニコーンの、何か、欲しいんだろうか。
角は毒を浄化する、って、本では書いてあった。でも、凶暴だから、捕まえるのはとても難しい……らしいし。)』
ほかに何かあったかな、と首を傾げる。
木の根っこに躓いた。
盛大に転ぶ。
大丈夫?とネビルが助け起こした。
『(最近なんだか物騒だ……それと何か関係あるのかな。賢者の石とか、ヴォルデモート……)』
思い浮かんだ考えを慌てて消す。
なかなか消えないので別のことを考えようとした。
「明日の朝ごはんはなんだろな」なんてことだ。
それでも消えなかった。
だから名前は早々に諦めて考えを戻した。
いっそ考えてこの頭と胸の霧が晴れるのならそれで良い。
誰かに話したり主張したりしない限り、何を感じても思っても考えても、個人の自由だと名前は捉えているからだ。
本を読んでも誰かに聞いても、ヴォルデモートは恐ろしい人物だったと言われている。
けれど名前はマグルなので、当時の雰囲気は想像でしか感じ取る事が出来ない。
しかし、本当のところ。
「ヴォルデモートは死んだ」、「ヴォルデモートは生きている」。
意見が別れているのが現状だ。
大半は「死んだ」と言っているが、それが本当にそう思っているのか、そうであってほしいという望みの言葉なのかは分からない。
『(……)』
本当はどっちなのだろう。
死体がないので、判断がつかない。
しかし、もしも、生きていたら、
「うわあああああああああああああああ!!!!!」
衝撃が名前の体を突き抜けた。
目の前に、赤い火花が散った。
「お前たち二人がばか騒ぎをしてくれたおかげで、もう捕まるものも捕まらんかもしれん。」
怒りを含む声に、ビクリと肩を揺らす三人の少年。
ハグリッドは静かに、深い溜め息を吐いた。
『……ごめんなさい。』
「いや。ナマエ、お前さんは悪くねえ。とにかく、組分けを変えよう、この組み合わせはダメだ。
ネビル、俺と来るんだ。ハーマイオニーも。
ハリーはナマエとファングと、この愚かもんと一緒だ。」
ハグリッドは厳しい目付きでドラコを見た。
ドラコは目をそらして合わせようとしない。
この場の雰囲気は、出発前よりもすこぶる悪い。
誰も何も話さない張り詰めた空気の中で、名前は石像のように動かない。
というよりも、動けない。
どうも名前は、人が悲しんでいたり、怒っていたりする、こういう空気が苦手なようだった。
事の発端はドラコの悪戯だった。
ドラコがネビルを驚かすという悪ふざけをしたため、パニックに陥ったネビルが名前に体当たりの勢いで抱きつき、助けを呼ぶために教えられた赤い火花を打ち上げてしまったのだ。
そして体当たりを受けた名前は、運悪く目の前にあった大岩に顔面を強打して左右の鼻から血を垂れ流す結果となった。
鼻血だけで済んだのは不幸中の幸いだ。
けれど名前はどんよりと背中を丸めていた。
考え事なんてしていなければ、ドラコの悪戯を止めることができたかもしれなかった。
申し訳なさでいっぱいの名前は、頭も胃も重たそうだ。
「……。」
「……。」
『(手が痛い。)』
詳しい事情は知らないが、何かと仲の悪いハリーとドラコ。
仲介役に抜擢された名前が真ん中に立ち、右手にハリー、左手にドラコの手を握って、ファングの跡をうろうろとついていく。
両手がふさがっているため杖は持っていない。
すこぶる視界が悪い。
摺り足で進む。
そのため歩みはゆっくりだ。
先を歩くファングは「はやく行こうよ。まだ?まだ?」なんて言いたげな目で、時々三人を振り返って見た。
名前は困った顔(端から見れば無表情だが)でファングを見つめ返すしかなかった。
両者は目を合わすのも嫌なのか、そっぽを向いていた。
沈黙が気まずいが、繋いだ両手は痛いほど握り返してくる。
玄関ホールには既に、フィルチとマルフォイの姿があった。
いつも不機嫌そうな顔をしているフィルチが、今は不気味な笑みを浮かべている。
マルフォイは青白い顔を一層青くしていてまるで幽霊のようだ。
「ついて来い。」
フィルチはランプに火を灯し、先頭に立って外に出る。
開いた扉の先には夜の暗闇が広がっており、ぽつんと空に浮かんだ大きな満月が電球のように辺りを照らしていた。
満月は明るく足元を照らしたが、時折叢雲がそれを隠した。
ランプの火だけではとても頼りないほどに辺りは闇に変わる。
暗くなるたびにネビルはつまずいて、ハリーのローブの裾を掴んだ。
どこに向かっているのかは知らないが、いい加減転びそうだ。
「フィルチか?急いでくれ。俺はもう出発したい。」
「ハグリッド!……え?」
ハグリッドの小屋の側まで近付くと、遠くから大声が聞こえた。
姿は見えないが確かにハグリッドの声だった。
ハリーの心は一気に踊った。
声が聞こえた方に目を向けて、凝らして見る。
そこには何故か月明かりに照らされた名前の姿があった。
眩しそうに目を細めてハリー達一行を見ている。
「どうしてナマエがいるの?」
『……。』
「おお、ハリー。それがな……。ナマエは昼間俺のところまでやって来て、罰則に一緒に行くって言うんだよ。
そりゃ、人手があった方がありがてぇが、まさか理由もなしに生徒を森に連れてくわけにもいかねぇ。」
「森だって?」
マルフォイが素頓狂な声を出して、ハグリッドの声を遮った。
驚きと恐怖で目が見開かれている。
「そんなところに夜行けないよ……それこそ色んなのがいるんだろう……狼男だとか、そう聞いてるけど。」
「ワオーン」と、遠吠えが辺りに響き渡る。
まるで図ったようなタイミングだ。
発生源は分からないが、おそらく森の奥からだろう。
ネビルが体当たりでもするかのような勢いでハリーに抱きついて、小さな悲鳴を上げた。
「そんなことは今さら言っても仕方がないねぇ。狼男のことは、問題を起こす前に考えとくべきだったねぇ?」
遠吠えのした方向を見て、ハリー達を見て、フィルチはとても嬉しそうに笑った。
こみ上げる笑いを隠しきれないのか声が震えている。
「もう時間だ。俺はもう三十分くらいも待ったぞ。ハリー、ハーマイオニー、大丈夫か?」
「こいつらは罰を受けに来たんだ。あんまり仲良くするわけにはいきませんよねぇ、ハグリッド。」
「それで遅くなったと、そう言うのか?
説教をたれてたんだろ。え?説教するのはお前の役目じゃなかろう。お前の役目はもう終わりだ。ここからは俺が引き受ける。」
「夜明けに戻ってくるよ。こいつらの体の残ってる部分だけ引き取りに来るさ。」
そう言い残してフィルチは、ランプをゆらゆら揺らしながら城に消えていった。
その後ろ姿を見ながら、ハグリッドは不機嫌そうにふんと鼻を鳴らした。
「僕は森には行かない。」
マルフォイが俯きがちにきっぱりと言う。
いつもの威張りくさった態度が鳴りをひそめ、今は見る目もない。
まるで別人のようだ。
ネビルと同じように震え、怯えている。
ただ、主張する声だけは強かった。
少し様子を見ていたハグリッドだったが、やがて小さく息を吐いて口を開く。
「なんだ、この手は。ミョウジ。」
『行くしかない。』
俯いたままのマルフォイを見詰めて、名前は静かにそう言った。
ローブの袖の下でマルフォイの手をやんわりと掴みながら。
『悪いことをしたから。やらなければならない。それで許される。』
「でも、だからって、生徒にさせることじゃない。森に行くのは召使いがすることだよ。
同じ文章を何百回も書き取りするとか、そういう罰だと思っていた。
危険すぎるよ。君も聞いたろ?さっきの声。きっと狼男の声だ。
もし僕がこんなことをするってパパが知ったら、きっと……」
『俺も、危険だとは思う。だけどきっと、学校にいる先生方は承知しているはずだ。無責任にこうした罰は生徒に、子どもにさせない。だから大丈夫。』
「それは……そうかもしれないが……」
『いざとなったら、走って逃げる。ドラコを背負って。足は速い方。……たぶん。』
「……」
俯いた顔を上げて、マルフォイは名前を見上げた。
名前がマルフォイを背負って走って逃げたところで、相手は森を知り尽くした者たちだ。
狼男にせよ、他の生物にせよ……人間の足で逃げ果せられるわけがない。
だから顔を上げて反論しようとした。
けれど名前の顔を見たら、どうしたことか、言葉に詰まってしまった。
風が吹き、森の樹木がざわざわと音を立てて、雲の切れ目から月の光が溢れ出た。
月光に照らされた名前の黒髪は、風に踊りきらきらと輝いている。
丸い頭には、見事な天使のわっかが出来ている。
照らされた肌は黒いローブの影響で、発光しているのではないかと錯覚するほどに白い。
じっと見つめてくる白目の部分は青白く、ぽっかりと浮かぶ黒目はまるで洞穴のようで、相変わらず冷ややかだった。
名前の独特な空気に飲まれ、言おうとしていた言葉がどこかへ行ってしまったマルフォイは、我に返って目をそらす。
けれど反論が思い付かない。
「……お前が嘘を吐いていないか、確かめてやる。」
『ありがとう。約束する。』
マルフォイは握られた手を掲げて、名前自身へ見せ付けるように強く握り返した。
開き直ったマルフォイは、名前を自分の側から離さない事に決めたようだ。
この独特な空気に飲み込まれたのはマルフォイだけではない。
周囲の人々も飲み込まれ、巻き込まれ、言葉を発せずにいた。
そして次第に意識を取り戻し始め、少しずつ疑問が湧き上がってきた。
あれ?二人っていつ仲良くなったの?
あれ?二人って何か特別な関係なの?
口を挟みたいが、入り込めない空気感がある。
「よーし、それじゃ、よーく聞いてくれ。」
ハグリッドの大きな一声で空気が霧散した。
天の助け!と思った者は、ここに何人いることだろうか。
「なんせ、俺たちが今夜やろうとしていることは危険なんだ。みんな軽はずみなことをしちゃいかん。しばらくは俺について来てくれ。」
まずハグリッドが先頭に立って森に入っていった。
次にハリーが続き、ネビルやハーマイオニーも恐る恐るといった様子で跡をついていく。
森は濃い闇と霧に包まれていた。
光を灯した杖を持つその手を、霧が包み込むように纏わり付く。
少しでもよそ見をしたらあっという間に皆を見失い迷子になるだろう。
後方にいる名前には、ほんの一、二メートル先のランプの明かりすら、ぼんやりとしか見えない。
キョロキョロと辺りを見渡すドラコの手を握り締め、はぐれないように名前も跡をついていく。
「あそこを見ろ。地面に光った物が見えるか?銀色の物が見えるか?」
どれほど歩いたかは分からない。
不意にハグリッドは立ち止まり、獣道を指差してそう言った。
指が差された方向を辿って見てみる。
そこには銀色の、水銀のような液体が水溜まりになっていた。
この濃い闇と霧の中だというのに、その液体だけはきらきらと輝き、名前たちの目にはっきりと映った。
あれは何か?
名前は目を凝らして集中する。
その名前の耳へ音が届いた。
何かを引き摺るような音だ。
しかも真後ろから音が聞こえる。
『……。』
名前は頭だけを捻り、目だけで背後を確認した。
そして奥深い森の先をじっと見つめる。
だが確認しようとしても、霧と闇が濃いせいで分かりにくい。
目だけではなく耳も凝らしてみる。
「ユニコーンの血だ。
何者かにひどく傷つけられたユニコーンがこの森の中にいる。
今週になって二回目だ。」
何も聞こえない。
何もいないのだろうか?
名前はぐるりと辺りに視線を遣る。
何か動いている気配はない。
淀んだ空気に流れはない。
何も動いていない。
空耳だったのだろうか。
少しだけ首を傾げた。
それとも身を潜めているのか?
「水曜日に最初の死骸を見つけた。
みんなでかわいそうなやつを見つけだすんだ。助からないなら、苦しまないようにしてやらねばならん。」
「ユニコーンを襲ったやつが先に僕たちを見つけたらどうするんだい?」
「俺やファングと一緒におれば、この森に住むものは誰もお前たちを傷つけはせん。道を外れるなよ。
よーし、では二組に別れて別々の道を行こう。そこら中血だらけだ。ユニコーンは少なくとも昨日の夜からのたうち回ってるんじゃろう。……ナマエ?おい、ナマエ。お前さん、どうかしたのか?」
じっとあらぬ方向を見ていた名前は、顔を戻してみて驚いた。
自分に注目する五人と一匹の目。
きょとんとしている。
いたたまれなさやら恥ずかしさやらで名前は俯いた。
『……何でもないです。すみません。』
「なら、いいが。話は聞いてたか?これから二組に別れて別行動だ。いいな?」
『はい。』
「僕はファングと一緒がいい。」
すかさずマルフォイが言った。
「よかろう。
断っとくが、そいつは臆病だぞ。」
マルフォイはぎょっとしてファングを見る。
目が合うと、ファングはくーんと鳴いた。
長い尻尾は頼りなく垂れ下がっている。
僕は朝日を拝めないかもしれない……。
マルフォイは今年一番の間違いを犯した気がした。
マルフォイがどん底に叩き落とされている間に話は進み、組分けが終わった。
六人と一匹は二組に別れ、左右別々の道を進む。
右に向かうのは、ハリー、ハーマイオニー、ハグリッド。
左に向かうのは、名前、ドラコ、ネビル、ファングだ。
名前は前を見据える。
道らしき道はない。
足元は長年に渡り積み重なった落ち葉で埋め尽くされている。
空気が湿っているため、苔が生えているところも少なくない。
これなら、簡単に足をとられて転ぶだろう。
好き勝手に出た木の根っこや、大きな岩、曲がりくねった辺りをぐるりと見渡す。
道は暗く、辺りは霧に包まれているため余計に視界は悪い。
『……ルーモス、マキシマ。』
呪文を唱えると、杖先の光は強くなった。
これなら三人の足元も容易に照らせるだろう。
ファングが先頭になり、前に進む。
名前は呪文が成功したことに、密かに安心した。
最近はクィレルのご指導もあり、発音もしっかりしている。
名前のローブに蝉のようにくっついたネビルが、杖先の光を見て首を傾げた。
「ナマエ、その呪文、習ったっけ?」
『…………』
名前はやや首を傾げる。
「ご、ごめんね。僕、覚え悪くて。呪文習ってもすぐ忘れちゃうから。」
『……いや。俺も、どうだったか、覚えてない。』
「え?でも……知ってるのに?」
『本で知ったのかもしれない。頭の中で、授業と混ぜこぜになってる。』
言いながら、地上に這い出ている太い木の根っこを避ける。
道は結構急のようだ。
かと思うと、断崖絶壁のような場所もある。
注意していなければ怪我をしてしまう。
気を付けながら、点々と続く銀色の液体を追う。
おとぎ話のヘンゼルとグレーテルのように。
『(ユニコーン。)』
何故、ユニコーンが傷付けられたのだろう。
痛め付けられたユニコーンの姿を想像して、名前は眉を顰めた。
『(ユニコーンが傷付けられる理由……なんだろう。……
……どうしたいんだろう。
ユニコーンの、何か、欲しいんだろうか。
角は毒を浄化する、って、本では書いてあった。でも、凶暴だから、捕まえるのはとても難しい……らしいし。)』
ほかに何かあったかな、と首を傾げる。
木の根っこに躓いた。
盛大に転ぶ。
大丈夫?とネビルが助け起こした。
『(最近なんだか物騒だ……それと何か関係あるのかな。賢者の石とか、ヴォルデモート……)』
思い浮かんだ考えを慌てて消す。
なかなか消えないので別のことを考えようとした。
「明日の朝ごはんはなんだろな」なんてことだ。
それでも消えなかった。
だから名前は早々に諦めて考えを戻した。
いっそ考えてこの頭と胸の霧が晴れるのならそれで良い。
誰かに話したり主張したりしない限り、何を感じても思っても考えても、個人の自由だと名前は捉えているからだ。
本を読んでも誰かに聞いても、ヴォルデモートは恐ろしい人物だったと言われている。
けれど名前はマグルなので、当時の雰囲気は想像でしか感じ取る事が出来ない。
しかし、本当のところ。
「ヴォルデモートは死んだ」、「ヴォルデモートは生きている」。
意見が別れているのが現状だ。
大半は「死んだ」と言っているが、それが本当にそう思っているのか、そうであってほしいという望みの言葉なのかは分からない。
『(……)』
本当はどっちなのだろう。
死体がないので、判断がつかない。
しかし、もしも、生きていたら、
「うわあああああああああああああああ!!!!!」
衝撃が名前の体を突き抜けた。
目の前に、赤い火花が散った。
「お前たち二人がばか騒ぎをしてくれたおかげで、もう捕まるものも捕まらんかもしれん。」
怒りを含む声に、ビクリと肩を揺らす三人の少年。
ハグリッドは静かに、深い溜め息を吐いた。
『……ごめんなさい。』
「いや。ナマエ、お前さんは悪くねえ。とにかく、組分けを変えよう、この組み合わせはダメだ。
ネビル、俺と来るんだ。ハーマイオニーも。
ハリーはナマエとファングと、この愚かもんと一緒だ。」
ハグリッドは厳しい目付きでドラコを見た。
ドラコは目をそらして合わせようとしない。
この場の雰囲気は、出発前よりもすこぶる悪い。
誰も何も話さない張り詰めた空気の中で、名前は石像のように動かない。
というよりも、動けない。
どうも名前は、人が悲しんでいたり、怒っていたりする、こういう空気が苦手なようだった。
事の発端はドラコの悪戯だった。
ドラコがネビルを驚かすという悪ふざけをしたため、パニックに陥ったネビルが名前に体当たりの勢いで抱きつき、助けを呼ぶために教えられた赤い火花を打ち上げてしまったのだ。
そして体当たりを受けた名前は、運悪く目の前にあった大岩に顔面を強打して左右の鼻から血を垂れ流す結果となった。
鼻血だけで済んだのは不幸中の幸いだ。
けれど名前はどんよりと背中を丸めていた。
考え事なんてしていなければ、ドラコの悪戯を止めることができたかもしれなかった。
申し訳なさでいっぱいの名前は、頭も胃も重たそうだ。
「……。」
「……。」
『(手が痛い。)』
詳しい事情は知らないが、何かと仲の悪いハリーとドラコ。
仲介役に抜擢された名前が真ん中に立ち、右手にハリー、左手にドラコの手を握って、ファングの跡をうろうろとついていく。
両手がふさがっているため杖は持っていない。
すこぶる視界が悪い。
摺り足で進む。
そのため歩みはゆっくりだ。
先を歩くファングは「はやく行こうよ。まだ?まだ?」なんて言いたげな目で、時々三人を振り返って見た。
名前は困った顔(端から見れば無表情だが)でファングを見つめ返すしかなかった。
両者は目を合わすのも嫌なのか、そっぽを向いていた。
沈黙が気まずいが、繋いだ両手は痛いほど握り返してくる。