第十話「新年の宴」
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『すごいすごい、いっぱい物が売ってますよ…!あ、凧上げもしてるみたいです!』
「ああ、そうだな」とはしゃぐ声に頷いていた斎藤は、『一様、早く早くーっ』と羽衣が既に遠くにいることに驚いた。
「っ羽衣…っそんなに走ったら危ないだろう!」
斎藤の心配通り、羽衣はドンッと前から歩いて来た人集りにぶつかってしまった。
自分も不注意だったにも関わらず「前見て歩け!」と怒鳴り付ける男に、『ご、ごめんなさい…っ』と声が震える。
「…なんだ?随分可愛い嬢ちゃんだな。お兄さんが団子でも奢ってやろうか?」
『え?嫌で「この子は俺の連れだが、何用だ」
男が羽衣に向かって伸ばした手を、ぐっと掴む斎藤。
忍びのような速さと綺麗な顔からは想像も付かない力に男は顔を強張らせ、「な、何でもねぇよっ」と慌てて去って行った。
斎藤は短い息を吐き、すぐに羽衣に視線をやると……何故かぼおっと自分を見つめていた。
「羽衣、怪我はないか?今は正月で人も多い。これからは前を見てゆっくり歩け」
『…………』
「はしゃぐ気持ちもわかるが…せめて俺の目が届くところに居て欲しい」
『…………』
「…聞いてるのか?羽衣」
この時、残念ながら羽衣の脳内を埋め尽くしていたのは……"この子は俺の連れだ"と言い放った斎藤の声だった。
永遠に自動再生される声音に、嬉しくて脳が蕩けてしまいそうになる。
一方の斎藤は、叱られているのに何故か嬉しそうな顔をする羽衣に、訳がわからずただ首を捻っていた。
「(何故そんなにも喜ぶのだ…?)」
自分は無邪気な羽衣が心配で仕方がないというのに…と肩の力が抜けていく。
神社に近付く度に人集りが増えていくので、斎藤は無意識に羽衣の手を握っていた。
するとポッと羽衣の頬が桃色に染まり、より一層嬉しそうに緩んだ。
『(どうしよう、どうしよう)』
正月で浮き足だっているからか、それとも他の理由があるのか……今日はいつもより斎藤がキラキラと輝いて見える。
それに、もうとっくに風邪は治っている筈なのに、自分の身体もふわふわと熱を持ち宙に浮いているようだ。
羽衣は夢心地のまま斎藤と手を繋いで神社まで行き、彼に習ってお賽銭をした。
『(今年も健康に、一様と兄様と、皆と一緒に過ごせますように…)』
しっかりとお辞儀をしてから、試衛館の皆に御守りを買って戻ることにした。
『んーと、んーと…』と真剣に悩む羽衣の姿に、斎藤の表情も和らいでいく。
『えっと、兄様はこれで、近藤さんはこれで…歳兄にはこれにしますっ』
「…羽衣、それは安産の御守りだが」
『え。でも歳兄が便秘で悩んでるって、兄様が』
「安産は便秘のことではない。……それにいつも言っているが、あまり総司の冗談を間に受けるんじゃない」
歳の離れた少女にもしっかりと訂正し、説明をする斎藤。
そんな兄妹のような親子のようなやり取りをする2人を、巫女達は微笑みながら見守っていた。
斎藤の助言もあって無事に御守りを買い終え、また自然と手を繋いで歩き出した時……
「あ!」とこちらを真っ直ぐに見つめる羽衣と同い年くらいの少年に遭遇した。
『あ、虎徹だ』
「知り合いか?」
『はい、寺子屋の…友達です』
斎藤に尋ねられ、羽衣はコクリと顔を縦に振る。
友達といっても、いつもからかわれたり何かと突っかかってくる… 羽衣にとって言わば好敵手のような存在だった。左之助と新八が見守る中、木刀で決闘までしたことがある。
それからというもの、彼は以前のように羽衣を派手にからかってくることはなくなったのだが……代わりにどんぐりをくれたり綺麗な葉をくれたり、良くわからない言動を受けていた。
虎徹は羽衣の姿を暫く惚けたように見つめた後、隣に立つ男と手を繋いでいることに気付き、むっと眉根を深く寄せた。
「…っもしかして、そいつが"はじめさま"か?」
『え?うん、そうだけど』
「…斎藤一だ。寺子屋では羽衣がいつも世話になっている」
「!別に、」
「世話なんかしてねぇし」と虎徹はふいっとそっぽを向く。
羽衣は寺子屋の先生に住まいである試衛館の話を良くしていて、特に一という男に想いを寄せていることは誰が聞いても明白だった。
男性の中では小柄な方かもしれないが、均等が取れた身体は男らしく、虎徹よりも遥かに逞しい。
その長い前髪から覗く整った顔立ちや、静かで落ち着きのある佇まいに内心圧倒されていた。
『一様、わたし甘酒が飲みたいですっ』
「去年は残していなかったか?苦手だと思っていたが…」
『!こ、今年は飲めるかもしれないです』
「ならば一つだけ貰おう。無理ならば俺が代わりに飲めば良い」
『!』「!?」
それは…間接接吻では…?と羽衣と共に目を丸くさせて驚く虎徹。
何の躊躇いもなしに提案する斎藤と面を赤く染める羽衣を見て、「お、俺も飲む…!」と虎徹は高々に宣言していた。
『いいけど…』と少し嫌そうにしながらも承諾する羽衣と、幼い嫉妬心に気付くこともなく静かに頷く斎藤。
3人で移動しながら、「誰かと一緒ではないのか?」とふと斎藤が尋ねた。
「(い、今更だな…)いや、俺の両親ここの神職でさ、正月は忙しくていつも放ったらかしなんだよ」
「!神職の子だったのか」
「兄ちゃんは信頼されてるけど、俺は好きに遊んでろって感じでさ〜」と虎徹は何処か投げやりに神社の砂利を蹴った。
羽衣は耳を傾けながら、普段木登りや勉学で競い合っている彼にそんな寂しさがあったなんて、と少し驚いていた。
『(…わたしにはたくさんのお兄ちゃんが居て、構ってくれるけど、)』
いつだって総司が傍に居てくれるし、居ない時は必ず誰かが遊んでくれる。
生まれた時からその環境に居たので、両親が居ない事実を寂しく思ったことは一度もない。
きっと自分はとても恵まれているのだろう…と、羽衣は斎藤をそっと盗み見た。
ふと目が合うとその瞳が優し気に揺れているようで、羽衣は急に手を繋いでいることが恥ずかしくなってきた。
『あ、あの、手が……』
「?どうした、」
『(急に離したら変に思うかな、)』
何故だか斎藤が傷付いてしまう気がして、気持ちを悟られぬように下を向く。
だが、「あれ?一くんと羽衣?」と明るい声が響き、瞬間的にぱっと手を離してしまった。
「やっぱりそうだ!2人も初詣に来たのか?」
『平ちゃんだ!』
「!平助、」
『あけましておめでとう〜』と小走りで駆け寄って来る羽衣に、「おめでとう、今年も宜しくな!」と平助も嬉しそうに笑う。
そのまま頭を撫でながら、「総司は居ないのか?」とここに居そうで見当たらない仲間の姿を思い浮かべた。
「…俺も"共に行く"と言うだろうと思っていたが、総司は少し酔っていてな」
「へぇ〜珍しいじゃん。ああ、だからか…」
『?』
斎藤は「羽衣と初詣に行こうと思うのですが…」と土方に話しに行った時のことを思い出していた。
土方は快く許してくれたのだが、問題は総司だ。
いつもならば「…僕も行くよ。いくら一くんと言えど、2人きりで出掛けるなんて許す筈ないでしょ?」と刃物のような鋭い双眸で言い放つだろう。
だが、斎藤の予想とは違い「いってらっしゃい。羽衣のこと宜しくね」と思いの外すんなりとした言葉が返ってきた。
それも近藤の隣で酒を飲み、左之助の腹踊りで一同は盛り上がっているからだろう。
心から楽しそうに笑う総司を見据え、斎藤は静かに襖を閉じたのだった。
平助は斎藤の経緯を何となく察しながら、「てかさ、羽衣すっげー可愛いじゃん!」と素直な感想を口にした。
『ほんとっ?』
「ほんとほんと、総司の見立てか?流石羽衣に似合うの良くわかってんだなー」
「…俺も「俺だって似合うの知ってるし…!!」
平助に褒められて嬉しそうにはしゃぐ羽衣。
そんな彼女を静かに見ていた斎藤は思わず声を出すが、先に全てを虎徹に言われてしまった為、気まずそうに顔を背けた。
『…虎徹、私に花なんか似合わないんじゃなかったの?(※第一話より)』
「!それは…っ(似合いすぎてどうしたらいいかわかんねぇんだよぉお)」
「…虎徹?って羽衣の友達なのか?」
「そうらしいが…」
2人の掛け合いを見守りながら、「羽衣、俺らと居る時と全然違うじゃん…」と良くも悪くも素直すぎる少女に平助は驚いていた。
羽衣に冷たくあしらわれる事など一度もない斎藤はというと、密かに優越感に浸る。
この後……平助も一緒に甘酒を飲み、羽衣が全部飲めたことに斎藤は成長を感じて、虎徹は取りあえず間接接吻が起こらないことに安堵したのだった。