第九話「冬に咲く雪兎」
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秋が終わると江戸の町も一気に寒さに包まれ、人々は火鉢の側で身を温めていた。
パラパラと雪が降れば途端に銀世界となり、幻想的な景色が広がる。
家の中で過ごす者が多い中…寒さに負けない元気な少女がここにいた。
『出来たっ!』
完成した"それら"を眺め、ふ~と汗を拭うフリをする。
丸まった雪には耳と目が付いていて、南天の葉と実をそれに見立てていた。
何個もの雪うさぎを並べてみた羽衣は、その出来に満足そうに頬を緩める。
「おー羽衣じゃん!何してんだ?」
『平ちゃんっ』
上機嫌のまま振り向くと、こちらに向かって手を上げる青年の姿があった。
たたた、と迷わず小走りで近付く羽衣に対して、人懐こい笑みを浮かべるのは藤堂平助だ。
彼は元々、新八と左之助の飲み仲間であったが、2人の紹介もあって他流試合に頻繁に参加するようになっていた。
"流派は違えど志は同じだ"
近藤の言葉に反論する者はおらず、今では他流試合以外でも稽古に参加したり、夕餉の時間を共に過ごす間柄となった。
羽衣も、新八や左之助と親しくしている者…ということもあり、平助と仲良くなるのに時間はかからなかった。
それに何より、彼は羽衣と気が合った。
『今ね、雪うさぎ作ってたのっ』
「雪うさぎ?へ~すげぇじゃん。いっぱい作ったんだな」
『えへへーこれ、平ちゃんに1個あげる!』
『はいっどうぞ』と両手でそれを持ち上げる羽衣に、平助は少し照れ臭そうに頬を掻いた。
「さんきゅーな」
『どういたしまして!』
ニコニコ笑う羽衣と暫く微笑み合っていたが、平助は雪を持った両手が徐々に冷たくなっていることに気付いた。
貰ったはいいものどうすればいいんだ…?とぐるぐる目を回し、「(助けて左之さん…!)」とここに居ないが女性の扱い方がやけに上手い悪友に助けを求める。
平助の心情も知らず、羽衣は『ちょっと待っててね…!』と雪うさぎを持ち、試衛館の中へと入っていった。
秒速で戻ってきては空になった両手でもう一度
それを持ち、だっと中へと消えていく。
時間にしては数分だったが、平助の元へ戻って来た羽衣は満ち足りた顔をしていた。
「…えっと、羽衣?取りあえず、このうさぎここに置いていいか?」
『うんっ待たせてすまない』
「ぶっ!」
ペコリと丁寧にお辞儀をしながらも、口調が伴っていない。
平助は目を丸くした後、「あはは!」と堪え切れずに吹き出してしまった。
そんな平助に、羽衣本人はきょとんとしている。
『?平ちゃん?』
「ごめんごめん!だってさ、今の言い方一くんそっくりなんだもん……あーおもしれー」
一瞬、本当に斎藤が話しているのかと思ったくらいだ。
新八や左之助が「「羽衣と居たら飽きない」」と、口を揃えて言っていた理由がわかった気がする。
暫く頭の上に『?』マークを浮かべていた羽衣だったが、『そうだ!』と途端にキラキラ目を輝かせ始めた。
『平ちゃん!雪合戦しましょう!』
「え?雪合戦って……良いけど、羽衣寒くないのか?」
『うんっ寒くないよ』
平助も遊びたいのは山々だが、男女の力の差も体格差もあるので、果たして勝負になるのだろうか?と考えてしまう。
"わざと負けてあげる"という選択肢が思い浮かばない平助は、うーんと頭を悩ませる。
だが、彼がそうこうしている隙にせっせと雪を集めていた羽衣は、思いっきりそれを投げ付けた。
「!…っ!?」
『やった!当たったー!』
きゃっきゃとはしゃぐ羽衣の姿を見て、平助の中でカチーンと何かが切れる音がした。
それを合図に、自分の足元の雪を高速で丸め、負けじと羽衣に向かって投げる。
『わ、わわ…!』
「へっへ~んどうだ!俺に当てるなんざ100年早……っっうお!?」
伊達に寺子屋で男子達と戦っていないので、羽衣にとっては反撃することなど朝飯前だった。
雪を顔面にくらった平助はよろめきそうになりながらも何とか保ち、2人の間だけに吹雪が通り過ぎていく。
暫く見つめ合い、ほぼ同時に動き出した瞬間、手に持っていた雪を投げ付け合ったのだった。
***
「お、何だ?これ」
一方、廊下を歩いていた土方は、部屋の窓の外に置いてある物体をまじまじと見つめていた。
丸い目をした雪うさぎから視線を逸らし、部屋の主へと声を掛ける。
「斎藤、いるのか?」
「お呼びでしょうか」
スパ!とすぐに襖を開けた斎藤に、「っ!?」と一瞬驚く土方。
慌てて咳払いで誤魔化しつつ、「大した用じゃねーんだけどよ、」と窓際にもう一度視線を戻した。
「この雪うさぎ…お前が作ったのか?」
「?いえ。それは先程、羽衣が持って来たものですが」
土方は心の中で「そりゃそうか」と自分自身にツッコミを入れていた。
斎藤には悪いが、彼が雪うさぎをせっせと作っている姿など想像したところで無理がある。
「…それがどうかしたのですか?」
「あ、ああ。何でもねぇんだ、ただ、お前の部屋にしては珍しいもの置いてると思っただけで、」
もしや斎藤は、いつでも眺められるように窓の外に置いているのだろうか。雪が溶けないように配慮して……
何だかんだ世話を焼きつつも羽衣のことを大切に想っている彼なので、その可能性は十分にあり得る。
土方は1人で気恥ずかしくなり、慌てて別の話題を探した。
「そういやぁ、羽衣は何処にいるんだ?」
「先程平助が来ていたので、恐らく庭で一緒に遊んでいるかと」
「平助が?」
どうやら話によると、平助は近藤から土産を渡されていたらしい。
土産の為に呼び出したのか…とも思うが、きっと近藤のことだ。平助がちゃんと食べているのか、上手くやっているのかが単純に気になるのだろう。
「土方さん、先程外出されていたようなので、挨拶出来なかったと申しておりました」
「そうか。それじゃ、俺も顔見せに行くとするか」
「ならば俺も同行します」
当たり前のように後ろから付いて行こうとするので、土方も反応するのが遅れてしまった。
「いや何でだよ?」
「羽衣が俺の部屋を訪ねに来てから暫く経つので、様子を見に行こうかと。まだ遊んでいるようなら風邪を引いてしまう恐れがあるので」
「………………斎藤。本当にお前は…」
「?」
"過保護の母親みてぇだな"
と喉から出そうになった言葉を、土方は寸前のところで飲み込んだ。
伝えてしまえば2人の関係が変わってしまうかもしれないし、何より面倒なことに巻き込まれるのは御免である。
直感でそう感じ取った土方は、何事もなかったようにすっと前に向き直ったのだった。
……かくして、土方と斎藤が庭に着く前に、ギャーギャーと騒がしい声が耳に響いてきた。
何かあったのではと彼等の足は自然と速くなっていき、終いにはだっと駆け出していた。
「おい!一体何があ『いっくよー平ちゃん!』
「はっはーやれるもんならやってみろ!!」
『くらえ!高速投げっ!』
「…よっ…よっと…!羽衣、そんな投げ方じゃ俺は倒せねぇぜ!」
「「……………………」」
わははは!と笑いながら雪の中を走り回る羽衣と平助。
良く見るとお互いの顔や髪、服には雪が付着してべとべとになっているが、特に気にならないらしい。
せっせと雪を掻き集めてはそれを相手に投げ、木に隠れたり身体を仰け反らせて避けたりと、これ以上ない程に雪合戦を満喫しているようだった。
「やるじゃねーか羽衣!でもこれを避けるのは難しい、ぜ…!」
『わわわ…!』
いつの間にか巨大な雪を丸めていた平助は、それを容赦なく羽衣に投げ付けた。
しかし、タイミング良く羽衣がバランスを崩したせいで、その雪玉は彼女を通り過ぎ……
ビチャ!と代わりに顔面に当たることになったのは、土方だった。
「……………………」
「………………………わ、悪い、土方さん」
当たった拍子に雪が弾き飛び、そこには土方…ではなく鬼の顔があったので、「ひぃ!」と平助は後ずさった。
斎藤に腕を引かれて身体を起こした羽衣も、その鬼(※土方)に向かって『と、歳兄…?』と恐る恐る声を掛ける。
「~~~~~てめぇら、ちょいと騒ぎすぎじゃねぇか?」
「……や、やばい、羽衣逃げろ!!」
『!わ、わかったっ!』
「っっ待ちやがれい……!!」
慌てて逃げ出した2人を、鬼の形相をした土方が追い掛ける。
ブチ切れた土方を止める者は居らず、斎藤は突然走り出した3人を呆然と見つめていた。
「ただいま~って、何の騒ぎ?」
「!総司、」
良きタイミングで帰って来てくれたことに一瞬喜んだ斎藤だったが、ハッと気付いた。
総司のことだ、この状況を余計に悪化させてしまうかもしれない…と。
「っ総司、これは決して土方さんが遊んでいる訳ではない。これは…」
「そうだろうね。羽衣と平助が雪合戦でもしていたところに土方さんが来て、巻き添えにあったんじゃない?」
「!そ、その通りだ」
スラスラと考えもせずに正解を言い当てた総司に、思わず目を見張る斎藤。
だが、「羽衣のことなら何でもわかるからね」と総司にとっては難しいことでも何でもないらしかった。
必死で逃げ回っていた羽衣は、兄の姿を見つけると『兄様ー!』と涙目で走り寄った。
『お、鬼……歳兄が怖い、ですっ』
「羽衣…よしよし、もう大丈夫だからね」
総司の後ろに隠れて、助けを求めるようにぎゅううと服を掴む羽衣。
まだまだ幼い彼女だが、兄はどんな時も自分の味方になってくれることを知っていた。
"兄様助けて"と潤んだ瞳で訴えるが、総司は目線が同じになるようにすっとしゃがみ込んだ。
この行動は、昔から羽衣に言い聞かせる時にするものだ。
「……羽衣、土方さんは確かに捻くれ者の暗い性格の人だけど、理由もないのに怒りはしないよ」
「おい」
やっと追い付いた土方は、平助の首根っこを掴みながらぜぇぜぇと息を切らす。
「悪いことをしたと思ったら、ちゃんと謝らないと」
『……………はい』
どの口が言うんだと土方や斎藤、捕まえられた平助までもが心の中で総ツッコミを入れた。
羽衣は小さく頷き、くるっと土方の方に向き直る。
『歳兄、うるさくして、雪玉ぶつけてごめんなさい……』
「おお……遊ぶのはいいが、あまりはしゃぎ過ぎるなよ。まぁぶつけてきやがったのは平助だけどな」
その言葉に、妹の成長を見守っていた総司の耳がピクッと動いた。
「それ、本当ですか?」と翡翠色の瞳がゆらりと揺れると、平助の顔からはダラダラと冷や汗が流れ出た。
「それなのに羽衣を巻き添いにしたってこと…?」
「えっちょ、待て総司……落ち着けって、」
「覚悟は出来てるんだよね?土方さん、そのまま押さえてて下さいね」
「な、何だよ怖いって……てちょ、待っわ、わーーー!!」
「(……平助、哀れなり)」
斎藤は静かに目を瞑り、試衛館には青年の叫び声と鈍い音が響き渡ったのだった。