第一話「初桜の迎え」
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はぁはぁと息を乱しながら2人の前に立ったのは… 羽衣の兄の、沖田総司だった。
『兄様!どうしたのですか?』
「それが聞いてよ羽衣!土方さんがやけに真剣な顔して、頼みがあるなんて言うからさぁ。てっきり重要なことだと思ったら…」
『?』
「来客のお茶汲みとか、話相手にさせられただけだったんだよ!」
総司は盛大に溜め息を吐きつつ羽衣を見ると、すぐに繋がった手に気付いた。
「…何で手なんか繋いでるの?」と問う声は地を這うような低い声だが、2人にしても無意識の行動なのだ。その証拠に、揃って首を傾げている。
『一様ね、"よざくら"が一番好きだって言ってました!』
「へ~そっかぁ。綺麗だよねー」
羽衣の話に相槌を打ちつつ、総司はあからさまに割り込むように2人の間に入った。
「狭い」と斎藤に文句を言われても、気にせずあっけらかんとしている。
「一くん、僕の代わりに羽衣のお迎えありがとう。本当に助かったよ」
「このくらい気にするな」
にこにこと人懐こい笑みを浮かべているもの、"僕の代わり"をやたらと強調する総司。
斎藤は素直に礼を言われているのだと思い、「また行けないような時は俺に言え。稽古がない時は迎えに行ける」と地雷を踏む発言をした。
「…大丈夫だよ。今日はたまたま行けなかったけど、いつもは稽古の時間とも被らないし、僕が行くよ」
「だが、稽古が長引く時もあるだろう。遅い時間まで羽衣を1人残しておくのは危険だ。手の空いている者が迎えに行った方が良いと思うが」
「っやだなぁ一くん。もしかして、僕が居残り練習させられるとでも思ってるの?いつも誰よりも早く素振りを終わらせてる、僕が?」
『??』
頭上で繰り広げられる会話についていけず、羽衣は『?』と混乱するばかり。
困ったように総司と斎藤の顔を交互に見渡していれば、いつの間にか総司に手を握られていることに気付いた。
ふと上を見上げて、優しい笑みを浮かべた総司に「ん?」と問われてしまうと、何も言えなくなる。
『(兄様と一様…全然違う、)』
総司に手を握られて、斎藤の掌の感触を思い出してしまった。
爪が整った細くて長い指。暖かくて、優しい斎藤自身を表したような掌。
総司のすっぽりと包み込むような大きな手も好きだが、斎藤の掌も大好きだ。
羽衣がそんなことを思って微笑んでいる間に、斎藤は何やら別のことを考えていたらしく…
「…恐らく、土方さんは総司の身体を心配しているのだろう。朝は酒屋で働き、昼は稽古をし、夕方には羽衣を迎えに行っているからな」
「ほんとお節介だよね~僕は好きでやってるのにさ」
「人の好意は素直に受け取った方がいい」
「なにそれ。一くんは土方さんの味方するんだ」
寺子屋から道場までは少し距離がある為、稽古を終えた総司がいつも羽衣を迎えに行っている。
羽衣を寺子屋に通わせるにはそれなりに費用がいる為、総司は稽古以外の時間は酒屋で働いていた。
以前、羽衣が忙しい兄を気遣い1人で帰れると言ってみたのだが、その時の総司の問い詰めは凄まじかった。
「何で?」「僕は羽衣が心配で仕方ないんだよ」「それとも羽衣は兄様の顔を見飽きたの?」などと永遠に続きそうなことを述べられた時は、羽衣は口を噤むしかなかったのだ。
「ねぇ、羽衣は一くんに迎えに来て欲しい?それとも僕?」
いつの間に前に入り込んだのか、羽衣にずいっと顔を近付ける総司。
9歳の少女に何を聞いているのかと呆れる者はここには居らず、何故か斎藤もその答えを待っているようだ。
『えっと…』と羽衣は視線を巡らせ、真剣な目を向ける総司を真っ直ぐに見つめ返した。
『兄様がいつもお迎えに来てくれて、とっても嬉しいです。でもね、今日は一様が来てくれて、とっても幸せでしたっ』
にっこりと可愛らしい笑顔で微笑む羽衣を、総司は目を丸くして見つめる。
この歳にして模範解答のようなことを言う妹に、「ははっ」と笑わずにはいられなかった。
それは斎藤も同じだったようで、無邪気な笑顔を見つめ、微かに口元を緩めていた。
これから始まるのは、女性として、剣客として、大切な人を守り抜く為に懸命に生きた………1人の少女の物語。