第四話「君想ふ夕暮れ」
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「すまないな、総司。買い出しに付き合わせてしまって」
人々が行き交う江戸の町を歩くのは…2人の青年。
試衛館の道場主である近藤勇は、隣で歩く愛弟子を見つめた。
「このくらい構いませんよ。それに、近藤さんのお役に立てたなら良かった」
そこには、いつものような飄々とした態度ではなく、年相応の笑顔を向ける総司がいた。
敬愛する近藤の役に立てるのなら、例え休みの日に借り出されたとしても構わない。
総司は雲一つない青い空を見上げ、清々しい気持ちだった。
「そうだ総司。団子でも食べていかないか?付き合ってくれた礼だ」
茶屋を指差す近藤を見て、「いいですね」と総司は迷わず頷いた。
「折角の休みに連れ出してしまってすまないな。今日は酒屋の仕事も休みだったのだろう?」
ずず…とお茶を啜っていた手を止め、再び申し訳なさそうに眉を下げる近藤。
「しつこいですよ、近藤さん」と総司は苦笑しつつ団子を頬張った。
赤く敷かれた長椅子に腰掛けた2人を、茜色に染まった夕日が照らす。
「だからですよ。折角の休みなんだから、僕だって自由に過ごす権利がある筈でしょ?」
いつだって総司は、自分の意思で決めていた。近藤に対する忠誠心に、決して嘘偽りなんてない。
「それなら良いが… 羽衣ちゃんと一緒に居たかったんじゃないか?」
そう言うと、総司は湯呑みに視線を落とした。
総司が誰よりも大切にしている、妹の羽衣。
その羽衣と一緒に居なくて良いのか、と喉から出そうになったが、近藤は静かに察した。
「…羽衣は、僕よりも一くんのことが好きなんですよ。昔から一くんにベッタリだったし」
「そんなことないぞ。羽衣ちゃんは総司のことが大好きだ!」
「でも二言目には"一様一様"って。前は兄様兄様ーってベッタリだったのに…」
「(…そんな時あっただろうか)」
近藤が知ってる限り、羽衣は物心ついた時から斎藤を慕っていた気がする。
いや、寧ろ赤ん坊の頃から斎藤には良く笑い掛けていたような…
じわりと近藤の目にも涙が溜まり、押し寄せる寂しさを隠すように勢い良くお茶を口に含んだ。
「まぁ、一くんならしょうがないかなって。他の男なら許さないですけどね。
例えば……土方さんとか」
「ぶ……!!」
盛大にお茶を吹き出した近藤に、総司は慌てて「大丈夫ですか!?」と手拭いを差し出した。
ゴホゴホとむせながりも「いや、大丈夫だ…」と言い、土方が羽衣といるところを想像してみた。
2人はまるで年の離れた兄妹のようで、近藤は密かに和んでいたのだが…羽衣の無邪気な可愛さにやられ、土方に別の感情が芽生える可能性もある…のだろうか?
ぐるぐる頭を回す近藤は、白無垢を着て『今までありがとうございました…』と試衛館を去っていく羽衣の姿まで想像してしまった。
「く…っ羽衣ちゃん………まだ嫁に行かんでくれ!!いくら歳でも許さんぞ…!」
「妄想が進み過ぎですよ、近藤さん…」
それに、何故相手が土方になってしまったのだろうか。
総司は近藤の想像力や父性に感心しながら、涙を流すその背中をさすった。
近藤は門弟ではなく、自分や羽衣のことを本当の弟や妹のように想ってくれる人だった。(羽衣に関しては父親視点ではあるが…)
だから、総司も近藤には本音で話すことが出来るのだ。
「本当は、兄なら妹の幸せを願ってあげるべきなんでしょうね。でも…一々ヤキモチを妬いてしまう僕は、可笑しいんだと思います」
いつか、羽衣と別れる日が必ず来る。
その日まで羽衣にはたくさん笑っていて欲しい。それなのに…
「…総司は本当に偉いな。羽衣ちゃんのことを考えて、いつも自分が犠牲になって…」
「俺は、お前の方が心配だ」と、近藤は総司の頭にポンと手を置く。
驚いたように目を丸くしていた総司は、くしゃくしゃと大きな手に頭を撫でられ、恥ずかしそうに下を向いた。
「近藤さんは、いつも子供扱いしますね」
「そんなことないぞ…!?いやでも、総司は小さい頃から知っているからな。ついその面影と重ねてしまうのだ」
「ふ、近藤さんらしい」
クスクスと可笑しそうに笑う総司につられ、近藤も笑顔になっていた。
***
茶屋からの帰り道……ふと良く知る声が聞こえ、2人は歩みを止めた。
『……兄様ー!!』
たったっと近付いて来る足音が羽衣のものだとわかると、2人の顔が同時に綻んでゆく。
『!わわ…っ』と小石に躓いて転びそうになると、「羽衣ちゃん!」と慌てて駆け出す近藤。
ひゅん!と風を切るように駆け出した総司の方が早く、無事に小さな体を支えられた。
『兄様…!ありがとうございます』
だが、そのままの体勢でぎゅうっと抱き締められ、『にいさま…?』と羽衣は不安になって問い掛けた。
まるで補給するかのように抱擁を続ける総司を見ていた近藤は、コホンッとわざとらしい咳払いをする。
「…では、俺は先に戻るとしよう。土産の団子もあるし、早く皆に配りたいからな」
『近藤さん、』
「羽衣ちゃん、総司を頼むぞ」
任される方が逆では…?と疑問に思うところだが、羽衣は『はい!』と真っ直ぐに頷く。
その姿に近藤は安心したように微笑み、1人先に行ってしまった。
『兄様、近藤さんと一緒だったのですか?』
「うん。近藤さんの買い物に付き合って、茶屋に居たんだ」
『そうなのですね、』
今日一日、総司が1人きりではなかったことにホッと安堵した羽衣。
総司が離さないとわかると、羽衣も応えるようにぎゅっと広い背中に手を回した。
『…兄様、今日一緒にいれなくて、ごめんなさい』
「やだ。許さないよ」
『っ!?』
体を離して意地悪な笑みを浮かべる総司に、羽衣の瞳にじわりと涙が溜まる。
きっとここに土方がいたなら、「本当ににお前って奴は…」と呆れ、斎藤ならば「総司、大人気ないぞ」と叱るのだろう。
「(…嘘だよ。怒ってない)」
それでも、少し寂しかったのは事実だから。
このくらいの我儘は許して欲しいと思った。
「今日も一緒に寝てくれるなら、許してあげる」
『!……でも、暑い「じゃあ許してあげない」
語尾にハートマークを付けながら誘う兄に、羽衣は今朝の出来事を思い出して首を横に振ろうとした。
だが、ぷいっとそっぽを向く総司に又もや傷付き……
『だ、抱き枕にはしないでくださいね…』
「えー?それはどうかなぁ。羽衣って小さくて温かいから、抱き締めたくなるんだよね~」
『もうっ兄様!』
今度は羽衣がむくれる番だ。ぷぅ、と風船のように頬を膨らませる愛すべき妹を見つめ、総司は笑わずにはいられなかった。
「帰ったら、一緒に縁側でお団子食べようか」
「一くんも一緒に」と甘い提案をしてあげると、膨らんでいた頬が嬉しそうに桃色に染まっていく。
きっと羽衣は、斎藤に頼んで稽古の時間を遅らせて貰ったのだろう。
その後ろめたさもあるが…羽衣の最大級の笑顔を引き出せるのは、斎藤しかいないのだ。
いつしか大きな影と小さな影が地面に照らし出され、重なった掌が2人を繋ぐ。
ぎゅっと手を握る力を強める羽衣を、総司は愛しく思いながら見つめた。
「(今だけは…独り占めさせて)」
茜色に染まる空のように、この時間が永遠ではないとわかっていても。
総司は静かに瞼を閉じて、ただ…願い続けていた。