第九話「冬に咲く雪兎」
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年末が近付くと江戸の町も一気に冷え込み、当分雪の止む気配はない。
そんな寒い日の朝、試衛館の自室で『くしゅ…っ』とくしゃみを繰り返す羽衣の姿があった。
『(う~…鼻、詰まってやだ……)』
ずず、と辛そうに鼻水を啜り、ふと窓の外に視線を向けた。
平助と雪合戦をしてから体調がすぐれず、昨夜高熱を出してしまった羽衣。
近藤や総司の懸命な看病のお陰で少しは熱が下がったもの、まだ頭がぼんやりしている。
皆とお餅食べたいなぁ…と去年の正月に食べたお雑煮を思い出していると、「羽衣、起きてる?」と襖の外から声を掛けられた。
2つ返事で答えるとすぐに襖が開けられ、心配そうな面持ちの総司と目が合う。
「おはよう。体調はどう?」
『兄様…昨日よりはちょっとだけ良くなりました』
『えへへ』と心配を掛けまいとして笑う羽衣だが、その笑顔には力がなかった。
隣に膝をついた総司は羽衣の前髪を掻き分け、自分の額をそこにくっ付ける。
かかる息がくすぐったくて身を捩らせると、「まだ熱いじゃない」と言いながら兄の顔が離れていった。
「寒くない?何か食べたい物はある?」
『えっと、寒くはないですけど…お汁粉が食べたいです』
「わかった。じゃあ先にお粥を食べて薬を飲んだら、持ってくるよ」
『!』
正直、お粥も苦い薬も苦手だった。いつも優しい兄なので、"うん。いいよ"と了承してくれると思っていたのに……
やんわりと否定する総司だったが、羽衣を見つめる瞳は柔らかいものだった。
兄の言いたいことを何となく察した羽衣は、意を決したようにぐっと布団を握る。
『わ、わかりました…』
「偉いね、羽衣」
「いい子いい子」と総司に頭を撫でられ、羽衣も心なしか誇らし気な気持ちになる。
促されるまま布団に寝転がると、「兄様、」といつもよりか細い声で呼び止めた。
『…わたしが眠るまで、手を握っていてくれませんか?』
「もちろん。お安い御用だよ」
すぐにぎゅっと手を握ってくれる総司に、安心したように頬を緩める羽衣。
自分よりも大きくて冷たい手が心地良くて、再び眠りに落ちていった。
暫く眠っていると、再び「羽衣」と襖の外から声が掛かった。
羽衣はうとうとしながら返事をするが、襖を開けた人物を見た瞬間、自然とシャキン!と背筋が伸びた。
『一様っ』
「粥を作ってきたが、食べれるか?」
『!は、はい…』
斎藤が持っている盆に湯気を立てたお粥と薬が乗っていることに気付いてしまい、僅かに顔を曇らせる羽衣。
一様の登場は嬉しいが、お粥の登場は嬉しくない。そんな複雑な心情でゆっくり頷く羽衣は、側から見ても考えていることがバレバレであった。
「あんたが粥と薬が苦手なことは承知している。だが、何か食べねば治るものも治らんだろう」
『……うう、はい……』
「後で井上さんが汁粉を作ってくれると言っていた」
羽衣の好きなものを話題にあげながら、布団が敷いてある横に正座する斎藤。
汁粉で気を引く彼のかいあってか、羽衣はおずおずとレンゲを手に取った。
だが、熱のせいか持つ手が覚束ない様を見て、「かしてみろ」とそれは斎藤の手に渡る。
軽く息を吹き掛けてから口元に近付けてくれるので、羽衣も合わせて口を開けた。
「熱くないか?」
『…はい。とっても美味しいですっ』
「そうか」
ふっと安心したように顔を綻ばせる斎藤を見て、羽衣の頬がぽっと朱に染まる。(※熱で元々赤かったのでわかりづらい)
同時に、普段は苦手な粥がとびきり美味しく感じたことが不思議だった。
羽衣は確かめるようにもう一度小さな口を開けると、気付いた斎藤が再びレンゲを掬った。
「美味いか?」
『はいっ』
お粥だけでなく、水と薬まで飲ましてくれる斎藤。いじらしい羽衣の姿が彼の母性本能(?)に火を付けてしまったのか、その甲斐甲斐しさは止まることを知らない。
羽衣の口を丁寧に手拭いで拭いていた時、ガラッと襖が開いた。
「っ!おお、いたのか斎藤」
「!土方さん、」
「返事がないから寝てるのかと思ったぜ」と、目を丸くする斎藤と羽衣を交互に見渡す土方。
2人の距離が近いことは特に疑問に思わず、(←慣れている為)手に持っていた蜜柑を羽衣の前に掲げた。
「具合はどうだ?羽衣。さっき物売りから蜜柑を買ってきたぞ」
『!蜜柑!』
「それと、近所のお松さんから綿入れを貰ってな。息子が大きくなってもう着れないから、貰い手を探していたらしい」
そう言って綿入れを羽織らせてくれる土方に、『あったかい~』と羽衣も無邪気に喜んだ。
羽衣の喜ぶことを軽やかに成し遂げた土方に、斎藤は「流石は土方さんだ…」と尊敬の眼差しで見つめるのだった。
「この蜜柑は、あいつと食べろ」
『あいつ?』
コテンと首を傾げる羽衣に、土方は襖の方に顔を向ける。
すると、様子を伺うように襖の影からこちらを見つめる1人の青年に気付いた。
『平ちゃん!』と呼ぶ声に合わせて顔を出した平助は、羽衣を見るなり気まずそうに視線を逸らした。
「道場の前に居たんでな、連れてきた」
「…あのさ、具合はどう?」
『大丈夫だよっお薬も飲んだし、すぐに治るよ』
「…………」
赤い顔で笑顔を見せる羽衣に、平助はぐ…っと何かを堪えた表情になる。
側に行き、「ごめん…!!」と勢い良く頭を下げた。
『ふへ…??』
「俺がもう少し考えてれば、羽衣が風邪を引くまで遊ばなかったのに……俺も夢中になっちまって、ほんとごめん」
頭を下げ続ける平助の頭に、羽衣は手を目一杯伸ばしてそっと触れる。
いつも総司がしてくれるように、ポンポンと優しく撫でた。
『わたし、平ちゃんと遊べてとっても楽しかったよ。だから…元気になったらまた遊んで欲しい』
平助は顔を上げると、あどけない顔で優しく微笑む羽衣がいた。
頭に触れている手がとても小さくて、自分よりも幼い少女だということを改めて実感する。
そんな小さな彼女が、責めるどころか必死に励まそうとしてくれているのだ。
平助は思わず泣きそうになってしまったが、ここで泣いたら男じゃねぇ!とぐっと我慢した。
「……ありがとな、羽衣」
『?あのね、平ちゃんと凧上げがしたいっ』
「いいなーそれ!高く上げるコツ教えてやるよ」
『ほんと??楽しみ!』
『約束ね!』と小指を突き出す羽衣に、「おう!』と平助も自身の指を絡ませる。
土方がくれた蜜柑を仲良く食べ始める2人を見て、土方と斎藤は静かに部屋を後にしたのだった。
***
「あれ、土方さん。そんな薄暗いところで何突っ立ってるんですか?」
総司が酒屋から帰ると、道場の前に土方が立っていた。
「いや…」と何故か言葉を濁す土方を、総司は片眉をつり上げて見つめる。
「…もしかして、僕の帰りを待ってたとか?」
又もや言葉を濁す土方に、思わずゾワッと鳥肌が立ってしまう総司。
すぐに「んな訳ねぇだろ!」と返ってくると思っていたのに、この反応は正直予想外だ。
ドン引きしたようにピクッピクッと口角を上げる総司に漸く気付き、「お前、考えてることが顔に出すぎだ」と呆れる土方。
「近藤さんが人伝てに良い酒を貰ってきてな。たまにはどうだ?」
「えー土方さんとですか?てゆうか、土方さん飲めないじゃないですか」
「う、細かいこと気にすんじゃねぇよ」
「まぁ、別に良いですけど」
渋々頷いた総司だったが、「その前に羽衣の様子を見てこなきゃ」と足の向きを変えた。
そのままスタスタと歩き出してしまったので、「ちょっと待て…!」と土方は慌てて止める。
「何ですか?羽衣の具合が心配なんですよ」
「それは俺もそうだが…漸く眠ったみたいだからな。起こしたら可哀想じゃねぇか」
「ちょっと顔を見るだけですよ」
「さっき俺が代わりに見てきた。だから大丈夫だ」
「…………土方さん、何か隠してます?」
じっと如何わしい目で見てくる総司に、土方はギクリと冷や汗を流した。
流石鋭いな…と感心している間にも総司がさっさと遠くに行ってしまい、「あ、待て!」と慌てて追い掛ける。
羽衣の部屋の前には何故か斎藤が座っていて、総司の姿を見た瞬間、ハッと目を見開いた。
「そ、総司…!?今日は帰りが早いな」
「至って普段通りだけど。一くんこそ、そんなところで何してるの?」
「俺は……羽衣に異変があった場合、すぐに気付けるよう待機していた」
「なら入ればいいのに」そう喉から出かかったが、自分がいない間に2人きりでイチャイチャされる方が癪に触る。
「そうなんだ、助かるよ」と総司にしては珍しく素直に礼を言い、部屋の中に入ろうとした………が、すっと斎藤の腕が伸びてそれを制してきた。
「……ちょっと一くん、入れないんだけど」
「羽衣の様子に異変はない。あんたも疲れているだろう、あっちで一緒に酒でも飲まないか」
「土方さんといい一くんといい、今日は何なの?いつもよりかなり強引な気がするんだけど」
「斎藤の言う通りだ。たまには3人で語り合おうのも悪くねぇだろ?」
強引に襖に手を掛けた総司の腕を掴み、土方はグギギギ…と離れさせようとする。
穏やかな表情と重みのある言葉のギャップに、総司は絶対何かあると確信した。
「意味がわからないんだけど!?」と抵抗する総司の右腕を斎藤が、左腕を土方が掴み、強制的に居間へ連行していった。
一方、部屋の外でそんな攻防が繰り広げられているとは勿論知らず。
中では、すーすーと布団の中で穏やかな寝息を立てる羽衣と、すぐ側で布団に伏せながら眠る平助がいたのだった。