第七話「親心子知らず」
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『特訓…ですか?』
寺子屋から総司と共に帰って来た羽衣を引き止めたのは、ほんの数分前。
総司はずっと気にしていたが、近藤に呼び止めて貰ったので何とか羽衣と話すことに成功した。
「そうです。羽衣さんには、料理や洗濯や掃除、裁縫を覚えて貰いたいのです」
『どうしてですか?』
「羽衣さんが女性として生きる為です」
『?女性だから、家事を学ぶのですか?』
「そうですね…」
単純なようで難しい質問を投げ掛ける羽衣に、山南はどう説明しようかと考えた。
「羽衣さんはいずれ結婚をし、家庭を築く時が来ます。その時に家事が何も出来ないと、困るのは羽衣さん自身です」
『嫌われちゃう…?』
「え?」
『っ好きな人に…嫌われてしまいますか?』
そっと不安気に尋ねる羽衣に、「そうですねぇ」と山南は答えた。
途端に深く考え込んでしまった羽衣を心配し、「どうしましたか?」と様子を伺うと、羽衣はキョロキョロと周りを見渡し始めた。
『あの、絶対に内緒なんですけれど、』
「?」
もじもじと言いづらそうに身を捩らせる羽衣に、山南はそっと耳を寄せた。
小声で何かを伝えようとする羽衣の息が掛かり、少しくすぐったい。
『わたし、一様の、お嫁さまになるのが夢なんです…っ』
「!」
『だから、特訓します!』と決意したように、元気良く宣言した羽衣。
山南は目を丸くしていたが、やがて瞳を細めながら微笑んだ。
その表情が何処か泣きそうな気がして、羽衣の口からは『先生…?』と思わず溢れる。
「それでは、花嫁修行ですね」
『はなよめしゅぎょう?』
「お嫁さんになる為に、家事などを学ぶことです。斎藤くんにお嫁さんに貰って頂けるように、一緒に頑張りましょう」
その言葉を聞いた瞬間、羽衣の脳内では、「こんなに完璧な女性は他にいない。羽衣…俺のところに嫁に来てくれないか」と感動する斎藤の姿が映し出されていた。
正直、嫁という存在が何をするのか良くわかっておらず、ただ"一番好きな人とずっと一緒にいること"くらいの認識だった。
それでも…斎藤にもずっと一緒にいたいと思ってもらいたい。嫁にしたいと、思ってもらいたい。
『わたし……頑張りますっ!』
その瞳は何処までも真っ直ぐで、濁りのないものだった。
こうして、9歳にして羽衣の花嫁修行が幕を開けたのだった。
***
翌日……まずは料理からということで、羽衣は先程から山南の手捌きを観察していた。
しっかりとたすき掛けをし、やる気を見せている。
わかりやすくゆっくりニラを切っていく山南の手元を、羽衣は瞬きも忘れ観察した。
「こうやって、均等に切るように注意してやってみて下さい」
『わかりましたっ!』
先程教わった包丁の持ち方で、ニラを切っていく羽衣。
だが、やはり小さな手では持ちにくいようで、ぐらついて指を切ってしまいそうになる。
「こう、人差し指を上に添えると安定しますよ」
『えと…こう、ですか?』
「そうです。それでもう一度切ってみて下さい」
『はい!』
強引に切るのではなく、滑らせながら切っていくと安定して出来た。
『さっきよりも持ちやすいです!』と思わず感動すると、「包丁の持ち方は大丈夫そうですね」と山南から花マルを貰うことが出来た。
だが、次に大根を切ろうとした時……固くて思うようにいかなかったので、包丁を勢い良く振りかざそうとした。
「っ!羽衣さん!?そんなに上から切ったら危ないですよ…っ」
『えっ?』
「(……独り立ちは遠そうですね)」
見た目とは裏腹にダイナミックな行動を取る羽衣に冷や汗をかきながら、何とか朝餉の用意を済ませていった。
それを皆が口にすることになったのだが……
「かー!朝一番に空きっ腹にかき込む飯は最高だな!!」
ガッガッと白米を頬張りながら、新八はその幸福を実感していた。
試衛館で暮らしている者は近藤、土方、山南、井上、総司、羽衣、斎藤の7人だけであるが、門下生の数は非常に多かった。
食事や寝床に困っている門弟達の世話も近藤はしているので、知らぬ間に人が増えていることはしょっちゅうだ。
今日も大勢で向かい合いながら座り、質素ではあるが温かな食事を取っていた。
「ん?このニラ…すげー繋がってるな」
何枚も繋がっているそれを箸で摘む。
新八の指摘に羽衣はドキリと心臓を跳ねさせ、思わず茶碗を落としそうになった。
「…この大根も、随分奇抜な形をしてるな」
続けて土方が、口に入れようとした大根に注目した。
分厚く切られているものから物凄く薄いもの、型崩れして原型を留めていないものまであった。
「おい、今日の食事当番は誰だ……」と言い掛けたところで、土方はハッと気付いてしまった。
プルプルと身体を震わせ、今にも泣き出しそうな羽衣に……
「…まさか、今日は羽衣が作ったのか……?」
『…………はい……』
自分でもどうかと思う出来栄えであるのに、それを皆に見せていることがとても恥ずかしい。
カァアアと顔を赤く染めて俯いてしまった羽衣に、新八と土方は慌て出した。
「全部繋がってるけどよ、味はすげー美味しいぜ羽衣ちゃん…!」
「あ、ああ。こんなに味が染みてる大根は生まれて初めて食べた…!」
『…味付けをしたのは、先生です……』
「「え」」
サーと顔を青くしながらこちらを見る2人に、山南は申し訳なくなった。
「こんなに独創性のある形は誰にも作れないよ。流石僕の妹だね、羽衣」
とびきり甘い笑顔を向ける総司の言葉を聞いて、羽衣はぱっと面を上げる。
「物は言い様だな…」と新八は呆気に取られるが、いつもは冗談を言う総司が本気でそう思っていることはわかった。
「土方さんと新八さんはデリカシーがないからね。特に土方さんは形なんかに妙にこだわる、心が狭ーい人だし」
「!な、何だと!?もういっぺん言ってみろ総司!!」
「僕は本当のことしか言ってませんよ?羽衣を傷付ける人は、相手が誰だろうと許しませんから」
羽衣のことで総司を怒らせたら、敵う者は1人もいない……そんな暗黙の了解が試衛館には存在するので、門下生達は見て見ぬ振りを決め込んだ。
こんな時、総司を静めてくれるのは近藤であるが、彼は味噌汁を啜りながら何故か号泣しているようだった。
「近藤さん?あんた何で泣いてんだよ…」
「…っい、いや…すまん……羽衣ちゃんが一生懸命作った料理だと思うと、つい感極まってしまって……っ」
『でもわたし、ニラと大根を切っただけです…!』
「羽衣、それは言わないでいいんだよ」
折角の味噌汁も涙の味でしょっぱくなっているというのに、近藤は「美味い!」と言いながら一口一口を噛み締めている。
律儀に教えてあげようとする羽衣を総司が止めていた……その時、ガラッと襖を開けて入ってきたのは斎藤だった。
「…申し訳ありません、遅れました」
『一様!』と羽衣は条件反射で叫んでしまうと、斎藤は静かに襖を閉めた。
「一くんが遅れるなんて珍しいね。具合でも悪いの?」
「いや…そうではないが、」
羽衣は斎藤が味噌汁を飲もうとするのを、もしかしたら気付いてくれるだろうかと少し期待しながら見ていた。(←野菜を切っただけ)
「何て美味しい味噌汁なんだ。羽衣…俺の為に、毎日この味噌汁を作ってくれないか」とキラキラの背景を纏いながら話す斎藤を思い浮かべ、幸せに浸るように頬を緩める。(←野菜を切っただけ)
だが、斎藤はずず…と静かに味噌汁を啜っただけで、すぐに器を置いてしまった。
『……あ、』
「?どうした」
『い、いえ……』
妄想の中の斎藤が徐々に薄れていく。
落ち込んでしまった羽衣は、食べ掛けの白米を静かに口に運んだ。