Deeply love with the darkness -4-
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それは仗助がリカのボディガードのようなものを始めてしばらく経ってからのことだった。
その日はひどく雨が降っていて、傘を持っていたって全然安全だとは思えなかった。
あっという間に辺りは水たまりで池みたいになっているし、降りつける雨粒で数メートル先を視認するのだって難しい。
建物の軒先にひとまず避難して、仗助は自分の心臓の鼓動を雨の音で聞こえないふりをした。
『あーー……その、リカ……ひとまず、うちに来るってぇのはどうスかね?うちのがここから近いし…雨、やんでから帰ればいいじゃん……』
緊張をごまかすために自慢の髪の毛を整えながらちらりと隣のリカを盗み見る。声が小さすぎたかと心配になったが、リカはちゃんとこっちを見上げていた。誘ったことに驚いたのだろうか、大きくした目をぱちぱち瞬いている。
可愛いな、と仗助は思った。
しかしその顔がだんだん困ったような苦笑に変わったので、ああこれは断られるなと勘付いた。
『ありがと仗助…でも大丈夫。靴とかびしょびしょだしおうちの人に迷惑かけちゃうもん。タクシーで帰るから仗助も送ってあげるよ』
『ここめったにタクシーなんて通らねーぞ』
『…まぁ、そうだけど…。どうしよう。やむまでどこか入って時間潰そうかな』
『…危ねーって。ふらふらしてっと』
『うん……。』
もう夜の9時を過ぎているし、開いている店といえば大人たちが利用するようなところばかりだ。リカは仗助に面倒な輩から助けられている手前、強く否定できなかった。
仗助の中で最大限の勇気が打ち砕かれそうだ。誘うべきじゃなかったかと思うが、こんな大雨で気温も下がった雨の中にこれ以上リカを置いてはおけない。純粋に彼女のことが心配だった。
濡れた足が気持ち悪いのかつま先をもぞもぞさせているリカの隣でため息をつく。
気まずいから早くやめよなーと恨みがましく空を見上げていたが、急に目の前が眩しくなったので目を細めて前を見た。
自分たちの正面を通り過ぎた車がバックで戻ってくる。
窓を開けてこちらに目配せしているのは仗助の母親だった。
『ちょっと仗助!あんたもっとスマートに出来ないの?!』
見られたくないダサいところを見られて頭を抱える仗助を尻目に、にやりとリカに顎で促す。
『……乗りなよ、リカ』
『あ、はい……。ありがとうございます…』
こうしてリカは無事に東方家にお邪魔することとなった。思っていた形ではなかったが今回は母に助けられた仗助である。
なんとか年上のリカとの距離を縮めたい仗助であったが、家に誘うのはまだ早かったようだ。
だって、自分ちの車の後部座席にリカがいて、真横に座っているなんて。頬杖をつきながら盗み見ているとあっという間に心臓が暴れ始める。
『あんたちょっと!見過ぎだっつーの!デリカシーないわね!!』
『だあぁうるせぇぇー!!おめーは前見てろってーの!!』
まったく同じ音量同じ熱量の親子のやりとりに笑ってしまうリカであった。
『(はぁーーー駄目だやっぱ可愛いよ……)』
『リカちゃんってばほんっっと可愛いわね!』
『このっ……!!』
『何よ?』
『っっっんでもねーよ!』
どきどきしたりイライラしたりと忙しい仗助である。
雨は無事やむことなく家まで着いた。
「リカちゃんさぁ、お風呂入っちゃえば?」
「いっ?!」
「いいですいいです!さすがにそこまでは!」
「そう?それじゃ、タオルと服貸したげるから、ゆっくりしてってね」
「あ、ありがとうございます…」
「あたしあっちの部屋にいるから。…仗助ぇ!あんた変なことすんじゃないわよ!!」
「するかボケェェ!!いいからあっち行ってろってぇ!」
コーヒーを片手に仗助からのスリッパスローを軽く避け、朋子は別室に引っ込んでいった。
「ごめん。居心地悪いだろうけど、雨に打たれるよりマシと思ってくんね」
「ううん、ありがとう。仗助ママ、おもしろい」
「ありゃただの変人」
悪態をつく仗助に笑ってから、リカはソファに座ったまま足をぶらぶらさせた。足が濡れたのから解放されて、ふかふかの絨毯が気持ち良い。
仗助の家には家族の温かさがある。いつもは1人で見ているテレビのバラエティも、自分の家より明るく感じられた。けれど、安心すればするほど不安になってしまう。どうしても思い出してしまうことがあるから。
背中に「ほら仗助!これリカちゃんにカフェオレ作ったから!気合い入れろ!」「わかったから入ってくんなってぇぇ!!」と騒がしい会話が聞こえてくる。
「ドゥマゴのよりおいしい」
「それは言いすぎだろ」
両手でほかほかするカップを持ってそう言ったら、仗助は嬉しそうに目を細めていた。本当に、温かくて甘くてすごくおいしい。
子供の頃のリカは、傘を持っていなくたって平気だった。どれだけ雨に打たれても、家に帰ればこうして温かい飲み物を出してもらえたし、どれだけ髪が濡れてたっていつも。
「え」
ぱさりと頭に柔らかいものがかかった。タオル越しに大きな手の感触もして、それがリカの頭の形に沿って優しく動いている。
「(頭、ちっちぇ……)…それ飲んでなよ。とりあえず体あっためねーとな」
「……。」
朋子から渡されたタオルで極めて繊細にリカの長い髪を拭きながら、仗助は自分でも大胆なことをしている自覚があった。
ただ、細い両手でぎゅうっとコーヒーカップを大事そうに握っているのを見たら、何故かリカが小さな子供のように見えたのだ。自分が優しくしなければ、と直感で思った。嫌がられてはなさそうだから、たぶん、受け入れてもらってる。
無防備な背中から彼女の髪に触れている。こんなにも幸せなことがあるのかと仗助は驚いていた。そう、彼女のためになんでもやる。それが仗助の幸せであった。
「やべっ。ドライヤー洗面所だよ……ちょい待ってて」
「あ、うん」
「コーヒー飲み終わった?」
「うん…」
ひょいとリカからカップを奪って仗助は早足に部屋から出て行った。
(なんで……ドキドキしてるんだろ…)
1人になった部屋で、リカはソファの上でさっきより身を小さくしていた。カップを持っていた手でそのまま口を押さえる。
きっと、懐かしくて大好きだった時間を取り戻したような気になったから。離れ離れになっても平気だって思ってたけど、私はずっと、あの頃のまま時間が止まっちゃってるんだ。
仗助の手。すごく似てた。無骨なのに優しくて繊細で。
(…もっと)
触ってほしい。
変なの。仗助なんて4つも年下なのに。
「あったあった。…リカ、こっち座ってくんない」
すぐに戻ってきた仗助に言われるがまま移動して、カーペットに座りこむ。回り込んでリカのすぐ後ろのソファに座って、今度はドライヤーで細い髪を乾かしていく。
たくさん撫でられて気持ち良いし、最後にブラシで髪を解いてもらうときなんか、リカはもうまともに後ろを向けずにいた。
懐かしくて愛しい気持ちを思い出して、少しだけ涙がこぼれた。
「…リカ。どうかしたのかよ?目なんかこすって…」
「なんかね、まつ毛入っちゃったみたい」
「マジ?風の勢い強すぎたかな…平気か?」
「うん、大丈夫。もう取れた」
「そりゃ良かった。こっちも完璧だぜ」
完璧と言いながらまったく自信のない仗助である。何せ自分の髪を整えるのとは全然種類が違う。細いのにけっこうな量があるし、それが腰ぐらいまで長いのだ。リカはいつも髪を巻いたりアレンジしたりしているが、こりゃ大変だなと実感した。実際乾かしながら思ったより時間がかかってしまいそれなりに疲れる。それでも、手をかけるごとにきめ細やかでさらさらに滑っていく髪をいつまでも撫でていたかった。
「仗助、すっごい上手だった」
「だろぉ〜?将来はカリスマスタイリストになっちゃおっかなぁぁ」
「自分の髪もセットしてるからかな?人にやってもらうのってすっごい楽!」
「よし決めた。次回から指名料いただきまぁーす!」
「私専属になってもらおうかな」
振り向いて悪戯に笑う彼女の流し目に射抜かれる。もう何度目になるか分からないけれど、その髪に触れるのを許された今日なら少し、調子に乗っても良いのではなかろうか。
「……それなら、…毎日一緒にいないとな」
リカの細い首の後ろに手を回して、自分が手をかけた髪をもう一度撫でる。なかなか後ろに回った仗助の手が離れないのでリカが不思議に思っていると。
「てか仗助ぇ。あんたがいたらリカちゃん着替えらんな………おい仗助ええぇえ!!?何してんのあんたぁああ!?!」
「ばっ!?!ちげぇーよなんもしてねぇーーーしっっ!!!」
前振りなくいたって普通にドアを開けた朋子に締め上げられる仗助。リカは少しほっとしながら、プロレス技っぽいものをかけられる仗助に耳打ちした。
「…毎日は、無理かも」
「ごもっともで……」
母からの愛の鞭に耐える仗助はやっぱりまだまだ少年という感じで。
リカも久しぶりに無邪気に笑ったのだった。