第十一話「時雨に明かす」
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昨日の豪雨もあり、暗い雲の様子から羽衣は近藤から傘を待たされていた。
試衛館の門の前では見送りの者が大勢いて、「大袈裟だなぁ」と隣で総司が肩を落とす。
「総司、お前はちゃんと場所わかってんだろうな?」
「当たり前じゃないですか。やだな〜土方さん心配性すぎ…」
「羽衣ちゃん!総司としっかり手を握って知らない人に着いて行ってはならんぞ!」
『は、はい…っ!』
土方と総司の会話はいつも通りであるが、目をギンギンにした近藤にそんなことを言われてしまえば、羽衣はコクコクと頷くしかなかった。
「これは道中で2人で食べろ」
「えっ一君作ってくれたの?」
『!ありがとうございますっ』
おむすびを受け取り、ぱああっと目を輝かせる羽衣。
早起きして自分の為(「僕のもあるよ〜」by総司)に作ってくれた彼の姿を想像すると、にんまりと口元が緩んでしまう。
「(毎回思うんだけど、この人ら大袈裟すぎんだよな…)」
本当に大丈夫か?と何度も確認される沖田兄妹の姿を見つめながら、新八は近藤や土方の過保護さに呆れていた。
そんなことを思いつつ、自分もちゃっかり早起きしてその輪に加わっている時点で同類なのだが…。
『いってきまーすっ!』
「気を付けるんだぞー!」と未だに叫んでいる近藤に手を振りながら、羽衣は総司と共に出発した。
***
総司が言う"連れて行きたい場所"は試衛館からそこまで遠くないらしい。その為、少女の羽衣が山道を歩いても過酷ではなかった。
日頃から剣術で鍛えたり寺子屋で走り回っているので、羽衣は体力には自信がある方だ。
それでも度々、「大丈夫?」と気遣ってくれる総司に対して、何となく甘えたい思いが強くなる。
『兄様、ちょっと休憩したいです』
「そうだね。お腹も空いたしこの辺りで休もうか」
すぐに了承して腰を下ろした総司に合わせ、羽衣も荷物を置いて大きな木の枝に座った。
斎藤が握ってくれたおむすびを口に入れると、『美味しい〜』と頬が緩んでいく。
「羽衣はいつも楽しそうだね」
『はい、楽しいです!今日は兄様とお出掛けできて、もっと楽しいっ』
『えへへー』と羽衣が米粒を付けながら上機嫌に笑うと、「く…っ」と総司の胸にハートの矢が刺さる。
身悶えながらも米粒を取ってやり、「うん、僕も楽しいよ」と自然と口角が上がっていた。
「…でもね。羽衣はきっと……」
「僕を恨むと思う」
上機嫌に鼻歌を歌っていた羽衣は、総司の言葉が上手く聞き取れなかった。
聞き返しても、兄は翡翠色の瞳をすっと細めながら、何処か遠くを見つめるだけで。
「何も聞かずについてきてくれてありがとう」
『?兄様を信じてますからっ』
「……うん」
「ありがとう」とまたお礼を言い、総司は羽衣の小さな手を握って歩き出した。
『(…あ、雨だ)』
ぽつり、と鼻先に雫が落ちる。
羽衣は心配そうに総司の顔を見上げていると、ぎゅっと繋がった掌の力が強くなった。
暫く歩いていき、山道を超えると漸く総司の歩みが止まる。
1つの墓の前でしゃがみ、花売りから買った白い胡蝶蘭をそっと添えた。
『…この花、』
「ん?ああ、菊の花じゃないのはね…この花には"純粋な愛"って意味があるから」
「この人が一番好きだった花なんだよ」と幼い子供のように笑って、すっと前を見据える。
それから祈るように手を合わせて目を瞑る兄を見て、羽衣も静かに真似をした。
ぽつり、ぽつり、と先程よりも雨が降ってきたので、咄嗟に自分と総司の上に傘を広げた。
「……なかなか来れなくてごめんね。羽衣は相変わらず可愛くて、真っ直ぐで、優しい子に育ったよ………姉上」
羽衣はハッと総司と白い花に囲まれた墓を交互に見つめた。
総司の姉だと言うことは、自分の姉でもあるということだろう。
『っ兄様、このお墓は……』
「沖田みつ。僕の姉で………………羽衣の母親だよ」
傘を落としてしまったことに気付いたのは、雨が背中を伝っていく冷たさを感じたからだった。
『…………え?』
「父親はね、昨日試衛館を訪ねてきた……"雨宮"って言う人」
『……に、兄様…?』
「僕はね、羽衣に嘘を付いてたんだ」
「今まで、ずっと」
雨の音が煩いのに、総司の声だけがやけにはっきりと耳に届く。
こんなに苦しそうな声は聞こえなくていい。
こんなに冷たくて重い雨も、なくなってしまえばいい。
『(……兄様に、傘をさしたいのに、)』
金縛りにあったように身体が動かない。
羽衣は急激に冷えていく体温を感じながら、兄の顔に透明な雫が流れていくのを、ただ黙って見つめていた。
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