route : Faith
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早朝、身支度を簡単に済ませてタワーの下に降り、散歩に行こうとしていると、朝帰りと思しきフェイスと鉢合わせた。
朝日に目を細め、口を開けて大欠伸をした彼は私に気がつくと、一瞬目を瞬かせてからにこやかに手を振った。一応は彼の上司なのだが、今は勤務時間外だし誰かに見られているわけではないので小さく手を振り返す。すると彼は少し可笑しそうに口元に手をやった。
「おはよう、フェイス」
「どうも、司令。髪下ろしてるから誰かと思ったよ。こんな早くに何してるの?」
「ただの散歩よ。そういうあなたは、クラブ帰り?」
「まあ、そんなとこ」
「そう。楽しんでこれたかしら」
今日の巡回は午後からと記憶している。今から睡眠を取れば問題はないだろう。そんなことを考えていると、フェイスが訝しげな顔をしていた。
「朝帰りなんて、って言わないの?」
「職務に支障をきたさないのなら、プライベートに口出しするつもりはないわ。今日は午後からの巡回だし、問題ないでしょう」
フェイスはまた目を瞬かせている。文句を言われないのであればそれにこしたことはないだろうに。
「何?」
「いや、意外だなって。そういうの厳しいタイプかと思ってた」
「言っておくけど、支障があれば厳しくせざるを得ないから、そうされたくないなら気をつけなさい」
「分かってるよ。それじゃあ、司令も体冷やさないうちに戻りなよ」
「お気遣いありがとう」
「どういたしまして」
またひらひらと手を振られたので、同じようにまた振り返す。彼は今度は隠そうとはせずに可笑しそうに笑って、鼻歌交じりに去っていった。
「どうも、司令」
軽い調子で執務中に部屋に入ってきたのはフェイスだった。胸の辺りで手を振っているのを見て、先日と同じように振り返すと彼は小さく笑った。
「こんにちは、フェイス。また息抜き?」
「そんなとこ。オフタイムだから司令と話そうかな、って」
この間の朝に会って以来、彼は度々訪ねてくるようになっていた。懐かれた、とまではいかないだろうが、少なくとも嫌われてはいないということだろう。
「見ての通り、私は仕事中なのだけど」
「でも、司令にも息抜きが必要だと思うよ」
本当に私を思ってのことなのか、その方が都合がいいからなのか、真意を確かめてみようとじっと見つめると、フェイスは気負うことなく微笑んで「何?」と小首を傾げる。
「まあ、いいけど。息抜きは確かに必要だしね、休憩するとしましょう」
おそらく後者の割合が大きいだろうけど、一理ある。時計を見ても丁度いい頃合だし、急ぎの仕事もなかったため了承すると、彼は少し意外そうな顔をした。
「司令って、堅物に見えてそういうとこ柔軟だよね」
「……堅物に見えるかしら」
「見た目はね。だってニコリともしないんだもん。けど、ふとした所で面白いよね」
聞き慣れない形容詞で表現された。私の性格を面白いなんて言う人は滅多にいないし、その奇特な人間は生死不明の行方不明だ。
「面白いの?」
「面白いよ。司令って変わってるよね。あ、これ、褒め言葉だから」
嫌味を言われている感じはしないので、純粋にそう思っているのだろう。悪感情を抱いていないのであれば何よりだ。マイナスからのスタートでは時間がかかりすぎる。
「それはどうも。お茶いれるから、座っていて」
「手伝おうか?」
「これも息抜きの一環だから、気にしないでちょうだい」
「……美味しい。司令、紅茶入れるの上手いね」
「でしょう。喫茶店でバイトしてたことがあるのよ」
「、そうなんだ」
視線が一瞬、満足に動かない足に寄せられたことには気がついた。けれど、気にしていないことをわざわざ言うのもわざとらしいので、何も触れないことにする。
「司令って、どうしてエリオスに入ろうと思ったの」
「ふふ、入所式の挨拶の時にも言ったのだけど、そういえば来ていなかったわね」
「アハ、ごめんね」
まったく悪びれていない様子に苦笑が漏れる。市民への顔見せを兼ねた、ただのデモンストレーションだ。特に大きな問題でもない。
「いいわよ。私が、エリオスに入ろうと思ったのは」
それにしても、わざわざこんなことを聞くだなんて、どうしたのだろう。人の事情に首を突っ込みたがるタイプには見えないのだが。
「イクリプスが起こした事件で友人を亡くし、自由に歩ける足を失ったからよ」
「……何も、エリオスに入ることないのに」
「これが普通の事故だったのなら、エリオスには、入らなかったでしょうね。でも違ったた。だから私はここにいるのよ」
こんな真面目な話を聞きたがるなんて、どういう風の吹き回しだろう。自分から聞いたくせにフェイスは居心地の悪そうな顔をしている。息抜きしに来た人間の選ぶ会話の内容ではなかった。
「それなのに、不真面目なヒーローに文句の1つも言わないんだ」
「言ったでしょう、プライベートは好きにして構わないって。有事の時に動けるなら問題ないわ。不真面目でも、ヒーローがいるだけでも抑止力にはなる。それに、私が口うるさく言わなくてももう既に説教されてるでしょう」
「それはまあ、そうなんだけどさ。なんだかなあ」
叱られたいわけではないだろうに、納得のいかない顔をする。どんな答えを求めているというのか。
「それに、あなたのようなヒーローも必要だと思うわ」
「何それ、お世辞のつもり?」
「いいえ。期待している、という意味よ」
フェイスは驚いたのか目を丸くさせた。
前のめりなヒーローだけでは、いざと言う時に対応出来ない場面がある。一歩引いたところで冷めた視点を持つ者も必要だ。
「……期待なんて、しない方がいいよ。というか、しないでほしい。俺、そこそこしか頑張らないから」
「それでも、私はあなたの司令だから。期待は重いでしょうけど、我慢しなさい」
「我慢って…………はは、司令ってやっぱり変わってる。ねえ、一つだけ確認してもいい?」
「何かしら」
フェイスはカップを揺らして水面を眺めながら、どこか緊張した様子で呟くように言った。
「期待するのは、俺がブラッドの弟だから?」
「いいえ。私があなたの司令だからよ」
間を開けることなく答えた。本人の資質以外に興味などない。どのルーキー、どのチームにも問題は山積みで、それを少しずつ乗り越えていく先に真価がある。
そう言うと彼は顔を上げずに、自嘲気味に笑った。
「……司令ならそう言うだろうって、分かってた気がするよ」
「そう」
「あ〜あ、見逃してくれてるんだと思ってたのにな。よりにもよって、期待とか」
「残念だったわね。見逃すのは素行態度だけよ」
「はは、期待されるよりは、そっち注意された方がマシだったかも」
トライアルに合格したからには、その素質があるということ。それならどうか、私に成長を見せて欲しい。強くなって、そうして、この街を守って欲しい。普通に生きている人達の暮らしが、一瞬で壊されるあの絶望を、引き起こさないで欲しい。それが出来るのは、ヒーローだけなのだ。
「それじゃあ、あまり無理するなよ」
「そっちこそ、たまにはちゃんと寝なさいよ」
様子を見に来た友人のルシアが退出していくと、それと入れ替わるようにフェイスが入ってきた。訝しげに既に消えた背中に目が向く。
「今の、誰?」
「研究部のルシア・レイディアント。学生時代からの友人」
「へえ。仲、良さそうだね」
「まあ、喧嘩もするけど、概ね良好よ」
「司令も喧嘩するんだ」
「基本的に意見が合わないのよね。エリオスに入るのも随分文句言われたわ。そのくせ自分もちゃっかり入ってるから更に喧嘩になって、最近ようやく和解したところ」
私がエリオスに入ると言うと、家族よりも反対したのがルシアだった。それから口論になりしばらく顔を合わせずにいたら大学をスキップで卒業し、いつの間にか研究部に配属されていた。私に一言も無かったのが腹立たしい。
「司令を追ってきたってこと?」
「いいえ。あいつは、サブスタンスを医療に応用する研究がしたくて入ってきたの」
「……それって」
「事故の時、一緒にいたの。一人が死んで、一人が車椅子になって、一人だけ無事だったのを気にしてる。私をいつか、また歩けるようにしてくれるんですって」
実際は、私の中のサブスタンスがこれ以上身体を蝕まないように研究をしてくれている。頼んだ覚えは無いのだが、お前が頼まなくても僕がやると決めたんだ、などと柄にもなく強気なことを言ってきたのを思い出す。
「……いい、友達だね」
「まあね。大事な親友よ」
「……本当にただの友達なの?」
含みを持たせた物言いに、上司と恋愛の話がしたいのかと少し呆れた。
「大事な親友って言ったでしょう。互いに恋愛感情はない」
「今はそうでも、後々分からないんじゃない。男と女なら特に、さ」
それはどうだろう。私達はずっとこのままな気がする。たまに喧嘩をして、仲裁してくれるもう一人の親友を失ったまま、時間をかけて和解していく。そんな関係が続いていくだろう。
「そうはならないわ。それに、恋愛をするつもりはないの」
そう言って笑うと、フェイスは呆けた顔をした。彼女が沢山いるらしい彼には、私のことが理解できないかもしれない。
「フェイス、通知が鳴っているわ」
「え?……ああ、女の子からの連絡、放置してた」
画面に目を向けるとどこかぼうっとしたまま呟いて、それから我に返り、瞳を揺らしながらこちらを見る。動揺しているのは何故だろうか。
「別にここで返信しても構わないわよ」
「……」
フェイスは無言でスマホをしまい込むと、少し緊張した面持ちでこちら見つめた。
「……恋愛するつもりないって、どうして?」
「今は仕事で手一杯だから」
「それだけ?」
訝しむように言われる。理由など、挙げればキリがない。
「身体的ハンデを気にしないでくれる相手を探すのが面倒なのもあるわ」
「じゃあ、俺は?」
ゆっくりと近づいてきたフェイスはデスクに手を付いた。どういうつもりなのか、薄く笑みを浮かべてこちらを見下ろす。
「俺は気にしないよ。司令だってまだ若いんだから、恋愛しないなんて勿体ないでしょ」
からかわれているのか、本気で言っているのか。真意を確かめようとじっと目を見つめるが、余裕が崩れることはない。何か、試されているのかもしれない。
「……フェイス」
「なあに」
「真面目に答えると、私は彼女が何人もいる人と付き合いたいとは思わないわ」
「……え?」
「あなたが気にしなくても、私が気にするってこと」
「…………アハ、なんだ、残念」
フェイスは軽く笑いながら引きさがる。俯きがちになるから、どんな目をしているのか分からなくなった。
「フェイス」
「何?上司を口説くなんて、って、流石の司令も怒った?」
「足のこと気にしないって、ありがとう」
お礼を言うと、フェイスは息を呑んだ。どういう意図での発言だったかは定かでないが、それでも、少しは嬉しいような気もした。
「今は本当に恋愛には興味がないの。だから、気にしないで」
「……分かったよ。まあ、気が向いたら言って。俺でよければ相手になるからさ」
「……ふふ、それはどうも」
私のことが珍しかったのかもしれない。だから興味を惹かれたのだろう。からかいなのかそうでないのかも分からない。例えそうだとして、それでもやはり、答えは同じだ。いつ死ぬかも分からない身で、これ以上無責任なことは出来ないのだから。
朝日に目を細め、口を開けて大欠伸をした彼は私に気がつくと、一瞬目を瞬かせてからにこやかに手を振った。一応は彼の上司なのだが、今は勤務時間外だし誰かに見られているわけではないので小さく手を振り返す。すると彼は少し可笑しそうに口元に手をやった。
「おはよう、フェイス」
「どうも、司令。髪下ろしてるから誰かと思ったよ。こんな早くに何してるの?」
「ただの散歩よ。そういうあなたは、クラブ帰り?」
「まあ、そんなとこ」
「そう。楽しんでこれたかしら」
今日の巡回は午後からと記憶している。今から睡眠を取れば問題はないだろう。そんなことを考えていると、フェイスが訝しげな顔をしていた。
「朝帰りなんて、って言わないの?」
「職務に支障をきたさないのなら、プライベートに口出しするつもりはないわ。今日は午後からの巡回だし、問題ないでしょう」
フェイスはまた目を瞬かせている。文句を言われないのであればそれにこしたことはないだろうに。
「何?」
「いや、意外だなって。そういうの厳しいタイプかと思ってた」
「言っておくけど、支障があれば厳しくせざるを得ないから、そうされたくないなら気をつけなさい」
「分かってるよ。それじゃあ、司令も体冷やさないうちに戻りなよ」
「お気遣いありがとう」
「どういたしまして」
またひらひらと手を振られたので、同じようにまた振り返す。彼は今度は隠そうとはせずに可笑しそうに笑って、鼻歌交じりに去っていった。
「どうも、司令」
軽い調子で執務中に部屋に入ってきたのはフェイスだった。胸の辺りで手を振っているのを見て、先日と同じように振り返すと彼は小さく笑った。
「こんにちは、フェイス。また息抜き?」
「そんなとこ。オフタイムだから司令と話そうかな、って」
この間の朝に会って以来、彼は度々訪ねてくるようになっていた。懐かれた、とまではいかないだろうが、少なくとも嫌われてはいないということだろう。
「見ての通り、私は仕事中なのだけど」
「でも、司令にも息抜きが必要だと思うよ」
本当に私を思ってのことなのか、その方が都合がいいからなのか、真意を確かめてみようとじっと見つめると、フェイスは気負うことなく微笑んで「何?」と小首を傾げる。
「まあ、いいけど。息抜きは確かに必要だしね、休憩するとしましょう」
おそらく後者の割合が大きいだろうけど、一理ある。時計を見ても丁度いい頃合だし、急ぎの仕事もなかったため了承すると、彼は少し意外そうな顔をした。
「司令って、堅物に見えてそういうとこ柔軟だよね」
「……堅物に見えるかしら」
「見た目はね。だってニコリともしないんだもん。けど、ふとした所で面白いよね」
聞き慣れない形容詞で表現された。私の性格を面白いなんて言う人は滅多にいないし、その奇特な人間は生死不明の行方不明だ。
「面白いの?」
「面白いよ。司令って変わってるよね。あ、これ、褒め言葉だから」
嫌味を言われている感じはしないので、純粋にそう思っているのだろう。悪感情を抱いていないのであれば何よりだ。マイナスからのスタートでは時間がかかりすぎる。
「それはどうも。お茶いれるから、座っていて」
「手伝おうか?」
「これも息抜きの一環だから、気にしないでちょうだい」
「……美味しい。司令、紅茶入れるの上手いね」
「でしょう。喫茶店でバイトしてたことがあるのよ」
「、そうなんだ」
視線が一瞬、満足に動かない足に寄せられたことには気がついた。けれど、気にしていないことをわざわざ言うのもわざとらしいので、何も触れないことにする。
「司令って、どうしてエリオスに入ろうと思ったの」
「ふふ、入所式の挨拶の時にも言ったのだけど、そういえば来ていなかったわね」
「アハ、ごめんね」
まったく悪びれていない様子に苦笑が漏れる。市民への顔見せを兼ねた、ただのデモンストレーションだ。特に大きな問題でもない。
「いいわよ。私が、エリオスに入ろうと思ったのは」
それにしても、わざわざこんなことを聞くだなんて、どうしたのだろう。人の事情に首を突っ込みたがるタイプには見えないのだが。
「イクリプスが起こした事件で友人を亡くし、自由に歩ける足を失ったからよ」
「……何も、エリオスに入ることないのに」
「これが普通の事故だったのなら、エリオスには、入らなかったでしょうね。でも違ったた。だから私はここにいるのよ」
こんな真面目な話を聞きたがるなんて、どういう風の吹き回しだろう。自分から聞いたくせにフェイスは居心地の悪そうな顔をしている。息抜きしに来た人間の選ぶ会話の内容ではなかった。
「それなのに、不真面目なヒーローに文句の1つも言わないんだ」
「言ったでしょう、プライベートは好きにして構わないって。有事の時に動けるなら問題ないわ。不真面目でも、ヒーローがいるだけでも抑止力にはなる。それに、私が口うるさく言わなくてももう既に説教されてるでしょう」
「それはまあ、そうなんだけどさ。なんだかなあ」
叱られたいわけではないだろうに、納得のいかない顔をする。どんな答えを求めているというのか。
「それに、あなたのようなヒーローも必要だと思うわ」
「何それ、お世辞のつもり?」
「いいえ。期待している、という意味よ」
フェイスは驚いたのか目を丸くさせた。
前のめりなヒーローだけでは、いざと言う時に対応出来ない場面がある。一歩引いたところで冷めた視点を持つ者も必要だ。
「……期待なんて、しない方がいいよ。というか、しないでほしい。俺、そこそこしか頑張らないから」
「それでも、私はあなたの司令だから。期待は重いでしょうけど、我慢しなさい」
「我慢って…………はは、司令ってやっぱり変わってる。ねえ、一つだけ確認してもいい?」
「何かしら」
フェイスはカップを揺らして水面を眺めながら、どこか緊張した様子で呟くように言った。
「期待するのは、俺がブラッドの弟だから?」
「いいえ。私があなたの司令だからよ」
間を開けることなく答えた。本人の資質以外に興味などない。どのルーキー、どのチームにも問題は山積みで、それを少しずつ乗り越えていく先に真価がある。
そう言うと彼は顔を上げずに、自嘲気味に笑った。
「……司令ならそう言うだろうって、分かってた気がするよ」
「そう」
「あ〜あ、見逃してくれてるんだと思ってたのにな。よりにもよって、期待とか」
「残念だったわね。見逃すのは素行態度だけよ」
「はは、期待されるよりは、そっち注意された方がマシだったかも」
トライアルに合格したからには、その素質があるということ。それならどうか、私に成長を見せて欲しい。強くなって、そうして、この街を守って欲しい。普通に生きている人達の暮らしが、一瞬で壊されるあの絶望を、引き起こさないで欲しい。それが出来るのは、ヒーローだけなのだ。
「それじゃあ、あまり無理するなよ」
「そっちこそ、たまにはちゃんと寝なさいよ」
様子を見に来た友人のルシアが退出していくと、それと入れ替わるようにフェイスが入ってきた。訝しげに既に消えた背中に目が向く。
「今の、誰?」
「研究部のルシア・レイディアント。学生時代からの友人」
「へえ。仲、良さそうだね」
「まあ、喧嘩もするけど、概ね良好よ」
「司令も喧嘩するんだ」
「基本的に意見が合わないのよね。エリオスに入るのも随分文句言われたわ。そのくせ自分もちゃっかり入ってるから更に喧嘩になって、最近ようやく和解したところ」
私がエリオスに入ると言うと、家族よりも反対したのがルシアだった。それから口論になりしばらく顔を合わせずにいたら大学をスキップで卒業し、いつの間にか研究部に配属されていた。私に一言も無かったのが腹立たしい。
「司令を追ってきたってこと?」
「いいえ。あいつは、サブスタンスを医療に応用する研究がしたくて入ってきたの」
「……それって」
「事故の時、一緒にいたの。一人が死んで、一人が車椅子になって、一人だけ無事だったのを気にしてる。私をいつか、また歩けるようにしてくれるんですって」
実際は、私の中のサブスタンスがこれ以上身体を蝕まないように研究をしてくれている。頼んだ覚えは無いのだが、お前が頼まなくても僕がやると決めたんだ、などと柄にもなく強気なことを言ってきたのを思い出す。
「……いい、友達だね」
「まあね。大事な親友よ」
「……本当にただの友達なの?」
含みを持たせた物言いに、上司と恋愛の話がしたいのかと少し呆れた。
「大事な親友って言ったでしょう。互いに恋愛感情はない」
「今はそうでも、後々分からないんじゃない。男と女なら特に、さ」
それはどうだろう。私達はずっとこのままな気がする。たまに喧嘩をして、仲裁してくれるもう一人の親友を失ったまま、時間をかけて和解していく。そんな関係が続いていくだろう。
「そうはならないわ。それに、恋愛をするつもりはないの」
そう言って笑うと、フェイスは呆けた顔をした。彼女が沢山いるらしい彼には、私のことが理解できないかもしれない。
「フェイス、通知が鳴っているわ」
「え?……ああ、女の子からの連絡、放置してた」
画面に目を向けるとどこかぼうっとしたまま呟いて、それから我に返り、瞳を揺らしながらこちらを見る。動揺しているのは何故だろうか。
「別にここで返信しても構わないわよ」
「……」
フェイスは無言でスマホをしまい込むと、少し緊張した面持ちでこちら見つめた。
「……恋愛するつもりないって、どうして?」
「今は仕事で手一杯だから」
「それだけ?」
訝しむように言われる。理由など、挙げればキリがない。
「身体的ハンデを気にしないでくれる相手を探すのが面倒なのもあるわ」
「じゃあ、俺は?」
ゆっくりと近づいてきたフェイスはデスクに手を付いた。どういうつもりなのか、薄く笑みを浮かべてこちらを見下ろす。
「俺は気にしないよ。司令だってまだ若いんだから、恋愛しないなんて勿体ないでしょ」
からかわれているのか、本気で言っているのか。真意を確かめようとじっと目を見つめるが、余裕が崩れることはない。何か、試されているのかもしれない。
「……フェイス」
「なあに」
「真面目に答えると、私は彼女が何人もいる人と付き合いたいとは思わないわ」
「……え?」
「あなたが気にしなくても、私が気にするってこと」
「…………アハ、なんだ、残念」
フェイスは軽く笑いながら引きさがる。俯きがちになるから、どんな目をしているのか分からなくなった。
「フェイス」
「何?上司を口説くなんて、って、流石の司令も怒った?」
「足のこと気にしないって、ありがとう」
お礼を言うと、フェイスは息を呑んだ。どういう意図での発言だったかは定かでないが、それでも、少しは嬉しいような気もした。
「今は本当に恋愛には興味がないの。だから、気にしないで」
「……分かったよ。まあ、気が向いたら言って。俺でよければ相手になるからさ」
「……ふふ、それはどうも」
私のことが珍しかったのかもしれない。だから興味を惹かれたのだろう。からかいなのかそうでないのかも分からない。例えそうだとして、それでもやはり、答えは同じだ。いつ死ぬかも分からない身で、これ以上無責任なことは出来ないのだから。