第十話「新年の宴」
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
初詣を堪能した羽衣と斎藤は、平助が同じく試衛館に向かう途中だったとわかり、3人は並んで江戸の町中を歩いていた。
小さなやんちゃ少年の虎徹はというと…甘酒を飲んだ後、巫の格好をした兄に見付かり、騒ぎながらも強制連行されて行った。
「虎徹ってさー羽衣のこと好きだったりして」
『そんなわけないよ、だっていっつもからかってくるもん。最近は何か変だけど…』
にししと笑う平助に何処か不機嫌そうに返す羽衣。
『ブスって言ったり、本とか草履を隠したり、髪の毛引っ張ってきたり……』と数え切れない程の出来事を並べていた羽衣は、「…何だと?」と低い声を聞いて、慌てて口に手を当てた。
「やけに草履をなくすと思っていたが…いつからだ」
『え、えとっ虎徹のせいなのは一回だけで、後はわたしが遊んでる時に落としちゃったんです』
目線が同じになるよう中腰になり、ガッと羽衣の両肩を掴む斎藤。
静かながらも怒りに満ちた瞳を見て、羽衣は困ったように視線を泳がした。
以前…裸足の羽衣を見て、迎えに来た総司に何があったのか、誰の仕業なのかと何度もしつこく尋ねられたのだが、兄に余計な心配は掛けまいと羽衣は笑って取り繕っていた。
お転婆であると自覚もあるので、上手く誤魔化せたつもりだ。
「あの少年、俺から注意を…!」と踵を返そうとする斎藤の袖を掴み、『!大丈夫ですから』と羽衣は慌てて止めた。
『今は、ちゃんと友達なので…!』
口を滑らせてしまったことに後悔しながら、必死に訴える。
そんな羽衣をじっと深い紺青色の瞳が捉え、やがて怒りの色が薄れていった。
「羽衣。これからは総司に嘘を吐くのはよせ」
『………………はい』
「それと………俺にも心配をさせて欲しい」
『え?』
続く言葉に驚いて顔を上げると、斎藤は何処か寂しそうに羽衣を見つめていた。
斎藤がどんな答えを待っているのかわからず、『えと…』と羽衣はまた視線を逸らしてしまう。
余計な心配を掛けたくないと思っていたのに、斎藤は心配をしたいと言った。
『ありがとうございます……一様』
優しい言葉が嬉しくて、じわじわと頬が熱を持っていく。
「うん…」と斎藤は納得したように呟き、羽衣を愛でるような柔らかい表情で見つめた。
「(この2人……無意識に自分達の世界作るんだよな)」
斎藤と向かい合い、もじもじと気恥ずかしそうにする羽衣。
平助はそんな2人を呆れたように見つめながら、虎徹の好きな子ほど虐めてしまうという不器用な片想いを確信していた。
2人が別世界に旅立っている中、町の一角から楽し気な声が聞こえてきた。
大人や子供が集まる中心には餅つきをしている男達が居て、背伸びをして見ていた羽衣の目がキラキラと輝いていく。
「お!引きずり餅かあ。これぞ正月って感じだな」
『引きずり餅?』
「正月になると職人が道具を持参し、家の前をついて回ることだ」
武士や豪商のような家では使用人が餅をつくが、普通の家は歳の市で安く餅を買うか、職人に来て貰うかのどちらかだった。
その中でも引きずり餅はなかなか裕福な家柄が利用することが多い。
羽衣は瞳に輝きを残しながら、『わたしもお餅つきたいですっ!』と興奮気味に手を上げた。
「…残念だが、そんな金はない」
『!』
師範代である近藤が食に困っている者を助けていることもあり、試衛館の経営は傾いている。今日食べたお雑煮にも餅が入っていなかったくらいだ…。
正論で答える斎藤に羽衣が涙目になっていれば、「いいじゃん、やろーぜ餅つき!」と平助が賛同した。
「っ平助、そんな金何処に「金ならあるけど?」
束になった金貨を懐から取り出した平助に、斎藤と羽衣はチカチカと目を回す。
「……盗んだのか?」と斎藤に疑いの眼差しで見られると、「そんな訳ねぇじゃん!」と平助はすかさず否定した。
「ったく一君俺のことなんだと思って……これは俺の金だから好きに使ってもいーんだよ」
そう言いながら何処か顔を曇らせる平助に、『平ちゃん?』と羽衣は心配そうに声を掛けた。
平助は安心させるようにその頭を撫で、職人達に金貨を見せびらかすように手を高く上げたー…
***
「とうりゃあああ!」
試衛館の裏庭では"餅つき大会"と称して、土方の奇声が響き渡っていた。
最初、職人達と帰宅した羽衣、斎藤、平助を見た皆は驚きのあまり一気に酔いが冷めてしまった。
暫く物珍しそうに傍観していたが、職人が餅をつく姿に好奇心が湧き……今は土方が鬼の形相で杵を振り翳している。
『歳兄すごい…!』
「あはははっ土方さん刀とでも思ってるんですか?」
「土方さん、日頃の鬱憤を発散させてるんだな…」
餅をひっくり返している職人も命の危険を感じる程、土方の迫力は凄まじかった。
それもこれも、腹を抱えて笑っている総司が大半の原因で…。
左之助は酒を飲みながら、楽しそうに餅つきをしている(ように見える)土方に同情していた。
『よいしょ…っ』
「そうそう、羽衣上手いじゃない」
気付くと次は羽衣の番になり、先程まで笑い転げていた総司も後ろで杵を待って支えている。
総司に褒められ、『楽しい!』とぱああと花が咲いたように笑う羽衣。
綺麗な着物が汚れないように前掛けをしている姿も愛らしかった。
「なんて景気の良い正月なんだ……そして何て癒される光景なんだ……っっ」
「本当に。和むねぇ」
「右に同じです」
「近藤さん…あんた本当に感激屋だな……」
沖田兄妹を想うあまり、溢れてしまいそうな涙を必死に堪えている近藤。
その姿を優しい眼差しで見守りながら同意する井上と、隣で穏やかに頷く山南。
一方、人斬りのような餅つきを終えて息を切らした土方は、その輪に加わりながら彼の父性に呆れた。
ここで本来なら誰よりも盛り上がるだろう男は、酒をたらふく飲んだお陰でグオオオと熊のようなイビキをかき、襖の奥で眠っているようだ。
「でも良かったのか?お前の大事な金なんだろ?」
左之助は視線を変え、この引きずり餅の支払い者である平助に問い掛ける。
何処か冗談を含んだ話し方に、平助も「左之さんまでしつこいって」と笑い返す。
元々、この金で試衛館に餅や酒を買って行こうと思っていたのだ。どうせなら思い切り楽しんでくれた方が良い。
平助は西日の眩しさを防ぐように手を陽にかざしていると、『平ちゃーん!』と弾むような声が呼んだ。
手を退かした先には日差しに負けないくらいの輝かしい笑顔を向ける羽衣が居て、平助は思わず目を細めた。
「………羽衣を見ていると、己の温かい部分を知る」
突如現れた斎藤に、「…うお!一君!?」と平助は縁側から転げ落ちそうになる。
斎藤は全員分のお茶を持って来てくれたようで、彼は静かに陽だまりのような場所を見つめていた。
「……うん、わかるよ」
清らかで、真っ直ぐで。何処までも澄んでいて。
目を逸らしたくなるような…でも、ずっと見つめていたいような。
平助は羽衣に注いでいた視線を、ふと隣に立つ斎藤に向ける。
表情が乏しいと思っていた彼だが、花を愛でるような柔らかい表情をしていて、これは羽衣も顔を真っ赤に染める訳だ…と納得した。
永遠にこの時間が続けば良いーーー
近藤や土方も…皆が優しい表情をして見守っているので、平助は自分と同じ想いなのだと悟る。
やがて『一緒にやろうよー!』とはしゃぐ声に誘われ、「今行く!」と平助も陽だまりの中に溶け込んでいった。