第七話「親心子知らず」
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山南が試衛館に来て、3日ほど経った。
「……いい天気ですねぇ」
自室の襖を開け、雲一つない青空を仰ぐ。
剣術の稽古も、皆で囲む食事も、決して裕福とは言えないがあたたかい生活にも慣れてきた。
雀の鳴く前に誰よりも早く起床したと思っていたが、庭の方で僅かな音が聞こえた。
「(あれは…… 羽衣さん?)」
少し大きい道着に身を包み、木刀を振るっているのは羽衣。
『や!』『は!』と声を出しながら集中しているので、こちらの存在には気付いていないようだ。
山南が声を掛けようか迷っていると、「羽衣、」と先に呼んだ者がいた。
『!一様、おはようございますっ』
「おはよう。今日は一段と早起きなのだな」
『えへへ…何だか目が覚めてしまって』
斎藤に頭を撫でられて恥ずかしそうに頬を染める羽衣に、山南は少し驚いた。
無表情の印象が強い彼が、優しい瞳で少女を見つめていたから……
『あ!もう髪を結んでしまったのですか??』
「ああ…すまない、忘れていた」
『酷いですっ忘れるなんて、』
ぷくぅと頬を膨らませる羽衣に、「すまない」と斎藤は再び謝る。
最初は拗ねていた羽衣も、困ったように眉を下げる斎藤を見ていたら悪いことをしているような気分になってきた。
思わず頭を垂れる羽衣の前で、斎藤は静かに自分の紙紐を解いた。
「もう一度、結んでくれぬか?」
『え…?』
「……駄目だろうか」
今日の彼は、まるで子犬のようだ。尻尾と耳を下げながら不安気に尋ねる斎藤を、羽衣が断る訳がないのに。
『良いですよ』と恥ずかしそうに笑って答える羽衣に、斎藤もホッとした表情を浮かべた。…のも束の間、突然気配を感じ、バッと振り返る。
「そんなに驚かないで下さい」
「…さ、山南さん、失礼致しました」
『!おはようございますっ先生』
斎藤には困ったように笑い返し、「はい、おはようございます」と羽衣には和かに挨拶を済ませた。
無意識に羽衣を庇うように立っていた斎藤も、「おはようございます」と礼儀正しくお辞儀する。
途端にクスリと笑みを溢す山南に、2人は同時に首を傾げた。
「お2人は随分と仲がよろしいのですね」
「っ!」
花が咲いたようにぱあっと顔を輝かせる羽衣と、意表を突かれたように顔を赤く染める斎藤。
各々の反応を見せられた山南は、「まるで本物の兄妹みたいですね」と微笑ましいと言いた気な目を向けた。
"兄妹"と言う言葉に、ズキンと微かに羽衣の胸が痛くなる。
その違和感に羽衣自身が不思議に思っている間に、山南は別の何かを考えていた。
「…ところで、朝食の準備は誰がしているのですか?」
「?食事の支度は持ち回りですが…」
「それは羽衣さんもしているのですか?」
『?』
尋ねられ、『実は、指を切ってしまったことがあって…』と羽衣は言いにくそうに話して聞かせた。
『大したことないって言ったんですけど、兄様や近藤さんが慌てて……もう食事のお手伝いはしなくていいって、』
あの時の2人の騒ぎようと言ったら、門下生達がドン引きするほどだった。
指から血を流す羽衣を見た瞬間、サーと血の気が引いたような蒼白な顔をし、総司は羽衣を抱えて医師の元へ行こうとしたのだった。
近藤がドタドタと試衛館を走り回る音で皆も起こされてしまったものだ。
「……そうですか」
『?』
山南は何か言いた気だったが、口を閉ざしてしまったので羽衣がそれ以上聞くことはなかった。
***
「い、今何と言ったのだ?山南くん」
「あなた方は羽衣さんの教育をどう思っているのですか?と尋ねました」
「何?どういう意味だ」
場所は変わって、近藤の部屋ー……
羽衣のことで話があるからと土方を呼び出し、先程から3人で向かい合って座っていた。
「悪いが、あんたが何を言いたいのかわからねぇ。はっきり言ってくれ」
「あ、ああ。歳の言う通りだ。試衛館に住む一員として、遠慮せず述べてくれて構わないぞっ」
「…そうですか。それでは、お言葉に甘えて……」
すぅ…と一呼吸置き、山南はキッと前を見据えた。
「まず、料理を一切させないとは何事ですか?聞くところ羽衣さんは一日を剣術の稽古に費やしているそうじゃないですか。彼女は女性ですよ?稽古を受けることの否定はしませんが、包丁の一つも握れないのでは嫁ぎ先もないかと思います」
「っそ、そんなことは…」
「それに、先日町を歩いていたところ、羽衣さんが寺子屋の近くで男の子達と木登りをしているのを見掛けました。
何やらからかわれてカッとなっているようでしたが…あの登り方は、決して初心者のそれではなかったですよ」
「木登り…だと?」
ペラペラと饒舌に言葉を並べていく山南に、近藤と土方は呆気に取られながらも何とか理解しようとした。
「掃除や洗濯も全て井上さんがしていましたし、(畳むのは手伝っていたようですが)寺子屋で勉学を学んでいるのは良しとして、このままでは余りにも無知ではありませんか?
あなた方は一体何を教えてきたのです」
容赦のない言葉を聞き、グサッグサッと何度も刃が2人の胸を貫く。
山南の言うことはごもっともであるので、言い返す言葉が1つも見つからなかった。
「羽衣さんは、もう9歳です。……約束の時まで、もう時間はあまりありません」
それは、決定的な一言だった。
近藤と土方の雰囲気が変わったのを尻目に、「それで、ご相談があるのですが…」と山南は切り出した。
「私に、暫く羽衣さんの教育を任せて貰えないでしょうか」
「山南くんに?」
「出過ぎたこととはわかっていますが、あなた方は羽衣さんを大切にするあまり、見る目が甘くなってしまうと思うので。
客観的に見れる者として、私が一番適任であると思うのです」
山南が言うには、"約束"の時まで、掃除や洗濯、料理や裁縫と言った家事全般を羽衣に教え込みたいというものだった。
「…そんなに難しく考えないで下さい。大丈夫ですよ、羽衣さんはあんなに剣術に長けているのですから。きっと家事も上達します」
まるで娘を嫁に出すかのような複雑な顔をする2人に、山南も困った笑みを浮かべた。
「…その教育の期間はいつまでだ?」
「それは、羽衣さん次第です」
土方は一瞬眉根を寄せたが、「…そうだな」と漸く重たい頭を振るった。
「山南さんの言う通り、俺達はあいつを甘やかし過ぎだ。本来なら剣術じゃなく、料理や裁縫を学ばせるべきだった」
「!それはそうだが… 羽衣ちゃんがやりたいことを、思い切りやらしてあげたいじゃないか!」
「それは私も同意見です。ですから、剣術の稽古を禁止するとは言っていません」
あくまでも強要はせず、羽衣の意見も聞いてからにしたい。
山南の話しを最後まで聞いた2人は、顔を見合わせてから強く頷いた。
「「宜しく頼む」」
羽衣の為を思うと、これが最適な選択なのだろう。
近藤と土方の意思を感じ取った山南は、「こちらこそ宜しくお願いします」と柔らかく微笑んだ。