第五話「涼風の留守番」
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それが、昨夜の話……そして今現在、寺子屋から戻った羽衣は、用事を済ませた土方と将棋を打ち、井上が持ってきてくれた茶菓子で一息ついていた。
『……ふぅ。美味しいですねぇ』
「ははっそうだねぇ。室内だからといってもしっかり水分補給しないとね」
「源さんの言う通りだ。最近のあいつら(門下生)は暑さのせいにして、だらけてるところが目立つからな」
『わたし、だらけてないです…!』
「知ってるよ。羽衣はあいつらよりずっと小さいくせに、何倍も根性があることくらい」
そう土方に言われ、嬉しくて笑顔になる羽衣。
今日は寺子屋が早く終わった為に時間がたっぷりあるが、いつもは夕餉時までに稽古を終わらせることは大変で。
大人でも嫌気がさすほどの日課を毎日こなしている羽衣に、土方は素直に感心していた。
「剣道は好きか?」
『はいっ好きです!』
『近藤さんや一様がいつも教えてくれるので、もっと好きになりましたっ』と瞳を輝かせながら話す羽衣を見て、土方は瞳を細めた。
「そうか」と微笑みながら頭をひと撫でするので、羽衣はされるがままに身を任す。
ぱっと土方を見上げると、何故か彼の顔が悲しい色を持っている気がした。
『歳兄?』
「…お前が、男だったら良かったのにな」
そしたら、いつまでも共に剣術を学び、ずっと一緒に居られるかもしれないのに。
土方がポソリと呟いた低い声を、羽衣は不思議そうに聞いていた。
『(?歳兄、どうしたんだろう…)』
いつもと様子が違う土方を伺いながら、羽衣は話題を変えようと思い付いた。
そういえば先程…寺子屋まで迎えに来てくれた井上と共に帰った時、試衛館から土方が女性と出て来たのだ。
『先程の女性は、歳兄と恋仲なの?』
「ぶ………!!?」
盛大にお茶を吹き出し、ゴホゴホとむせる土方を「歳さん大丈夫かい?」と井上が心配する。
動揺を見せる土方だが、羽衣は至って純粋な疑問を投げかけただけなのでキョトンとしている。
土方は自分を落ち着かせる為にゴホンッと咳をしてから、羽衣へと向き直った。
「…あの人は、姉貴だ」
『…………』
姉貴…お姉様…と思考を巡らせ、漸く『!!』と驚く羽衣。
井上は知っていたらしく、「わざわざ歳さんに会いに来てくれたみたいだよ」とお茶を啜る合間に溢す。
土方はガシガシと自身の頭を掻きながら、言いにくそうに話し出した。
「試衛館での生活とか、ちゃんと食ってるのかとか、皆に迷惑掛けてないかとか…ちゃんと文出してるってのに、自分で確かめなきゃ気が済まないんだと……」
ハァ~と大きく溜め息を吐きながらも、心の底から嫌ではないのだと羽衣は感じた。
総司も良く心配をするし、大丈夫だと言っても何度も何度もしつこいくらい確認をしてくる。
兄妹とはそういうものなのかもしれない。
『ふふ、歳兄小さい子みたい!』
「!」
「歳さんもお姉さんにとっては可愛い弟なんだねぇ」
『ねぇ』
「羽衣……源さんまで……」
恥ずかしさからわなわなと震えていた土方だが、仲良く結論を出す2人を見たら声を荒げる気力もなくなってしまった。
『心配掛けちゃダメだよ』と何故かお姉さんぶる羽衣の頭を、「どの口が言うか!」と土方は撫で回す。
キャッキャっとはしゃぐ姿に、井上は今日も平和だなぁと思いながらお茶を啜っていた。
「よし!羽衣、今日は俺が稽古を付けてやる」
『へ…ほんと!?』
「ああ。但し、俺は近藤さんみたいに優しくねぇからな。ビシビシいくぞ」
普通なら顔を青ざめるところかもしれないが、羽衣は厳しければ厳しいほど燃えるタイプだ。
土方の提案に、『よろしくお願いしますっ!』と迷わず顔を縦に振った。
「じゃあ、私はその間に夕餉の支度でもしようか。歳さん、あまり無理はさせないようにね」
「ああ、わかってるよ。…ったく、近藤さんといい源さんといい、本当に過保護なんだからよ」
「あの斎藤でさえも気になって仕方ねぇみたいだからな」と息を吐く土方の声も、『早く早くーっ』と急かす羽衣には届いていないのだった。
***
日の傾く頃。わいわいと賑やかな声が試衛館に戻ってきていた。
「ったくよー腹空いてなかったら全勝利だったのに!」
「いい加減諦めろ新八。一回負けただけなんだからいいじゃねぇか」
「そうだよ。大体、新八さんなんていい方じゃない。僕なんて、1人で何試合もさせられたんだからね」
「ははっ総司はうちの看板だからな。先方もその噂を耳にしていて、総司が来るのを心待ちにしていたのだろう」
木刀と着替えが入った巾着を両肩に掛けながら歩き、青年達は今日の稽古の内容を振り返っていた。
近藤が苦笑しながら言っても、珍しく総司は納得が出来ないようだ。
新八をたしなめていた左之助が、「斎藤も凄かったよな。全部勝っただろ?」と半歩後ろで歩く彼に投げ掛けた。
「一くんは中々面に出ないからね。今日の稽古で、先方も一くんの恐ろしさを知ったんじゃないかな」
「お、俺だって腹さえ鳴らなけりゃ、あいつら全員負かしてたぜ!」
「…勝負を腹の空き具合が左右するのはどうかと思うが」
新八の嘆く声に、黙りと皆の会話を聞いていた斎藤が遂に口を開いた。
正論すぎる、と総司や左之助はくくく…と込み上げる笑いを必死で堪える。
唯一の救いは近藤だったが、笑わないだけで彼も斎藤と同意見だったらしい。無言で頷かれ、ショックで新八の身体がよろめいた。
「そーかそーか、俺の味方はいないってか……もういいぜ!帰ったら羽衣ちゃんに慰めてもらうからよ…!!」
バーンと効果音が鳴るくらい大声で宣言する新八に、総司と斎藤の眉根がピクリとつり上がった。
「残念だけど、羽衣は僕との再会に喜ぶことで忙しいんだ。新八さんのくだらない事情に構ってる余裕はないよ」
「いや、そもそも羽衣は稽古の時間がある。抱擁も慰めも後にしてもらおう」
「…一くん、兄妹の大事な時間を邪魔するつもり?」
「邪魔はしていない。後にしてくれと言っているだけだ」
鋭い視線で睨み合う2人だが、内容が内容なだけにいまいち迫力がない。
突然険悪になる2人に、すっかり蚊帳の外にされた新八は「…俺が原因か?」と左之助に尋ねる。
「責任取れよ…」と巻き込まれまいと既に遠い目をしていた左之助は、新八の肩にポンと手を乗せた。
若干の気まずさを残したまま帰宅する青年達……
近藤を先頭に道場の門を開けても、想像していたお迎えはなかった。
てっきり『おかえりなさいっ!』と少女が真っ先に駆け寄ってくると思っていたので、皆の肩が同時に落ちる。
無言のまま足を進めて行き、人一倍泣きそうな顔をした近藤が襖を開けると………
「!こ、これは……」
「どういう状況、だ……?」
近藤がギョッと目を見開くと、左之助も続けて予想外だと呟く。
そこには確かに探していた羽衣の姿があった……のだが、畳の上で土方と共に眠っていた。
すーすーと微かに聞こえる寝息は気持ち良さそうではあるが、皆の視線は土方の片手に包まるようにして寝ている、羽衣に集まる。
身体を丸めて両手を合わせる姿は小動物のように愛らしい。そんな羽衣が土方の方を向き、無防備に身を任せているのだ。
「……しっかし土方さんも珍しいな、こんな無防備に寝るなんてよ」
「………………」
「そ、総司?目がイッテルぞ…?」
「何が?今どうやって羽衣を起こさずにあの腕を斬り落とすか考えてただけだけど?」
「ストップストーップ!!取りあえず落ち着け!!な?」
ニッコリと笑いながら物騒なことを言い出す総司を(←目は笑っていない)慌てて止める新八。
「…歳は羽衣ちゃんの面倒を見ててくれたんだなぁ」と呟く近藤の声を受け、皆は視線を巡らせた。
2人の周りにはけん玉や将棋盤、折り紙で作った鶴やかぶとがいくつも置いてあるではないか。
「歳さんは羽衣ちゃんとずっと遊んでくれてたんだよ。お陰で羽衣ちゃんはずっと笑ってた」
穏やかに微笑みながら2人を見つめる井上に、総司の怒りは次第に治ってきたようだった。
「………ん……なんだぁ……?お前ら帰って来たのか?」
「ははっ起きたのか?歳」
「お疲れ、土方さん」
近藤と左之助に笑いながら話し掛けられた土方は、眉を寄せながらもゆっくりと体を起こす。
その拍子に羽衣が起きないよう、片腕をずらしながら上手く姿勢を整えていた。
「知らなかったなぁ、土方さんって案外子供っぽいんですね」
「あ?何が…」
「だってけん玉や折り紙で真剣に遊ぶ土方さんなんて…相当実物じゃないですか」
「!これは羽衣がやりたいって言うからだ!」
「お言葉ですが…… 羽衣はけん玉が出来なかった筈です。土方さんが教えて下さったのでは……?」
「っ!!」
からかうように指摘してくる総司と、冷静に分析して尋ねる斎藤。
土方は珍しくカッと顔を赤く染め、何の罪もないけん玉を今すぐ投げて何処かに隠したい衝動にかられた。
『………んぅ、』
「羽衣ちゃん、起きたかい?」
『…………あれ、みんな………?』
寝惚けたように瞼を擦り、いつもよりも数倍ふにゃふにゃしている羽衣。
近藤の姿を見つめ、その後に一人一人の姿を確認した羽衣は、『おかえりなさい』と嬉しそうに頬を緩めた。
「「「「ただいま」」」」と青年達の声が重なって返ってくると、その表情は更に嬉しそうなものへと変わる。
一瞬で場を和らげた羽衣を見て、流石だなぁと井上は思っていた。
「羽衣、起きて早々ではあるが、夕餉の前に稽古を終わらせるぞ」
『あ、今日は歳兄が稽古を付けて下さいましたっ!』
「!」
無表情ながらも微かに動揺する斎藤に、「悪いな、斎藤」と土方が小声で謝る。
「い、いえ…」と呟いた声音も何処か余裕がなく感じた。
「斎藤って、実は案外子供っぽいよな」
「今更?最初からだよ、一くんは」
「つーか土方さんがけん玉や折り紙で遊ぶ姿も想像出来ねぇが…斎藤が遊ぶ方がもっと想像出来ねぇな」
新八、総司、左之助は揃ってうんうんと頷く。
相手が土方なだけに納得するしかない斎藤は、羽衣に『一様?』と名前を呼ばれても、モヤモヤとした気分が消えないのだった。