一年生
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分厚い本を何冊も抱えた名前が図書館から出てきた。
長い足は軽やかに床を蹴って歩みを進める。
就寝時間が近いせいか、名前の歩みは急ぎ足だ。
しかし名前は唐突にピッタリとその場に立ち止まった。
息を潜め、耳を澄まし、猫のように辺りを見回す。
「お、お願いだから、やめてよ……。」
「ちょうどいい。この呪文、誰かに試してみたかったんだ。そこを動くなよ……。」
男子生徒の声だ。
微かに曲がり角の方から聞こえてきた話し声は、何やら危ない雰囲気を漂わせている。
脇に本をしっかりと抱えて名前は走った。
相手が誰か、何人いるのか、状況は分からない。
名前がしゃしゃり出たらしっぺ返しをくらうかもしれないし、ひょっとしたら此方の気配を察した相手に逃げられてしまうかもしれない。
どの未来になっても良いとは言えない。
極力足音を立てずに走って角を曲がった。
『何をしているんだ。』
曲がり角の先は行き止まりだった。
そこには、壁に追い詰められた者と、杖を持ち追い詰めた者がいた。
二人は驚いた表情を浮かべて名前を見ていた。
『……内輪揉めならまだしも、異なる寮の生徒が揉め事を起こすのは、……君にとって厄介なことになるんじゃないのか。』
「こいつにそんな勇気はない。」
『………。』
薄いグレーの瞳はイライラした様子で此方を睨み付けている。
目を合わせ続ければ猫のように噛み付いてきそうだ。
名前は視線をほどいて目を離し、行き止まりの奥の方へと向ける。
そこには小刻みに震えるネビルが、今にも大粒の涙を溢しそうなほど潤んだ瞳で名前を見ていた。
『ネビル。』
声を掛けられたネビルは、誰かに背中を押されたかのように足を踏み出し、そのままの勢いで名前の隣を駆け抜けた。
風が巻き起こり少し遅れて名前のローブを揺らす。
そうしてその場には、名前と少年の二人だけが残された。
プラチナブロンドの少年はネビルを引き留めなかった。
遠くなる背中に杖を向けることも、呪文を唱えることもしなかった。
ただ小さくなっていくネビルの後ろ姿を見詰めて、忌々しげに大きく舌打ちをした。
少年はまだ手に杖を持っている。
杖腕を床に向けて垂らし、杖の先は誰にも向いていない。
けれど何が切っ掛けになって杖先が向けられるか分からない。
名前は少年をじっと見詰める。
少年は面を膨らませて名前を見た。
「勝手なことをしてほしくないんだけどね。ナマエ・ミョウジ……。」
『……俺を知っているの。』
「もちろん、君のことはよぉく知っているさ。僕とマーカス・フリントは同じ寮の生徒だからね。彼のこと、まさか忘れたわけじゃないだろう?」
その名前を耳にした途端、名前はまるで氷漬け魔法を受けたかのように、ピキンと固まった。
少年は胸を張って腕組みをして、フンと鼻を鳴らす。
自信に満ち溢れ堂々とした佇まいだ。
胸元には正確に結ばれたネクタイがバランス良く整っている。
それは品位と伝統を重んじる見た目で、グリーンと銀色のスリザリンカラーがとても輝いていた。
「ミョウジ、話は前から聞いているよ。ずっとずっと前からね。でも、まさかソッチの気があるとは思わなかった。マーカス・フリントをたぶらかしてどうする気だ?どうせグリフィンドールが勝つために仕組んだんだろう。」
『違う。』
「違うものか。マーカス・フリントはクィディッチのキャプテンだ。お前が妖しげな術をかけたから、未だにマーカス・フリントは上の空なんだぞ。だからスリザリンは負けたんだ。」
そうでなければ、ポッターなんかに。
少年は悔しげに続け、そして名前を睨み付ける。
しかし名前はどれだけ睨み付けられようとも表情を変えなかった。
相変わらずの無表情で少年を見下ろしていた。
前髪の奥で見え隠れする黒目は、観察でもするかのように少年を捉えた。
『事故だった。薬の効果だ。いずれ切れる。』
「事故?事故で薬を飲むというのか?」
『マーカス・フリントが持っていた惚れ薬……ぶつかったのは事故。』
「惚れ薬……マーカス・フリントが?」
『そう。』
「……いずれ切れるって、いつだ。」
『……わからない。』
「ずっとこのままだったらどうするんだ!」
『マダム・ポンフリーさんは、いずれ切れると言っていた。』
「それはいつだと聞いているんだ。たかが惚れ薬だぞ。こんなに長期的に効くもんか。やっぱりお前、何か妖しげな術をかけたんじゃないのか?え?ミョウジ。」
『……。』
名前は目をぱちぱちさせた。
それから何か言おうと口を開きかけたが、怒りで目を吊り上げる少年を見て、口を閉じて一文字に引いてしまった。
何と言うべきか言葉を選んでいるのか、話すことを諦めてしまったのか、名前は黙ってじっと少年を見下ろす。
少年は不服そうに顎を上げて名前を睨み付けた。
柳眉を逆立て、また舌打ちをする。
「ふん。やっぱり蛙の子は蛙だな。」
『蛙。』
「裏切り者だということだ。」
『裏切り者……。誰のこと。』
「なんだ、知らないのか?」
『……。』
名前はバカ正直にコクリと頷く。
少年はさもおかしそうに口角を上げた。
「傑作だね。自分のことなのに知らないんだ。」
『……。』
「父上に聞いた話だ。知りたいかい?君の家族はねぇ……。」
「Mr.マルフォイ、Mr.ミョウジ。」
その声が響いた途端に『マルフォイ』と呼ばれた少年の言葉は止まった。
表情は驚きと恐怖に染まり、青白い顔色が更に白くなっている。
鏡を見てみれば、きっと名前も同じような顔色になっていただろう。
空気は一変した。
一瞬にして気温が下がったようだった。
背後からコツコツと歩み寄る足音が聞こえてくる。
恐る恐るとマルフォイは、名前の背後へと視線を移した。
「マクゴナガル先生……。」
「そんなところで一体何をしているのです。間もなく就寝時間ですよ。早く寮に戻りなさい。」
「………はい。先生。」
悔しそうに顔を歪めたマルフォイは、それでもマクゴナガルの言葉に従い、その場を離れる為に名前の隣をすり抜けた。
通り過ぎる際に名前を睨み付けることを忘れずに。
名前はマルフォイの顔をぼんやりと見詰め返す。
マルフォイはさらに気分を害したようだった。
青白かった頬が怒りで瞬間的に赤く染まった。
肩を怒らせ、ローブを振り払いながら、マルフォイは乱暴に歩く。
やがて角を曲がって姿が見えなくなると、辺りが急にシンとする。
「Mr.ミョウジ、あなたも早く戻りなさい。」
『………。』
名前はマクゴナガルを見た。
マクゴナガルは名前を見詰め返した。
名前が何か言葉を発すると思ったからだ。
でも、名前は話さなかった。
そしてマクゴナガルの言葉に従いその場を離れるわけでもない。
不可思議な名前の様子に、マクゴナガルは困ったように眉間の皺を深くさせた。
そうして、二人共黙り込んで見つめ合った。
そのまま数十秒、数分だろうか。
時間が経ってから、やっと名前は何かしらの動きを見せた。
脇に抱えた本を抱え直したり、俯いてみたり、また見つめてみたりと、なんだか落ち着かない。
ほどなくして、意を決したように口を僅かに開くと、スッと息を吸った。
『あの……マクゴナガル先生、……』
「……今夜はもう遅いですから、質問があるのなら明日聞きます。それでも今質問をしたいのなら、手短に。」
『……。』
「Mr.ミョウジ、どうしたのです。はっきりなさい。」
また黙り込む名前に向かって、強い口調でマクゴナガルが言う。
すると名前はまた僅かに口を開く。
今度はすぐには言葉は出ない。
何度か呼吸を繰り返す。
『あの……さっきの、彼……マルフォイですか。』
「ええ、彼はドラコ・マルフォイ。スリザリンの一年生です。」
『そのマルフォイが言っていたのですが、俺の家族は……裏切者だと、言っていました。』
俯いていた顔を上げて、マクゴナガルの両目をじっと見つめながら、名前は呟くようにそう言った。
緊張して強張っているのか、ただ普段通りなだけなのか、分からないが名前の表情は能面のように変化が無い。
表情からも声からも、名前から感情を読み取ることは至難の業だ。
マクゴナガルは名前を見詰める。
名前が何を考えて、どういう感情を抱いているか、観察して学ぶ為だ。
蝋燭の灯りは名前を照らし、灯りはゆらゆらと揺れている。
前髪の奥に隠れた瞳が時折灯りを反射する。
潤いを感じさせる瞳だけが、名前から生気を確認出来る。
名前はまた何度か呼吸を繰り返した。
そうして再び口を開く。
『俺の家族……両親は、自分の話をしません。俺から質問をしたこともありません。だから両親が何をしたのか分かりません。分かるのは、父がスリザリンで、母がグリフィンドールだったということだけです。』
「……。」
『マルフォイは裏切者だと言っていましたが、そう言われてしまうようなことをしたのでしょうか。何か理由があるなら、先生はご存知でしょうか。』
「……。」
マクゴナガルはすぐに返事をしなかった。
唇を固く結び、ただ黙って名前を見詰めた。
目元の厳しさは変わらなかったが、瞳が濡れたように光っていて、ゆらゆらと揺れて見えた。
蝋燭の光が風に揺れる、そのせいなのかは分からない。
その表情を目の当たりにすれば、返事に期待が出来ないことは明白だ。
名前は諦めたように俯いて、自分の足元を見詰めた。
ぼんやりと辺りを照らす蝋燭の灯りが、時折風に吹かれて不安定だ。
火が消えそうなほど小さくなったり、ゆらゆらとでたらめに踊っている。
しばらくしてマクゴナガルの方から、すっと深く息を吸い込む音が聞こえた。
名前はゆっくりと顔を上げた。
「私が答えられるものではありません。それは本人に……あなたのご両親から直接聞いた方が良いでしょう。」
『……。』
「さあ、もうお行きなさい。Mr.ミョウジ。すぐに就寝時間です。時間外に出歩くことがいけないことは、あなたならよく分かっていますね。早く寮に戻って休むといいでしょう。」
促すように背中を押されて、ゆっくりと名前は足を踏み出した。
マクゴナガルはホッと小さく息を吐く。
安堵したような溜め息だった。
その吐息を背後に、名前は俯きながら歩く。
そうして角までやって来たとき、名前はくるりと振り返った。
黒い冷ややかな瞳がマクゴナガルを射抜いた。
『先生、父は……母は、』
「……。」
『何をしたのですか。』
そう言うと名前は糸が切れた人形のように俯く。
見つめていた目は見えなくなって、代わりに頭上のつむじが見えるようになった。
寝癖と風のせいで名前の柔らかな黒髪は絡まり合い鳥の巣状態だ。
風が強まり廊下を吹き抜ける。
名前の前髪が舞い上がり、余計にこんがらがる。
蝋燭の火が一本消え、そしてまた一本と消えた。
暗闇に飲み込まれていくように、順々に消えていく。
辺りから灯りが消えて、お互いの姿は黒い人影になってしまった。
けれど二人とも動かなかった。
闇に目が慣れるまでの数秒間、じっとしていた。
「Mr.ミョウジ。あなたのご両親のことを、Mr.マルフォイは裏切者だと言ったのでしたね。」
『……はい。』
「どんなに善人であっても、他の誰かや、その立場によって、善人は悪人にもなります。」
『……。』
「私にとってあなたのご両親は、素晴らしい生徒でした。それは間違いありません。」
『……。』
「その事をよく覚えておいてください。」
諭すようにでもなく、あやすようにでもなく、淡々とした口調でマクゴナガルはそう言った。
ようやくゆっくりと顔を上げて、名前はマクゴナガルを見た。
暗闇の中で微かにマクゴナガルの姿が見える。
けれど表情までは分からない。
それでも何かを探すように、名前はじっとマクゴナガルを見詰めた。
───就寝時間になってしまったようですね。
急にやわらかい声でマクゴナガルがそう言った。
今更になって名前は明かり一つない辺りを見渡した。
───送りましょう。
背中に手を添えられて優しく促される。
そんなふうにされたら従う他に選択肢がない。
名前が歩き始めると、すぐにマクゴナガルの足音が続いた。
少し進むと窓が連なる廊下に出る。
月明かりが廊下に敷き詰められた石畳を照らしている。
一枚一枚、数を数えられるほどにくっきりと。
石畳の隙間に足を取られないように慎重に歩きながら、名前はふと窓を見た。
窓にはマクゴナガルと名前の二人の姿が反射している。
真っ直ぐに姿勢を保ち、真っ直ぐ前を見て歩くマクゴナガルの隣に、何事も無かったかのような無表情の自分が、冷たく此方を見詰め返していた。
長い足は軽やかに床を蹴って歩みを進める。
就寝時間が近いせいか、名前の歩みは急ぎ足だ。
しかし名前は唐突にピッタリとその場に立ち止まった。
息を潜め、耳を澄まし、猫のように辺りを見回す。
「お、お願いだから、やめてよ……。」
「ちょうどいい。この呪文、誰かに試してみたかったんだ。そこを動くなよ……。」
男子生徒の声だ。
微かに曲がり角の方から聞こえてきた話し声は、何やら危ない雰囲気を漂わせている。
脇に本をしっかりと抱えて名前は走った。
相手が誰か、何人いるのか、状況は分からない。
名前がしゃしゃり出たらしっぺ返しをくらうかもしれないし、ひょっとしたら此方の気配を察した相手に逃げられてしまうかもしれない。
どの未来になっても良いとは言えない。
極力足音を立てずに走って角を曲がった。
『何をしているんだ。』
曲がり角の先は行き止まりだった。
そこには、壁に追い詰められた者と、杖を持ち追い詰めた者がいた。
二人は驚いた表情を浮かべて名前を見ていた。
『……内輪揉めならまだしも、異なる寮の生徒が揉め事を起こすのは、……君にとって厄介なことになるんじゃないのか。』
「こいつにそんな勇気はない。」
『………。』
薄いグレーの瞳はイライラした様子で此方を睨み付けている。
目を合わせ続ければ猫のように噛み付いてきそうだ。
名前は視線をほどいて目を離し、行き止まりの奥の方へと向ける。
そこには小刻みに震えるネビルが、今にも大粒の涙を溢しそうなほど潤んだ瞳で名前を見ていた。
『ネビル。』
声を掛けられたネビルは、誰かに背中を押されたかのように足を踏み出し、そのままの勢いで名前の隣を駆け抜けた。
風が巻き起こり少し遅れて名前のローブを揺らす。
そうしてその場には、名前と少年の二人だけが残された。
プラチナブロンドの少年はネビルを引き留めなかった。
遠くなる背中に杖を向けることも、呪文を唱えることもしなかった。
ただ小さくなっていくネビルの後ろ姿を見詰めて、忌々しげに大きく舌打ちをした。
少年はまだ手に杖を持っている。
杖腕を床に向けて垂らし、杖の先は誰にも向いていない。
けれど何が切っ掛けになって杖先が向けられるか分からない。
名前は少年をじっと見詰める。
少年は面を膨らませて名前を見た。
「勝手なことをしてほしくないんだけどね。ナマエ・ミョウジ……。」
『……俺を知っているの。』
「もちろん、君のことはよぉく知っているさ。僕とマーカス・フリントは同じ寮の生徒だからね。彼のこと、まさか忘れたわけじゃないだろう?」
その名前を耳にした途端、名前はまるで氷漬け魔法を受けたかのように、ピキンと固まった。
少年は胸を張って腕組みをして、フンと鼻を鳴らす。
自信に満ち溢れ堂々とした佇まいだ。
胸元には正確に結ばれたネクタイがバランス良く整っている。
それは品位と伝統を重んじる見た目で、グリーンと銀色のスリザリンカラーがとても輝いていた。
「ミョウジ、話は前から聞いているよ。ずっとずっと前からね。でも、まさかソッチの気があるとは思わなかった。マーカス・フリントをたぶらかしてどうする気だ?どうせグリフィンドールが勝つために仕組んだんだろう。」
『違う。』
「違うものか。マーカス・フリントはクィディッチのキャプテンだ。お前が妖しげな術をかけたから、未だにマーカス・フリントは上の空なんだぞ。だからスリザリンは負けたんだ。」
そうでなければ、ポッターなんかに。
少年は悔しげに続け、そして名前を睨み付ける。
しかし名前はどれだけ睨み付けられようとも表情を変えなかった。
相変わらずの無表情で少年を見下ろしていた。
前髪の奥で見え隠れする黒目は、観察でもするかのように少年を捉えた。
『事故だった。薬の効果だ。いずれ切れる。』
「事故?事故で薬を飲むというのか?」
『マーカス・フリントが持っていた惚れ薬……ぶつかったのは事故。』
「惚れ薬……マーカス・フリントが?」
『そう。』
「……いずれ切れるって、いつだ。」
『……わからない。』
「ずっとこのままだったらどうするんだ!」
『マダム・ポンフリーさんは、いずれ切れると言っていた。』
「それはいつだと聞いているんだ。たかが惚れ薬だぞ。こんなに長期的に効くもんか。やっぱりお前、何か妖しげな術をかけたんじゃないのか?え?ミョウジ。」
『……。』
名前は目をぱちぱちさせた。
それから何か言おうと口を開きかけたが、怒りで目を吊り上げる少年を見て、口を閉じて一文字に引いてしまった。
何と言うべきか言葉を選んでいるのか、話すことを諦めてしまったのか、名前は黙ってじっと少年を見下ろす。
少年は不服そうに顎を上げて名前を睨み付けた。
柳眉を逆立て、また舌打ちをする。
「ふん。やっぱり蛙の子は蛙だな。」
『蛙。』
「裏切り者だということだ。」
『裏切り者……。誰のこと。』
「なんだ、知らないのか?」
『……。』
名前はバカ正直にコクリと頷く。
少年はさもおかしそうに口角を上げた。
「傑作だね。自分のことなのに知らないんだ。」
『……。』
「父上に聞いた話だ。知りたいかい?君の家族はねぇ……。」
「Mr.マルフォイ、Mr.ミョウジ。」
その声が響いた途端に『マルフォイ』と呼ばれた少年の言葉は止まった。
表情は驚きと恐怖に染まり、青白い顔色が更に白くなっている。
鏡を見てみれば、きっと名前も同じような顔色になっていただろう。
空気は一変した。
一瞬にして気温が下がったようだった。
背後からコツコツと歩み寄る足音が聞こえてくる。
恐る恐るとマルフォイは、名前の背後へと視線を移した。
「マクゴナガル先生……。」
「そんなところで一体何をしているのです。間もなく就寝時間ですよ。早く寮に戻りなさい。」
「………はい。先生。」
悔しそうに顔を歪めたマルフォイは、それでもマクゴナガルの言葉に従い、その場を離れる為に名前の隣をすり抜けた。
通り過ぎる際に名前を睨み付けることを忘れずに。
名前はマルフォイの顔をぼんやりと見詰め返す。
マルフォイはさらに気分を害したようだった。
青白かった頬が怒りで瞬間的に赤く染まった。
肩を怒らせ、ローブを振り払いながら、マルフォイは乱暴に歩く。
やがて角を曲がって姿が見えなくなると、辺りが急にシンとする。
「Mr.ミョウジ、あなたも早く戻りなさい。」
『………。』
名前はマクゴナガルを見た。
マクゴナガルは名前を見詰め返した。
名前が何か言葉を発すると思ったからだ。
でも、名前は話さなかった。
そしてマクゴナガルの言葉に従いその場を離れるわけでもない。
不可思議な名前の様子に、マクゴナガルは困ったように眉間の皺を深くさせた。
そうして、二人共黙り込んで見つめ合った。
そのまま数十秒、数分だろうか。
時間が経ってから、やっと名前は何かしらの動きを見せた。
脇に抱えた本を抱え直したり、俯いてみたり、また見つめてみたりと、なんだか落ち着かない。
ほどなくして、意を決したように口を僅かに開くと、スッと息を吸った。
『あの……マクゴナガル先生、……』
「……今夜はもう遅いですから、質問があるのなら明日聞きます。それでも今質問をしたいのなら、手短に。」
『……。』
「Mr.ミョウジ、どうしたのです。はっきりなさい。」
また黙り込む名前に向かって、強い口調でマクゴナガルが言う。
すると名前はまた僅かに口を開く。
今度はすぐには言葉は出ない。
何度か呼吸を繰り返す。
『あの……さっきの、彼……マルフォイですか。』
「ええ、彼はドラコ・マルフォイ。スリザリンの一年生です。」
『そのマルフォイが言っていたのですが、俺の家族は……裏切者だと、言っていました。』
俯いていた顔を上げて、マクゴナガルの両目をじっと見つめながら、名前は呟くようにそう言った。
緊張して強張っているのか、ただ普段通りなだけなのか、分からないが名前の表情は能面のように変化が無い。
表情からも声からも、名前から感情を読み取ることは至難の業だ。
マクゴナガルは名前を見詰める。
名前が何を考えて、どういう感情を抱いているか、観察して学ぶ為だ。
蝋燭の灯りは名前を照らし、灯りはゆらゆらと揺れている。
前髪の奥に隠れた瞳が時折灯りを反射する。
潤いを感じさせる瞳だけが、名前から生気を確認出来る。
名前はまた何度か呼吸を繰り返した。
そうして再び口を開く。
『俺の家族……両親は、自分の話をしません。俺から質問をしたこともありません。だから両親が何をしたのか分かりません。分かるのは、父がスリザリンで、母がグリフィンドールだったということだけです。』
「……。」
『マルフォイは裏切者だと言っていましたが、そう言われてしまうようなことをしたのでしょうか。何か理由があるなら、先生はご存知でしょうか。』
「……。」
マクゴナガルはすぐに返事をしなかった。
唇を固く結び、ただ黙って名前を見詰めた。
目元の厳しさは変わらなかったが、瞳が濡れたように光っていて、ゆらゆらと揺れて見えた。
蝋燭の光が風に揺れる、そのせいなのかは分からない。
その表情を目の当たりにすれば、返事に期待が出来ないことは明白だ。
名前は諦めたように俯いて、自分の足元を見詰めた。
ぼんやりと辺りを照らす蝋燭の灯りが、時折風に吹かれて不安定だ。
火が消えそうなほど小さくなったり、ゆらゆらとでたらめに踊っている。
しばらくしてマクゴナガルの方から、すっと深く息を吸い込む音が聞こえた。
名前はゆっくりと顔を上げた。
「私が答えられるものではありません。それは本人に……あなたのご両親から直接聞いた方が良いでしょう。」
『……。』
「さあ、もうお行きなさい。Mr.ミョウジ。すぐに就寝時間です。時間外に出歩くことがいけないことは、あなたならよく分かっていますね。早く寮に戻って休むといいでしょう。」
促すように背中を押されて、ゆっくりと名前は足を踏み出した。
マクゴナガルはホッと小さく息を吐く。
安堵したような溜め息だった。
その吐息を背後に、名前は俯きながら歩く。
そうして角までやって来たとき、名前はくるりと振り返った。
黒い冷ややかな瞳がマクゴナガルを射抜いた。
『先生、父は……母は、』
「……。」
『何をしたのですか。』
そう言うと名前は糸が切れた人形のように俯く。
見つめていた目は見えなくなって、代わりに頭上のつむじが見えるようになった。
寝癖と風のせいで名前の柔らかな黒髪は絡まり合い鳥の巣状態だ。
風が強まり廊下を吹き抜ける。
名前の前髪が舞い上がり、余計にこんがらがる。
蝋燭の火が一本消え、そしてまた一本と消えた。
暗闇に飲み込まれていくように、順々に消えていく。
辺りから灯りが消えて、お互いの姿は黒い人影になってしまった。
けれど二人とも動かなかった。
闇に目が慣れるまでの数秒間、じっとしていた。
「Mr.ミョウジ。あなたのご両親のことを、Mr.マルフォイは裏切者だと言ったのでしたね。」
『……はい。』
「どんなに善人であっても、他の誰かや、その立場によって、善人は悪人にもなります。」
『……。』
「私にとってあなたのご両親は、素晴らしい生徒でした。それは間違いありません。」
『……。』
「その事をよく覚えておいてください。」
諭すようにでもなく、あやすようにでもなく、淡々とした口調でマクゴナガルはそう言った。
ようやくゆっくりと顔を上げて、名前はマクゴナガルを見た。
暗闇の中で微かにマクゴナガルの姿が見える。
けれど表情までは分からない。
それでも何かを探すように、名前はじっとマクゴナガルを見詰めた。
───就寝時間になってしまったようですね。
急にやわらかい声でマクゴナガルがそう言った。
今更になって名前は明かり一つない辺りを見渡した。
───送りましょう。
背中に手を添えられて優しく促される。
そんなふうにされたら従う他に選択肢がない。
名前が歩き始めると、すぐにマクゴナガルの足音が続いた。
少し進むと窓が連なる廊下に出る。
月明かりが廊下に敷き詰められた石畳を照らしている。
一枚一枚、数を数えられるほどにくっきりと。
石畳の隙間に足を取られないように慎重に歩きながら、名前はふと窓を見た。
窓にはマクゴナガルと名前の二人の姿が反射している。
真っ直ぐに姿勢を保ち、真っ直ぐ前を見て歩くマクゴナガルの隣に、何事も無かったかのような無表情の自分が、冷たく此方を見詰め返していた。