Crush on the darkness
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空が暗くてじっとりとしていた。
病院の裏道は少しぬかるんでいて、だから彼女が足を滑らせてしまったのも仕方がなかったのかもしれない。
「アレックス!っきゃあ!?」
たびたび病院に診察にやってくる彼とエリナはよくお喋りをする仲だった。いじめっ子たちに絡まれるのを助けられてから、エリナにとってアレックスは気のおけない相手であったし、正体の分からない中性的で綺麗な彼に憧れてもいる。
存在感のある彼を見つけるや否や駆け出してしまい、地面に生えた苔に滑ってしまった。
「………大丈夫?」
「え」
尻餅をつくと思ったのに、痛くない。
一瞬浮いたような心地がして、ただ地面に座っているだけだった。
「こけるの上手いね」
ぽかんとしていると、歩いてきたアレックスがくすりと笑っている。
「服、濡れてない?」
「…大丈夫…です…。…あの、…ありがとう」
「俺は何もしてないよ」
お礼を言われて驚いたのかアレックスが目を丸くしたが、エリナは確信していた。この麗しい少年には不思議な力があることを。
何度も目にした。
今だって、エリナの体の下の影が、少し不自然に揺れている。意識しないと分からないだろうけど。
「あなたはきっと、天使様の恩寵を持っているのね」
差し出された手を取り立ち上がった。
憧れにも似た輝く眼差しのエリナから目を逸らして、アレックスは反対に辛そうに目を細めた。エリナにはそう見えた。
「そうだったら良かったんだけど」
生憎恩寵を受けたのは悪魔の方にだ。
何回病院で検査を受けたって意味がない。この体調不良は呪いのせいだ。
検査の日はいつも気分が落ち込む。そんなアレックスの気を紛らわせてくれる1人がエリナだった。だから、そういう友人を助けるためだったらどんな力だって構わないとは思っている。
黙っていて心配させたら悪いなと我に帰ると、エリナがごそごそとアレックスの胸板を服の上から撫でていた。何かないものを掴もうと手を開いたり閉じたりしている。大変真剣な表情にアレックスは引いた。
「…な、何?」
「ねぇ、アレックス…。もう一度聞くけれど、あなた本当に、女性ではないのよね??」
「どう見ても違くない?服装からして」
「美しすぎるから、敢えて男装をしているのかもしれないわ」
「もう3回疑われてるから説得するのハショるけど、神に誓って俺は男です」
「そうよね……。」
顎に手を当てて上から下までアレックスを眺めて、ようやくエリナはふぅ、と息をついて納得したようだった。
「エリナは俺を女にしたいのか」
「そ、それは困ります!だってアレックスが女性だったらジョナサンが」
「ジョナサン?」
「あっ」
突然飛び出た名前にエリナは咄嗟に口を手で押さえて狼狽えた。
最近の彼女の悩みといったら、気になるボーイフレンド、ジョナサンとこのアレックスの関係なのだ。ジョナサンときたら、一緒にいる時間の半分は彼の話をしている。デレデレ締まりのない笑顔を浮かべて。一緒に育って仲の良い親友なのだろうというのは分かるのだが、あまりにもアレックス自慢が過ぎて惚気を聞かされている気になるのだ。
「…。(あーー…そっか。そういうことか…。)」
頬を染めてそわそわしている姿はアレックスから見ても女の子らしくてとても可愛い。
そして最近のジョナサンの行動に合点がいった。何をこそこそ1人で出かけてるかと思ったら、エリナと良い仲になっていたのか。
「変な心配してるんだな、エリナは」
「ふ、2人の仲が良過ぎて…」
「そんなことないよ。ジョナサン、エリナと遊んでること秘密にしてるし。エリナとの関係がすごく大事なんじゃない?」
「…私たちのことは、ジョナサンが秘密にしようって言ったの。彼、最近お友達と上手くいってないらしくて…」
「…なるほどね。それなら、俺も秘密にしておくから大丈夫」
「ありがとう」
手を合わせて微笑むエリナの恋心は、無垢で純粋に背中を押したくなるものだ。
それから少しの間、ジョナサンの話をして笑い合って2人は別れた。
とぼとぼ歩いていたら雨が降ってきた。
なんだか気分が乗らないなぁと思ったものの、それが何故なのかアレックスには分からなかった。
「なんだ、歩いて帰ってきたのか?」
その日早めに帰宅していたディオは、屋敷に入ってきたアレックスがポタポタと水滴を垂らしているのに気付いて少し驚いた。
実は街でアレックスが1人でいるのを見つけていたのだ。
病院から出てくるところだったので、何か悪いものを見た気がしてそのまま馬車で走り去った。
雨が降りそうな天気だったので、てっきりアレックスも馬車を捕まえて帰ってくると思っていたのだが。
「…お前、なんで病院なんかに行っていたんだ?」
「なんか風邪気味で」
「風邪気味で…歩いて帰ってきたのか?雨の中…」
「うーーん……。」
何か様子が妙だ。
近付いてくるアレックスをマジマジと見ていたら、歩いてくる延長でそのまま正面から抱きつかれて驚いた。
からかうとか、驚かそうとかではない。縋りついてくるみたいに、静かにぎゅうと服を締め付けられている。
「は、離せ」
とは言うものの、驚いて体は固まってしまっている。突然の体の感触と、首元のアレックスの伏せた瞼の近さと。
濡れた髪からディオの首に水滴が伝って、そこから全身がぞくりと波打つ。
「おい!俺まで濡れるだろうが!離せよっ」
「俺は嫌じゃないよ」
「俺が嫌だと言っているのがわからないのか」
「…もう少しだけ」
「…。」
会話にならない。
ディオがぽかんと口を開けている間、アレックスは決して強い力ではないけれど、ディオの体を掴んで埋まっていた。何故だか、そうすると安心できるのがアレックスには分かっていたのだ。
「……安心する…。」
「!」
心の声が呟きとして漏れたのをディオは聞き逃さなかった。咄嗟に抱き止めながら、こんなこと前にもあったぞと思い出した。
…そうだ。こいつ、前にあの変態野郎に襲われたとき…事件が解決したあともこのディオに抱きついてきた。安心できるからと言っていた。
細いアレックスの体に腕を回したまま、片手で顎を掴んで無理矢理目と目を合わせる。
黒い水銀のような瞳が揺れていた。
「…何かあったのか?」
「……別にないよ」
「この俺をお前のびしょ濡れに巻き込んでおいて、答えないなんてことは許さんからな」
間近で見つめ合うと、瞳にお互いが映り込んで、どんな表情をしているのかまで見てとれる。黒く染まる自分が隠そうともせず、焦燥しているような、物欲しそうな顔をしているのがディオには意外だった。
「ジョナサン、彼女が出来たらしいよ」
「何?」
小さく艶めいた唇から漏れた名前に途端に嫌悪が沸き上がった。
まさか2人でいる今、ジョナサンのことを考えているとは思っていなかったのだ。
呆気に取られて力が抜けた。アレックスはディオの腕から抜け出して目の前に立っている。
「なんかさ、言ってくれてもよかったのにな」
息をつきながらもけろりとしているアレックスだが、平気ならば雨に濡れて帰るほど消沈していないだろうし、自分から俺に抱きついてなどこないだろう。
アレックスがここまで気分を左右される原因がジョナサンであることが腹立たしいが、ディオはどこか勝ち誇った気分になっていた。
ジョナサン…まったく馬鹿な奴だ。
お前が浮かれて手放したのだ。そして今…こいつが最も『安心』できるのはこのディオの元にいること。
ほとんどアレックスをジョナサンから奪ったような気分になった。思わずにやけるのを堪えて口を手で押さえる。
「なるほど。それで……お前はもう、用済みになったわけか。一緒に遊べなくなってさぞかし寂しいことだろう」
「…当たり前だろ、そんなの」
「…。」
てっきり否定して言い返してくるかと思っていた。
何かに耐えるように顔をしかめて瞳を揺らすアレックスが、酷く綺麗で。ディオは初めて見たその表情に呑まれながら、ますますジョナサンに対する嫌悪感を募らせた。きっと、アレックスにこんな表情をさせるのは奴だけだ。
何を言おうか逡巡していたら、ドタバタと足音がしてきたので反射的にそっちを向いた。
「アレックス!帰ってきたのか!なんでそんなに濡れてるんだい!?」
「帰ってくる途中で雨になっちゃったんだよ」
心配そうにやってきたジョナサンはすぐにアレックスの肩を掴んで促した。
「大変だ!このままじゃ風邪を引いてしまうよ。すぐに拭かなくちゃあ」
「いや、大丈夫」
「いいからおいで!ちゃんとするまで離さないぞ!」
わあわあ心配してくれるジョナサンが現れたら、急に周りの景色が明るくなったようだった。彼女がいたってジョナサンの過保護は健在らしい。
アレックスは思わず笑ってしまいながら、そっと片手を上げてジョナサンを制した。
「ほんとに大丈夫なんだ。先にディオに拭いてもらったから」
「???」
言われてディオを見たら、不服そうに腕を組んで視線をそらしている。
何故かその首元に水滴がついていて、ジョナサンは楽しそうに笑うアレックスに首を傾げるばかりだった。
