第八話「秋日に笑う声」
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新「~~っかー!うめぇ…!」
吉原…ではなく、大通りから逸れた道にこじんまりと佇む酒処に、彼等の姿はあった。
「やっぱ労働の後の酒は美味えなぁ」と酒を片手にしみじみと実感する新八。
いつもなら共感してくれる声の主がやたら静かな為、チラリと前を見据えた。
「……左之、さっきから全然飲んでねぇじゃねーか」
「っそうか?んなことねーよ」
空になった器の数を比べれば、明らかに酒が進んでいないのは明白だ。
新八はガシガシと頭の後ろを掻き、「…ったくよぉ」と溢さずにはいられなかった。
「そんなに羽衣ちゃんのことが気になるなら、何で約束しちまったんだよ」
「!しょうがねぇだろ。羽衣とはいつでも会えるが、あいつはしょっちゅう会えねぇしよ…」
竹トンボ作りのことをすっかり忘れていたのは申し訳なかったと思う。
いつでも会えるというのに、別れ際に見せた羽衣の泣きそうに歪んだ顔が頭から離れない。
「泣いてなきゃいいけどな」とぼそりと呟いた声を、「左之…」と新八が拾った。
「お前……だんだん土方さん達に似てきてねぇか?」
「は?」
「妙に過保護っつーか……今までの女にもそんな風になることなかったじゃねぇか」
一体新八は何を言っているのだろう、と思わず左之助の眉間に皺が寄った。
今まで恋仲になった女子のことは好きだった。ちゃんと付き合ってきたかと言われれば強くは頷けないが……守るべき対象だという認識はあった。
だが、それはその人だからというより、"男は女を守るべき"という想いの方が大きかった気がする。
そんな風に女子と接してきた左之助にとって、羽衣は不思議な存在だった。
見返りを求めず、ただ純粋に甘え、慕ってくれる。
そして、まだまだ子供だが、どんな時も真っ直ぐでいられる強さを持っている。
あの土方でさえも、羽衣のことが心配で仕方がないのだと伝わってくるので……試衛館の皆にとって、彼女が大切な存在であることは間違いない。
「…それを言ったら新八、お前だって十分過保護じゃねぇか」
「はぁ!?俺の何処が!」
「どっか出掛ける度に土産買って帰るし、会う度にだらしない顔してるだろ」
「おいおいおいおい誤解を招き兼ねねぇ言い方はやめろ…!大体だらしない顔なんてしてねー!」
「そうか?総司だって警戒してるじゃねぇか。実は幼女趣味があったりしてな」
「よ!?」
威勢良く反論していた新八だったが、まるで鯉のように口をパクパクと動かしては固まってしまった。
確かに、酒と同じくらい女は好きだ。だが、あんなに小さな少女を……羽衣を"そういう"対象として見たことなど、一度だってない。神に誓って。
2人がやいやいと騒いでいる中、ガラガラと店の戸が開く音がした。
「ちょっと…新八っつぁんと左之さんの声、外まで響いてるんだけど?」
「「!!?」」
「へいらっしゃーい!」と店主の声を受けて、2人を呆れたように見据える青年。
「平助!遅かったじゃねぇか!」
「何してたんだ?」
「悪い悪い、ちょっと色々あってさ………って、それはこっちのセリフだって!!さっき"幼女趣味"とか叫んでたけど…どういうこと?」
「それはだなぁ、話すと長くなるというか……」
じっと疑わしい視線から逃れるように目を逸らし、左之助は言葉を濁す。
青年の名は…藤堂平助と言う。
北辰一刀流の剣術を道場で学んでいて、新八とは道場…ではなく、酒処で飲んでいる時に偶然出会った。
いつしか左之助も加わり、こうして3人で飲む機会が増えたのだ。
青年と呼ぶにはまだ幼い顔が、「まぁいいけど」と口を尖らせる。
「今日吉原に連れてってくれるんじゃなかったの?新八っつぁんがめちゃくちゃ良いところだって言うから、楽しみにしてたっつーのに…」
「悪い平助!なんつーか、吉原に行くのが急に申し訳なくなったっていうか…まぁここも美味いし良い店じゃねぇか!」
な!と店主に笑い掛け、平助の肩に手を回す新八。
平助はブツブツと文句を言いつつも、されるがまま隣に腰掛けた。
「大体平助、吉原ってどんなところか知ってんのか?」
「?芸妓とかがいて、酒飲むところだろ?」
「まぁただ眺めるって店もあるけどな……ちょっと耳貸せ、左之助兄さんが教えてやるよ」
「?何なの?」と言いつつも耳を寄せた平助の顔は、みるみる内に真っ赤に染まっていく。
「もう一杯同じのくれ!」と呑気に注文しようとする元凶の肩を掴み、「新八っつぁん…?」と怒りで震えた。
「な、何だよ女とピ~~するとこって!!知ってたなら最初から言えよ!!」
「あれ、言ってなかったか?悪い悪い!」
「ぜってー悪いと思ってない!!」
へらりと笑う新八を見て、もう二度と信用するまい、と平助は心に誓うのだった。
「ところで平助、来る時に何があったんだよ?」
「ああ、そうだった」
知り合って間も無いとはいえ、平助のことは弟同然だと思っているのでやはり心配なのだ。
左之助の問い掛けに、平助は思い出したように手を叩いた。
「さっきここに来る前に男に会ってさー」
「男?」
「何でも人を探してるらしくて、そいつらがいないと妹が寂しがるんだってさ」
「良い兄ちゃんだよなー」と運ばれて来た酒を飲み始める平助。
左之助の眉はピクリと動き、「…それって、どんな奴だった?」と平静を装って尋ねる。
「へ?どんなってー…歳は多分俺と同じくらいで、前髪が長くて襟巻きしてて、あんまジロジロ見てねーけど綺麗な顔してた気がする」
「へ、へぇー…」
「その探してる奴等ってのがさ、毎晩毎晩飲んだ暮れて返ってくるんだと。二日酔いで吐いたり騒いだり絡んだりするのがしょっちゅうで、家族も迷惑してるとかなんとか」
「そ、そうか……」
豪快に酒を飲んでいた新八も動きを止め、だらだらと冷や汗を流し始める。
2人の顔色が明らかに悪くなっていく中、「全く酷い輩もいるよなー」と平助は運ばれてきた煮干しにかぶりついた。
「そんな寂しがってくれる可愛い妹がいるなら、俺だったら真っ先に帰るぜ」
「「……………」」
「ったくどんな顔か見てみたい「おい平助!!」
急に大声を出した新八に驚き、「…っな、何だよ新八っつぁん」と平助は目を丸くさせた。
「悪いが俺と左之は用事を思い出した!今日は帰らせて貰うぜ!!」
「は、はぁ!?」
「悪いな平助!ここの勘定は俺らが払っとくからよ」
「左之さんも何言ってんだよ!?」
バタバタと歩き出した新八に続いて、左之助も両手を合わせて去って行く。
訳がわからずただ混乱する平助を置いて、2人は店の外に出た……その時、
「……もう済んだのか」
ハッとするような低い声音に、ピタリと止まる足。
ギギギ…と2人は重たい首を横に向けると、自分達を静かに見据えた斎藤が佇んでいた。
「「……ああ」」
言い訳の言葉などなく、左之助と新八はほぼ同時に顔を縦に振ったのだった。