第三話「花に捧げる鶴」
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新八と左之助に教わりながら果たし状を書き、虎徹の着物にそれを入れたのは、次の日のこと。
内容は、"決闘を申し出る。寺子屋の近くの河原に来い。"というものだった。
そして…新八と左之助に見守られながら、少年と少女の決闘が始まったのだった。
「お前がこの俺を呼び出すなんてな…何の冗談かと思ったぜ」
『絶対、負けないから』
ヒュオオ~と2人の間に風の音が遮っていく。
「何であんな偉そうなんだ?あいつ」と新八が溢す中、左之助がルールを言い渡した。
「その一、木刀で戦うこと。その一、一本勝負とする。その一、相手を傷付けるまで行わないこと。そして最後に…正々堂々と戦うこと。
以上。始め!」
羽衣は瞳を閉じ、すぅ…と深呼吸した後、木刀を構えた。
斎藤から、自分を落ち着かせてから剣を振るうことを学んでいるからだ。
虎徹も流派は違えど、幼い頃から道場で鍛えているので、勝負事には慣れている。
羽衣と同じように木刀を構え、互いに相手の出方を探りあっていた。
『ーーーっ!』
先に動いたのは、羽衣からだった。
素早い動きで相手の打突部に狙いを定める。
虎徹は「っ!」と何とか避けたが、すぐに木刀が振りかざされ、体勢を崩されぬように必死で耐えた。
「…羽衣ちゃんの動き、斎藤と総司にそっくりだな」
「つーか、速すぎだろ…」
9歳児とは信じがたいその動きに、見ている者達も圧倒されていた。
負けじと虎徹もやり返し、2つの木刀が激しくぶつかり合う。
「お前…っ女の癖に、中々やるじゃねぇか…!」
『女とか男とか、わたしには関係ない…っ』
ただ、強くなりたい。
大好きな斎藤や総司、近藤達のように、己を信じて、ただ…強く。
羽衣は総司と共に試衛館で育ち、大切なことが何かわかっている。
だから、虎徹にも、誰にも負けられないと思った。
「っふん。いつも男と一緒にいるから、お前も男になっちゃうんじゃねーか?」
『!』
「大好きな一様にも、化け物って思われてたりして…っ!?」
それは、ほんの一瞬だった。
羽衣は素早く相手の木刀を叩き落とし、それは折れて川に流されていく。
「一本!」と左之助が声を上げても、羽衣の瞳は怒りと悲しみで揺れていた。
『っ一様は、一様は…いつも、対等に扱ってくれる、優しくて、強い人なの。だから…そんなこと、思うはずない』
男みたいだって、化け物だって思われていたらどうしよう。
心の中はそんな不安でいっぱいなのに、口から出てくるのは強がりの言葉ばかり。
悲しみで震える羽衣を落ち着かせたのは、ポンと頭に置かれた掌だった。
「羽衣、良く頑張ったな。お前の勝ちだ」
『…勝ち?わたしの?』
「ああ。勝ったんだよ、お前は」
流れていく木刀と、その場に後ろ手をついて座り込む虎徹を見て、漸く今の状況を理解した。
羽衣は頭を撫でてくれる左之助を見て、ただコクリと頷いた。
「お前も凄かったぜ?虎徹!」
新八が座り込む虎徹に手を差し出すも、バッと振り払われてしまう。
自分の力で起き上がり、羽衣の頭を撫でる左之助を見た虎徹は、急に怒り出した。
「お前が"一"か!?」
「はぁ?ちげーよ。俺は原田左之助だ」
「じゃあお前か!?」
「俺は永倉新八っつーんだぜ!」
ガルル…と唸るように指をさして問う虎徹。
対する皆はきょとんと目を丸くし、ただ虎徹に何が言いたいんだ?と言いた気な視線を送っていた。
「良くわかんねぇけど、もう羽衣ちゃんのこと虐めるんじゃねーぞ?」
新八が子供に言い聞かせるように話せば、虎徹はキッと勢い良く睨み付けた。
唾を投げかけられそうになり、「うお!?」と新八は慌てて避ける。
「大体な、こいつが、こいつが………っっ
一様一様ってうるせーのがいけねぇんだよ…!!」
バァンと音が鳴りそうなほど高々と宣言した虎徹。
「気持ち悪いんだよ!」と罵る姿を見ていた新八と左之助は、揃って顔を見合わせた。
「「((そーいうことか……))」」
2人は虎徹が羽衣を虐める理由がわかったが、言われた羽衣自身は何のことか理解していない。
寧ろ、そんなに斎藤の話をしていただろうか…?と自覚さえないようだった。
「…お前なぁ、女には虐めるんじゃなくて、優しくするんだぜ?」
左之助は呆れながらも虎徹に近付き、目線を合わせるように中腰になった。
これが、人生を長く経験した男の余裕だろうか。少年である虎徹も左之助から放たれるフェロモンを感じ取り、「う…っ」と一瞬たじろいだ。
『…さっきのは、引き分けです』
その場にいた全員が羽衣に視線を向けると、羽衣はじっと虎徹の足元を見つめていた。
『足の使い方が変だったから…怪我してるんだよね?』
打ち合った時、踏み込む時の足の出方が遅れているような気がしたのだ。
左之助は、"正々堂々と勝負すること"と自分が言ったルールを思い出していた。
羽衣はそのルールをきちんと覚えていて、ちゃんと守ろうとしているのだ。
『また、怪我が治ったら勝負しようね!』
ニッコリと花が咲いたように笑い、握手を求めるように手を差し出した。
いつも泣きそうな顔や怒った表情しか見ていないので、(←自分が虐めているせい)こんな無邪気な笑顔を向けられたのは初めてだ。
目を丸くしていた虎徹だが、カァアアアと茹で蛸のように顔を真っ赤に染めた。
「………う、う、」
『?』
「うるせー!バーカ!!」
「バーカ!ブース!!」と散々罵倒しながら去って行く虎徹。
残された3人は、ただその背中を見つめながら呆然と立ち尽くした。
「絵に描いたような餓鬼だったな…」
「…ああ。俺が餓鬼の時の方が、もうちょい大人だったぜ」
「いやぁ、同じくらいだろ」
「お前俺が餓鬼の時知ってんのか!?」
冷静に答える左之助と何故か張り合う新八の会話を聞き、羽衣は楽しそうにクスクスと笑っていた。
そんな可愛らしい笑い声につられ、新八と左之助も腹を抱えて笑ったのだった。
***
後日…… 羽衣は新しい折り紙で鶴を折り、無事斎藤にそれを渡すことが出来た。
「…ありがたく頂こう」
紺色に淡い桜の花が散りばめられた折り紙で作った、小さな鶴。
寺子屋から帰り、いつものように斎藤に稽古を付けて貰った後だった。
鶴を優しい瞳で見つめ、心なしか嬉しそうな斎藤に、羽衣は作り直して良かったと安堵した。
…の、だが。
「あれ?左之さん。それ何?」
夕餉の時、総司に指摘されたのは斎藤ではなく…左之助だった。
御膳の横にちょこんと置いてある鶴を見て、総司は眉根を上げて尋ねる。
「ん、これか?さっき羽衣に貰ったんだよ」
総司の反論の言葉は、ゴホッと斎藤が飲み物を吹き出した音で掻き消された。
ゴホゴホとむせ返っている様を見兼ねた土方が、「斎藤、大丈夫か!?」と心配する。
「…申し訳ありません。失礼しました」と答えた声も何処か掠れていて、珍しく動揺した様子の斎藤に一同は驚いていた。
「…ふぅん、そっか、羽衣と仲良くなってくれて嬉しいよ。因みに、僕は数え切れないほど貰ってるけどね」
「「((目が笑ってねぇ))」」
口調とは裏腹に、翡翠色の瞳が嫉妬の炎で燃えているのは気のせいだろうか。
左之助は厄介な奴を敵に回したなと悟り、新八ははしゃいで羽衣に食べさせようとしていた手をピタリと停止させた。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ一方で、自分の勘違いに気付き、後悔の念に駆られている者もいて…
「(皆(みな)に渡していたのか…)」
自分だけにくれたのだと、当たり前にそう思ってしまった自分が恥ずかしい。
斎藤はほんのりと顔を赤く染めながら、自室の良く見える位置に飾った鶴を思い出していた。
斎藤が恥ずかしさと寂しさを感じているとは知らずに。
一番出来の良かった鶴を斎藤が貰ってくれたことに、とても満足している羽衣なのだった。