第八話「秋日に笑う声」
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木枯らしが吹き、秋の終わりを告げる頃。
江戸の剣術道場である試衛館の庭では、何かを焼く音と香ばしい匂いが立ち込めていた。
「あ、これもうちょっとで焼けそうだよ。羽衣」
『ほんとですか?兄様っ』
落ち葉をたくさん敷き詰めた中に、木の枝を入れながら確認する総司。
その横で羽衣はまだかまだかと言わんばかりに瞳を輝かせていた。
***
事の始まりは、寺子屋から帰って来た羽衣が、空を見つめながら『やきいも…』とポツリと呟いてからだった。
それも虎徹が、昨日おやつに焼き芋を食べたのだと自慢気に語っていたからで。
目に入れても痛くないほど愛おしい妹のお願いに、総司が何もしない筈がない。
試衛館に帰って来ては近藤に断りを入れ、流れるように落ち葉を集め、慣れた手付きで火打ち石を付けた。
まるで焼き芋を焼く為に生まれて来た者のような集中力を見せ、その姿は職人も顔負けだった。
『やっきいも~やっきいも~ホクホクやっきいも~!』
「羽衣、火の近くであまり騒ぐのはよせ。危険だ」
焼き芋の歌(作詞作曲・沖田羽衣)を口ずさんでいると、こちらも木の枝で突いていた斎藤に叱られた。
しゅん…と落ち込む羽衣を見兼ねて、焼いていた焼き芋をすっと取り出す。
「そろそろ頃合いだろう」
『……!』
「?どうした。早く食べねば、冷めてしまうと思うが…」
自然に差し出され、ポカンと呆ける羽衣に斎藤は首を捻る。
…のも束の間、すぐにハッと何かに気付いたような顔をし、彼は焼き芋にふーふーと自身の息を吹きかけ始めたではないか。
それを何の躊躇いもなしに「もう熱くないだろう」と再び差し出されたので、羽衣の顔はボンッと赤く染まった。
「?…まだ食べられそうにないか?」
『い、いえ…!ありがとうございます…』
幼子を相手にするような対応に少しだけ傷付いたもの、やはり嬉しいものは嬉しい。
頬を染めながら焼き芋を受け取る羽衣に、斎藤も表情を緩めた。
その時、「何だ?美味そうな匂いだな」と聞き慣れた声が響き、皆の視線は一度そちらに逸れる。
『左之兄!』
「よ、羽衣。元気そうじゃねぇか」
『うんっ元気ですっ!』
「ははっそりゃあ良かった」
ポンポンと左之助に頭を撫でられ、嬉しそうにはにかむ羽衣。
いつもならその愛くるしい顔が他者に向けられていることに腹を立てる総司だが、今回ばかりは違った。
斎藤と羽衣の甘い雰囲気(←総司にはそう見える)を邪魔してくれたことに、ナイス左之さん!と心の中で素直に感謝しているようだ。
『兄様、左之兄にもあげていい?』
「いいよ。僕が焼いたのを半分あげる」
「えっ本当か?」
いつもの総司なら、「羽衣の為に焼いたものをあげるわけないじゃない」と言い捨てそうなのに。
じっと疑いの眼差しで見つめる左之助に気付いた総司は、「…嫌ならあげないよ」と半分に割った焼き芋を引っ込めようとした。
「いや…っ冗談だって!くれくれ」
「しょうがないなぁ…ほら、一くんにも半分あげるよ」
「それでは総司の分がなくなってしまうだろう」
『!じゃあ、兄様はわたしと半分こしましょうっ』
『一様良いですか?』とくるっと振り返り確認を取る羽衣に、斎藤は僅かに微笑みながら頷く。
こうして、総司が焼いた芋は左之助と斎藤に譲り、斎藤が焼いた芋は羽衣と総司で仲良く分けることとなった。
『いただきまーす!』と元気の良い羽衣の声を合図に、其々はパクッと口にする。
『~~っ美味しい~~!』
「うん…良く出来てるかも」
「…ああ。この火の通り加減が絶妙だ」
「本当うめぇぜ…やるなぁお前ら「左之!こんなとこにいたのか!」
焼き芋を片手にじーんと感動する面々に、バタバタと豪快に駆け寄って来る足音があった。
『新兄!』とさっきと同じく羽衣がいち早く反応するも、新八は状況を理解するなりムッと眉根を寄せる。
「俺が探し回ってる間にな~に呑気に芋なんか食ってんだあ!?」
「し、新八…悪かったって。羽衣の顔見てから行こうとしたら、美味そうなもの焼いてたからよ」
「ほーお?勿論俺の分も残してあるんだろーな!」
「ある訳なかろう。そもそも羽衣が焼き芋を食べたいと言うので、その為に焼いていたものだ」
興奮気味の新八にどうどうと左之助が手を横に振っていれば、斎藤から絶望的な事実を告げられた。
ガーンとショックでよろめきそうになりながら、「そうかよ……」と新八は身体を震わせ始めた。
焼き芋が食べれないことよりも、仲間外れにされたことが彼にとっては重要なことなのだ。
「ま、まぁ…今回だけは大目に見るとしよう。それよりも左之!早く行かねぇと日が沈んじまう」
「おお、そうだったな。じゃあなお前ら、ご馳走さん」
急ぐ2人をきょとんと目を丸くして見ていた羽衣は、『何処か行くの?』と尋ねる。
「悪いな羽衣ちゃん。俺と左之はこれからちょっとばかし用があるんだ」
『?何の用事?』
「何のって…そりゃー……」
目線が同じになるくらいに屈み、羽衣の頭を撫でながら答える新八。
子供の純粋な質問に「う゛」と胸を打たれ、新八の笑顔はだんだんと引きつっていった。
何処までも澄んだ瞳を直視出来ず目を回す新八から、総司は羽衣を引き離すようにひょいと抱き上げた。
「邪魔しちゃ駄目だよ羽衣。新八さんはこれから、女と乳繰り合いに行くんだから」
「「「!!??」」」
さらりととんでもないことを言う総司に、新八と左之助は勿論、静かに事の成り行きを見守っていた斎藤までもが大きく目を見開いた。
降ろされた羽衣だけが意味を理解しておらず、頭の上に『?』マークをたくさん浮かべている。
『ちちくり…?どういう意味ですか?』
「そうだなあ。羽衣にもわかるように言うと、女の人と仲良くなってイチャイチャするってことかな」
「!?そ、総司てめぇ…っ!何言ってんだ!」
「羽衣の前で説明することじゃねぇだろ!」
「え?僕間違ったこと言ってる?それに、新八さんや左之さんが羽衣に軽蔑されようが嫌われようが、僕には関係ないし。
寧ろ喜ばしいな」
「お前……最後の思いっきり本音だろ」
ボソッと聞こえた一言に、わざと羽衣に教えているに違いないと、左之助は確信する。
どんどん下世話な会話になっていくので、状況が読み込めていない羽衣の耳を斎藤が両手で塞いだ。
「大体なぁ、そんな溜まってねぇよ…!!」
「新八は兎も角、俺は女には困ってねぇからな?今日はただ飲みに行くだけだって」
「ふーん…"今日は"ねぇ~」
「「(しまった……)」」
悪魔(総司)の前で墓穴を掘ってしまった…と、暑くもないのに2人の背中から汗が流れていく。
一回りも幼い少女に何を言い訳してるのだろうかと思えど、左之助も新八も羽衣に嫌われたくないと必死なのだ。
大の大人達がギャーギャー騒いでいる中、『つまりどういうことですか?』と斎藤に尋ねる羽衣。
「つまり……………左之と新八は外へ飲みに行くということだ」
『えっでも、今日は竹トンボの作り方を教えてくれるって…』
「(そ、そうだった…)」
斎藤からその事実を聞いた羽衣がしゅん…と落ち込むと、左之助はハッとした表情を浮かべた。
ダラダラと冷や汗を流す親友の姿に、「左之…お前、そんな約束してたのか」とこちらも表情が固まる新八。
『今日、ダメなの?』
「っそんな顔すんなって。竹トンボはまた今度教えてやるから…な?」
『……………うん』
「悪いな、羽衣ちゃん」と詫びる新八と共に、左之助は羽衣の頭を撫でた後去って行ってしまった。
「羽衣、竹トンボなら僕と一緒に作ろう?」
『兄様、』
俯きながら、ふるふると首を小さく振るう羽衣に総司は眉根を下げる。
竹トンボを作りたいのは勿論だが…それよりも、左之助が一緒に遊んでくれることが嬉しかったのだ。
きゅっと自分の衣の裾を握る羽衣を、斎藤は静かに見つめていた。