Love the darkness -3-
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その日承太郎は家に帰ると、すぐに違和感に気がついた。
今日はジョセフが訪ねてくる予定で、承太郎が帰るころにはとっくに家に着いているはずだった。
それにしては静かすぎるのだ。
いつもなら自分の母親と、祖父と…2人に負けないぐらいに元気なリカのはしゃいだ声が聞こえているはずなのに。
少しばかり不安になり、早足に居間に向かった。襖を開けたら、思っていた通りジョセフが座っている。ただ、えらく真面目な顔をして黙り込んでいるし、対面しているホリーは困惑しているように眉を下げておろおろとしていた。
「あぁ、おかえりなさい承太郎」
ホリーが承太郎を目に止めたとたんにほっと表情を緩めたので、何か普段と違うことがあったのは明らかだった。
「リカがいねぇとは珍しいな。喧嘩か?」
「いやぁ…そんなつもりじゃあなかったんじゃが…」
ジョセフは答えると、また考えるような素振りで押し黙る。
「?…とりあえず、どんなつもりで何があったのか話してもらおうか」
承太郎がその場に座る前にホリーが2人に割って入った。喋らずにいられないといった感じだった。
「本当、どうしちゃったの?パパったら…。リカにニューヨークに帰ろうなんて……。」
それを聞いた瞬間、承太郎の世界が根底からぐらりと大きく揺れたようだった。信じられない。どこにリカが今更、日本を離れる理由があるというのだろう。しかも、ジョセフがそれを言うとは。
信頼されていると思っていた。少なくとも、笑って「お前にリカはやらん!」と軽口を叩かれるぐらいには。それでも承太郎にリカの身を託したのは、軽口の裏に隠された信頼の証だと思っていた。ジョセフは承太郎以外にはリカの隣を歩ませることはしないだろうと、彼らを知る者なら皆がそう言うはずだ。
「おいおい、てめぇ、リカを混乱させるんじゃあねーぜ。今更ここを離れるわけねぇだろう。…友達もたくさん出来たと喜んでいたんだぜ」
どんなにもっともらしい理由を付けたって、リカがいなくなって1番困るのは承太郎に決まっている。
承太郎は珍しく焦っていた。1番の味方だと思っていた祖父が突然脅威に感じた。それは承太郎の心のどこかに、リカはジョセフが本気で頼んだら、言うことを聞いてしまうかもしれないという考えがあったからだ。
「…夢を…見るんじゃよ」
「は?」
「あの子と離れてから、良く夢を見るようになった。現実離れしておるんだが、まるで思い出のような夢なんじゃあ」
ジョセフは困っているようでわくわくとしているようでもあった。純粋な少年のようなその表情は、承太郎が見たことのないものだった。
「わしはもう、ずっとずっと前から、リカと一緒にいたような気がしているんじゃよ。50年前の戦いも、リカのおかげで勝てた気すらしている。妙な話だと思うだろう…わしがあの子と出会ったのは、ほんの3年前だというのに…」
ごくりと、ホリーか承太郎かどちらかの喉が鳴る。何かに酔っているように饒舌なジョセフだけが、その場の異様な空気に気付いていなかった。
「本当に、鮮明な夢なんだよ。そしてあの時わしは、あの子と一緒にいなければならない。それが当然のことで、運命なのだと…そう思った。もし失うことがあれば、わしの人生は人生とは呼べん」
どこか遠くを見たまま語るジョセフを冗談だろうと茶化すことは出来なかった。丸っ切り同じことを感じている。承太郎はそう思った。そしてそれを恐ろしく思った。それは自分自身でもコントロールできないような情熱なのだから。
ジョセフは思いを馳せるのをやめ、承太郎にくってかかった。
「それを承太郎〜〜!聞けば貴様最近リカを怒らせてばかりというじゃあないか!あの子を泣かせるようなことをしてみろっ!わしゃ許さんからのぉ〜〜ッ!!」
「ち、違うのよパパ。あれはリカが子供だけで夜遊びに出るなんていうから、私が心配で承太郎に見に行くよう頼んだのよ」
ホリーのフォローで何の話かだいたい分かった。承太郎はため息をついて帽子のつばを押さえた。確かに最近祭りに行くとかなんとかですったもんだがあったな。
「後をつけようと言ったのは花京院のやつだ。それに、リカの友達だけじゃあなくそのアニキだかなんだか、訳わからん中坊どもも混ざっていたんだぜ。だから最後は無理矢理連れて帰ったんだ。あいつが怒っているとしてもあんたにとやかく言われる筋合いないね」
「わしならもっと穏便にことを済ませるがねぇ〜。リカに悲しい思いさせんでもな!」
「てめぇその場にいなかったくせによく言うぜ」
「じゃーかぁーらぁあ!そんなに喧嘩ばかりならニューヨークに連れて帰ると言っとるんじゃ!!」
声を荒げるジョセフに本当にげんなりする。自分がいなかった間にリカとホリーで大袈裟に何か吹き込んだに違いない。
承太郎はこれ以上ジョセフと押し問答をする気にはならなかった。
「……で、リカはどこにいる?」
「部屋に戻っているわ。パパと話すのめんどくさいんですって!」
ケラケラ笑い始めたホリーにジョセフは「うぐぐぐぐ」と背中を丸めて熊みたいに唸っていた。
承太郎は2人を放置してリカの部屋に向かった。いつもより早足になっていたのは気のせいではない。
「ノックしてって言ってるでしょ。」
承太郎が部屋に入ったとき、リカは壁に背中を預けて座っていた。読みかけで持っている雑誌は20代向けのものだ。
すらりと延びた足を立ててつんとそっぽを向く姿は確かに小学生には見えない。
成長したのだ。この一年ほどで。それがまた承太郎を焦燥させる。
「…早めに機嫌を直してもらえると助かるんだが。じじぃを帰らせたけりゃあ尚更な」
「ジョセフ訳わかんないことばっかり言うんだもん」
「…ニューヨークに帰るって話か?」
「……。」
リカは雑誌を置いて膝を抱えた。
ぐっと眉をひそめる姿は怒っているようで寂しそうでもあった。
「ジョセフさぁ、…どこか悪いの?具合悪いなら、不安だから一緒にいてって…普通に言ってくれたらいいのに…」
それを聞いた瞬間、承太郎もリカと同じように眉根をひそめた。
嫌な予感が当たったような感覚がしたのだ。確かに、ジョセフの言うことは突拍子がなく、心配になるのも無理はない。しかしそれ以上に承太郎の心を満たしたのは、リカを自分の手から奪われたくないという欲だった。
すぐに近づいてきた承太郎にリカは咄嗟に身構えた。けれど大きな承太郎の前ではほとんど無意味で、すぐに頭の後ろに手が回って口付けられていた。子供同士にしては深いものだった。
「いいか、じじぃの言うことは…真に受けなくて良い。」
目の前の承太郎の瞳に、リカは自分が安心しているのか恐ろしく思っているのか分からなくなっていた。このままジョースターとの関係に甘えていていいのか不安なのだ。彼らといると、どこまでも飛んでいけそうな気もするし、底のない何かに沈み続けているような気もする。本当に、一緒にいることが正解なのか分からなくなるのだ。
「今日はもう、戻らなくても良いぜ。」
だけど確かに、その優しさと強さに救われてきた。
リカは承太郎と目を合わせると、体の力を抜いた。
「ううん、戻る。…相手してあげないとジョセフ可哀想だし」
出会い頭の満面の笑顔を思い出したら、リカも自然と笑ってしまう。
「やれやれだぜ」って呟く承太郎を見上げたら、少し複雑そうに顔をしかめていたけれど。
「そうだ、良いこと思いついた。」
「?」
少し隙間を空けてくれた承太郎の腕にしがみ付いた時には、リカの機嫌は完璧に治っていた。
「ねぇジョセフ!決めた!私アメリカに行く!」
「なっ、リカ……!それは本当か?…だが、そ、そのぉ……気を使って言っておるんなら、無理せんでも……」
にこにこして戻ってきたリカにジョセフは思っていた態度と違いすぎていて戸惑った。
それでももし、またリカと毎日一緒に過ごせるならこんなに嬉しいことはない。
おろおろしながらデレデレしてみせるジョセフは気付いていない。孫からとんでもなく冷めた視線を向けられていることを。
「ホリーさんと、承太郎と、のりくんとみんなでニューヨークに旅行行くね!」
「にゃ、にゃにぃ?!」
ジョセフは驚いてから、がっくりと肩を落として頭を押さえた。アメリカに来るって、帰ってくるんじゃあなくて、ただの旅行ね…。
「それは良いわねぇ〜!さっそく計画立てましょっ!学校はちょこっと休んじゃえば良いんだしぃ〜」
「じじぃはリカに会えるし、久々におばあちゃんにも会えるし一石二鳥ってとこか」
ノリノリな娘と孫にももはや何も言えない。
それに、先ほどまで機嫌を損ねていたリカも笑ってくれているので、ジョセフはそれだけで充分だと感じた。
「分かった分かった!今回はそれで良いってことにしよう……スージーのやつも喜ぶだろうなぁ」
「買い物いっぱいしなきゃ!ジョセフも付いてきてよね!」
はしゃいだリカがジョセフに飛び付いた。きっとその買い物の支払いはジョセフがすることになるだろう。彼女の体を支えながら、ジョセフは今のままで充分幸せなのだと思えた。これからは、彼女の未来の幸せを見守っていかなければならない。
もう夢の話はしないでおこう。ただ、目を閉じて……50年前に戻った自分と彼女の物語を楽しむのだ。
誰にも邪魔されない2人の時を、楽しむのだ。
