第三話「花に捧げる鶴」
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「あー腹減った!」
良く晴れた青い空の日。
河原沿いの道を歩きながら大声で叫んでいるのは、永倉新八。
短髪に良く鍛えられた筋肉が付いた体格。その上声も大きいので、道行く人の注目を浴びていた。
「おい新八、わかったからもう少し声を抑えろ」
その横を歩くのは、原田左之助。新八とは歳も近く、二十歳そこそこの青年である。
呆れたように溜め息を吐く左之助に、「この腹の高鳴り、左之ならわかんだろ!?」と嘆く新八。
「自業自得だろ。あんなに吉原の遊女に貢いだら、そりゃ金も無くなるって」
「貢いでねーって!まぁ、ちょっとばかし助けたっつーか…」
「それが貢ぐって言うんだよ。ああいうのは、いっときの楽しみだろ?」
ハァ~と再び長い溜め息を吐く左之助に、「お前だって割り切んの苦手じゃねぇか!」と新八は最早涙目になる。
割り切るのは苦手だ、だから、本気にはならないと言い切る左之助に、今度こそ項垂れた。
「よし、今日も試衛館に行くか!近藤さんなら、笑って食わしてくれる筈だ!」
「毎度毎度、近藤さんが可哀想だな…」
「近藤さん助けてくれ~~」と毎回嘆きながら近藤に縋り付く姿を思い出しながら、左之助は本気で道場主に同情した。
…だが、自分も何だかんだ言って試衛館には世話になっている身だ。
2人がそんな会話をしながら歩いていると、川の近くで少女が座っていることに気付いた。
「ん?あれって…」と見知った小さな姿に、嘆いていた新八も歩みを止める。
「おーい!羽衣ちゃんじゃねーか!」
大きく手を振る新八に気付いた羽衣は、泣きそうだった面をパッと嬉しそうに輝かせた。
『新兄ー!!』
ととと、と小走りで駆け寄ってくる羽衣を、新八は嬉しそうに抱き止める。
そのままの勢いで頬擦りする悪友の姿を、左之助は少し驚きながら見ていた。
『新兄、今日も道場に来る??』
「おう!また夕餉の時にいっぱい遊べるぞ!」
『ほんと!?やったあ!』
ぴょんぴょん飛び跳ねる姿はまるで兎のようで、新八はその小さな頭を撫でずにはいられなかった。
左之助は新八をここまでだらしない顔にさせる少女に興味が湧いたのか、じろじろと羽衣を眺める。
すると、羽衣はビクッと反応し、新八の後ろに素早く隠れた。
「まさか新八に幼女趣味があったとはな」
「な…!?人を変態みたいに呼ぶんじゃねー!」
『(だ、誰…?)』
試衛館で暮らしている羽衣は、夕餉時にはたくさんの門下生が集まることを知っていた。しかし、左之助のことは見たことがない。
警戒心丸出しの子猫のように様子を伺う羽衣に、左之助はわかりやすいなと楽しくなってきた。
「普段は総司がいるからこんなこと出来ねーもんなー」
「総司?沖田のことか?」
「羽衣ちゃんは総司の妹なんだよ」
「へぇ…」と新八に頭を撫でられる羽衣に目を向ける。
近藤の愛弟子で、試衛館の看板とも呼ばれている沖田総司。
いつも冗談とも本気とも取れる言葉で土方を困らせているイメージがあるが、そんな男に妹がいたなんて…
そっくり、という程ではないが、確かに総司を連想させる髪と瞳の色をしていて、顔が整っているところも良く似ていた。
「?何で総司がいたら出来ねーんだ?」
「お前…そりゃあ実際にあの現場に居ないからわからねぇんだよ。もうあれは般若かっつーくらい怖かったぜ」
夕餉の時に、先程のように羽衣に頬擦りをした。
その瞬間…今まで共に酒を飲んでいた総司の目付きが変わり、すっと木刀を喉元に突き立ててきたのだ。
「……新八さん?僕の妹に何してるの?」とニッコリ笑っているように見えて目は決して笑っておらず、ただ寒気だけがはしったことを覚えている。
「で?羽衣ちゃんはここで何してたんだ?」
『!え、えと…』
言いにくそうに視線を泳がせる羽衣に、新八と左之助は揃って首を傾げた。
暫くして『これ…』と小さな掌を開き、そこにはぐちゃぐちゃになった折り紙があった。
「?折り紙か?」
『…うん。今日寺子屋で先生が皆にくれたの。それで鶴を初めて折ったんだけど…』
「何でぐちゃぐちゃなんだ?」
『……………』
再び言いにくそうに口ごもる羽衣に、新八は何か事情があるのかと察した。
『…虎徹が、ぐちゃぐちゃにした』
ぐっと涙を堪えるように目に力を入れる羽衣。
「虎徹?」と今度は左之助が聞き返すと、羽衣はゆっくりと説明していった。
『寺子屋で一緒に学んでる子。いっつもからかってくるの…今日も折り紙きれいに折れたと思ったら、虎徹に取られて…それで、』
『一様にあげようと思ったのに』とその名を出した瞬間、ついにポロポロと大きな瞳から涙が溢れていく。
余程悔しいのか必死に歯を食いしばる羽衣の姿に、新八は「羽衣ちゃん…」と胸を打たれた。
だが、左之助は何かを考えていたらしく、羽衣の目線に合わせるようにその場にしゃがみ込んだ。
「羽衣、その虎徹って奴にぐちゃぐちゃにされて、悔しくなかったのか?」
『っ悔しかった…』
「なら、負けるな。やられたらやり返せ」
江戸に来る前は喧嘩に明け暮れていた左之助。
すぐに手が出る左之助の性格を良く理解している新八は、「おい左之、」と慌てて制した。
だが、"良いから"と言うように腕を伸ばされ、ぐっと言葉を飲み込んだ。
「やり返せっつったって、同じことをするんじゃ駄目だ。羽衣も負けてねぇってとこを相手にわからせてやるんだよ」
『?どうやって…?』
「そうだな…決闘でもするか。一対一で」
「決闘!?」と誰よりも驚く新八に、左之助はニヤリと不敵に笑った。
羽衣は着物の袖で涙を擦り、真っ直ぐな瞳で左之助を見返した。
『…わたし、決闘します!』
『負けたくない』と言う羽衣の頭に、左之助は「よし!」と笑いながら手を乗せた。
大人の女性の扱いだけでなく、幼女の扱いも上手い左之助に呆然とする新八。
だが、だんだんと懐いていく羽衣の成長を垣間見た気がして、新八は嬉しく思うのだった。