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久しぶりの家族での会食の後、家に泊まっていけばいいという義母の申し出を丁重に断り、一人暮らしの家に帰るという義兄の車に乗せてもらうことになった。
「泊まれば良かっただろう」
「兄さんこそ」
「俺は明日早いんだ」
「私だって、いつ招集があるか分からないので」
車内に沈黙が落ちる。義兄は眉を寄せて深くため息をついた。
「……やはり、無理があるだろう」
「無理なんて言っていたら、就職すらできませんでしたよ」
「家にはお前を養う財力は十分にある」
「私は今、やりたいことをやっているんです」
似たようなやり取りはエリオスに入る時に何度もした。義母も義兄も反対し、唯一義父だけが賛成したのだった。
「相変わらず頑固だな」
「兄さんこそ」
「お前には負ける。父さんはいろいろと規格外だから何を考えていか分からんが、母さんはとても心配しているんだからな」
「…………分かっています」
母を亡くして伯父の養子になった私に、義母はとてもよくしてくれた。実の母よりも深い愛情を注いでくれたあの人には、ずっと心配を掛けさせてしまっている。それでも、私は辞めるわけにはいかない。止まってしまえば、動けなくなってしまう。だから、終わりが来るその日まで、前へ進み続けるしかないのだ。それがたとえ、小さな歩みだとしても。
翌朝のことだ。また気まぐれに遊びに来ておいて、フェイスは何か考え事をしているようだった。ソファに座り悩む横顔を見つつ仕事を進めていく。もう一段落したらお茶を入れてあげよう。そんなことを思っていたら、ようやく話をする気になったのか彼は顔を上げてこちらを見た。
「……司令」
「何かしら」
「……」
呼びかけておいて、また押し黙ってしまった。よほど深刻な問題なのだろうか。急かすと悪いから、本人の準備が整うまで待っていよう。止めた手をふたたび動かしていると、ゆらりと立ち上がる。再び手を止めて動向を見守っていると、デスク越しではなくすぐ隣にまでやって来てこちらを静かに見下ろした。
「……昨日の夜、一緒にいたのって、誰」
「……」
質問の意図をくもうとする内、思い至った可能性の一つが反応を遅らせる。フェイスはデスクに手をつき身をかがめ、いつになく近い距離に顔があった。どことなく機嫌が良くないことに疑問を覚える。この間の気まぐれといい、どうしたというのだろうか。
「前に恋愛するつもりはないって言ってたけど、気が変わった?司令は年上がタイプってわけ?」
「兄よ」
「…………え?」
簡潔に答えると、間の抜けた顔をする。早とちりで訳の分からない追求をしてくるなんて、らしくもない。
「昨日一緒にいたのは私の兄。久しぶりに家族で夕食をとっていて、送ってもらったのよ」
「……司令、お兄さんがいるの?」
「そうよ。写真見る?」
引き出しから写真を取り出して見せる。エリオスの就職が決まった時に記念で撮ったものだ。真ん中で車椅子に座る私、愉快そうに笑っている父と、不安そうに控え目に微笑む母、涼し気な表情の兄。
「これが、私の伯父で、母が亡くなった後に私を引き取ってくれた今の父。私は伯父夫婦の養子なの。兄とは従兄弟同士」
「……そう、なんだ」
「これで誤解は解けたかしら」
「…………うん。勝手に勘違いして、ごめんね。あ〜、恥ずかしい」
フェイスは片手で顔を覆ってしゃがみこんでしまった。髪の間から覗く耳が赤くなっている。これは、本当にどうしたものか。その内興味も薄れるだろうと思っていたが、何やら事態は予想を外れつつあるようだ。
「フェイス」
「……何?」
言うべきことは沢山あったが、その全てが「私はやめておきなさい」という一言に集約される。それはこの子を傷つけるだろうか。むしろ傷つけた方がいいのだろうか。そう悩む私と、どんな顔をしているのか気になっている私がいて、比重が後者へと傾いていく。手首を掴むと、力なんて込めていないのに驚くぐらい容易く赤く染まる頬を見ることが出来た。
「……ちょっと、じろじろみないでよ」
そう言う割には振りほどこうともしない。力の差なんて明らかだろうに。
「……好みのタイプとかは、よく分からなかったのだけど」
目が丸くなって、触れたところから硬直が伝わる。
「あなたのことは、可愛いと思うわ」
多分、言うべきではないことを口にしてしまった。でも、本当にそう思ってしまったのだ。
「……は?…………かわ、いい?」
嫉妬、焦燥、独占欲。今抱いている感情は、そんなところだろうか。でも、それだけでは足りない。足りないけれど、それでいい。私から手を伸ばすつもりはないのに、勝手に振り回されて、可哀想に。興味本位でちょっかいをかけてくるからいけないのだ。
言われ慣れない単語だったのか、目を白黒させている。そんな所も可愛いと思えてしまうのは、多少絆されてしまったのかもしれない。頭を一撫ですると、更に大きく目を見開いた。
「さて、仕事に戻るわ。あなたもそろそろ行きなさい」
そう言って視線を外して仕事の続きに戻る。名残惜しいなんて思わない。最初から私のものではない。
フェイスは視界の端でのろのろと立ち上がると、しばらくその場に留まっていたが、私がこれ以上何もする気がないと分かったからか、結局何も言わず足早に扉の方へ向かった。立ち止まってこちらを恨みがましげに見るものだから一応手を振ってみると、戸惑ったようだったが仕方のなさそうな顔をして手を振り返した。
4年前に殉職したはずの人間が生きてイクリプス側にいる可能性があるのなら、遺体不明で死亡扱いになった友人が生きている可能性もないわけではない、ということだ。だがゼロがディノ・アルバーニという確証はまだなく、その可能性を求めるのは親友に生きていて欲しいという願いが故の空論でしかなかった。
車椅子での射撃訓練を終えて、掌の感覚を確かめる。司令という立場上前線には出ないが、先日タワーが襲撃されたことを考えると、今後また同じことが起きないとも限らない。それならせめて、自分の身は自分で守らなければならないだろう。誰かに庇ってもらうなんて、もうこれ以上させる訳にはいかないのだ。
射撃場から出ると、廊下の壁に背を預けて音楽を聞いているフェイスの姿があった。何か考え事をしているようで、近くを通っても気が付かない。仕方なく服の袖を掴んで軽く引くと、ようやくこちらに目を向けて目を瞬かせながらヘッドフォンを首にかけた。
「……司令……えっと、お疲れさま」
「お疲れ様」
「ジャックからここにいるって聞いた時は耳を疑ったけど…………体は、平気なの」
「問題ないわ。研修も受けたから」
「……司令が銃を握る機会なんて、そんなないでしょ」
「そうね。でも、いつ何が起こるかわからないから、準備だけはしておかないと」
特に心の準備は念入りにしておかなければならない。いざと言う時に撃てない様では、訓練の意味が無い。だから、これは自分のためにやっていることなのだから、そんな心配そうな顔をしなくてもいいのに。いや、心配というか、どこか焦っているような気もする。
「どうして、そこまでしようとするの」
「どうして?いざと言う時、自分の身も守れないんじゃどうしようもないでしょう」
フェイスは言葉に詰まり、何を言うか探すように視線を彷徨わせた。いうべき言葉がやっと見つかったのか、珍しく真剣な表情を見せる。
「―――それなら。それなら、俺が司令を守るよ」
面倒事をのらりくらりと躱してやる気を見せず、主体性を見せなかった彼が、自らそんな言葉を口にした。それは、少しは成長したと見てもいいのかもしれない。だが、まだだ。それでは、まだ足りない。私は誰かに庇護されたいわけではないのだ。
「いいえ、必要ない」
「…………俺じゃあ頼りにならないって言いたいの?」
「いいえ。あなたが守るのは司令でなく市民よ。守るべきものを間違えないで」
彼なりに考えたことを否定されて、傷ついたような迷子の顔を見せた。けれど、ヒーローになったのなら、そうでなくてはならない。
「やっぱり、俺には司令の期待に応えるなんて、出来そうにもないよ」
「私はそうは思わない。あなたはまだ、途中なだけよ」
「…………途中?」
「そうよ、結論を出すには早すぎる。まだまだ、これからだわ。あなたになら、きっと出来る」
無責任で重たい言葉を無遠慮に投げかける。重心が後ろに移るのを見て、手を伸ばした。簡単には逃がさない。私のものよりも大きな手を、両手で握りしめる。この手には力があるのだ。他者を守れる、力が。私には持てなかったものだ。
「あなたには、あなたにしか出来ない事がある。あなたにしかなれないものがある」
私が失ったものを、あなたは持っている。自由に動ける体と、成長するための時間を。不安そうにしている顔を見上げ、どうにか安心させようと微笑む。兄へのコンプレックスを持ちながら尚ここまで来たのなら、諦めきれないものがあったのだろう。なら、期待し、信じることで重荷をあげよう。どうか、潰れないで。応えて見せて。そうでなくては始まらない
「期待しているわ、フェイス・ビームス。ルーキーヒーロー。周り道をしてもいい。逃げても、目を逸らしてもいい。だけど、いつか、自分自身の答えを見つけて、あなたがなりたいと思うヒーローになって」
「…………俺にはやっぱり、重すぎるよ」
苦し気に吐き出される言葉。そんな顔をしても、撤回なんてするものか。いくら逃げても構わないから、いつか、あなたが本当のヒーローになれる日を待っている。出来れば、私の命がまだある内にそれを見届けたいと、そう思うのだ。
特別任務によりゼロの確保に成功した結果、その正体はディノ・アルバーニだということが判明した。だが行方不明の親友が生きているのかはまだ分からない。確かめるためには、直にイクリプスを探る必要があった。
キースがロストガーデンへ向かうという情報を得た私は、上層部やブラッドには報告しない代わりに特殊な通信機を持たせることにした。以前から勝手な行動に目を瞑る代わりに友人の情報を頼んでいたこともあり、今回も何も言わずに了承してくれた。
ルーキー二人がついていくのは想定外だったが、今更止めさせるわけにはいかない。今の私は司令としてではなく、完全に個の人間として私情で動いている。それは立場ある人間としては許されることではないが、やりたいようにやると、もうとっくの昔に決めているのだ。
昔の知り合いに用意してもらった通信機はロストガーデンに降りた後も無事に機能し、周囲の音声を拾うことに成功する。これで準備は整った。後は、事が上手く運ぶのを祈るしかない。
そして、私はようやく辿り着くことが出来た。
「シリルという男の所在について知っていることがあれば教えてほしい。4年前、サウスのビル倒壊事件で行方不明になった男よ」
単刀直入に尋ねる。音声越しでは相手の表情を確かめることが出来ないが、少しの沈黙の後、男は口を開いた。
『その名前を知っているという事は、君が13期の司令だね。彼から話は聞いているよ』
当たりだ。生きている。だが喜ぶのはまだ早い。
『君は運がいい。今日は起きている日なんだ。シリル、お友達だよ』
その言葉に、息が一瞬止まる。そして―――
『レイラ?やあ、久しぶりだね』
懐かしい声を聞いた。4年ぶりだというのに、あっけらかんとした態度が声音でよく分かる。そう、幼なじみの親友はいつだってこうだった。
「……久しぶりね。そこにいるということは、そういうことでいいのかしら」
『そうだよ。まさか君とルシアがエリオスに入るとは思ってなかったから、敵同士になっちゃったね』
「いけしゃあしゃあと……本当に、相変わらずね」
『はは、そっちもね。体、大丈夫?』
「問題ない。助けてくれてありがとう。そっちは?」
今日は起きている日、と男は言った。ということは、寝ているのが常ということ。ビル倒壊の時、私は脊髄を損傷した。それを庇ったシリルの状態は、私よりも酷かっただろう。
『僕も平気だよ』
だからそれは嘘なのだ。でもそれはお互い様でもある。
『こっちでやりたいことがあるんだ。だから、また会えるかは分からないね』
「その内、連れ戻してやるわ。待っていなさい」
『楽しみにしてるよ、またね』
話はそれで終わりだった。今はまだ、生きていることが分かっただけで十分だ。これからのことは、一人だけではどうにもならない。組織的にイクリプスをどうにかしなければ、友人は戻ってこないだろう。
「キース、ルーキーを連れて即時撤退を。尚、私は目を瞑るので、あなたがたも同じように」
指示を出して応答を聞いてから通信を切った。後は三人とも無事に帰ってくれればいいのが、どういうつもりか本当に見逃す気でいるようだ。それなら心配はいらないということだろう。
深く、深く息を吐いて、天を仰ぐ。
「あいつがそう簡単に死ぬはずないのよ」
生きていた。生きていた。ルシア以外の誰も、生存の可能性なんてないと言っていたけれど、生きていた。私も、心のどこかではそう思っていたかもしれない。でも、諦めないでいて、本当によかった。
「泊まれば良かっただろう」
「兄さんこそ」
「俺は明日早いんだ」
「私だって、いつ招集があるか分からないので」
車内に沈黙が落ちる。義兄は眉を寄せて深くため息をついた。
「……やはり、無理があるだろう」
「無理なんて言っていたら、就職すらできませんでしたよ」
「家にはお前を養う財力は十分にある」
「私は今、やりたいことをやっているんです」
似たようなやり取りはエリオスに入る時に何度もした。義母も義兄も反対し、唯一義父だけが賛成したのだった。
「相変わらず頑固だな」
「兄さんこそ」
「お前には負ける。父さんはいろいろと規格外だから何を考えていか分からんが、母さんはとても心配しているんだからな」
「…………分かっています」
母を亡くして伯父の養子になった私に、義母はとてもよくしてくれた。実の母よりも深い愛情を注いでくれたあの人には、ずっと心配を掛けさせてしまっている。それでも、私は辞めるわけにはいかない。止まってしまえば、動けなくなってしまう。だから、終わりが来るその日まで、前へ進み続けるしかないのだ。それがたとえ、小さな歩みだとしても。
翌朝のことだ。また気まぐれに遊びに来ておいて、フェイスは何か考え事をしているようだった。ソファに座り悩む横顔を見つつ仕事を進めていく。もう一段落したらお茶を入れてあげよう。そんなことを思っていたら、ようやく話をする気になったのか彼は顔を上げてこちらを見た。
「……司令」
「何かしら」
「……」
呼びかけておいて、また押し黙ってしまった。よほど深刻な問題なのだろうか。急かすと悪いから、本人の準備が整うまで待っていよう。止めた手をふたたび動かしていると、ゆらりと立ち上がる。再び手を止めて動向を見守っていると、デスク越しではなくすぐ隣にまでやって来てこちらを静かに見下ろした。
「……昨日の夜、一緒にいたのって、誰」
「……」
質問の意図をくもうとする内、思い至った可能性の一つが反応を遅らせる。フェイスはデスクに手をつき身をかがめ、いつになく近い距離に顔があった。どことなく機嫌が良くないことに疑問を覚える。この間の気まぐれといい、どうしたというのだろうか。
「前に恋愛するつもりはないって言ってたけど、気が変わった?司令は年上がタイプってわけ?」
「兄よ」
「…………え?」
簡潔に答えると、間の抜けた顔をする。早とちりで訳の分からない追求をしてくるなんて、らしくもない。
「昨日一緒にいたのは私の兄。久しぶりに家族で夕食をとっていて、送ってもらったのよ」
「……司令、お兄さんがいるの?」
「そうよ。写真見る?」
引き出しから写真を取り出して見せる。エリオスの就職が決まった時に記念で撮ったものだ。真ん中で車椅子に座る私、愉快そうに笑っている父と、不安そうに控え目に微笑む母、涼し気な表情の兄。
「これが、私の伯父で、母が亡くなった後に私を引き取ってくれた今の父。私は伯父夫婦の養子なの。兄とは従兄弟同士」
「……そう、なんだ」
「これで誤解は解けたかしら」
「…………うん。勝手に勘違いして、ごめんね。あ〜、恥ずかしい」
フェイスは片手で顔を覆ってしゃがみこんでしまった。髪の間から覗く耳が赤くなっている。これは、本当にどうしたものか。その内興味も薄れるだろうと思っていたが、何やら事態は予想を外れつつあるようだ。
「フェイス」
「……何?」
言うべきことは沢山あったが、その全てが「私はやめておきなさい」という一言に集約される。それはこの子を傷つけるだろうか。むしろ傷つけた方がいいのだろうか。そう悩む私と、どんな顔をしているのか気になっている私がいて、比重が後者へと傾いていく。手首を掴むと、力なんて込めていないのに驚くぐらい容易く赤く染まる頬を見ることが出来た。
「……ちょっと、じろじろみないでよ」
そう言う割には振りほどこうともしない。力の差なんて明らかだろうに。
「……好みのタイプとかは、よく分からなかったのだけど」
目が丸くなって、触れたところから硬直が伝わる。
「あなたのことは、可愛いと思うわ」
多分、言うべきではないことを口にしてしまった。でも、本当にそう思ってしまったのだ。
「……は?…………かわ、いい?」
嫉妬、焦燥、独占欲。今抱いている感情は、そんなところだろうか。でも、それだけでは足りない。足りないけれど、それでいい。私から手を伸ばすつもりはないのに、勝手に振り回されて、可哀想に。興味本位でちょっかいをかけてくるからいけないのだ。
言われ慣れない単語だったのか、目を白黒させている。そんな所も可愛いと思えてしまうのは、多少絆されてしまったのかもしれない。頭を一撫ですると、更に大きく目を見開いた。
「さて、仕事に戻るわ。あなたもそろそろ行きなさい」
そう言って視線を外して仕事の続きに戻る。名残惜しいなんて思わない。最初から私のものではない。
フェイスは視界の端でのろのろと立ち上がると、しばらくその場に留まっていたが、私がこれ以上何もする気がないと分かったからか、結局何も言わず足早に扉の方へ向かった。立ち止まってこちらを恨みがましげに見るものだから一応手を振ってみると、戸惑ったようだったが仕方のなさそうな顔をして手を振り返した。
4年前に殉職したはずの人間が生きてイクリプス側にいる可能性があるのなら、遺体不明で死亡扱いになった友人が生きている可能性もないわけではない、ということだ。だがゼロがディノ・アルバーニという確証はまだなく、その可能性を求めるのは親友に生きていて欲しいという願いが故の空論でしかなかった。
車椅子での射撃訓練を終えて、掌の感覚を確かめる。司令という立場上前線には出ないが、先日タワーが襲撃されたことを考えると、今後また同じことが起きないとも限らない。それならせめて、自分の身は自分で守らなければならないだろう。誰かに庇ってもらうなんて、もうこれ以上させる訳にはいかないのだ。
射撃場から出ると、廊下の壁に背を預けて音楽を聞いているフェイスの姿があった。何か考え事をしているようで、近くを通っても気が付かない。仕方なく服の袖を掴んで軽く引くと、ようやくこちらに目を向けて目を瞬かせながらヘッドフォンを首にかけた。
「……司令……えっと、お疲れさま」
「お疲れ様」
「ジャックからここにいるって聞いた時は耳を疑ったけど…………体は、平気なの」
「問題ないわ。研修も受けたから」
「……司令が銃を握る機会なんて、そんなないでしょ」
「そうね。でも、いつ何が起こるかわからないから、準備だけはしておかないと」
特に心の準備は念入りにしておかなければならない。いざと言う時に撃てない様では、訓練の意味が無い。だから、これは自分のためにやっていることなのだから、そんな心配そうな顔をしなくてもいいのに。いや、心配というか、どこか焦っているような気もする。
「どうして、そこまでしようとするの」
「どうして?いざと言う時、自分の身も守れないんじゃどうしようもないでしょう」
フェイスは言葉に詰まり、何を言うか探すように視線を彷徨わせた。いうべき言葉がやっと見つかったのか、珍しく真剣な表情を見せる。
「―――それなら。それなら、俺が司令を守るよ」
面倒事をのらりくらりと躱してやる気を見せず、主体性を見せなかった彼が、自らそんな言葉を口にした。それは、少しは成長したと見てもいいのかもしれない。だが、まだだ。それでは、まだ足りない。私は誰かに庇護されたいわけではないのだ。
「いいえ、必要ない」
「…………俺じゃあ頼りにならないって言いたいの?」
「いいえ。あなたが守るのは司令でなく市民よ。守るべきものを間違えないで」
彼なりに考えたことを否定されて、傷ついたような迷子の顔を見せた。けれど、ヒーローになったのなら、そうでなくてはならない。
「やっぱり、俺には司令の期待に応えるなんて、出来そうにもないよ」
「私はそうは思わない。あなたはまだ、途中なだけよ」
「…………途中?」
「そうよ、結論を出すには早すぎる。まだまだ、これからだわ。あなたになら、きっと出来る」
無責任で重たい言葉を無遠慮に投げかける。重心が後ろに移るのを見て、手を伸ばした。簡単には逃がさない。私のものよりも大きな手を、両手で握りしめる。この手には力があるのだ。他者を守れる、力が。私には持てなかったものだ。
「あなたには、あなたにしか出来ない事がある。あなたにしかなれないものがある」
私が失ったものを、あなたは持っている。自由に動ける体と、成長するための時間を。不安そうにしている顔を見上げ、どうにか安心させようと微笑む。兄へのコンプレックスを持ちながら尚ここまで来たのなら、諦めきれないものがあったのだろう。なら、期待し、信じることで重荷をあげよう。どうか、潰れないで。応えて見せて。そうでなくては始まらない
「期待しているわ、フェイス・ビームス。ルーキーヒーロー。周り道をしてもいい。逃げても、目を逸らしてもいい。だけど、いつか、自分自身の答えを見つけて、あなたがなりたいと思うヒーローになって」
「…………俺にはやっぱり、重すぎるよ」
苦し気に吐き出される言葉。そんな顔をしても、撤回なんてするものか。いくら逃げても構わないから、いつか、あなたが本当のヒーローになれる日を待っている。出来れば、私の命がまだある内にそれを見届けたいと、そう思うのだ。
特別任務によりゼロの確保に成功した結果、その正体はディノ・アルバーニだということが判明した。だが行方不明の親友が生きているのかはまだ分からない。確かめるためには、直にイクリプスを探る必要があった。
キースがロストガーデンへ向かうという情報を得た私は、上層部やブラッドには報告しない代わりに特殊な通信機を持たせることにした。以前から勝手な行動に目を瞑る代わりに友人の情報を頼んでいたこともあり、今回も何も言わずに了承してくれた。
ルーキー二人がついていくのは想定外だったが、今更止めさせるわけにはいかない。今の私は司令としてではなく、完全に個の人間として私情で動いている。それは立場ある人間としては許されることではないが、やりたいようにやると、もうとっくの昔に決めているのだ。
昔の知り合いに用意してもらった通信機はロストガーデンに降りた後も無事に機能し、周囲の音声を拾うことに成功する。これで準備は整った。後は、事が上手く運ぶのを祈るしかない。
そして、私はようやく辿り着くことが出来た。
「シリルという男の所在について知っていることがあれば教えてほしい。4年前、サウスのビル倒壊事件で行方不明になった男よ」
単刀直入に尋ねる。音声越しでは相手の表情を確かめることが出来ないが、少しの沈黙の後、男は口を開いた。
『その名前を知っているという事は、君が13期の司令だね。彼から話は聞いているよ』
当たりだ。生きている。だが喜ぶのはまだ早い。
『君は運がいい。今日は起きている日なんだ。シリル、お友達だよ』
その言葉に、息が一瞬止まる。そして―――
『レイラ?やあ、久しぶりだね』
懐かしい声を聞いた。4年ぶりだというのに、あっけらかんとした態度が声音でよく分かる。そう、幼なじみの親友はいつだってこうだった。
「……久しぶりね。そこにいるということは、そういうことでいいのかしら」
『そうだよ。まさか君とルシアがエリオスに入るとは思ってなかったから、敵同士になっちゃったね』
「いけしゃあしゃあと……本当に、相変わらずね」
『はは、そっちもね。体、大丈夫?』
「問題ない。助けてくれてありがとう。そっちは?」
今日は起きている日、と男は言った。ということは、寝ているのが常ということ。ビル倒壊の時、私は脊髄を損傷した。それを庇ったシリルの状態は、私よりも酷かっただろう。
『僕も平気だよ』
だからそれは嘘なのだ。でもそれはお互い様でもある。
『こっちでやりたいことがあるんだ。だから、また会えるかは分からないね』
「その内、連れ戻してやるわ。待っていなさい」
『楽しみにしてるよ、またね』
話はそれで終わりだった。今はまだ、生きていることが分かっただけで十分だ。これからのことは、一人だけではどうにもならない。組織的にイクリプスをどうにかしなければ、友人は戻ってこないだろう。
「キース、ルーキーを連れて即時撤退を。尚、私は目を瞑るので、あなたがたも同じように」
指示を出して応答を聞いてから通信を切った。後は三人とも無事に帰ってくれればいいのが、どういうつもりか本当に見逃す気でいるようだ。それなら心配はいらないということだろう。
深く、深く息を吐いて、天を仰ぐ。
「あいつがそう簡単に死ぬはずないのよ」
生きていた。生きていた。ルシア以外の誰も、生存の可能性なんてないと言っていたけれど、生きていた。私も、心のどこかではそう思っていたかもしれない。でも、諦めないでいて、本当によかった。