第十話「新年の宴」
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相変わらずの厳しい寒さが続いていたが、雲一つない晴れ晴れとした天気の中。
新しい年を迎えた今日、試衛館でも細やかな新年会が開かれようとしていた。
「皆、盃を持ったか?」
「「「「持ちました!」」」」
「この1年も色々あったが、こうして無事に乗り越えられた。日々稽古に励んでくれて感謝している。
今日は無礼講だ。楽しんでくれ!
それでは…………乾杯!!」
「「「「かんぱ〜い!!」」」」と皆は盃を掲げる。
師範代である近藤の乾杯の音頭を合図に、門弟子達は新年の宴に心躍らせた。
『近藤さん、歳兄!あけましておめでとうございますっ』
しっかりと新年の挨拶をする羽衣に、近藤と土方は同時に頬を緩めた。
「あけましておめでとう、羽衣ちゃん」
「今年も宜しくな」
『はい!』
いつものように無邪気に笑う羽衣だが、何かを待つようにそわそわと2人を見上げる。
そんな彼女の言動に気付き、「着物似合ってるじゃねぇか」と土方は笑った。
『!ほんと?』
「ああ。総司が買ってくれたのか?」
『はい!お正月だからって今朝着せてくれて…』
「本当に良く似合ってるぞ!羽衣ちゃんは江戸一…いや、日本一…いや、世界一のべっぴんさんだっ!」
そう力強く言い切る近藤に、羽衣は『えへへ』と照れてしまう。
「お?羽衣ちゃん可愛いじゃねぇか!」と煮干しを咥えた新八がひょいっと顔を出した。
「羽衣は元々べっぴんだしな。まぁ、お転婆すぎて忘れちまうけど」
『!左之兄、ひどい』
「何だよ?褒めてんじゃねぇか。近藤さんの言う通りだよ」
ふっと小さく笑いながら羽衣の頭を撫でる左之助に、「左之だけずりぃぞ」と新八がむくれた。
「ほーら羽衣ちゃん、この逞しい新八兄さんの胸に飛び込んできな!」
『うんっ!』
両手を広げる新八の元にだっと駆け出した羽衣だったが、その間にすっと割り込んだ者がいた。
羽衣は勢いのままその胸の中に飛び込んでしまうと、ぎゅうっと優しく抱き締められる。
「羽衣、新年からあんな汚れた大人の胸に飛び込んじゃ駄目だよ?」
『に、兄様…?』
「なっ汚いだと?毎日体洗ってるぞ!?」
ガーンと衝撃を受ける新八を無視して、「本当に可愛いよ、羽衣」と自分があげた着物を身に纏う妹を、改めて見つめる総司。
皆が可愛い可愛いと声を揃えて言うくらい、羽衣の着物姿は良く似合っていた。
淡い桜模様の着物が色白の肌を包み、綺麗に纏めた髪は簪で留めていて、そのどれもが彼女の持つ可憐な魅力を増している。
高い高いをされてきゃっきゃっと無邪気にはしゃいでいると、「〜〜総司、少しは俺にも代われ!」と新八が悔しそうに嘆いた。
「新年早々、賑やかですね」
『先生!』
そこには、井上と共にお雑煮を運ぶ羽衣の先生…基、山南の姿があった。
『わたしもお手伝いしますっ』と総司の腕から降りたと同時に、羽衣は慌てて近付いていく。
実は、羽衣の花嫁修行と言う名の家事特訓は今も尚続いていて、料理の腕も少しばかり上達していた。
その証拠に、昨日は皆の布団を干したり、今日も井上と共に汁粉を煮ることで大忙しだった。
「今日は大丈夫ですよ。折角そんなに綺麗な着物を着てるんですから」
『あ…これ、兄様が買ってくれたんですっ』
「そうですか、沖田くんが…それは良かったですね」
いつも走り回ったり男子に紛れて木刀を振ったりとお転婆な羽衣だが……やはり可愛らしいものや女子らしいものは好きなのだ。
又もや褒められたことが嬉しく、着物の色のように頬を染めてはにかむ羽衣。
その愛らしい姿を見て、山南を通り越して総司の胸にハートの矢が命中していた。
「っっ近藤さん…僕、酒屋で働いてることを良いことに毎晩集りに来る無礼な連中に腹が立っていたんですけど、今日まで一生懸命働いてきて良かったです」
「ああ…ああ!総司、良く頑張ったな、本当に偉いぞ!」
「…おい。その無礼な連中ってまさか俺のことじゃねぇだろうな?」
「お前のことだ、新八」
年の始めから、可愛い妹のこんなに嬉しそうな笑顔を見れるとは…と感激する総司に、思わずもらい泣きする近藤。
ポンッと肩に左之助の手が乗ると、「お前も人の事言えねぇだろ…!」と新八は別の涙を浮かべた。
「…そ、そういやあ、平助と斎藤は今日こねぇのか?」
わざとらしく話題を変えた左之助に、ぴん!と犬の耳が立ったように反応する羽衣。
「ああ、平助は少し遅れて来ると言ってたぞ」
「あれ、そういえば一くんは?朝素振りしてるのは見たけど、」
『一様、探して来ますっ』
土方が答えると、元旦にも関わらずいつも通り鍛錬していた仲間の姿を総司も思い出す。
羽衣は朝挨拶したきり会っていなかった斎藤を探す為、雑煮を食べ終えると部屋を飛び出したのだった。
***
斎藤の部屋を訪れてもその姿はなく、羽衣は庭に回ることにした。
思った通り彼はそこにいて、縁側に腰掛け一本の木を見上げているようだった。
羽衣はゆっくり近寄っていくとすぐに目が合い、ドキリと心臓が高鳴る。
『は、一様、どうかされました?』
「………………羽衣、」
「一瞬、別の者かと思ってしまった」と少し驚いた顔をする斎藤に、羽衣はコテンと首を傾げる。
すぐにハッとし、挨拶の時は共に稽古をしていたので、斎藤にこの着物姿を見てもらうのは初めてだと気付く。
じっと見据える紺青色の瞳に自分が映っているのがわかると、羽衣は何故か何も言えなくなってしまった。
『え、えっと…っ今朝兄様が着せてくれたんです』
『どうですか?』とくるりと回って見せる。
皆に可愛いと褒められていた為、斎藤ももしかしたら…と羽衣は期待した目で見上げる。
だが、繋がっていた筈の視線はすっと逸らされ、「そうだな…」と斎藤は何処か気まずそうに口籠った。
「良く、似合っている」
『!!』
ふ、と優し気に揺れる瞳と再び視線が合うと、羽衣の顔はボボッと朱に染まっていった。
それは「!羽衣、どうした?」と斎藤が動揺する程で、一気に高熱が出たような感覚に陥る。
「もしや、また熱が…?」
『っわあ!大丈夫です!元気いっぱいです…!』
心配そうな顔をした斎藤が近付いてくるのがわかると、羽衣は取れそうな勢いで手を左右に振った。
……数日前、羽衣は平助と共に試衛館で雪合戦をし、その後風邪を引いてしまった。
その時のことを斎藤は気にしていて、また、そのせいで羽衣にも心残りがあった。
『……一緒に、初日の出を見たかったです』
ぽつりと呟いてから斎藤を見ると、再び頬が熱くなっていく。
てっきり「誰とだ?」と返されると思っていたのに、斎藤はその相手が"自分"であるとすぐに理解してくれたらしい。
「…また風邪を引く可能性があったからな」と静かにその時のことを思い出していた。
『でも、毎年すごく楽しみだったんです…』
「……そうか」
しゅん、と落ち込む羽衣の言葉を、静かに受け止める斎藤。
「…今すぐ羽織りを着て、厚着をしろ」と唐突に言われ、『??』と羽衣は首を傾げた。
「その間、俺は土方さんに伝えてくる」
『え、え?何を、ですか?』
「…羽衣と初詣に出掛けると、」
聞いただけで胸が高鳴る誘いに、羽衣はきょとんと目を丸くさせ。
『……はいっ!』とすぐに満面の笑みで頷いた。