一年生
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『……。』
ふと目が覚めた。
また眠っていたようだ。辺りは真っ暗だった。
ロンのベッドがある方向からイビキが聞こえてくる。
重い手を伸ばして枕元に置いた時計を見る。
もうすぐ二時になるところだった。
名前は布団に潜り、瞼を開けたり閉じたりを繰り返す。
しばらくして身を起こすと、ベッドの脇に腰掛けて俯く。
寒気が止まらない。部屋は寒いけれど、理由はそうじゃない。
体が勝手にブルブルと震えて、奥歯が鳴りそうになる。
両手で自分の体を抱き締めて縮こまった。
熱は上がり切っていなかったのだ。
これからが本番だろう。
『……。』
名前は贈られたセーターを羽織り、その上にローブも羽織った。
素足をローファーに滑り込ませる。
冷たさに震えが酷くなる。
やがてふらりと立ち上がると、ゆっくりと部屋から出ていった。
蝋燭の灯りも、月明かりも無い。
真っ暗な廊下を壁伝いに彷徨い歩く。
昼間の校内をぼんやりと思い出しながら、記憶を辿って小さな段差に気を付けた。
そうして奇跡的に階段まで辿り着いた。
見えない手すりを探して掴まり、一段一段爪先で確かめながら、確実に階段を踏み締めて下りていく。
だが途中で手すりにもたれ掛かると、そのまま座り込んでしまった。
体を動かす度に頭が痛みが走ったからだ。
心臓の動きに連動するように、痛みは脈打つようにリズムを刻み、痛みの根が名前の頭に張り巡らせている。
瞼を閉じて呼吸を整える。
動きを止めて目を瞑っているのに、体の重心がグルグルと回転している気がした。
熱のせいか、気温のせいか、奥歯が鳴りそうなくらい寒気を感じるけれど、ここで少し休まないと本当に行き倒れになってしまいそうだ。
じっと座っている。
すると微かだが前方からコツコツと足音が聞こえてきた。
誰かが階段を上ってきたようだ。
「そ、そこにいるのは誰ですか?」
急に目の前に光が現れた。
瞼越しにだったがはっきりと光を感じた。
反射的に瞼を上げた名前は、その光に目を細める。
光の後ろには目を見開いたクィレルがいた。
足音の主はクィレルだったのだ。
クィレルが少し腕を下げる。
それに従い、光も移動する。
どうやらこの光は、クィレルの杖先から出ているようだ。
「……あ、な、Mr.ミョウジ?」
『先生。……俺……、』
「と、図書館に、い、いたのは、ミョウジ君だったのですか?」
『……』
首を傾げる。
「ち、違いましたか?」
『……』
ややあって、頷く。
「そ、そうでしたか。じゃ、じゃあ、他に抜け出した生徒が、い、いるということですね。し、しかし……こ、こんな夜中に、りょ、寮を抜け出すのは、い、いけないことです。」
『………』
「な、なぜ抜け出したのですか?き、君がこ、校則を破るようなことを、す、するようには、思えないのですが……な、何か、理由があるのでは?」
『………』
頬を引き攣らせて笑うクィレルの顔は大層不気味だったが、名前は相変わらず無表情で見詰めていた。
いや実際には意識して見詰めてはいなかったかもしれない。
名前の頭は熱と痛みでぼんやりしていて、何を話そうとしていたか、何をしようとしていたか、言葉としてを形作る前に抜け落ちていってしまっていたからだ。
クィレルは笑顔を浮かべて根気よく待っていた。
だけどあまりにも名前が黙ったままなので、クィレルの笑顔は少しだけ不審そうに顰められた。
そしてついに、もう一度口を開いた。
「……ミョウジ?」
名前を呼ばれた名前は、今度はしっかり目の前にいるクィレルを見た。
それからうっすら眉根を寄せて、口を動かそうとした。
集中しなければすぐに散り散りになってしまいそうな言葉を必死に手繰り寄せた。
『あの、……医務室に……』
「医務室……?き、気分が悪いのですか?」
クィレルの目がさらに大きく見開かれた。
杖を持っていない方のクィレルの手が、何の躊躇もなく名前の首筋に触れる。
クィレルの勢いとその手の温さに名前は驚いて固まったが、クィレルも負けず劣らず驚いた様子で、大袈裟なほどに目を見開いた。
「ね、熱がありますね……と、とても高い、ね、熱が……。た、大変だ。ミョウジ君、た、立てますか?」
『……。』
返事をする前に名前は立ち上がれるか確認をしようと、手すりを掴んでゆっくりと立ち上がろうと試みた。
その様子が危なっかしく見えたのか、クィレルは慌てた様子で名前の体に腕を回して引き寄せた。
離さないように力強く体を支えて、そのまま来た道を辿り始めた。
医務室に向かっているのだと思った。
しかしいつまで経っても着かない。
違う道を進んでいる気さえする。
熱のせいでそう感じるのだろうか?
名前は首を傾げてクィレルを見上げた。
クィレルはすぐに名前の視線に気が付いた。
緊張しているのに無理矢理に笑っているような、強張った笑みを浮かべる。
口角が引き攣り、右の瞼がピクピクと痙攣している。
「ど、どうかしましたか?ミョウジ君。」
『医務室へ、行くのですよね……。』
「あ、ああ。いいえ。ま、マダム・ポンフリーは、ね、寝ていますので……こ、今夜はわ、私の部屋で、や、休みなさい。く、薬は私が調合しましょう。」
『…………先生が、』
「お、おや?ふ、ふふ、不思議そうな、か、顔ですね。わ、私は、や、や、闇の魔術に対する、ぼ、防衛を教えて、い、いますが、ま、魔法薬も、ちょ、調合できますよ。」
「ほう。
闇の魔術に対する防衛は我輩も得意としている、クィレル教授。」
暗がりに響いた低い声に、クィレルから笑顔が消え失せた。
前方に白い光がもう一つ灯る。
白い光に照らされたクィレルの顔は青ざめていた。
「セ、セ、セブルス……。」
「お互いに鞍替えも良いかもしれませんな。
もっとも、クィレル教授の場合はそのまま離任という可能性も、少なからずあるかもしれませんが……。」
スネイプが目を細めると、恐怖で息を呑む音が頭上から微かに聞こえた。
その拍子にクィレルの体がビクリと揺れたので、支えられていた名前の体も一緒に揺れた。
「魔法薬の担当が誰だかお忘れのわけではあるまい。Mr.ミョウジは我輩が引き取ろう。クィレル教授はゆっくりお休みになられるといい。」
「し、し、しかしだね、セブルス……。ミョウジの事は私が初めに発見したのだし、せ、責任を持つべきだと思うのだがね……。」
「成程、もっともな意見ですな。病人はきちんと薬を扱える知識と技術と経験を持った者に任せるべきだと。我輩も全く同意見だ。」
「……。……わ、わかった……。では、た、頼むよ……。あ、足取りが不安定だから、しっかりと支えてやってくれ……。」
クィレルはおずおずと震える両手で名前をスネイプに預けた。
名前は無抵抗でスネイプの手に渡ったし、スネイプは箒でも掴むように無造作に名前を支えた。
クィレルは少しだけ名前を見た。
心配そうな、不安そうな目付きだ。
けれどすぐに踵を返し、此方を振り返らずに足早に去っていった。
クィレルが灯した杖の光は、みるみるうちに小さくなっていく。
蛍のように小さくなっていく光を、名前はぼんやりと見詰めた。
頭がぼんやりとしていて、何が起きているのかよく分からない。
けれど何か奇妙な事が起きているような感覚がある。
いつもとは違う何かが起きている気がするのだ。
頬に何かが触れた。
身震いするほど冷たくて、名前の意識はすぐにそれに集中した。
見てみると、それはスネイプの手だった。
「熱に浮かされでもしたのかね、Mr.ミョウジ。」
『……。』
スネイプは名前の目を覗き込んだ。
まるで名前が隠した何かを見つけ出そうとしているようだった。
しかし当然、名前がスネイプに隠していることはない。
それに今の名前の状態では話もまともに出来ない。
いくら圧力を掛けても意味はない。
名前はスネイプの右目と左目を交互に見詰めた。
距離が近くてどちらの目を見たら良いのか分からないらしい。
顔の熱が伝わりそうなくらいには近い。
不意に何の前触れもなく、名前は体を一回転させてスネイプに背を向けた。
『っくしゅん。』
耐え切れずくしゃみを一つして、自身の鼻筋をなでる。
鼻を通して水を飲んでしまったような、ツーンとした痛みが走ったからだ。
自身の鼻を擦りながら名前は急に、自分がマスクを身に着けていない事に気が付いた。
ホグワーツの校内でマスクを身に着けている生徒を見掛けた事は無いが、今の名前は良くない事をしているのではないか?
ウイルスか何かを撒き散らせている事になるでは?
名前はゆっくり振り返り、肩越しにスネイプを見た。
スネイプは何とも言えない表情を浮かべて此方を見ていた。
呆れているような、迷惑そうな、呆然としているような、複雑な表情だ。
眉間の溝が深くなっているように見えて、何に対してかは分からないがとにかく名前は謝ろうと口を開きかけた。
しかしものすごいスピードで背中の辺りを掴まれ、名前は頭から言葉が抜け落ちてしまった。
少しの遠慮も無くスネイプの隣に押し出され、引きずられるように歩かされる。
あまりの勢いと力強さにつんのめり、名前は思わずスネイプのマントを引っ掴んだ。
それでもスネイプは歩みを止めず、当然掴まれている名前も止まれない。
二人三脚のような体勢で暗い廊下を進んだ。
名前はスネイプの様子を窺うことも、周囲の様子を気に掛けることも出来なかった。
あらゆる方向に引っ張られ、押し出され、振り回されて、視界がグルグル回転していたからだ。
ようやく動きが止まった時もまだ名前の重心は駒のように回っていた。
「今夜はここで休みたまえ。」
視界は回転しているし、辺りは暗いし、何を言われているのか理解が出来ない。
するとすぐに蝋燭の灯りが点された。
辺り一帯を照らすには十分ではないが、名前はこの光景に見覚えがあった。
スネイプの教室の奥にある部屋。
つまり多分、スネイプの私室だ。
『ここで……ですか。』
「何か不都合な事でもあるのかね。」
『いいえ。でも、ここは……』
スネイプの私室のはずだ。
けれど教師が生徒を自分の部屋で寝かせるだろうか。
その行為は第三者から見るとかなり危ない感じがする。
ホグワーツの関係者がどのような価値観を持っているかは知らないが、少なくともスネイプはプライベートな空間に他人を招き入れるタイプには見えない。
それならもしかしたら、ここはスネイプの私室ではないのかもしれない。
棚には小難しい本や薬の材料となる小瓶が整然と並んでいるから、準備室のようなものだろうか。
しかしそれにしてはコップや読みかけの本など生活感を感じさせる物が多いし、いかにもプライベートな空間という雰囲気だ。
言い淀む名前の首根っこをスネイプが掴んだ。
力強く引き寄せられると名前の体は反転し、後ろ歩きで無理矢理歩かされる。
何歩進んだか分からないが、膝の後ろに固い突起を感じた。
そしてようやく首根っこから手が離れた。
一体何事かと名前はスネイプを見た。
スネイプは眉間に皺を寄せてじろりと名前を見ると、名前の胸の辺りを手で押した。
名前は呆気なく後ろに倒れた。
『………』
身構えていたが衝撃は無い。
急な動作でまた視界が回転していたけれど。
名前の体は柔らかいものに支えられたからだ。
目眩をよそに起き上がって思わず周囲を確認する。
ベッドの上だった。
「今から一人で医務室に向かうかね、Mr.ミョウジ。」
『……』
「それもよかろう。我輩の手間も省けるというものだ。君が自分の足で辿り着ける自信があるのならば好きにするといい。ここで療養するかそれとも一人で医務室へ行くか、君が選択をするのだ。」
『……
ここで休まさせてください。スネイプ先生。』
「よろしい。」
聞かれるまでもない。今の名前は一人で移動する事が難しい。
しかもここはいくつも階段を下りた先の地下牢だ。
医務室へ行くことを望んでも、辿り着く前に気を失いかねない。
土台無理な話である。
拒否が出来ない状況だとスネイプは分かっていたはずだ。
スネイプはぐるりと踵を返し、資料や薬の材料で殆ど埋まった机に向かった。
名前の方からはスネイプの後ろ姿しか見えないが、杖を振ったり机の上にある小瓶を触ったり、何かしている事は分かる。
では何をしているのか?名前はじーっとスネイプの後ろ姿を見詰めた。
するとスネイプは梟のように顔だけを此方に向けて、それから体も向けると、マントを翻して歩み寄ってきた。
片手にカップが握られている。
「飲みたまえ。」
『……ありがとうございます。』
差し出されたカップを両手で受け取って、名前はペコリとお辞儀をする。
それからそのままの体勢でカップの中身へと視線を落とした。
カップからは湯気と共に香りが立ち昇り、名前の顔を撫で上げて、伸びた前髪へ絡み付く。
紅茶の匂いが強いが、ハーブの匂いもする。
この状況でスネイプから手渡されたのだから、カップの中身はおそらく薬なのだろう。
しかし薬と想像して身構えるような匂いはしない。
恐る恐る口元へ運び、そのまま一口、口に含む。
温かい紅茶の味だ。
名前はそのままゆっくりとカップの中身を飲み進めた。
「それを飲み終えたら大人しく眠ることだ。」
頷きかけた名前は途中で動きを止めた。
カップから口を離して、目の前に立つスネイプを見上げる。
「ここで」?、同じ質問が口を衝いて出そうになる。
名前がこのベッドを使ったら、スネイプはどこで眠るのだろうか。
けれどスネイプは名前の口が開く事を許さないように、ことさら冷淡に見下ろした。
早々に名前は諦めてカップの中身を飲む作業に戻った。
カップの中身は大した量じゃない。
温度も適温だったし、味と匂いも悪くなかったから、名前はすぐに飲み干す事が出来た。
すると途端に手元にあったカップは消えてしまう。
目の前に立つスネイプが素早く杖をしまった。
───魔法というものは、本当に便利だ───
と、名前が思ったのかどうかは分からないが、納得したように一人ふんふんと頷いた。
スネイプはますます冷淡に名前を見下ろした。
「さっさと寝るんだ。」
『はい……。』
高圧的な声に押え込まれて名前は体を小さくした。
それから恐る恐る靴を脱いで揃えて、ベッドに横たわる。
厚手の布団を肩まで引き上げると、スネイプはまだ横に立って見下ろしていた。
眉間に皺を寄せて、長い前髪から覗く瞳は冷たくて、名前の存在を撥ね付けようとしている。
けれどなんやかんや名前がこうして横になるまで付き添っているのだから、きっと根は優しい人物なのだろう。
それに先程飲んだ薬が効いてきたのか、体の寒気や目眩が和らいでいる。
不慮の出来事だっただろうにすぐに薬と眠る場所を用意してくれたのだから、もしかしたら普段から準備しているのかもしれない。
そうだとしたら、やはり良い人なのだろう。
「クィレルには近付くな。」
熱と薬でぽかぽかした名前の頭はスネイプの呟きで現実へと引き戻された。
閉じそうになる瞼を無理矢理こじ開けて、名前はスネイプを見上げた。
スネイプは唇を引き結び、変わらず撥ね付けるように名前を見下ろしている。
今さっきスネイプは名前に話し掛けたはずだ。
名前はスネイプが何か言うのを待った。
けれどスネイプは何も言わずにマントを翻し、視界から消えてしまった。
名前は枕の上で首を傾げる。
確かにスネイプは名前に話し掛けたはずだ。
それとももう浅い眠りに落ちていて、夢を見ていただけなのだろうか。
名前はしばらく天井を見詰めていた。
蝋燭の灯りが及ばない、闇が漂う天井を。
そして、やがてゆっくりと瞼を閉じた。
ふと目が覚めた。
また眠っていたようだ。辺りは真っ暗だった。
ロンのベッドがある方向からイビキが聞こえてくる。
重い手を伸ばして枕元に置いた時計を見る。
もうすぐ二時になるところだった。
名前は布団に潜り、瞼を開けたり閉じたりを繰り返す。
しばらくして身を起こすと、ベッドの脇に腰掛けて俯く。
寒気が止まらない。部屋は寒いけれど、理由はそうじゃない。
体が勝手にブルブルと震えて、奥歯が鳴りそうになる。
両手で自分の体を抱き締めて縮こまった。
熱は上がり切っていなかったのだ。
これからが本番だろう。
『……。』
名前は贈られたセーターを羽織り、その上にローブも羽織った。
素足をローファーに滑り込ませる。
冷たさに震えが酷くなる。
やがてふらりと立ち上がると、ゆっくりと部屋から出ていった。
蝋燭の灯りも、月明かりも無い。
真っ暗な廊下を壁伝いに彷徨い歩く。
昼間の校内をぼんやりと思い出しながら、記憶を辿って小さな段差に気を付けた。
そうして奇跡的に階段まで辿り着いた。
見えない手すりを探して掴まり、一段一段爪先で確かめながら、確実に階段を踏み締めて下りていく。
だが途中で手すりにもたれ掛かると、そのまま座り込んでしまった。
体を動かす度に頭が痛みが走ったからだ。
心臓の動きに連動するように、痛みは脈打つようにリズムを刻み、痛みの根が名前の頭に張り巡らせている。
瞼を閉じて呼吸を整える。
動きを止めて目を瞑っているのに、体の重心がグルグルと回転している気がした。
熱のせいか、気温のせいか、奥歯が鳴りそうなくらい寒気を感じるけれど、ここで少し休まないと本当に行き倒れになってしまいそうだ。
じっと座っている。
すると微かだが前方からコツコツと足音が聞こえてきた。
誰かが階段を上ってきたようだ。
「そ、そこにいるのは誰ですか?」
急に目の前に光が現れた。
瞼越しにだったがはっきりと光を感じた。
反射的に瞼を上げた名前は、その光に目を細める。
光の後ろには目を見開いたクィレルがいた。
足音の主はクィレルだったのだ。
クィレルが少し腕を下げる。
それに従い、光も移動する。
どうやらこの光は、クィレルの杖先から出ているようだ。
「……あ、な、Mr.ミョウジ?」
『先生。……俺……、』
「と、図書館に、い、いたのは、ミョウジ君だったのですか?」
『……』
首を傾げる。
「ち、違いましたか?」
『……』
ややあって、頷く。
「そ、そうでしたか。じゃ、じゃあ、他に抜け出した生徒が、い、いるということですね。し、しかし……こ、こんな夜中に、りょ、寮を抜け出すのは、い、いけないことです。」
『………』
「な、なぜ抜け出したのですか?き、君がこ、校則を破るようなことを、す、するようには、思えないのですが……な、何か、理由があるのでは?」
『………』
頬を引き攣らせて笑うクィレルの顔は大層不気味だったが、名前は相変わらず無表情で見詰めていた。
いや実際には意識して見詰めてはいなかったかもしれない。
名前の頭は熱と痛みでぼんやりしていて、何を話そうとしていたか、何をしようとしていたか、言葉としてを形作る前に抜け落ちていってしまっていたからだ。
クィレルは笑顔を浮かべて根気よく待っていた。
だけどあまりにも名前が黙ったままなので、クィレルの笑顔は少しだけ不審そうに顰められた。
そしてついに、もう一度口を開いた。
「……ミョウジ?」
名前を呼ばれた名前は、今度はしっかり目の前にいるクィレルを見た。
それからうっすら眉根を寄せて、口を動かそうとした。
集中しなければすぐに散り散りになってしまいそうな言葉を必死に手繰り寄せた。
『あの、……医務室に……』
「医務室……?き、気分が悪いのですか?」
クィレルの目がさらに大きく見開かれた。
杖を持っていない方のクィレルの手が、何の躊躇もなく名前の首筋に触れる。
クィレルの勢いとその手の温さに名前は驚いて固まったが、クィレルも負けず劣らず驚いた様子で、大袈裟なほどに目を見開いた。
「ね、熱がありますね……と、とても高い、ね、熱が……。た、大変だ。ミョウジ君、た、立てますか?」
『……。』
返事をする前に名前は立ち上がれるか確認をしようと、手すりを掴んでゆっくりと立ち上がろうと試みた。
その様子が危なっかしく見えたのか、クィレルは慌てた様子で名前の体に腕を回して引き寄せた。
離さないように力強く体を支えて、そのまま来た道を辿り始めた。
医務室に向かっているのだと思った。
しかしいつまで経っても着かない。
違う道を進んでいる気さえする。
熱のせいでそう感じるのだろうか?
名前は首を傾げてクィレルを見上げた。
クィレルはすぐに名前の視線に気が付いた。
緊張しているのに無理矢理に笑っているような、強張った笑みを浮かべる。
口角が引き攣り、右の瞼がピクピクと痙攣している。
「ど、どうかしましたか?ミョウジ君。」
『医務室へ、行くのですよね……。』
「あ、ああ。いいえ。ま、マダム・ポンフリーは、ね、寝ていますので……こ、今夜はわ、私の部屋で、や、休みなさい。く、薬は私が調合しましょう。」
『…………先生が、』
「お、おや?ふ、ふふ、不思議そうな、か、顔ですね。わ、私は、や、や、闇の魔術に対する、ぼ、防衛を教えて、い、いますが、ま、魔法薬も、ちょ、調合できますよ。」
「ほう。
闇の魔術に対する防衛は我輩も得意としている、クィレル教授。」
暗がりに響いた低い声に、クィレルから笑顔が消え失せた。
前方に白い光がもう一つ灯る。
白い光に照らされたクィレルの顔は青ざめていた。
「セ、セ、セブルス……。」
「お互いに鞍替えも良いかもしれませんな。
もっとも、クィレル教授の場合はそのまま離任という可能性も、少なからずあるかもしれませんが……。」
スネイプが目を細めると、恐怖で息を呑む音が頭上から微かに聞こえた。
その拍子にクィレルの体がビクリと揺れたので、支えられていた名前の体も一緒に揺れた。
「魔法薬の担当が誰だかお忘れのわけではあるまい。Mr.ミョウジは我輩が引き取ろう。クィレル教授はゆっくりお休みになられるといい。」
「し、し、しかしだね、セブルス……。ミョウジの事は私が初めに発見したのだし、せ、責任を持つべきだと思うのだがね……。」
「成程、もっともな意見ですな。病人はきちんと薬を扱える知識と技術と経験を持った者に任せるべきだと。我輩も全く同意見だ。」
「……。……わ、わかった……。では、た、頼むよ……。あ、足取りが不安定だから、しっかりと支えてやってくれ……。」
クィレルはおずおずと震える両手で名前をスネイプに預けた。
名前は無抵抗でスネイプの手に渡ったし、スネイプは箒でも掴むように無造作に名前を支えた。
クィレルは少しだけ名前を見た。
心配そうな、不安そうな目付きだ。
けれどすぐに踵を返し、此方を振り返らずに足早に去っていった。
クィレルが灯した杖の光は、みるみるうちに小さくなっていく。
蛍のように小さくなっていく光を、名前はぼんやりと見詰めた。
頭がぼんやりとしていて、何が起きているのかよく分からない。
けれど何か奇妙な事が起きているような感覚がある。
いつもとは違う何かが起きている気がするのだ。
頬に何かが触れた。
身震いするほど冷たくて、名前の意識はすぐにそれに集中した。
見てみると、それはスネイプの手だった。
「熱に浮かされでもしたのかね、Mr.ミョウジ。」
『……。』
スネイプは名前の目を覗き込んだ。
まるで名前が隠した何かを見つけ出そうとしているようだった。
しかし当然、名前がスネイプに隠していることはない。
それに今の名前の状態では話もまともに出来ない。
いくら圧力を掛けても意味はない。
名前はスネイプの右目と左目を交互に見詰めた。
距離が近くてどちらの目を見たら良いのか分からないらしい。
顔の熱が伝わりそうなくらいには近い。
不意に何の前触れもなく、名前は体を一回転させてスネイプに背を向けた。
『っくしゅん。』
耐え切れずくしゃみを一つして、自身の鼻筋をなでる。
鼻を通して水を飲んでしまったような、ツーンとした痛みが走ったからだ。
自身の鼻を擦りながら名前は急に、自分がマスクを身に着けていない事に気が付いた。
ホグワーツの校内でマスクを身に着けている生徒を見掛けた事は無いが、今の名前は良くない事をしているのではないか?
ウイルスか何かを撒き散らせている事になるでは?
名前はゆっくり振り返り、肩越しにスネイプを見た。
スネイプは何とも言えない表情を浮かべて此方を見ていた。
呆れているような、迷惑そうな、呆然としているような、複雑な表情だ。
眉間の溝が深くなっているように見えて、何に対してかは分からないがとにかく名前は謝ろうと口を開きかけた。
しかしものすごいスピードで背中の辺りを掴まれ、名前は頭から言葉が抜け落ちてしまった。
少しの遠慮も無くスネイプの隣に押し出され、引きずられるように歩かされる。
あまりの勢いと力強さにつんのめり、名前は思わずスネイプのマントを引っ掴んだ。
それでもスネイプは歩みを止めず、当然掴まれている名前も止まれない。
二人三脚のような体勢で暗い廊下を進んだ。
名前はスネイプの様子を窺うことも、周囲の様子を気に掛けることも出来なかった。
あらゆる方向に引っ張られ、押し出され、振り回されて、視界がグルグル回転していたからだ。
ようやく動きが止まった時もまだ名前の重心は駒のように回っていた。
「今夜はここで休みたまえ。」
視界は回転しているし、辺りは暗いし、何を言われているのか理解が出来ない。
するとすぐに蝋燭の灯りが点された。
辺り一帯を照らすには十分ではないが、名前はこの光景に見覚えがあった。
スネイプの教室の奥にある部屋。
つまり多分、スネイプの私室だ。
『ここで……ですか。』
「何か不都合な事でもあるのかね。」
『いいえ。でも、ここは……』
スネイプの私室のはずだ。
けれど教師が生徒を自分の部屋で寝かせるだろうか。
その行為は第三者から見るとかなり危ない感じがする。
ホグワーツの関係者がどのような価値観を持っているかは知らないが、少なくともスネイプはプライベートな空間に他人を招き入れるタイプには見えない。
それならもしかしたら、ここはスネイプの私室ではないのかもしれない。
棚には小難しい本や薬の材料となる小瓶が整然と並んでいるから、準備室のようなものだろうか。
しかしそれにしてはコップや読みかけの本など生活感を感じさせる物が多いし、いかにもプライベートな空間という雰囲気だ。
言い淀む名前の首根っこをスネイプが掴んだ。
力強く引き寄せられると名前の体は反転し、後ろ歩きで無理矢理歩かされる。
何歩進んだか分からないが、膝の後ろに固い突起を感じた。
そしてようやく首根っこから手が離れた。
一体何事かと名前はスネイプを見た。
スネイプは眉間に皺を寄せてじろりと名前を見ると、名前の胸の辺りを手で押した。
名前は呆気なく後ろに倒れた。
『………』
身構えていたが衝撃は無い。
急な動作でまた視界が回転していたけれど。
名前の体は柔らかいものに支えられたからだ。
目眩をよそに起き上がって思わず周囲を確認する。
ベッドの上だった。
「今から一人で医務室に向かうかね、Mr.ミョウジ。」
『……』
「それもよかろう。我輩の手間も省けるというものだ。君が自分の足で辿り着ける自信があるのならば好きにするといい。ここで療養するかそれとも一人で医務室へ行くか、君が選択をするのだ。」
『……
ここで休まさせてください。スネイプ先生。』
「よろしい。」
聞かれるまでもない。今の名前は一人で移動する事が難しい。
しかもここはいくつも階段を下りた先の地下牢だ。
医務室へ行くことを望んでも、辿り着く前に気を失いかねない。
土台無理な話である。
拒否が出来ない状況だとスネイプは分かっていたはずだ。
スネイプはぐるりと踵を返し、資料や薬の材料で殆ど埋まった机に向かった。
名前の方からはスネイプの後ろ姿しか見えないが、杖を振ったり机の上にある小瓶を触ったり、何かしている事は分かる。
では何をしているのか?名前はじーっとスネイプの後ろ姿を見詰めた。
するとスネイプは梟のように顔だけを此方に向けて、それから体も向けると、マントを翻して歩み寄ってきた。
片手にカップが握られている。
「飲みたまえ。」
『……ありがとうございます。』
差し出されたカップを両手で受け取って、名前はペコリとお辞儀をする。
それからそのままの体勢でカップの中身へと視線を落とした。
カップからは湯気と共に香りが立ち昇り、名前の顔を撫で上げて、伸びた前髪へ絡み付く。
紅茶の匂いが強いが、ハーブの匂いもする。
この状況でスネイプから手渡されたのだから、カップの中身はおそらく薬なのだろう。
しかし薬と想像して身構えるような匂いはしない。
恐る恐る口元へ運び、そのまま一口、口に含む。
温かい紅茶の味だ。
名前はそのままゆっくりとカップの中身を飲み進めた。
「それを飲み終えたら大人しく眠ることだ。」
頷きかけた名前は途中で動きを止めた。
カップから口を離して、目の前に立つスネイプを見上げる。
「ここで」?、同じ質問が口を衝いて出そうになる。
名前がこのベッドを使ったら、スネイプはどこで眠るのだろうか。
けれどスネイプは名前の口が開く事を許さないように、ことさら冷淡に見下ろした。
早々に名前は諦めてカップの中身を飲む作業に戻った。
カップの中身は大した量じゃない。
温度も適温だったし、味と匂いも悪くなかったから、名前はすぐに飲み干す事が出来た。
すると途端に手元にあったカップは消えてしまう。
目の前に立つスネイプが素早く杖をしまった。
───魔法というものは、本当に便利だ───
と、名前が思ったのかどうかは分からないが、納得したように一人ふんふんと頷いた。
スネイプはますます冷淡に名前を見下ろした。
「さっさと寝るんだ。」
『はい……。』
高圧的な声に押え込まれて名前は体を小さくした。
それから恐る恐る靴を脱いで揃えて、ベッドに横たわる。
厚手の布団を肩まで引き上げると、スネイプはまだ横に立って見下ろしていた。
眉間に皺を寄せて、長い前髪から覗く瞳は冷たくて、名前の存在を撥ね付けようとしている。
けれどなんやかんや名前がこうして横になるまで付き添っているのだから、きっと根は優しい人物なのだろう。
それに先程飲んだ薬が効いてきたのか、体の寒気や目眩が和らいでいる。
不慮の出来事だっただろうにすぐに薬と眠る場所を用意してくれたのだから、もしかしたら普段から準備しているのかもしれない。
そうだとしたら、やはり良い人なのだろう。
「クィレルには近付くな。」
熱と薬でぽかぽかした名前の頭はスネイプの呟きで現実へと引き戻された。
閉じそうになる瞼を無理矢理こじ開けて、名前はスネイプを見上げた。
スネイプは唇を引き結び、変わらず撥ね付けるように名前を見下ろしている。
今さっきスネイプは名前に話し掛けたはずだ。
名前はスネイプが何か言うのを待った。
けれどスネイプは何も言わずにマントを翻し、視界から消えてしまった。
名前は枕の上で首を傾げる。
確かにスネイプは名前に話し掛けたはずだ。
それとももう浅い眠りに落ちていて、夢を見ていただけなのだろうか。
名前はしばらく天井を見詰めていた。
蝋燭の灯りが及ばない、闇が漂う天井を。
そして、やがてゆっくりと瞼を閉じた。