花明りノ休息
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蒸し暑い日が続く江戸の夏ーーー
寺子屋が休みの為、沖田羽衣は今日も稽古に励んでいた。
「踏み込みが足りん!そこはもっと速く」
『はい!』
今日も全体稽古の後の自主練を怠ることはなく、斎藤と共に激しく打ち込みをしていた。
しかし、通常は真夏の炎天下の中行うものではなく……最初は集中していた羽衣も、少しの眩暈を感じていた。
「まだ左足が一歩遅い。それでは相手に…………」
真剣に羽衣の剣先を見極めようとしていた斎藤は、漸くその異変に気付いた。
『わかりました……』と言いながら、くらりと倒れそうになる羽衣を咄嗟に支えた。
その顔は真っ赤に染まっていて、斎藤は慌てて自身の掌で触れて確認する。
「(熱い…)っ大丈夫か?」
『だ、だいじょーぶです…稽古の続きしたいです…』
「大丈夫ではない、稽古は中止だ」
意識が曖昧だった羽衣には、残念ながら斎藤に抱き上げられたことを喜ぶ余裕はなかった。
***
『(何だか、ふわふわする……)』
涼しい風が頬の熱を冷やしていく。
横抱きにされた時……真下から見る斎藤もとても端正な顔付きをしていて、羽衣は夢ならもっとくっ付きたかったと後悔していた。
『…えへへ』とにんまりと口元を緩めていたが、突然バッと飛び起きた。
「起きたか。具合はどうだ?」
『…………??ゆ、夢じゃないのですか……?』
「?ここは現実だが、」
どうやら自分は縁側で眠っていたらしく、隣で風を送ってくれていたのは斎藤なんだと理解した。
団扇を持った斎藤は、ぱちぱちと大きな瞳を瞬きする羽衣を見ても特に驚きはしなかった。
「待っていろ。先程、源さんから林檎を貰ってきた」
『り、林檎……(美味しそう)』
しゅるる…と器用に包丁で林檎の皮を剥き始めた斎藤を、ぼんやりと見つめる羽衣。
『あの、一様!稽古の途中なのに申し訳ございませんでした…』
『団扇も、ありがとうございましたっ』と必死に頭を下げる羽衣を、斎藤は静かに見据えた。
「いや……謝るのは俺の方だ。羽衣が熱中症になっていることも気付けず、情けない」
僅かに眉を下げる斎藤が落ち込んでいるように見えて、『!わたしのせいですから』と羽衣は思わず前のめりになってしまう。
ぐうう〜とお腹の音が鳴り響き、その元凶である羽衣は顔を真っ赤に染めた。
斎藤は青く澄んだ双眸を丸くさせ、ふ、と安心したように緩めた。
「……腹が空いているなら良かった」
『(は、恥ずかしすぎる…)あの、一様は林檎剥くのお上手ですね…っ』
縮こまりながら慌てて話題を変えようと試みた羽衣は、斎藤の包丁さばきを惚れ惚れと見つめた。
繋がった状態で皮を剥くなど、家事全般が苦手な羽衣には出来る筈もなく……
やがて全ての林檎の皮を剥き終わると、羽衣はハッとある事を思い付いた。
『あの!一様、一生のお願いがあります…っ』
「一生のお願い?」
これまで同じようにお願い事をされてきた経験があるので、「羽衣の一生は何回あるんだ…」と疑問に思ってしまう斎藤だった。
『その林檎の皮を、んしょ…こうして、小指に結んで見て下さいっ!』
自身の小さな小指に結ぶ姿を見て、「何故そんなことを…?」と斎藤は首を捻るばかりだ。
いつもなら「食べ物で遊ぶのはよせ」と叱るところだが、あまりにも必死に懇願する羽衣に、斎藤はぐっと言葉を飲み込んだ。
「…………これで良いのか?」
『!はいっ』
斎藤の小指にも同じものが結ばれ、まるで2人を繋ぐ糸のようになっていた。
そんな2人を、陰から見守っている者達もいて……
「ったく、俺が持ってきた林檎でイチャつくなってのー」
「まぁ良いじゃねぇか。羽衣も喜んでるみてぇだし」
不服そうにする平助を宥めながら、左之助は昨日羽衣と話したことを思い出していた。
運命の相手とは"赤い糸"というので結ばれているらしい、と左之助が吉原で聞いた際に、羽衣が好きそうな話だと真っ先に思ったのだ。
話の出所は隠しながら伝えると、やはりぱああっと顔を目一杯輝かせていたのだった。
「(…ま、赤い糸って目に見えないんだけどな)」
まさか林檎の皮で見立てるとは思ってもいなかった。
左之助は笑いそうになる口元を必死に押さえていると、「変な左之さん…」と平助は呆れていた。
「大体あれ何してんの?(林檎剥くの上手いな一くん…)」
「まーお子様にはまだ早いってことだ」
「!何それ、左之さんだって何か寂しそうじゃん」
平助の肩に腕を回して退散しようとしていた左之助は、"寂しい"と指摘されて歩みを止めてしまった。
もう一度、縁側に座る2人に視線を戻し、綺麗に繋がれた赤い糸(もどき)を見つめた。
「………確かに、何だこの娘を嫁に出すような気持ちは…」
「…知らないけど、左之さんは自分が過保護なこともっと自覚した方がいいんじゃないの?」
この後、すぐに腹パンをくらった平助と、そんな平助を担ぎながら何処か顔を赤く染める左之助がいたのだった。
「羽衣……これはいつまで付けてればいいものなんだ?」
一方の斎藤は、未だに何故小指に林檎の皮を巻くのか……と全く理解していなかった。
『えと、ずっとです!私が大人になるまでお願いします…っ』
「!?そ、そんなにだと…?」
これでは剣が振れないではないかと本気で焦る斎藤だが、隣で頬を染めながら嬉しそうに微笑む羽衣を見てしまうと、何も言えなかった。
結局、2人の林檎の皮という赤い糸の繋がりが消えたのは、「羽衣!熱中症になったって聞いたけど大丈夫!?」と血相を変えて帰宅した総司により、強制的に解かれてしまったからだった。
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