Crush on the darkness
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「…あれ?開かないなぁ」
離れというには大きすぎる建物の、これまた大きな扉を前にアレックスは首を傾げていた。
ドアノブを掴んでガチャガチャと動かすも、扉が開く気配はない。
夜遅いためその音が妙に響いた気がして、アレックスは警戒して周りを見まわした。
「おぉいアレックス!こっちだ、こっち!」
頭上から声がしたので顔を上げると、開いた窓枠に身を乗り出すジョナサンがいる。ずいぶん久しぶりに顔を見た気がして、アレックスはほっとして思わず微笑んだ。ジョナサンはもっと嬉しそうに笑っていた。
「逃げないようにドアの鍵を閉められちゃったんだよ」
「どんだけ信用ないんだよ!」
「お菓子なんて食べなきゃよかったなぁ」
苦笑しているジョナサンに思わず「そうだよ」と言いそうになったが、ジョナサンが夕飯抜きになるのにディオが一枚噛んでいることも良くあるため、一概にジョナサンだけを責められない。これだけ体が大きいんだから、ご飯食べてなかったらお腹空くよな。
「…課題、手伝ってやろうか?」
「ぜひ頼むよ…って言いたいところなんだけど、実は今も後ろで先生に見張られているんだよね」
「そっか。…今夜終わりそう?」
「正直厳しいや。でも、明日君が起きるまでには必ず帰るからね」
「……うん」
不安げに目を伏せるアレックスを見て、ジョナサンは今にも窓から飛び降りてそばに行ってやりたい衝動に駆られた。
だってこんなことは初めてなのだ。
今までハロウィンになる夜からハロウィン当日は、ずっと一緒にいたのに。ここにきて初めてジョナサンは、自分はなんて馬鹿なことをしたんだろうと盛大に後悔した。
「ねぇ、アレックス。君がやっぱり、どうしても僕がいなきゃって言うなら…僕は今すぐここから飛び降りても良いし、ドアをぶち壊してでもそばに行くよ」
心配性で優しいジョナサンなら、大人たちに怒られたって本当にそうしてくれるだろう。アレックスは嬉しくなって笑ってしまった。現にジョナサンは本気だったし、今は大好きな親友の笑顔を見れて安堵していた。
だけど、自分もずいぶん成長したことだし、いつまでも子供みたいなこと言ってジョナサンに甘えてちゃダメだよな。
アレックスは息をついて改めてジョナサンを見上げる。
「…ちゃんと許してもらってから出てこいよ。俺なら平気だから。ディオもいるし」
綺麗な唇から紡がれたその名前にジョナサンはぎくりとした。正直アレックスが穏やかな声でその名を呼ぶのが嫌だった。
だってアレックス。君は僕の味方のはずだし、君を守るのは僕の役目のはずだ。
そりゃあ君は優しいから、ディオにも寛大で彼の人格も受け入れてるみたいだけど。
「…ふぅん。…けど、ディオはたぶん、明日君にお菓子はくれないと思うよ」
「ああ、そうだなぁ…。邪悪だしどっちかというとおばけ側だよな」
「うん、いたずらする側だよ」
「おばけより邪悪だよ、あいつ」
あははとおかしそうに笑ってからアレックスは窓から背を向けた。
「ジョナサン…早く帰ってこいよ。明日、待ってるから。ジョナサンがいなきゃ嫌だよ」
振り向きざまの流し目にジョナサンはドキリと鼓動を跳ねさせた。やっぱり今すぐここから飛び降りようかな。
だけど、アレックスはもうまっすぐ屋敷に向かって駆け出していて、引き止めるタイミングはなかった。
(やはりジョナサンのところか……この夜更けに…)
先刻のアレックスの様子がどうにも気になっていたディオは、1人屋敷で彼を探していた。
部屋にもお気に入りの書斎にもどこにいないので、きっとジョナサンに会うため離れに行っているのだろう。
ちらりと玄関の窓の外を見るとすでに真っ暗になっている。夜の闇を覗くとディオはいつでもアレックスの存在をはっきりと思い起こすことができた。彼と過ごす内に何度か見た、影が意思を持って動いているような光景を。異様な恐怖と共に、あの日抱き込んだその温かさと感触を思い出してぞくりとするのだ。
(…奪ってやる。ジョナサンから全てを。家も財産も…愛しいものも全部)
窓から見える月を眺めてほくそ笑んでいると、バタバタと急に足音がして、夜にしては盛大に扉が開いた。
大きな扉を押し開けて、アレックスがぜいぜい息を整えてから顔を上げた。ディオと目が合うととたんにきらりと顔色を明るくしたので、ディオはぎょっとした。自分に会えて喜んでいるのかと思った。
「ディオ!」
そのまま走って飛び付くようにディオの間近までやってくる。いや、実際に肩口をぎゅうと掴んでいる。それから慌てて背後を振り返り様子を伺っているようだったので、ディオも真似して閉まった扉の方を見てみた。何もない。
「…誰かに追われているのか?」
ディオがそう聞いたのは、アレックスがたびたび妙な輩にナンパされたりストーキングされたりしているからである。…男女問わず。
ディオはアレックスを安心させてやりたかった。それが最も彼との距離を縮める方法だと思っているからだ。
自然とアレックスの体を掴んで自分の背後に庇った。
「いや、誰もいないんだけど……なんか、気配を感じる…気がして」
ディオの行動はアレックスにも伝わっていて、守られようとしている状況に少ししどろもどろになった。普段は意地の悪い言動ばかりなくせして、肝心なところで何故か優しい。だから結局、遊び回っているジョナサンの代わりにこんなやつに甘えてしまっている。
「…。(確かに誰もいないようだ。そもそも敷地内だしな…)」
「ドア閉まってるか見てきて」
「誰もいないぞ」
「いいから鍵見てきて!」
「……。」
背中を押されてしぶしぶ動く。鍵は開いていた。あれだけ慌ててたら閉める暇などないだろう。仕方なく代わりにしっかり鍵をかけてやった。自分が閉めたかどうかもわからないのか、このアホが。
「何をそんなに怯えている?」
「えっ!?お…怯えてないけど」
引き返してすぐに聞いたら、アレックスは見るからに動揺して目を泳がせた。
外の闇よりさらに真っ暗な瞳がゆらゆらするのをしっかり眺めながらディオは考えている(時間がたっぷりあった)。
明日の朝までジョナサンがいない。いないと困るらしい。ハロウィンになってしまうから。
そういえばもうすぐ夜中の12時だ。あれだけ慌てて帰ってきたことから考えると……。
「…お前、ハロウィンが怖いのか」
「こ、怖くないし」
「………ほう。」
「…怖くない、全然」
「今何か音がしたな」
「えっ?!!」
「土でも掘り返されたのかな」
「やめろよ!!」
アレックスは必死すぎて涙目になっている。
もっと責めたらもっと泣くだろうか。
予想がほぼ正解であることを確信して、ディオはにやにやが止まらない。自分の言動一つでアレックスが右往左往するのが気持ち良くてたまらないのである。こいつをいじめるのは自分だけだし、安心させてやるのも自分だけだ。
「…なんにも知らないくせに…。」
「?」
不貞腐れてぶつぶつ文句を言うアレックスに耳を近づけると露骨に避けられた。
「とにかく、ぜんっぜん違うから。全然怖くないから。ハロウィンとか」
「まぁ待て。今からモンスターのふりをしなきゃならないし、色々と忙しいだろう。仮装しなきゃあ連れて行かれるものなぁ。手伝ってやるよ…今年は何になるんだ?アレックス坊やは」
にやにや煽ってくるディオにもはや殺意すら覚える。アレックスは苛立ち半分諦め半分でディオを押しのけ階段に足をかけた。
「やっぱりジョナサンが良かった」
とんとんとん、と頭上に離れていく背中を見送りながらディオは清々しい気持ちに背中を伸ばした。そう言ったところでジョナサンはいないんだから。
(寝るまでしばらく構ってやるか)
ふんふんと鼻歌が聞こえてきそうな軽い足取りで、見えなくなったアレックスを追いかけるのだった。