第六話「幼き恋文」
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夕餉の時も、羽衣の作文のことで話題は持ち切りだった。
「羽衣ちゃんすげぇじゃねーか!こりゃ才能あると思うぜ!」
「おおっ良く書けてるなー」
「凄いぞ羽衣」と交代で左之助と新八に頭を撫でられ、羽衣は『えへへ』と恥ずかしそうに笑った。
泣きすぎて瞼を腫らした近藤と、涙を堪えるあまり本物の鬼になりつつあった土方の為、作文は音読しないようにしていた。
「でもよー何で左之だけ"かっこいい"なんだ?どう見たって俺の方が男前じゃねーか」
「筋肉も俺の方が断然あるし!」と腕を折り曲げて肉体美を自慢する新八に、「そりゃ羽衣は見る目があるからだろ」と断言する左之助。
「羽衣は面食いだろうから、綺麗な顔が好きなんだろ?俺とか土方さんとか、さいと『わーわー!左之兄…っ!』
むぎゅっと左之助の口に慌てて手を当てながら、羽衣はそっと斎藤を見つめた。
だが、静かに漬物を食べていた斎藤は箸を置き、「ご馳走さまでした」と茶碗を重ねていた。
『一様、もう食べたのですか?』
「ああ。先に失礼する」
『あの、一様!宿題でわからないところがあるのですが、教えてくださいませんか?』
ととと、とまるで子犬のように近寄る羽衣を一瞥し、斎藤はすっと視線を逸らした。
「…悪いが、今日は総司や新八に教えて貰ってくれ」
『え…』
『はじ…』と名を呼ぼうとした声は、途切れてしまった。
拒絶されたことがショックで、羽衣はただ、去っていく背中を見送ることしか出来なくて。
『(…一様、どうして?)』
自分は何かをして、嫌われてしまったのだろうか。
じわりと大きな瞳に涙が溜まっていき、羽衣はきゅっと小さな掌を握り締めた。
***
『(一様、寝ちゃったかな…?)』
斎藤の言う通り総司に宿題を教えて貰った羽衣は、総司が寝た隙を狙って部屋をこっそり飛び出した。
皆を起こさないように忍び足で歩き、斎藤の自室を目指す。
仮に起きていたとしても、また拒絶されてしまうかもしれない。
それでも…斎藤と話がしたいと思ったのだ。
しかし、斎藤の自室に行くまでもなく、大きな桜の木の下で彼を見付けることが出来た。
紅葉した葉が辺りに舞い、月の反射を受けた横顔は絵に描いたような美しさを放っていた。
やがてぼおっと見惚れる羽衣に気付き、天を仰いでいた斎藤がゆっくりと振り返った。
「羽衣…?あんたがどうしてここに、」
『っ!あ、えと、その……』
髪を下ろし、襦袢姿の斎藤を何故か真っ直ぐに見つめることが出来ない。
あたふたと慌てる羽衣を不思議そうに見ていた斎藤だが、「風邪を引く前に早く戻った方がいい」と促した。
ズキン、と痛む胸を押さえながら、羽衣は震える声を絞り出す。
『……っわたし、一様に嫌われてしまったとしても、一様のことが、大好きですっ』
「!」
『だから、「っ急に何だと言うのだ…」
勢いで瞑っていた目を開けると、そこには微かに顔を赤く染めた斎藤がいた。
『だって、一様が冷たい気がしたので…何かをして嫌われてしまったのかと思って…』
「そうではない、ただ、」
『?』
言いにくそうに口籠った後、斎藤は羽衣の背丈に合わせるように中腰になり、ポロポロ流れる涙を指で拭った。
その感触に胸が高鳴る羽衣だが、じっと斎藤の言葉を待つ。
「…………悲しかったのだ」
「作文に、俺のことが書いてなかったのが」と続く言葉。
そんな斎藤を、羽衣はポカーンと口を大きく開けたまま見つめる。
『(……悲しかった……作文……?…………あ!)』
ぐるぐる頭を回転させ、漸く斎藤が零した言葉の意味を理解した。
ついでに重要なことを思い出し、羽衣はぐいっと斎藤の腕を引っ張る。
『一様に見せたいものがあるのです!』
「っ!な、何処へ行く…!」
『兎に角、来てください…っ!』
ぐいぐいと強引に腕を引っ張るのは、普段の羽衣ならば有り得ないことだ。
だが、斎藤の悲しい気持ちを聞かされた以上、"一刻も早く見せなきゃ"という思いで溢れていて。
また、斎藤も羽衣の真剣さを感じ取り、されるがままについて行った。
羽衣の部屋に連れて来られた斎藤は、襖の前に静かに正座していた。
総司がこの光景を見たものなら、「夜中に男(一くん)を連れ込むなんて…」と側頭してしまうかもしれない。
無邪気さ故に、羽衣の将来が色々心配だ。
斎藤が兄や父親の気持ちになって心配しているとも知らず、羽衣は一生懸命に風呂敷から何かを取り出そうとしていた。
『ありましたっ!これです!』
バッと斎藤の前に広げたのは、先程皆に見せていた作文。
だが、近藤達に見せていたものよりも分厚く、何枚も束になっていた。
斎藤は理解出来ぬままそれを手に取ると、<"わたしの好きなもの。つづき">と題名が書かれていた。
「<皆が大好きだけど、一番特別なものは、一様と一緒にいる時間です。
お稽古をする時、お散歩をする時、お料理をする時、縁側に並んで座る時、空を見上げる時。一様と一緒にいるだけで、全部がとっても楽しくて、輝いています。
わたしはそんな時間が大好きです。
強くて優しくて綺麗な、一様のような人になりたいです。>………………」
斎藤は一通り目を通した後、思わず羽衣を見る。
羽衣は恥ずかしそうに頬を桃色に染めながら、はにかんでいた。
『一様のことを書くと、一枚じゃ足りなかったので……別で持っていたんです』
今斎藤が読んだのはほんの一部分で、捲ってみるとまだまだ綴られているようだった。
羽衣は自分を美化しすぎている…と呆れるが、やはり嬉しい感情の方が大きい。
斎藤はふ、と表情を和らげ、目の前で正座する羽衣の頭を優しく撫でた。
「ありがとう。俺にとっても、羽衣と共にいる時間が一番特別だ」
途端、大きな目をパッと見開き、泣きそうになりながら笑う羽衣。
自分の一言でコロコロ表情を変えるなんて忙しないな、と斎藤は困ったような顔で微笑んだ。
「ところで、後ろ手に持っているそれは何だ?」
『!こ、こっちはダメです…!』
「?」
頑なに拒む様子を不審に思っていたようだったが、また作文を読み始めた斎藤にほっと安堵した。
羽衣は後ろ手に隠した半紙をこっそりと風呂敷に戻す。
『(あれだけは絶対、見せれないもん)』
<そしていつか、一様のお嫁さまになりたいです>