第七話「親心子知らず」
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実りの秋、食欲の秋、読書の秋。
沖田羽衣の場合はー……
「あと50回!姿勢が崩れてるぞ!」
「「「『はいっ!』」」」
ブンッと木刀が空を切る音が道場に響き渡る。
"天然理心流道場"では近藤勇の指導の元、門下生達が素振りを繰り返していた。
疲れから姿勢を乱す者が多い中、最年少の羽衣は素振りを始めた時から美しい姿勢を保っていた。
それも、斜め前で同じ姿勢を取りながら素振りをする、斎藤をお手本にしているからで……
「よし、そこまで!!」
どっと床に崩れ落ちる門下生達に紛れ、斎藤だけは静かに額の汗を拭っていた。
いつ何時も己に余裕を持つ姿勢は羽衣の憧れで、非常に尊敬出来る。
いつものように小走りで彼の元へ行こうとした、その時……
「山南くんじゃないかっ!」
近藤の声にハッとして、道場の入り口を振り返った。
そこに佇んでいた人物と何故かすぐに目が合い、ニッコリと微笑まれる。
見るからに物腰柔らかそうな風貌で、丸縁の眼鏡がよく似合う青年…山南敬助だ。
「いや~良く来てくれた、歓迎するぞ!」
「お久し振りです、近藤さん。他流試合の時以来でしょうか」
「今日からは共に過ごすのだ。ぜひ我が家だと思って寛いでくれ!」
「ありがとうございます」
門下生達は休息を取りながらも2人の会話に耳を傾けていた。
自然と斎藤の隣に移動した羽衣も、静かに事の成り行きを見守る。
ポカンと呆ける門弟達に気付いた近藤は、「丁度良い、皆(みな)に紹介しよう!」と弾んだ声で言った。
「本日から天然理心流道場に入門することになった……山南敬助くんだ。皆、宜しく頼むぞ!」
「どうぞ宜しくお願いします」とニッコリ笑う山南に、羽衣はパチパチと瞬きを繰り返した。
***
夕餉の時、山南の歓迎会と言う名目で酒が振舞われていた。
「山南さん、良く来てくれたな。これで俺達も心強いってもんだ」
「そう言って頂けるなんて光栄です。取り合えず邪険に思われていないようでホッとしました」
「何を言う!門下生の皆も目標となる人物が増えて、大いに喜んでいるぞ」
前から交流のあった土方、山南、近藤の3人は笑い合いながら晩酌を楽しんでいた。
と言っても土方は酒に弱く、近藤は下戸であるので主に飲んでいるのは山南だけであるが。
「まっさか山南さんが天然理心流に加わるとはなぁ!」
「ま、これから仲良くやろうぜ」
酒好きでお馴染みの新八と左之助も、嬉しそうに焼酎を味わっていた。
これらの酒の提供者である総司はというと、(←酒屋で働いている為)山南の入門を喜ぶ近藤に少しばかり嫉妬していた。
面白く無さそうに盃を持つ総司の隣では、羽衣が居心地悪そうにしている。
「どうしたの?羽衣。さっきから全然食べてないじゃない」
『……だいじょぶ、です』
心配して問い掛ける総司に、「何!?具合でも悪いのか?羽衣ちゃん…っ」と慌て出す近藤。
山南がこちらを見ると、羽衣は慌ててサッと総司の背中に隠れた。
「…どうやら、警戒されているみたいですね」
「な、何?山南くんは怖くないぞ?」
「そーいえば、俺と最初に会った時も人見知りしてたなぁ」
頭に「?」マークをたくさん浮かべる近藤だが、左之助は羽衣の人見知りする性格を理解していた。
きゅっと小さな手で必死に総司の衣を握る羽衣に、山南も困った笑みを浮かべた。
「初めてではないんですけどねぇ…前に一度お会いしてますし」
『……??』
「そうだね。確か羽衣が4歳位の時かな?山南さんに字の書き方なんかを教わっていたじゃない」
総司の言葉を聞き、羽衣は混乱しながらも必死で記憶を掻き集める。
確かに、まだ字が読めなかった時、本を使いながら丁寧に教えてくれた人がいたような…
慣れない手付きで筆を動かし、当時教えてくれた"先生"の名前を書いたら、とても喜んでくれた。
曖昧だった記憶が徐々に戻ってくると、羽衣は漸くそろりと総司の背中から顔を覗かせた。
『……あの時の、先生ですか?』
「思い出してくれましたか?羽衣さん」
『っはい!』
パアアッと顔を輝かせ、『先生だぁっ』と喜ぶ羽衣に、山南も顔を綻ばせた。
「あーあ。またライバルが増えたね」
「ね、一くん」と隣で黙々と酒を嗜んでいる斎藤に、総司は同意を求める。
「……何の話だ?」
「またまた~どうする?『"先生"の方が一様より好きー』って言われたら」
「別にどうもしない。それは羽衣が決めることであって、俺が口を出すことではないからな」
「……素直じゃないなぁ」
幼い頃から、試衛館で共に過ごしてきた仲なのだ。
感情が乏しく、一見何を思っているのかわかりづらいが、彼が意外と子供っぽい性格であることは知っている。
「(まぁ、"総司にだけは言われたくない"って返されるだろうけど)」
くいっと再び酒を喉に流し込む総司を横目で見ながら、斎藤は視線を動かす。
すっかり気を許したようで、山南と楽し気に話す羽衣の姿がそこにはあった。