1926
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会えないから追い返してほしいと楊に頼み込んだのだが、実の妹が尋ねに来たのだから、とか、情報を得ないことにはどうにもならない、とか、尤もらしいことを言われて会うことになってしまった。実際どういう思惑でまた会いに来たのかは知っておくべきだとは思うのだが、私の嫌がる顔が見たいというのも目的の一つに入っていると思うので些か腹立たしくはあった。
食堂で待っていると、妹、ルーナと国教会の人間と思われる青年が二人入ってきた。私がいるのを見てルーナは驚きに目も見開くが、何を言えばいいのか分からなくなってしまったのか、私の名を呟いたきり黙り込んでしまった。隣に楊がいるのを見て何か思い違いをしたのかもしれない。何せ最初に会った時の印象はきっと最悪だったろうから。
「……それで、あなた達は私を殺しに来たのかしら」
「……!ち、違うわ!この人たちは、そんなつもりで来たんじゃないの。ただ、話が聞きたくて」
「話、ね。言っておくけど、ステラを目覚めさせるというのなら、その話はなしよ。帰って」
ルーナの顔を見れば、それが目的だというのはすぐに分かった。問題は、国教会が彼女に何を吹き込んだのかということだ。父がついているのならこんなことにはなっていない。ということは家で何かが起きたのだ。
「……あんた、妹が尋ねてきたっていうのにその態度は何なんだ」
茶髪の男が私を睨みつけるが、負けじと睨み返す。
「国教会の人間の癖に、私とこの子が同時にこの場にいることの意味を何も分かっていないのね。危険だからこそあなた方は昔、あんなに私を殺したがっていたというのに」
互いに睨みあっていると、もう一人の金髪の男が茶髪の男を宥めるように腕を引いた。
「その件については、深くお詫び申し上げます。あれは浅慮な行いでした。ですが、どうか我々の話を」
「聞く必要ないと、そう言っているのよ。……浅慮、ね。あなた方がステラを目覚めさせたがっている以上、浅慮だったとは思わない。私が死んでいればそんなこと言いだしようもないのだから」
取り付く島を与えてはいけない。詳しい理由を聞く必要もない。だから、今にも泣きそうな妹を慰めてあげることはできない。
「我々は何も、災厄を招こうとしているわけではありません。ただ、どうにかして、魔女の力を国のために使えないかと模索しているのです」
「……一人の人間を犠牲にして平和を得るなんて、胸糞悪いだろう。俺たちは他に魔女を制御する方法を探している。何も今すぐに解放しろというわけじゃない」
力を使う。魔女を制御する。あまりのことに呆れ果てて言葉が出てこなくなった。国教会は、何も分かっていない。私達ブラックウェルが今まで何のために、人の魂を用いる方法まで使って彼女を鎮めようとしているのか、何も。
「……なんて、愚かな」
世界よりも妹を優先しそうだった私が言えることではないが、その言葉が自然と口をついた。
シャロン。異端の魔女と呼ばれる少女は、かつて絶望の果てに世界を呪った。私たちの責務は、彼女の魂を慰めること。いつか彼女が救われるその日まで、苦しみの中にいる彼女と共にあることだ。彼女を利用したり、抑えつけたりすることではない。
「愚かって、何……?レイラは、何にも思わないの?ステラはずっと私の中に閉じ込められてのよ。家族なら助けたいって思うのが普通でしょう!」
呟いた言葉は別の意味にとられたが、訂正をする必要はない。何としても諦めてもらわなくてはならないのだ。嫌われ、憎まれるぐらいがちょうどいい。
「誰に何を言われようが、鎮魂の儀が済んでいないのなら封印を解く気はない。他に方法など、どうせ見つかるはずもないのだから。我々ブラックウェルは長きに渡り務めを果たしてきた。国教会の思惑が何であろうと、その役目に変わりはない。たとえどんな理由があろうと、ステラにはルーナの中にいてもらう」
ステラも、それを望んだ。だから、もう話すことは何もない。立ち上がって扉の方へ向かい、自ら開けて出ていくよう促す。
「……仕方ありません。今日のところはお暇しましょう」
意志は固いと思ったのか、無理やり追い出さなくても自発的に帰ってくれるようだ。ショックを受けている様子のルーナも、促されてぎこちなく歩き出した。目の前を通りかかる時にも、こちらを見ようとしない。でも、それでいいのだ。私たちは傍にいない方がいい。でないと私は、また世界と妹を天秤にかけて迷うことになる。
「……ステラから、一人の人間として生きる自由を奪ったのは私よ。いくら恨んでくれて構わない。でも、あなたは何も悪くないから、自分のことは、責めないで。さようなら」
ルーナが振り返りそうになるのを察して、扉を閉めた。気配がなくなって、ようやく息をつくことができた。
「共に行かなくていいのか?」
話を聞きたがっていた割には一度も口を挟まなかった楊は、そこでようやく言葉を発した。
「行くわけないわ。それに、私が逃げたら殺すのでしょう」
楊が笑みを浮かべるのを見て、雑な試し方をするものだとため息を着いた。
「お前がリリアーナのために命を賭けたこと、欠片も理解できなかったが、なるほど。犠牲にした実の妹への罪悪感に起因していたか」
痛いところをつかれて押し黙る。
「姉というのも厄介だな?汚れ役を自ら被らなければならんとは」
「……」
「命を狙われ、異国の地で一人懸命に生きてきたというのに、何も知らん連中が好き勝手なことを言う。お前が望むのなら、殺してやってもいいが?」
「……それって、慰めているつもりなの?」
「さあな。傷ついたのなら、泣いてもいい。俺の胸を貸してやろうか」
心配するような態度をわざとらしくとる楊にもう一度大きなため息をつく。
「今更こんなことで傷つかないわよ」
「そうか。では、泣かすのはまた夜にするとしよう」
「…………あれは、泣いてない。生理的なものよ」
「だが、涙は流しているだろう。あれほど優しくしてやっているというのにな?」
あれのどこが優しいというのだろう。それにそんな話を昼間に持ち出さないでもらいたい。言いたいことはたくさんあったが、いちいち反応していてるのも面倒だ。何も言わずにいるとにやにやと笑うのが見えたので睨みつけると、楊は更におかしそうに笑った。
その翌日、妹が二人訪ねてきていると聞いて意味が分からず向かってみると、そこには妹が二人いた。一体何がどうなっているのか分からずに混乱していると、ルーナではない方、つまり、ステラの体が一歩踏み出して、私を抱きしめた。
「会いたかった……お姉ちゃん」
ステラから魂を取り出した後、肉体は深い眠りにつき、国教会で厳重に保管されているはずだった。魂のない体が目覚めるという話は聞いたことがない。呆然としながらもその腕を解き、顔をよく眺める。ルーナの方を見ると、彼女は複雑そうな顔をして私たちを見つめていた。
「あなたは、誰?」
「ステラよ。忘れたの?」
「いいえ、あなたはステラじゃない。もう一度聞くわ。あなたは、誰?」
もう一度強い口調で尋ねると、それは、やっぱり駄目か、と呟いた。それからじっとこちらを見据える。
「私は、魂もないのに何故か芽生えた自我。私には、ステラがこの体にいた時までの記憶があるわ」
「記憶?」
「うん、そう、記憶。お父様と、お母様と、レイラと、ルーナ。一緒に暮らしていた記憶がちゃんとあるの。でも、魂はないから私はステラにはなれないんだって。それって、なんだか、おかしくない?」
魂がないのなら、今話しているこれは、一体なんなのだろう。
「ねえ、中に入れてくれる?この前はルーナの話を聞いてくれたでしょう。今度は、私の話を聞いてもらいたいの。いいでしょう?」
本当は、ここで断るべきだった。誰が来ようと関係ないのだから。でも、それがあまりにステラらしい話し方をするから、動揺してしまったのだ。
楊の不在中に部屋に招き入れるのもどうかと思い屋上へ案内すると、それは、ルーナと同じことを言った。ステラの魂を体に戻して欲しい、と。それは即ち、魔女の目覚めを意味する。
「記憶があるのなら、分かるでしょう。あなたは自分から、ルーナの中に入ると決めたのよ」
「それは、わかるよ。でもね、そうしないと、私消えちゃうんだ。だから助けてほしいの」
「消える、って」
「自我が定着しないっていうのかな。それが少し、ううん、とても怖いんだ」
これは、何なのだろう。ステラと同じ顔、同じ口調。あの子がそのまま大きくなったような、そんな。ルーナとステラが、私の大事な妹達が二人並んでいる。それなのに二人とも悲しそうな顔をしている。それは、私がそうさせているのだ。込み上げてくる情動に、気が狂いそうになった。
「……ねえ、レイラ。本当に、どうにもならないのかしら。ステラを犠牲にする他に、方法はないの?」
「……」
他の、方法。そんなもの、あるとしても、誰も知らないのなら意味なんてない。私たちにはそうするしかなかった。でも、私はまた、妹を見捨てるのか?
『泣かないで、お姉ちゃん』
最後に見た、幼い妹の笑顔。あの子は、笑っていた。笑って、全て受け入れたのだ。私がそれを、無碍にするわけにはいかない。
「……ステラの体を動かしているあなたがなんなのか、私には分からない。けれど、そんなこと知ったことではないわ。ステラにはルーナの中にいてもらう。私の意思に変わりはない」
そう、言い切った。妹たちの失望した顔を目に焼き付ける。これでいい。これでいいのだ。
「……そうか。泣き落としも通じない、か。なら、仕方がない。彼女の器を傷つけることは、できればしたくなかったのだけどね」
突然、聞きなれない男の声が耳に入った。ルーナの背後に突如現れた男の手には黒い刃が握られていた。咄嗟にルーナの身体を突き飛ばすと、脇腹に燃えるような熱さを感じ、それが痛みだと分かった時には地面に転がっていた。黒衣の男が冷めた目をして私を見下ろしている。
「おや、手元が狂ってしまったか。まあいい。彼女を解放してくれないと言うのなら、君ももう、不要だ」
「……レイラ!!」
「ルーナ・ブラックウェル。君は一つ、思い違いをしている。まあそれはここにいる君の姉達と父親が隠していたのだから無理もないが」
傷みを堪えながら取り出した拳銃で迷いなく頭をぶち抜いた。そのはずだが気づくと男の足が上がり、手首ごと踏みつけられた。
「ルーナ、君はステラが魔女を継承したと思っているようだが。それは違う」
封印を終えた後、父は言った。ルーナには何も知られないようにしよう、と。彼女が心安らかでいることが何よりも魔女の慰めに繋がると言って。だから国教会には封印の手順を変更したと偽り、魔女の魂を持つステラをルーナの中に封じ込めたのだということにした。だから、皆、魔女はステラだと思っている。
「異端の魔女とは、君のことだ。ステラの魂は君の中で、魔女を目覚めさせまいと生贄にされているのだよ」
「…………え?」
「耳を貸さなくていい!得体の知れない男の言葉を信じないで!」
「何もかも全て、君を、魔女をこの世界に顕現させないためだ。君の姉が頑なに君を拒絶するのは、彼女にとって君は、自分を、ステラを犠牲にしているのにも関わらず、それに気づかず呑気に暮らしていたからだよ。君の姉は祖国を追われ、言葉も分からぬ異国で多大な苦労を強いられた。家の事など全て忘れてしまいたかっただろう。それなのに、再び君が現れた。そしてそのせいで、今、彼女は血を流し踏みつけにされている。何もかも君のせいだ。君が全ての元凶なのだよ」
ルーナは後ずさり、頭を抱える。突如、黒い霧のようなものが彼女を覆っていくのが見えた。精神に負荷がかかり、魔女が痛みに気づいたのだ。
その時、帰ってきていたのか、銃声を聞き付けて楊が屋上に現れた。その後ろにはルーナと一緒にいた男達も来ている。彼は血を流し踏みつけにされている私を見ると目を見開き、それから殺意を込めて男を見据えると武器を抜いた。
「おい……レイラ」
ぐったりしたまま動かない体に近より、血溜まりに膝をつき抱え起こすと、青白い顔が目に入った。血を流しすぎている。薄く開いた目には辛うじて光があった。
「……仕留められた?」
だというのにそんなことを宣うから、やはりこの女はどこかおかしい。
「殺したが消えた。どうなっているかは知らん」
「……きてくれて……良かった。最期に、あなたの顔を見ていたいって、思ってたのよ」
「……やめろ」
傷は深い。おそらく内蔵を傷つけている。
「そんな顔、見れたのなら、怪我した甲斐、あったかも」
「……おい、よせ」
巫山戯たことを。たまにこの女は笑えない冗談を言う。穏やかな表情は、目覚めの朝によく見るものと同じだった。自らの死を感じ取っているのに、こうもいつも通りとは、相変わらずおかしな女だ。そこが気に入って、傍に置いておいた。
「……ふふ」
「…………何故、笑う?」
「…………あなたの心の、ほんの一部分でも、私の存在を刻めたような……気がする、から」
女の手が伸びて、頬に触れた。いつも温かな手は冷たく、指先が震えている。その手を掴むと、女はまた笑った。
「……千と一夜……超え、られたら、言おうと思ったけど……今、言うわ」
「……やめろ、レイラ」
「…………愛してる。あなたに会えて……よかった」
いつになく綺麗な笑みを浮かべて、腕から力が抜けていく。所有物が、なんの許しもなくいなくなろうとしている。ここまで生き延びてきた女が、こうも呆気なく息絶えるなど、有り得るはずがない。
「レイラ」
名を呼ぶが、瞼は開かない。
「何をしている。目を開けろ」
穏やかな顔は、ただ寝ているようだけのようにも見える。その頬に触れた手に、何者かの小さな手が重なった。顔を上げると、レイラと似た顔立ちの妹が、先程の荒れ具合はどうしたのか、先日とは異なる様子で笑って見せた。
「大丈夫、私が死なせないから。だって、全て終わった時には、私を元の体に戻してもらわないといけないんだもの」
そう言って女は傷口へと手を翳した。
「レイラが生きてて、しかも私の体まで無事に残ってる。これってやっぱり、きっとどうにかなるってことだわ」
食堂で待っていると、妹、ルーナと国教会の人間と思われる青年が二人入ってきた。私がいるのを見てルーナは驚きに目も見開くが、何を言えばいいのか分からなくなってしまったのか、私の名を呟いたきり黙り込んでしまった。隣に楊がいるのを見て何か思い違いをしたのかもしれない。何せ最初に会った時の印象はきっと最悪だったろうから。
「……それで、あなた達は私を殺しに来たのかしら」
「……!ち、違うわ!この人たちは、そんなつもりで来たんじゃないの。ただ、話が聞きたくて」
「話、ね。言っておくけど、ステラを目覚めさせるというのなら、その話はなしよ。帰って」
ルーナの顔を見れば、それが目的だというのはすぐに分かった。問題は、国教会が彼女に何を吹き込んだのかということだ。父がついているのならこんなことにはなっていない。ということは家で何かが起きたのだ。
「……あんた、妹が尋ねてきたっていうのにその態度は何なんだ」
茶髪の男が私を睨みつけるが、負けじと睨み返す。
「国教会の人間の癖に、私とこの子が同時にこの場にいることの意味を何も分かっていないのね。危険だからこそあなた方は昔、あんなに私を殺したがっていたというのに」
互いに睨みあっていると、もう一人の金髪の男が茶髪の男を宥めるように腕を引いた。
「その件については、深くお詫び申し上げます。あれは浅慮な行いでした。ですが、どうか我々の話を」
「聞く必要ないと、そう言っているのよ。……浅慮、ね。あなた方がステラを目覚めさせたがっている以上、浅慮だったとは思わない。私が死んでいればそんなこと言いだしようもないのだから」
取り付く島を与えてはいけない。詳しい理由を聞く必要もない。だから、今にも泣きそうな妹を慰めてあげることはできない。
「我々は何も、災厄を招こうとしているわけではありません。ただ、どうにかして、魔女の力を国のために使えないかと模索しているのです」
「……一人の人間を犠牲にして平和を得るなんて、胸糞悪いだろう。俺たちは他に魔女を制御する方法を探している。何も今すぐに解放しろというわけじゃない」
力を使う。魔女を制御する。あまりのことに呆れ果てて言葉が出てこなくなった。国教会は、何も分かっていない。私達ブラックウェルが今まで何のために、人の魂を用いる方法まで使って彼女を鎮めようとしているのか、何も。
「……なんて、愚かな」
世界よりも妹を優先しそうだった私が言えることではないが、その言葉が自然と口をついた。
シャロン。異端の魔女と呼ばれる少女は、かつて絶望の果てに世界を呪った。私たちの責務は、彼女の魂を慰めること。いつか彼女が救われるその日まで、苦しみの中にいる彼女と共にあることだ。彼女を利用したり、抑えつけたりすることではない。
「愚かって、何……?レイラは、何にも思わないの?ステラはずっと私の中に閉じ込められてのよ。家族なら助けたいって思うのが普通でしょう!」
呟いた言葉は別の意味にとられたが、訂正をする必要はない。何としても諦めてもらわなくてはならないのだ。嫌われ、憎まれるぐらいがちょうどいい。
「誰に何を言われようが、鎮魂の儀が済んでいないのなら封印を解く気はない。他に方法など、どうせ見つかるはずもないのだから。我々ブラックウェルは長きに渡り務めを果たしてきた。国教会の思惑が何であろうと、その役目に変わりはない。たとえどんな理由があろうと、ステラにはルーナの中にいてもらう」
ステラも、それを望んだ。だから、もう話すことは何もない。立ち上がって扉の方へ向かい、自ら開けて出ていくよう促す。
「……仕方ありません。今日のところはお暇しましょう」
意志は固いと思ったのか、無理やり追い出さなくても自発的に帰ってくれるようだ。ショックを受けている様子のルーナも、促されてぎこちなく歩き出した。目の前を通りかかる時にも、こちらを見ようとしない。でも、それでいいのだ。私たちは傍にいない方がいい。でないと私は、また世界と妹を天秤にかけて迷うことになる。
「……ステラから、一人の人間として生きる自由を奪ったのは私よ。いくら恨んでくれて構わない。でも、あなたは何も悪くないから、自分のことは、責めないで。さようなら」
ルーナが振り返りそうになるのを察して、扉を閉めた。気配がなくなって、ようやく息をつくことができた。
「共に行かなくていいのか?」
話を聞きたがっていた割には一度も口を挟まなかった楊は、そこでようやく言葉を発した。
「行くわけないわ。それに、私が逃げたら殺すのでしょう」
楊が笑みを浮かべるのを見て、雑な試し方をするものだとため息を着いた。
「お前がリリアーナのために命を賭けたこと、欠片も理解できなかったが、なるほど。犠牲にした実の妹への罪悪感に起因していたか」
痛いところをつかれて押し黙る。
「姉というのも厄介だな?汚れ役を自ら被らなければならんとは」
「……」
「命を狙われ、異国の地で一人懸命に生きてきたというのに、何も知らん連中が好き勝手なことを言う。お前が望むのなら、殺してやってもいいが?」
「……それって、慰めているつもりなの?」
「さあな。傷ついたのなら、泣いてもいい。俺の胸を貸してやろうか」
心配するような態度をわざとらしくとる楊にもう一度大きなため息をつく。
「今更こんなことで傷つかないわよ」
「そうか。では、泣かすのはまた夜にするとしよう」
「…………あれは、泣いてない。生理的なものよ」
「だが、涙は流しているだろう。あれほど優しくしてやっているというのにな?」
あれのどこが優しいというのだろう。それにそんな話を昼間に持ち出さないでもらいたい。言いたいことはたくさんあったが、いちいち反応していてるのも面倒だ。何も言わずにいるとにやにやと笑うのが見えたので睨みつけると、楊は更におかしそうに笑った。
その翌日、妹が二人訪ねてきていると聞いて意味が分からず向かってみると、そこには妹が二人いた。一体何がどうなっているのか分からずに混乱していると、ルーナではない方、つまり、ステラの体が一歩踏み出して、私を抱きしめた。
「会いたかった……お姉ちゃん」
ステラから魂を取り出した後、肉体は深い眠りにつき、国教会で厳重に保管されているはずだった。魂のない体が目覚めるという話は聞いたことがない。呆然としながらもその腕を解き、顔をよく眺める。ルーナの方を見ると、彼女は複雑そうな顔をして私たちを見つめていた。
「あなたは、誰?」
「ステラよ。忘れたの?」
「いいえ、あなたはステラじゃない。もう一度聞くわ。あなたは、誰?」
もう一度強い口調で尋ねると、それは、やっぱり駄目か、と呟いた。それからじっとこちらを見据える。
「私は、魂もないのに何故か芽生えた自我。私には、ステラがこの体にいた時までの記憶があるわ」
「記憶?」
「うん、そう、記憶。お父様と、お母様と、レイラと、ルーナ。一緒に暮らしていた記憶がちゃんとあるの。でも、魂はないから私はステラにはなれないんだって。それって、なんだか、おかしくない?」
魂がないのなら、今話しているこれは、一体なんなのだろう。
「ねえ、中に入れてくれる?この前はルーナの話を聞いてくれたでしょう。今度は、私の話を聞いてもらいたいの。いいでしょう?」
本当は、ここで断るべきだった。誰が来ようと関係ないのだから。でも、それがあまりにステラらしい話し方をするから、動揺してしまったのだ。
楊の不在中に部屋に招き入れるのもどうかと思い屋上へ案内すると、それは、ルーナと同じことを言った。ステラの魂を体に戻して欲しい、と。それは即ち、魔女の目覚めを意味する。
「記憶があるのなら、分かるでしょう。あなたは自分から、ルーナの中に入ると決めたのよ」
「それは、わかるよ。でもね、そうしないと、私消えちゃうんだ。だから助けてほしいの」
「消える、って」
「自我が定着しないっていうのかな。それが少し、ううん、とても怖いんだ」
これは、何なのだろう。ステラと同じ顔、同じ口調。あの子がそのまま大きくなったような、そんな。ルーナとステラが、私の大事な妹達が二人並んでいる。それなのに二人とも悲しそうな顔をしている。それは、私がそうさせているのだ。込み上げてくる情動に、気が狂いそうになった。
「……ねえ、レイラ。本当に、どうにもならないのかしら。ステラを犠牲にする他に、方法はないの?」
「……」
他の、方法。そんなもの、あるとしても、誰も知らないのなら意味なんてない。私たちにはそうするしかなかった。でも、私はまた、妹を見捨てるのか?
『泣かないで、お姉ちゃん』
最後に見た、幼い妹の笑顔。あの子は、笑っていた。笑って、全て受け入れたのだ。私がそれを、無碍にするわけにはいかない。
「……ステラの体を動かしているあなたがなんなのか、私には分からない。けれど、そんなこと知ったことではないわ。ステラにはルーナの中にいてもらう。私の意思に変わりはない」
そう、言い切った。妹たちの失望した顔を目に焼き付ける。これでいい。これでいいのだ。
「……そうか。泣き落としも通じない、か。なら、仕方がない。彼女の器を傷つけることは、できればしたくなかったのだけどね」
突然、聞きなれない男の声が耳に入った。ルーナの背後に突如現れた男の手には黒い刃が握られていた。咄嗟にルーナの身体を突き飛ばすと、脇腹に燃えるような熱さを感じ、それが痛みだと分かった時には地面に転がっていた。黒衣の男が冷めた目をして私を見下ろしている。
「おや、手元が狂ってしまったか。まあいい。彼女を解放してくれないと言うのなら、君ももう、不要だ」
「……レイラ!!」
「ルーナ・ブラックウェル。君は一つ、思い違いをしている。まあそれはここにいる君の姉達と父親が隠していたのだから無理もないが」
傷みを堪えながら取り出した拳銃で迷いなく頭をぶち抜いた。そのはずだが気づくと男の足が上がり、手首ごと踏みつけられた。
「ルーナ、君はステラが魔女を継承したと思っているようだが。それは違う」
封印を終えた後、父は言った。ルーナには何も知られないようにしよう、と。彼女が心安らかでいることが何よりも魔女の慰めに繋がると言って。だから国教会には封印の手順を変更したと偽り、魔女の魂を持つステラをルーナの中に封じ込めたのだということにした。だから、皆、魔女はステラだと思っている。
「異端の魔女とは、君のことだ。ステラの魂は君の中で、魔女を目覚めさせまいと生贄にされているのだよ」
「…………え?」
「耳を貸さなくていい!得体の知れない男の言葉を信じないで!」
「何もかも全て、君を、魔女をこの世界に顕現させないためだ。君の姉が頑なに君を拒絶するのは、彼女にとって君は、自分を、ステラを犠牲にしているのにも関わらず、それに気づかず呑気に暮らしていたからだよ。君の姉は祖国を追われ、言葉も分からぬ異国で多大な苦労を強いられた。家の事など全て忘れてしまいたかっただろう。それなのに、再び君が現れた。そしてそのせいで、今、彼女は血を流し踏みつけにされている。何もかも君のせいだ。君が全ての元凶なのだよ」
ルーナは後ずさり、頭を抱える。突如、黒い霧のようなものが彼女を覆っていくのが見えた。精神に負荷がかかり、魔女が痛みに気づいたのだ。
その時、帰ってきていたのか、銃声を聞き付けて楊が屋上に現れた。その後ろにはルーナと一緒にいた男達も来ている。彼は血を流し踏みつけにされている私を見ると目を見開き、それから殺意を込めて男を見据えると武器を抜いた。
「おい……レイラ」
ぐったりしたまま動かない体に近より、血溜まりに膝をつき抱え起こすと、青白い顔が目に入った。血を流しすぎている。薄く開いた目には辛うじて光があった。
「……仕留められた?」
だというのにそんなことを宣うから、やはりこの女はどこかおかしい。
「殺したが消えた。どうなっているかは知らん」
「……きてくれて……良かった。最期に、あなたの顔を見ていたいって、思ってたのよ」
「……やめろ」
傷は深い。おそらく内蔵を傷つけている。
「そんな顔、見れたのなら、怪我した甲斐、あったかも」
「……おい、よせ」
巫山戯たことを。たまにこの女は笑えない冗談を言う。穏やかな表情は、目覚めの朝によく見るものと同じだった。自らの死を感じ取っているのに、こうもいつも通りとは、相変わらずおかしな女だ。そこが気に入って、傍に置いておいた。
「……ふふ」
「…………何故、笑う?」
「…………あなたの心の、ほんの一部分でも、私の存在を刻めたような……気がする、から」
女の手が伸びて、頬に触れた。いつも温かな手は冷たく、指先が震えている。その手を掴むと、女はまた笑った。
「……千と一夜……超え、られたら、言おうと思ったけど……今、言うわ」
「……やめろ、レイラ」
「…………愛してる。あなたに会えて……よかった」
いつになく綺麗な笑みを浮かべて、腕から力が抜けていく。所有物が、なんの許しもなくいなくなろうとしている。ここまで生き延びてきた女が、こうも呆気なく息絶えるなど、有り得るはずがない。
「レイラ」
名を呼ぶが、瞼は開かない。
「何をしている。目を開けろ」
穏やかな顔は、ただ寝ているようだけのようにも見える。その頬に触れた手に、何者かの小さな手が重なった。顔を上げると、レイラと似た顔立ちの妹が、先程の荒れ具合はどうしたのか、先日とは異なる様子で笑って見せた。
「大丈夫、私が死なせないから。だって、全て終わった時には、私を元の体に戻してもらわないといけないんだもの」
そう言って女は傷口へと手を翳した。
「レイラが生きてて、しかも私の体まで無事に残ってる。これってやっぱり、きっとどうにかなるってことだわ」