一年生
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「ナマエ、よかった。ここにいたんだ。」
背後から声を掛けられて、名前は本から顔を上げた。
振り返ると背の高い本棚に隠れるように、ロンが顔を覗かせていた。
ロンは笑っていたけれど、元気のない笑顔だった。
『………ハリーが。』
名前は唸るように呟いた。
ロンはウンウンと何度も頷き返した。
図書館の奥の奥、人気のない一角とはいえ、ここが図書館である事に違いはない。
なるべく声を落として会話をしなければならなかった。
「うん、そう。君がスネイプのところで休んだ夜からだよ、ハリーがおかしくなったのは。」
『………』
「ご飯もあんまり食べなくてさ、困っちゃうよ。」
溜め息を吐いてロンは椅子に凭れ掛かる。
かと思えば前のめりになって手を組み、膝を小刻みに揺らした。
名前はロンの顔を見詰めていたが、ロンとはあまり視線が合わない。
妙にソワソワして落ち着きがない様子だ。
『ロンは、見たのか。ハリーの……』
「ハリーの家族?見えなかったよ。あの鏡って、一体何を見せるものなんだろうね。だってハリーの家族は亡くなってるし、僕が見たのは、きっと僕の未来の姿だもの。」
『………。』
「とにかく、あの鏡はよくない気がするんだ。ナマエ、どうにかハリーを止められないかなあ。ずっと通い詰めてるんだ。」
ロンは祈るように名前を見詰めた。
すぐに返事が出来るはずもなく、名前はロンの顔を見詰め返した。
ハリーにとっては亡くなった家族の姿が見える。
ロンには自分の未来の姿が見える。
どちらも求めてやまない姿なのだろう。
それが見えるのなら、誰が通い詰めても仕方ない話だ。
ハリーに限らず、やめさせる事はとても難しい。
しかし、名前は頷いた。
ロンは何かしらの手を打ったのだ。何もせず断るわけにはいかない。
読みかけの本を静かに閉じた。
『出来ることをやってみるよ。』
音も無く椅子から立ち上がって、名前は本棚に本をしまった。
ロンは感嘆の溜め息をもらしてその背中を見詰める。
長身痩躯の名前の姿が、今以上に頼もしく思えた事はない。
ロンには名前の背後から後光が射して見えた事だろう。
「僕のパパとママに?」
『うん。………』
どのような状況になっているのかは、実際に見聞きしてみないと分からない。
そう判断したらしい名前は早々にハリーへ話を持ち掛けた。
鏡に映るハリーの両親に会ってみたい。
誰からどのように話を聞いたのかも分からないのに、いきなりそんなお願いをしても警戒されそうなものだ。
ハリーは目を見開いて名前を見ていた。
このお願いは失敗に終わるかもしれない。
どれくらいの時間が経ったか分からない。
沈黙の時間は長く感じる。
暖炉で燃えていた薪が、パチンとはぜた。
まるでその音をきっかけに時間が動き出したように、ハリーは次第に笑顔を浮かべた。
「もちろんいいよ。僕もナマエに会わせたかったんだ。ロンの時は会わせられなかったけれど、もしかしたら今度は会わせられるかもしれない。」
『………』
「行くなら皆が寝たあと。夜中だよ、いいかい?」
『…………』
頷く。
名前が頷いて答えると、ハリーはますます嬉しそうにニコニコと笑顔を浮かべて、饒舌に今夜の計画を話し始めた。
ご飯をあんまり食べないと聞いていたが、その割には頭も舌もよく回る。
口を挟む隙が無いし、そもそも普段からもっぱら聞き役の名前は、話し続ける笑顔のハリーをじっとを見つめた。
少しこけた頬と、落ち窪んだ目、うっすらとできたクマ。
鏡はたちの悪い幽霊のように、確実にハリーを蝕んでいる。
夜も更けて日付が変わり、ロンのイビキが本格的に響きだした頃。
二人は計画通りそっとベッドを抜け出した。
足音を立てないようにして談話室を通り、透明マントを被って寮から脱出する。
廊下は蝋燭の灯りも月明かりも無くてとても暗かった。
けれど空のどこかで月は夜を照らしているようで、その光の粒子が微かに闇を漂い、僅かにそこにある物のシルエットを浮かび上がらせている。
完全な暗闇ではなかったから、透明マントを被っていても歩く事は可能だった。
ただ、とても肌寒い。
透明マントで多少の冷気は遮断されているみたいだけれど、露出している手や足元から忍び寄る冷たい空気は、容赦なく体温を奪っていく。
「大丈夫?ナマエ。」
『………』
肩越しに振り返るハリーに頷いて答える。
聞いておいてハリーはさして気に留める様子もなく、素っ気なく歩みを進めた。
とにかく進む事に夢中だったのだ。
名前は着いていく事に必死で、肌寒さなど気にしていられない。
透明マントを被り、一列になって慎重に歩く。
経路を知っているのはハリーだけなので、当然案内役のハリーが先頭だ。
しかし二人の間には頭一つ分以上の身長差があるので、透明マントに隠れながら二人一緒に移動するのは中々に難しい。
名前が真っ直ぐ立ち上がるとマントから足元が出てしまうので、常時中腰で歩くしかない。
ハリーにぶつからないように、靴を踏まないように、マントから出ないように、急いて歩くハリーの歩幅と早さに合わせる。
急な方向転換で時折転びそうになったり、マントがめくれそうになったりしたが、ハリーは止まらなかった。
周囲の様子や道順を覚える余裕があるはずもなく、暗がりの中を無言でひたすらに歩き続け、どのくらいの時間が経ったのかも分からず感覚が薄れた頃、ようやくハリーは足を止めた。
透明マントが取り払われ、名前はやっと真っ直ぐ立つ事が出来た。
「ほら、あれ。あれだよ、ナマエ。来て!」
『……。』
「これ。これだよ、ナマエ。ここに立ってみて。ほら、僕のパパとママ。見える?」
腰を伸ばす僅かな時間も与えられず、ハリーは名前の手を取ると、ぐいぐいと強引に引っ張った。
されるがまま名前は引き摺られて、鏡のある方向へと連れて行かれる。
そうしてハリーの隣に並んで、鏡の前に立った。
縦も横も大きな鏡だ。
鏡面は少し曇っている。
でも、鏡に映るものを確認する事は出来る。
鏡に映るのは、笑顔を向けるハリー。
そして、無表情の名前だけだった。
「ねえ、ナマエ。見える?」
ハリーが再度問い掛ける。
名前は鏡を見つめたまま微動だにしない。
「ハリー、また来たのかい?」
ハリーは肩を跳ね上げさせて、そして勢い良く振り向いた。
一拍遅れて名前も振り向き、声の主を確かめる。
そこにはダンブルドアがいた。
壁際の机にゆったりと腰掛けて、とてもリラックスした様子だ。
反対にハリーの顔はみるみるうちに青ざめていく。
名前は何も変わらない。
ただ無表情でそこに立ち、一言も声を発さない。
「ぼ、僕、気が付きませんでした。」
「透明になると、不思議にずいぶん近眼になるんじゃのう。」
声に皮肉っぽさは感じられない。
それにダンブルドアが穏やかに笑ったので、ハリーはようやく体中の緊張を解くことができた。
ダンブルドアは机からするりと降り立ち、長いローブをはためかせ、此方へ淑やかに歩み寄る。
そうしてやって来ると、二人の間に立った。
「君だけじゃない。
何百人も君と同じように、"みぞの鏡"の虜になった。」
「先生、僕、そういう名の鏡だとは知りませんでした。」
「この鏡が何をしてくれるのかはもう気が付いたじゃろう。」
ダンブルドアは微笑みながらハリーを見詰めた。
ハリーはすぐに返事が出来なかった。
ダンブルドアの瞳を見詰め返し、言葉に詰まり、どう答えるべきか迷っているようだった。
ほんの数秒の出来事だ。
ダンブルドアの輝くブルーの瞳に見詰められて、ついにハリーは俯いてしまった。
「鏡は……僕の家族を見せてくれました……。」
「そして君の友達のロンには、首席になった姿をね。」
「どうしてそれを……。」
「わしはマントがなくても透明になれるのでな。ところで、ナマエ。君は何が見えたかな?」
『………。』
自分にお鉢が回ってくるとは思わなかったのかもしれない。
名前は少しの間その場で固まり、そしてダンブルドアを見た。
湖畔のようにキラキラ輝くダンブルドアの瞳が名前を見詰め返す。
名前はじっとダンブルドアの瞳を見詰めた後、改めて鏡を覗いた。
鏡の中の自分、ハリー、ダンブルドア、この部屋の中にある物全てに視線を向ける。
名前の目に何が映って見えるのかは分からないから、ハリーとダンブルドアは静かに待った。
何度か繰り返して名前は鏡に映る全てを確認して、やがて微かに首を傾けた。
『何も……。』
「何も見えなかった?」
『ええと……いいえ、見えます。ハリーと、ダンブルドア校長先生と、俺が見えます。だけど、何も変わりません。普通の鏡みたいに。』
「なるほど。ナマエ、君には、そのままの姿が見えるのじゃな。」
「え?でも、この鏡は……先生、そんな事があるんですか?」
「ハリー、この"みぞの鏡"はわしたちに何を見せてくれると思うかね?」
問い返されてハリーは口を閉じた。
鏡はその人が望むものを映す。
ハリーは何となく予想をしていただろう。
しかし名前に何も変化が起こらなかったから、分からなくなってしまったのだ。
ハリーは首を横に振った。
「じゃあヒントをあげよう。この世で一番幸せな人には、この鏡は普通の鏡になる。その人が鏡を見ると、そのまんまの姿が映るんじゃ。これで何かわかったかね。」
「なにか欲しいものを見せてくれる……なんでも自分の欲しいものを……」
ハリーは考えながら、ゆっくりと呟くようにそう答えた。
答えた後に口を閉じて俯き、じっと足元を見詰める。
どうやら頭の中で考えを巡らせているらしかった。
ダンブルドアはハリーが何か言うのを待った。
だから名前もそうした。
そうして数秒か、数分か経って、ハリーは顔を上げた。
「でも、先生。それじゃあナマエは、この世で一番幸せな人、ということですか?」
「そうじゃのう。ハリー、それは当たりでもあるし、はずれでもある。」
先程ダンブルドアは、『この世で一番幸せな人は、この鏡は普通の鏡になる。その人が鏡を見ると、そのまんまの姿が映る。』
そう言ったばかりなのに、何故はずれでもあると言うのだろうか。
意味が分からないと言いたげにハリーは眉を寄せて首を傾げた。
ダンブルドアは不思議そうに自分を見詰めるハリーを見詰め返した。
そして再び口を開いた。
「鏡が見せてくれるのは、心の一番奥底にある一番強い"のぞみ"じゃ。それ以上でもそれ以下でもない。
君は家族を知らないから、家族に囲まれた自分を見る。
ロナルド・ウィーズリーはいつも兄弟の陰で霞んでいるから、兄弟の誰よりもすばらしい自分が一人で堂々と立っているのが見える。
しかしこの鏡は知識や真実を示してくれるものではない。
先程ナマエはそのままの姿が映ると言ったが、それがこの世で一番幸せな人の証なのか、現状が続く事を強く望んでいるからそう見えるのか、それはナマエにも、誰にも分からん。
鏡が映すものが現実のものか、はたして可能なものなのかさえ判断できず、みんな鏡の前でヘトヘトになったり、鏡に映る姿に見入られてしまったり、発狂したりしたんじゃよ。
ハリー、この鏡は明日よそに移す。もうこの鏡を探してはいけないよ。
たとえ再びこの鏡に出会うことがあっても、もう大丈夫じゃろう。
夢に耽ったり、生きることを忘れてしまうのはよくない。それをよく覚えておきなさい。
さぁて、そのすばらしいマントを着て、ベッドに戻ってはいかがかな。」
ハリーは名前を見た。
名前はハリーを見詰め返した。
ハリーの表情は落ち着きを取り戻していた。
おそらくハリーはもう、鏡を探し求めて彷徨ったりしないだろう。
丸めた透明マントを広げつつ、ハリーはドアへ向けて歩く。
その後ろを名前は着いていく。
けれど前を歩いていたハリーが急に立ち止まったので、名前も止まった。
ハリーは振り返って、グリーンの瞳を真っ直ぐ後方へ向けた。
つられて名前はハリーの視線を辿る。
どうやらダンブルドアを見ているようだった。
「あの……ダンブルドア先生、質問してよろしいですか?」
「いいとも。今のもすでに質問だったしね。でも、もうひとつだけ質問を許そう。」
「先生ならこの鏡で何が見えるんですか?」
「わしかね?厚手のウールの靴下を一足、手に持っておるのが見える。」
ダンブルドアはにっこり微笑みそう答えた。
予想外の言葉が飛び出てきて、ハリーは何も反応が出来ずに、ただパチパチと瞬きを繰り返す。
「靴下はいくつあってもいいものじゃ。なのに今年のクリスマスにも靴下は一足ももらえなかった。
わしにプレゼントしてくれる人は本ばっかり贈りたがるんじゃ。」
───さあ、もうおやすみ。
優しい声で促されて、名前とハリーは大人しく従う。
四苦八苦してマントを被り、慎重に、ゆっくりとした歩みでドアを開けた。
ダンブルドアは微笑みながら二人を見送った。
ドアが閉まる。
微かな衣擦れの音や、足音、気配が遠ざかり、やがて無くなった。
部屋にはダンブルドア一人だけだ。
次第に微笑みは消え、顔は憂いの色に染まる。
「……現実のものか、可能なものなのか……。」
誰に話し掛けるでもなくダンブルドアは床を見下ろした。
ブルーの瞳は輝きを失い、夜中の湖畔のように揺れている。
「しかし、今が幸せだというのなら。その方がいいのじゃろう。ナマエ……。」
強く瞳を閉じて、再び目を開ける。
長いローブをなびかせて、淑やかに歩き、ダンブルドアは暗闇に身を翻す。
鏡は誰もいない部屋を映している。
背後から声を掛けられて、名前は本から顔を上げた。
振り返ると背の高い本棚に隠れるように、ロンが顔を覗かせていた。
ロンは笑っていたけれど、元気のない笑顔だった。
『………ハリーが。』
名前は唸るように呟いた。
ロンはウンウンと何度も頷き返した。
図書館の奥の奥、人気のない一角とはいえ、ここが図書館である事に違いはない。
なるべく声を落として会話をしなければならなかった。
「うん、そう。君がスネイプのところで休んだ夜からだよ、ハリーがおかしくなったのは。」
『………』
「ご飯もあんまり食べなくてさ、困っちゃうよ。」
溜め息を吐いてロンは椅子に凭れ掛かる。
かと思えば前のめりになって手を組み、膝を小刻みに揺らした。
名前はロンの顔を見詰めていたが、ロンとはあまり視線が合わない。
妙にソワソワして落ち着きがない様子だ。
『ロンは、見たのか。ハリーの……』
「ハリーの家族?見えなかったよ。あの鏡って、一体何を見せるものなんだろうね。だってハリーの家族は亡くなってるし、僕が見たのは、きっと僕の未来の姿だもの。」
『………。』
「とにかく、あの鏡はよくない気がするんだ。ナマエ、どうにかハリーを止められないかなあ。ずっと通い詰めてるんだ。」
ロンは祈るように名前を見詰めた。
すぐに返事が出来るはずもなく、名前はロンの顔を見詰め返した。
ハリーにとっては亡くなった家族の姿が見える。
ロンには自分の未来の姿が見える。
どちらも求めてやまない姿なのだろう。
それが見えるのなら、誰が通い詰めても仕方ない話だ。
ハリーに限らず、やめさせる事はとても難しい。
しかし、名前は頷いた。
ロンは何かしらの手を打ったのだ。何もせず断るわけにはいかない。
読みかけの本を静かに閉じた。
『出来ることをやってみるよ。』
音も無く椅子から立ち上がって、名前は本棚に本をしまった。
ロンは感嘆の溜め息をもらしてその背中を見詰める。
長身痩躯の名前の姿が、今以上に頼もしく思えた事はない。
ロンには名前の背後から後光が射して見えた事だろう。
「僕のパパとママに?」
『うん。………』
どのような状況になっているのかは、実際に見聞きしてみないと分からない。
そう判断したらしい名前は早々にハリーへ話を持ち掛けた。
鏡に映るハリーの両親に会ってみたい。
誰からどのように話を聞いたのかも分からないのに、いきなりそんなお願いをしても警戒されそうなものだ。
ハリーは目を見開いて名前を見ていた。
このお願いは失敗に終わるかもしれない。
どれくらいの時間が経ったか分からない。
沈黙の時間は長く感じる。
暖炉で燃えていた薪が、パチンとはぜた。
まるでその音をきっかけに時間が動き出したように、ハリーは次第に笑顔を浮かべた。
「もちろんいいよ。僕もナマエに会わせたかったんだ。ロンの時は会わせられなかったけれど、もしかしたら今度は会わせられるかもしれない。」
『………』
「行くなら皆が寝たあと。夜中だよ、いいかい?」
『…………』
頷く。
名前が頷いて答えると、ハリーはますます嬉しそうにニコニコと笑顔を浮かべて、饒舌に今夜の計画を話し始めた。
ご飯をあんまり食べないと聞いていたが、その割には頭も舌もよく回る。
口を挟む隙が無いし、そもそも普段からもっぱら聞き役の名前は、話し続ける笑顔のハリーをじっとを見つめた。
少しこけた頬と、落ち窪んだ目、うっすらとできたクマ。
鏡はたちの悪い幽霊のように、確実にハリーを蝕んでいる。
夜も更けて日付が変わり、ロンのイビキが本格的に響きだした頃。
二人は計画通りそっとベッドを抜け出した。
足音を立てないようにして談話室を通り、透明マントを被って寮から脱出する。
廊下は蝋燭の灯りも月明かりも無くてとても暗かった。
けれど空のどこかで月は夜を照らしているようで、その光の粒子が微かに闇を漂い、僅かにそこにある物のシルエットを浮かび上がらせている。
完全な暗闇ではなかったから、透明マントを被っていても歩く事は可能だった。
ただ、とても肌寒い。
透明マントで多少の冷気は遮断されているみたいだけれど、露出している手や足元から忍び寄る冷たい空気は、容赦なく体温を奪っていく。
「大丈夫?ナマエ。」
『………』
肩越しに振り返るハリーに頷いて答える。
聞いておいてハリーはさして気に留める様子もなく、素っ気なく歩みを進めた。
とにかく進む事に夢中だったのだ。
名前は着いていく事に必死で、肌寒さなど気にしていられない。
透明マントを被り、一列になって慎重に歩く。
経路を知っているのはハリーだけなので、当然案内役のハリーが先頭だ。
しかし二人の間には頭一つ分以上の身長差があるので、透明マントに隠れながら二人一緒に移動するのは中々に難しい。
名前が真っ直ぐ立ち上がるとマントから足元が出てしまうので、常時中腰で歩くしかない。
ハリーにぶつからないように、靴を踏まないように、マントから出ないように、急いて歩くハリーの歩幅と早さに合わせる。
急な方向転換で時折転びそうになったり、マントがめくれそうになったりしたが、ハリーは止まらなかった。
周囲の様子や道順を覚える余裕があるはずもなく、暗がりの中を無言でひたすらに歩き続け、どのくらいの時間が経ったのかも分からず感覚が薄れた頃、ようやくハリーは足を止めた。
透明マントが取り払われ、名前はやっと真っ直ぐ立つ事が出来た。
「ほら、あれ。あれだよ、ナマエ。来て!」
『……。』
「これ。これだよ、ナマエ。ここに立ってみて。ほら、僕のパパとママ。見える?」
腰を伸ばす僅かな時間も与えられず、ハリーは名前の手を取ると、ぐいぐいと強引に引っ張った。
されるがまま名前は引き摺られて、鏡のある方向へと連れて行かれる。
そうしてハリーの隣に並んで、鏡の前に立った。
縦も横も大きな鏡だ。
鏡面は少し曇っている。
でも、鏡に映るものを確認する事は出来る。
鏡に映るのは、笑顔を向けるハリー。
そして、無表情の名前だけだった。
「ねえ、ナマエ。見える?」
ハリーが再度問い掛ける。
名前は鏡を見つめたまま微動だにしない。
「ハリー、また来たのかい?」
ハリーは肩を跳ね上げさせて、そして勢い良く振り向いた。
一拍遅れて名前も振り向き、声の主を確かめる。
そこにはダンブルドアがいた。
壁際の机にゆったりと腰掛けて、とてもリラックスした様子だ。
反対にハリーの顔はみるみるうちに青ざめていく。
名前は何も変わらない。
ただ無表情でそこに立ち、一言も声を発さない。
「ぼ、僕、気が付きませんでした。」
「透明になると、不思議にずいぶん近眼になるんじゃのう。」
声に皮肉っぽさは感じられない。
それにダンブルドアが穏やかに笑ったので、ハリーはようやく体中の緊張を解くことができた。
ダンブルドアは机からするりと降り立ち、長いローブをはためかせ、此方へ淑やかに歩み寄る。
そうしてやって来ると、二人の間に立った。
「君だけじゃない。
何百人も君と同じように、"みぞの鏡"の虜になった。」
「先生、僕、そういう名の鏡だとは知りませんでした。」
「この鏡が何をしてくれるのかはもう気が付いたじゃろう。」
ダンブルドアは微笑みながらハリーを見詰めた。
ハリーはすぐに返事が出来なかった。
ダンブルドアの瞳を見詰め返し、言葉に詰まり、どう答えるべきか迷っているようだった。
ほんの数秒の出来事だ。
ダンブルドアの輝くブルーの瞳に見詰められて、ついにハリーは俯いてしまった。
「鏡は……僕の家族を見せてくれました……。」
「そして君の友達のロンには、首席になった姿をね。」
「どうしてそれを……。」
「わしはマントがなくても透明になれるのでな。ところで、ナマエ。君は何が見えたかな?」
『………。』
自分にお鉢が回ってくるとは思わなかったのかもしれない。
名前は少しの間その場で固まり、そしてダンブルドアを見た。
湖畔のようにキラキラ輝くダンブルドアの瞳が名前を見詰め返す。
名前はじっとダンブルドアの瞳を見詰めた後、改めて鏡を覗いた。
鏡の中の自分、ハリー、ダンブルドア、この部屋の中にある物全てに視線を向ける。
名前の目に何が映って見えるのかは分からないから、ハリーとダンブルドアは静かに待った。
何度か繰り返して名前は鏡に映る全てを確認して、やがて微かに首を傾けた。
『何も……。』
「何も見えなかった?」
『ええと……いいえ、見えます。ハリーと、ダンブルドア校長先生と、俺が見えます。だけど、何も変わりません。普通の鏡みたいに。』
「なるほど。ナマエ、君には、そのままの姿が見えるのじゃな。」
「え?でも、この鏡は……先生、そんな事があるんですか?」
「ハリー、この"みぞの鏡"はわしたちに何を見せてくれると思うかね?」
問い返されてハリーは口を閉じた。
鏡はその人が望むものを映す。
ハリーは何となく予想をしていただろう。
しかし名前に何も変化が起こらなかったから、分からなくなってしまったのだ。
ハリーは首を横に振った。
「じゃあヒントをあげよう。この世で一番幸せな人には、この鏡は普通の鏡になる。その人が鏡を見ると、そのまんまの姿が映るんじゃ。これで何かわかったかね。」
「なにか欲しいものを見せてくれる……なんでも自分の欲しいものを……」
ハリーは考えながら、ゆっくりと呟くようにそう答えた。
答えた後に口を閉じて俯き、じっと足元を見詰める。
どうやら頭の中で考えを巡らせているらしかった。
ダンブルドアはハリーが何か言うのを待った。
だから名前もそうした。
そうして数秒か、数分か経って、ハリーは顔を上げた。
「でも、先生。それじゃあナマエは、この世で一番幸せな人、ということですか?」
「そうじゃのう。ハリー、それは当たりでもあるし、はずれでもある。」
先程ダンブルドアは、『この世で一番幸せな人は、この鏡は普通の鏡になる。その人が鏡を見ると、そのまんまの姿が映る。』
そう言ったばかりなのに、何故はずれでもあると言うのだろうか。
意味が分からないと言いたげにハリーは眉を寄せて首を傾げた。
ダンブルドアは不思議そうに自分を見詰めるハリーを見詰め返した。
そして再び口を開いた。
「鏡が見せてくれるのは、心の一番奥底にある一番強い"のぞみ"じゃ。それ以上でもそれ以下でもない。
君は家族を知らないから、家族に囲まれた自分を見る。
ロナルド・ウィーズリーはいつも兄弟の陰で霞んでいるから、兄弟の誰よりもすばらしい自分が一人で堂々と立っているのが見える。
しかしこの鏡は知識や真実を示してくれるものではない。
先程ナマエはそのままの姿が映ると言ったが、それがこの世で一番幸せな人の証なのか、現状が続く事を強く望んでいるからそう見えるのか、それはナマエにも、誰にも分からん。
鏡が映すものが現実のものか、はたして可能なものなのかさえ判断できず、みんな鏡の前でヘトヘトになったり、鏡に映る姿に見入られてしまったり、発狂したりしたんじゃよ。
ハリー、この鏡は明日よそに移す。もうこの鏡を探してはいけないよ。
たとえ再びこの鏡に出会うことがあっても、もう大丈夫じゃろう。
夢に耽ったり、生きることを忘れてしまうのはよくない。それをよく覚えておきなさい。
さぁて、そのすばらしいマントを着て、ベッドに戻ってはいかがかな。」
ハリーは名前を見た。
名前はハリーを見詰め返した。
ハリーの表情は落ち着きを取り戻していた。
おそらくハリーはもう、鏡を探し求めて彷徨ったりしないだろう。
丸めた透明マントを広げつつ、ハリーはドアへ向けて歩く。
その後ろを名前は着いていく。
けれど前を歩いていたハリーが急に立ち止まったので、名前も止まった。
ハリーは振り返って、グリーンの瞳を真っ直ぐ後方へ向けた。
つられて名前はハリーの視線を辿る。
どうやらダンブルドアを見ているようだった。
「あの……ダンブルドア先生、質問してよろしいですか?」
「いいとも。今のもすでに質問だったしね。でも、もうひとつだけ質問を許そう。」
「先生ならこの鏡で何が見えるんですか?」
「わしかね?厚手のウールの靴下を一足、手に持っておるのが見える。」
ダンブルドアはにっこり微笑みそう答えた。
予想外の言葉が飛び出てきて、ハリーは何も反応が出来ずに、ただパチパチと瞬きを繰り返す。
「靴下はいくつあってもいいものじゃ。なのに今年のクリスマスにも靴下は一足ももらえなかった。
わしにプレゼントしてくれる人は本ばっかり贈りたがるんじゃ。」
───さあ、もうおやすみ。
優しい声で促されて、名前とハリーは大人しく従う。
四苦八苦してマントを被り、慎重に、ゆっくりとした歩みでドアを開けた。
ダンブルドアは微笑みながら二人を見送った。
ドアが閉まる。
微かな衣擦れの音や、足音、気配が遠ざかり、やがて無くなった。
部屋にはダンブルドア一人だけだ。
次第に微笑みは消え、顔は憂いの色に染まる。
「……現実のものか、可能なものなのか……。」
誰に話し掛けるでもなくダンブルドアは床を見下ろした。
ブルーの瞳は輝きを失い、夜中の湖畔のように揺れている。
「しかし、今が幸せだというのなら。その方がいいのじゃろう。ナマエ……。」
強く瞳を閉じて、再び目を開ける。
長いローブをなびかせて、淑やかに歩き、ダンブルドアは暗闇に身を翻す。
鏡は誰もいない部屋を映している。