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「ねーねーホリーさん。ひょっとして日本って、バレンタインにチョコをあげたりする?」
「あら!よく知っているわねリカ!」
「だってどのお店でもチョコがたくさん並んでるから…『バレンタイン』って書いてあるし」
「そうなのよ〜!」
ぱちんと指を鳴らしてウインクするホリーは嬉しそうだ。エジプトへの旅から帰ってきたリカとの女子トークが楽しくてたまらないのである。
「日本ではね…恋する女子が、好きな男の子にその想いを込めてチョコレートを贈る日なのっ。ついでに告白なんかしたりしてっ!両想いになったりしてっ!!」
「ふぅん…おもしろいね。女の子の方からあげるんだ」
「はっ!……リカ……あなたもしかして、承太郎に手作りチョコを贈ろうと思ってる?!ッキャーーー!!なんて可愛いの!応援してるわ是非一緒に作りましょう!!」
「え?手作り……?」
リカはホリーの勢いに狼狽えた。チョコを手作りってどういうこと?!
あの甘いかたまりをどうやって自分で作るというのだろう。
直感でめんどくさそうと思い身を引いた。だって日本人って職人って感じだし、手間ひまかけるの大好きそうだから、絶対手作りチョコなんて大変に決まってる!
チョコは買いたい!ゴディバやピエールエルメやウィリーウォンカをたくさん並べてパーティしたい!日本で特に好きなのはポッキーだよ!
「わ、私はいいかな……チョコは食べるのが好きだし、アメリカではお花とかメッセージカードを贈り合っていたから…」
「えぇ〜つまんない。手伝ったげるからやりましょうよぉ〜日本式バレンタイン!」
「うぅ〜ん…」
「絶対楽しいからぁぁあ」
「ううぅ〜〜ん……」
ホリーにがくがく両肩を揺さぶられながら、リカは思った。そもそも承太郎、チョコそんなに好きじゃないのでは…?
でもホリーさんが作ったチョコは食べたいな。
そしてリカは最終的に、勢いよく「やる!」と頷いてしまったのだった。
(やれやれだぜ…。)
数日後学校から帰ってきた承太郎はいちはやく家の異変に気付いた。
台所でのホリーとリカの会話を盗み聞きしていたのでここ何日かずっと若干の緊張感を持って生活していたのだ。気付くとリカとのバレンタインを考えてしまって学校どころではなかった。表向きは涼しい顔をしていたけども。
なので玄関までただよってくる甘い香りがチョコレートのものであるということに一瞬で気が付いた。かつてこれほどまでに楽しみなバレンタインがあったろうか。
ちらりと壁にかけてあるカレンダーを見やる。今日は12日か……作るのに早すぎるってことはねぇな。
足早に台所に辿り着いて驚いた。
「……おいリカ…そりゃ一体なんだ?」
台所にどどん!と置かれた巨大なテーブルにずらりと丸い形のチョコが並んでいた。いわゆるトリュフチョコレートというやつである。
50……いや、それどころではない。100個はある。リカはそれらに一生懸命ココアパウダーを振りかけていた。どう考えても多すぎるその数に承太郎は狼狽えている。
声をかけられて振り向いたリカはぐったりとしていた。学校でも使っているエプロンと三角巾姿に承太郎はぐっときていた。
「なんか…学校でバレンタインの話したら、みんなと交換っこすることになっちゃって……そしたら、男子が混ざってきて…他のクラスの子たちも混ざっちゃって……いっぱい作らなきゃいけなくなったの」
大変すぎるから1人1個だけどね。
アンニュイにため息をつくリカ。
話を聞いた承太郎はもちろんイラついていた。
てっきり自分のために作ってくれると思っていたのに、ここまで労力を使って他の野郎どもに配るなんて聞いてない。
「なんか承太郎帰ってくるの早かったね」
今更きょとんとしているリカに悪気がないのなんかわかっているが、憎たらしく見えてしまう。ずいぶん年下の少女に少しばかり色気のあることを考えていた自分が悪いのだろう。
「……おふくろは?」
「さっきまで一緒に作ってたけど、夜ご飯の買い出しに行ったよ。あ、承太郎味見する?」
「いらねー。匂いだけで胸焼けしてくるぜ…俺は部屋に戻るからな。それが片付くまで飯は食わねー」
「はーい」
空返事で作業に戻るリカはもはや承太郎への興味をなくしているように見える。エジプトへの冒険でそれなりに気持ちが通じたかと思っていたのだが…平和に慣れたリカにとっては、承太郎は良き兄のようなものになってしまったのだろうか。自分だけが本気でいるようでもどかしい。
なすすべなく目の前の少女の背中を見つめていたら、ふと承太郎の目の端に光沢のある袋が映った。
「…そっちの袋は?それだけ別にしてあるのか?」
「それ触らないで!のりくんのだから。絶対触らないで!」
「……。」
もはや背中を向けたまま厳しい言葉をかけられる。わずかな希望もついえた承太郎は無言で部屋に向かった。
離れていく足音を聞きながら、リカはちらりと少しだけその姿を見送った。
「どうしようかな……」
なんとか全てのチョコを袋に詰めたその夜、リカは改めて部屋で机に向かっていた。目下にはお気に入りの便箋が敷いてある。
今から承太郎にバレンタインの手紙を書くのだ。
エジプトへの旅から帰ってきて、承太郎はときどきリカに怒っているように不機嫌になることがあって、何を考えているのかよく分からない。
夜ご飯のときだって全然喋らなかったし、いつもは隙あらばべたべたしてくるのになんだか避けられてる感じがした。
ホリーさんは「反抗期なんだから」って呆れてたけど、何か嫌われるようなことをしたんじゃないかと思って不安になる。ずっと承太郎といたいけど、それが叶わないような気がしてくるのだ。
(やっぱりチョコそんなに好きじゃないんだな……アイスは食べるのに)
一生懸命作ってたのにあんなに嫌そうな顔しなくても。
でもいいや。最初から承太郎にはチョコを作る気なんてなかったから。
リカは机の上のペンを取った。承太郎の真似して買ったボールペン。何をするにも1番最初に承太郎のことを考えている。リカにはそれが当たり前のことだった。
(長すぎると重いよね…?)
承太郎へ
承太郎は乱暴だし怒ると怖いけど、
本当は優しくて王子様みたいだから大好き。
受験勉強がんばってね。
あと、強いところも。
リカより。
「…これでいいかな」
きれいに折って封筒に入れた。最後にハートのシールを貼ってその手紙で顔を仰ぐ。
「なんか恥ずかしくなってきた」
そわそわしたのでトイレに行って水を飲んでから眠りについた。
2月14日。
リカは急いで家に帰ってきた。片手には女子の友達からもらったチョコの袋。もう片方の手には小さな花束を持っている。1番近くのお花屋さんで用意してもらったものだ。
承太郎の方が遅くに帰ることはわかっていたので、花束と手紙を玄関に置いてから友達と遊ぶためにもう一度空条家を出て行った。
それから2時間ほどして、今度は承太郎が家のドアを開けた。大きな紙袋にしこたまチョコが入っている。
毎年のことではあるが大変な1日だった。
直接渡してくる女子に「チョコは得意じゃあねーんだ。悪いな」と丁重に断り、しつこい女子には「うっとおしい!しつこいんだよ!!」と怒鳴って断り、勝手に机や下駄箱に入っている分だけ捨てるわけにもいかないのでこうして持って帰ってきたというわけだ。だが全然いらん。リカが作るものとここまで価値が違うとは。
「帰ったぜ。……ん?」
すぐに玄関を上がったところに花束が置いてあることに気付いた。懐かしい薔薇を中心とした花束だ。リカと出会って間もないころ、彼女が泣くのがどうしても嫌で、衝動的に買ってきたことがある。白くて花弁の先だけ薄いピンクのそれが、彼女に似合う気がしたから。
思えば薔薇を渡したときに見せてくれたあの笑顔に、ずっと囚われているのかもしれない。薔薇のツルに絡め取られたように、今も少しだけ痛みをともなっている。
「あいつ……こういうことか」
反射的にリカからの花束だと予感して近づき、手紙がくっついているのを見て確信した。
可愛らしいイルカの封筒にハートのシールがくっついている。あまりに自分に似合わないので苦笑した。
ぽいと持っていたチョコの袋を手放し、花束を拾い上げる。
すぐに開いた短い文面の手紙を読んで、承太郎の時が止まった。(スタープラチナは使っていない。)
「あらぁ〜おかえりなさい承太郎!今年もすごい数のチョコね!ママ楽しみにしてたのよぉ〜!もうバレンタイン用に冷蔵庫買おうかしらっ。な〜んてね!うふふ!」
ドアが開いた音を聞いてやってきたホリーは重い紙袋と散乱しているチョコの箱やらを拾ってうきうきとしている。
それから靴箱に突っ伏したまま動きのない息子を見つけてぱちぱちと瞬きをした。
「どうかしたの承太郎?…そういえば、リカがあなたのためにお手紙書いたんですって!もう読んだの?なんて書いてあった?!」
追い打ちである。
リカが書いた“大好き”の言葉に胸を撃ち抜かれていた承太郎は、全く顔を上げることができなかった。彼女のその一言よりも心を乱すものなんて存在するのだろうか。いや、しない。
「ただーいまっ。あっ!じょ、承太郎……え?帰るの早くない?!」
勢いよく帰ってきたリカはすぐに承太郎と彼が大事に抱えている花束を見つけて慌てた。
本当は承太郎が帰る前に自室に引っ込もうと思っていたのに。
「ああ……急いで帰ってきたんだぜ」
目が合ったら、やっぱり恥ずかしくなってきた。いつだってまっすぐ見つめてくる彼の目に、あのときより少しだけ成長した少女が映っている。目を伏目がちに泳がせて、薔薇と同じく少しだけ頬をピンクに染めた。
「…今日、バレンタインだから…。…アメリカでは、こうするの…っ」
言い終わる前に承太郎はリカの細い腕を引いて自分の両腕に掻き抱いた。
そのまま抱き上げてずるずると家の中に連れて帰る。もう離せる気がしない。いっそくっついてしまいたいと思う。
「んむむむむむ!」
「そういや新しくできた喫茶店に行きたいとか言っていたな。これから連れて行ってやるよ」
「むむむむむむ!」
「なんでも頼みな。パフェでもケーキでも」
「むっむー!(やったー!)」
「待ちなさい承太郎!リカは靴を履いたままよ!」
ぽろぽろと持っているチョコレートを落としながら、ホリーがにこにことその後を追った。