第八話「秋日に笑う声」
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すっかり日は暮れ、皆が試衛館に着いた頃には綺麗な三日月が顔を出していた。
近藤には兎も角、こんなに遅くまで飲んでいたことが土方に見付かったら面倒だ。
そろ…と物音を立てないよう慎重に門を開け、一行は羽衣の部屋に向かった。
「お帰り、一くん。本当に連れて帰って来たんだ」
羽衣の部屋の襖が開いた時は一瞬期待したが、出て来たのは総司だった。
斎藤、新八、左之助の姿を順番に映し、「まさか、一くんが花街に行く日が来るなんてね」と興味深そうに顎に手を添える。
「花街には行っていない。新八と左之は川沿いの店にいたからな」
「へぇ、そうなんだ。珍しいこともあるもんだね」
じっと疑い深い目で見つめてくる総司に、「嘘じゃねぇって!」と胸を張って主張する新八。
「それより、"本当に"ってどういう意味だ?」
「……あんた達が出て行った後、羽衣が今にも探しに行きそうだったからな。総司と相談し、俺が代わりに尾行することにしたんだ」
「尾行って…ずっとつけてたのかよ!?」
これには左之助と新八も驚きを隠せなかった。
もしかしたら、斎藤のことだ。店の中で話していた会話も全て聞いていたかもしれない…と想像して、ドッと冷や汗が流れた。
「いや…途中で見失ってしまい、それらしき人物を探していたところで人に尋ねた。そこで有力な情報を得て、確信した」
「平助のことか…!あいつ何て言ったんだ?」
「…"飲み仲間とこれから会う"とだけ言っていた。前に、新八が飲み屋で面白い奴と知り合ったと言っていたからな。もしかしたらと、」
「「…………」」
それだけの情報で自分達の居場所を突き止めたというのか。
斎藤=忍び説が浮き上がる中、スパッと奥側から襖が開けられた。
『…ん、さのにぃ?』
そこには、瞼を擦りながら今にも寝てしまいそうな羽衣が立っていた。
寝惚けた目で皆の姿を映し、『おかえりなさい』とふにゃりと破顔する。
「…っ羽衣、起こしちまったか?悪かったな、今日は……」
羽衣と目線が同じになるようにしゃがみ込み、頭を優しく撫でる左之助。
怒られたり、泣かれたりしてもしょうがない…と覚悟していたのに、ふるふると小さな頭は横に揺れただけだった。
『明日は……一緒に竹トンボ作ってくれる?』
ただ寂しそうに尋ね、泣くのを我慢しているかのように唇が固く結ばれる。
『…それともまた、お外に行っちゃう?』
「羽衣………明日は行かねぇよ。必ず羽衣と一緒にいる」
『ほんとに?』
「ああ。俺が丈夫な竹トンボの作り方を教えてやるからな」
『!』
それを聞いた途端、俯きがちだった頭が徐々に上がっていき、羽衣の顔がぱあっと華やいだ。
その様子を見ていたら急激に何かが込み上げてきて、左之助は堪らず抱き締めてしまった。
「(……新八の言ってた通りかもな)」
心配性な土方。最早母親のように世話を焼く斎藤。言うまでもなく溺愛している総司。
父性丸出しの近藤ー…
そこに自分が加わっていたとしても、それで良い。
それだけ、いじらしいこの少女が、いつしか自分の中でも大切な存在になっていたのだ。
暫く温かな体温を感じていた左之助だったが、周囲から凍るような冷ややかな視線を感じて、ハッと身を離した。
「………左之さん、知らなかったよ。新八さんと同じ幼女趣味があったんだね」
一際冷たいオーラを身に纏っていた総司が、無理矢理ニッコリと口角をつり上げている。
それだけでも十分恐怖であるのに…静かに佇んでいるように見えるが、瞬き1つせずこちらを凝視する斎藤に気付いてしまった。
「…………す、すまん」
「……何故、俺に謝る」
「いや…何となく」
何故か、総司より斎藤に謝らなければならない気がしたのだ。
「…………て、羽衣ちゃん寝ちまってるけど、」
恐ろしい空気を感じ取って、先程から言葉を発することが出来なかった新八が漸く口を開けた。
彼等の視線は一斉に羽衣に注がれ、すーすーと軽やかな寝息を立てながら目を瞑っていることを確認する。
立ちながら器用に眠っているその姿に、皆の空気も柔らかなものになってきた……その時、羽衣の身体がぐらりと揺れ、左之助の胸に寄りかかってしまった。
「………………左之さん?」
「…………待て待て待てこれはしょうがねーだろ…!!」
何処から取り出したのか、すっと木刀を左之助の頭の上にかざす総司。最早その顔に笑顔はない。
左之助が命の危険を感じている中、「羽衣、このままでは風邪を引く。布団の中で休め」と斎藤は母親っぷりを発動している。
いつもなら斎藤の言うことを素直に聞く羽衣だが、今日は本当に眠いのか…左之助の服をぎゅっと握りながら、完全に夢の中に落ちているようだった。
「仕方ない…無理矢理起こすのは可哀想だから、左之さん服脱いでくれる?」
「…総司って本当、羽衣以外には容赦ねぇよな」
自分への敵意が薄れたのは良かったが…代わりに標的にされた悪友が可哀想になってくる。
新八は同情しているつもりだが、「もう左之が一緒に寝たら良いんじゃねーか?」と何故か火に油を注ぐ発言をしてしまった。
すぐにドス黒いオーラが新八を襲い、身が震えて振り返ることが出来ない。
だが…左之助に寄り掛かり、全く起きる気配がない羽衣。
その様子を見て、「……俺も同意見だ」と賛同したのは意外にも斎藤だった。
「ちょっと待ってよ、一くん本気?羽衣を左之さんと2人きりで寝かせるってこと?僕は許さないよ」
「そうは言っていない。ただ、羽衣が左之を離さないのであればしょうがない。
皆(みな)で共に寝るしかないだろう」
皆……?と全員の頭の上に"?"マークが浮かぶ。
一体斎藤は何を言っているのだろうか、と左之助と新八が呆然とする中、「まぁ…それなら良いかも」と総司はすんなり納得していた。
「ちょっと待て…!皆で寝るっつったって、何処で寝るつもりだ?羽衣は兎も角…俺らが全員横になるなら、結構な広さが必要だろ」
「…ああ。道場しかないだろう」
「「「!?」」」
左之助は以前、新八の部屋を見せて貰ったことがあるので、1人1人の部屋がそれ程大きくないことはわかっていた。
なので、神聖な道場で就寝することに抵抗はあるものの…もうその方法以外なさそうだ。
男達は静かに頷き合い、左之助は羽衣を起こさないよう横抱きにして歩き出した。
***
翌朝ー…「ふぁ…」と我慢しきれず欠伸をする男が1人。
チュンチュンと雀のさえずりを聞きながら大きく伸びをして、道場の扉を開けた………その時、目の前には思いもよらない光景が広がっていた。
「っっ!?な、何だぁ……?」
扉を開けた土方は目を真ん丸にさせて驚く。今までの人生でこんなに目を見開いたのは、多分初めてだ。
だが、このような反応になるのも無理はなく……
そこには、門弟子達が川の字になってスヤスヤと眠る光景が広がっていたのだ。
手前から新八、斎藤、左之助、総司と並び、隠れて見えなかったが左之助に包まれるようにして羽衣も眠っていた。
「(何だって一緒に寝てやがる……?)」
「ぐぉおおお」と盛大なイビキが響き渡る中でも、一向に起きる気配のない面々。
イビキの元凶の隣で眠る斎藤は少々寝苦しそうであるが…その他の者はすーすーと心地良い寝息を繰り返していた。
普段、手が掛かる彼等が大人しく眠る姿は中々珍しく、やはり年相応のあどけなさがある。
土方はそんなことを思いながら1人1人の寝顔を確認していた。
「歳?こんなところで何をしてるんだ?」
「!近藤さん、」
珍しく慌てた様子の土方に、顔を手拭いで拭きながら首を傾げる近藤。
道場の中を覗いた途端、案の定ギョッと目を見開いた。
「な、何故皆、ここで寝てるんだ……?」
「俺も知りてぇよ……」
パチパチと瞬きを繰り返す近藤と、思わず頭を抱える土方。
総司や新八は兎も角、斎藤までもがこんなところで寝るとは……と少し悲しかった。
「歳、今日は稽古の時間を少し遅らせないか?」
「…近藤さん、あんたって人は甘やかし過ぎじゃねぇか?」
「だ、だが……無理やり起こすのは可哀想だろう。それに、微笑ましい光景じゃないか」
確かに、普段騒がしい彼等が一世に大人しいなんて、嵐でもやって来るのかもしれない。
ホクホクと心なしか嬉しそうな近藤に免じて、まぁいいかと土方は肩を落とした。
しかし……まぁいいかと言っても、神聖な道場で寝転がるとは言語道断だ。
いつもより2時間遅く起きた左之助達を待っていたのは、鬼のような顔をした土方と、道場の雑巾掛けだった。