■特撮恐竜(SS)
【有働ノブハル様
本日15時にお待ちしております。】
一文だけ書かれた手紙が有働家のポストに入っていた。
「兄さん、これ。」
スピリットベースに向かう準備をするノブハルに妹の優子が手紙を手渡してきた。
薄い桃色の便せんに綺麗な、丁寧な文字で書かれていた。
切手が貼っていない。
ましてや差出人の名前もない。
「誰からのお手紙かしら~。」
優子が手紙を覗くと口元をニヤつかせている。
ノブハル宛に女性から手紙が届くことなど仕事の依頼以外ほとんどない。
ましてや「お待ちしております。」など思わせぶりな文面にモテない兄を心配する妹としては少しばかり期待をしてしまう。
「でも、場所が書いてないわね。…イタズラかしら?」
微かに甘い花の香りがする便箋。
「しっかりね。」
手紙を見つめたまま黙っているノブハルの肩を叩いた。
思い出したかのようにノブハルが顔を上げると家の壁掛け時計が目に入った。
時計の針は16時を過ぎていた。
急いでハンガーに掛けられた青い作業着を引っ張り、肩に羽織った。
「兄さん!?どうしたの?」
「出かけてくる!」
短く告げると、愛車のマルフク丸に乗り込んだ。
エンジンをかけようと鍵に回す手が震えた。
緊張、なのだろうか?
アクセルを強く踏み、あの場所を目指した。
確証はない。
イタズラかも知れないし、罠かも知れない。
だけど、彼女が待っていると思うと向かわずにはいられなかった。
デーボスが復活した。
きっと今まで以上の激しい戦いが始まる。
仲間たちは今も街の見廻りをしている。
(僕は何をしている…。)
自問自答を繰り返した。
マルフク丸が目的地の駐車場に到着するとノブハルは飛び降りた。
緑に囲まれ整備された庭園。
ここには何度も仕事で訪れていた。
そして、彼女とここで会ったこともある。
「…はぁ、…はぁ、…はぁ。」
息を切らし、辿り着いた。
庭園の中央に備え付けられたガゼボと白いベンチ。
そこに彼女はいた。
「…いた。」
淡いピンク色のワンピースを見に纏った人間体の彼女がベンチに座っていた。
今にも雪が降り出しそうな曇り空を眺めながら、冷え切った指先を擦り合わせていた。
「…キャンデリラ?」
ノブハルが警戒を滲ませながら声を掛ける。
顔を上げたキャンデリラはノブハルの姿を確認した。
「良かった!来てくれたのね!」
立ち上がり、満面の笑顔でノブハルに近付いてきた。
ノブハルの手を取り、はしゃぐ姿は普通の女性に見えた。
「すまない、遅くなってしまって…。」
キャンデリラの冷え切った両手に包まれ、どれだけの時間をここで一人きりで待っていたのだろうと思った。
素直に謝罪を口にすると、キャンデリラは頭を横に振った。
「いいわ!来てくれただけで嬉しいわ。」
微笑む彼女に絆される。
しかし、それが本心なのか、罠なのか、喜びの戦騎としての性分なのか…。
(何か企んでいるかも知れない…。)
そっとキャンデリラの手を離す。
ノブハルは気を引き締めるように自分の頬を強く叩いた。
「でも、あの手紙で来てくれるなんて。」
キャハハ、と笑うキャンデリラにノブハルは真剣な眼差しを向けた。
「すぐに、君からだと分かったよ。」
そう言われ、キャンデリラは驚いたように目を丸くした。
真っ直ぐにこちらを見つめるノブハル。
純粋すぎるほど真っ直ぐな瞳が綺麗で…綺麗過ぎて苦手だった。
「僕になにか用があるんだろう?」
敵同士であるにも関わらず真摯に話を聞こうとしてくれる。
今までそんな人間はいなかった。
ましてや、同じデーボス軍の仲間でもいなかった。
キャンデリラは少しの戸惑い、迷い、そんな表情を浮かべる。
そして意を決したようにまたノブハルを見上げた。
「あなたに…あなた達にラッキューロのことをお願いしたいの。」
思いがけない彼女の言葉にノブハルは耳を疑った。
「ラッキューロを、お願いしたい…?」
「えぇ。」
真摯な声色、ここまで真面目に向き合ってくれる彼女を初めて見た。
彼女と会っていた時間はそこまで多くはない。
むしろ敵として対峙しているばかりだ。
しかし、今目の前にいるのはデーボス軍の幹部としての冷酷で無責任な喜びの戦騎ではなく、ただ一人の人間の女性だった。
「デーボス様が復活をされて、デーボス軍にラッキューロが必要なくなっての。そのまま解雇されることになったわ。」
「そんな…必要がなくなれば切り捨てるのか。」
仲間でさえ容赦無く切り捨てるデーボス軍のやり方が改めて頭にきた。
右足が強く大地を踏みつける。
拳を強く握りしめると怒りで震えた。
「殺さないのはカオス様の優しさよ。」
ノブハルの拳をとり、キャンデリラはそっと続けた。
「根はとっても優しい子なの。ねぇ?ラッキューロをお願い。」
キャンデリラの冷たい手、しかし触れ合ったところから温かさを確実に感じた。
それはキャンデリラの心の温かさのようにも感じた。
ノブハルは返答に困っていた。
どうするのが良いのか、何が正解なのか、一人で決めて良いのか…。
いろんな考えが頭を巡り答えが見つからなかった。
「あなたしか…頼れる人がいないの…。」
戸惑っているノブハルにキャンデリラは肩を落とした。
悲しそうな表情に胸が締め付けられた。
(キャンデリラのそんな顔は見たくない。)
心がそう告げた。
大きく息を吐くと、握られた手を離した。
そしてキャンデリラの肩を掴み、彼女の瞳を覗き込んだ。
「よし!わかった、ラッキューロのことは引き受けるよ。」
「本当に!?」
ノブハルの返答にキャンデリラは笑顔を戻した。
そして続けるようにノブハルはこう提案した。
「その代わり、君も一緒だ。」
「…どういうこと?」
不思議そうにノブハルの瞳を見つめ返した。
肩に置いた手に力が入る。
息を大きく吸って、言った。
「君と戦いたくないんだ。」
その言葉にハッとした。
吸い込まれそうなほどの真っ直ぐな、真剣な瞳。
それが急に怖くなった。
肩に置かれた手を払い除けると数歩下がって距離を取った。
「私は、…だって、わた、し…。」
「君がデーボス軍だなんて関係ない。」
自分を抱き締め、肩を震わすキャンデリラにノブハルは羽織っていた作業着をそっと掛けた。
「…なぜ、そんなことを言うの?」
無意識のうちに作業着を強く握り締めていた。
全身に震えが走る。
(悲しみ?戸惑い?怒り?迷い?不安?…喜び?)
知らない感情がぐるぐると駆け回り支配してくる。
「僕は、君のことが!!」
そこまで言いかけるとノブハルは驚きで声が出せなかった。
シャツの胸元を掴まれ、引き寄せられた。
キャンデリラの柔らかい唇がノブハルの厚い男らしい唇を塞いだ。
「…それ以上は言っちゃダメよ。敵、同士だもの。」
ゆっくりと唇が離れていく。
ふわりと甘い香りがノブハルの鼻を掠めると、急激に意識が遠のいていく。
キャンデリラの魔力だと気付いた時には既に立っている事すらままならなかった。
「それじゃ、ラッキューロのことはお願いね。バイバーイ。」
いつものような無責任な笑顔を浮かべて手を振った。
ノブハルに背を向け歩いていく。
「キャン、デリラ…行っちゃ、ダメだ、」
遠のく意識の中、その背中に叫ぶ。
しかし、彼女は止まることも振り返ることもせずに消えてしまった。
「…キャンデリア、ダメだ」
ノブハルの意識はそこで途絶えた。
氷結城に戻ったキャンデリラは城に入る前にノブハルの上着を脱いだ。
お世辞にも綺麗とは言えない作業着だが、ノブハルの仕事に対する熱心さや一生懸命さが伝わってくる。
「…言えるわけないわ、あなたが好きだなんて…。」
作業着を抱き締めたまま、呟いた言葉は今にも泣き出しそうな灰色の空に虚しく掻き消されていった。
fin
Even though I love you.
(愛してるのに…)
本日15時にお待ちしております。】
一文だけ書かれた手紙が有働家のポストに入っていた。
「兄さん、これ。」
スピリットベースに向かう準備をするノブハルに妹の優子が手紙を手渡してきた。
薄い桃色の便せんに綺麗な、丁寧な文字で書かれていた。
切手が貼っていない。
ましてや差出人の名前もない。
「誰からのお手紙かしら~。」
優子が手紙を覗くと口元をニヤつかせている。
ノブハル宛に女性から手紙が届くことなど仕事の依頼以外ほとんどない。
ましてや「お待ちしております。」など思わせぶりな文面にモテない兄を心配する妹としては少しばかり期待をしてしまう。
「でも、場所が書いてないわね。…イタズラかしら?」
微かに甘い花の香りがする便箋。
「しっかりね。」
手紙を見つめたまま黙っているノブハルの肩を叩いた。
思い出したかのようにノブハルが顔を上げると家の壁掛け時計が目に入った。
時計の針は16時を過ぎていた。
急いでハンガーに掛けられた青い作業着を引っ張り、肩に羽織った。
「兄さん!?どうしたの?」
「出かけてくる!」
短く告げると、愛車のマルフク丸に乗り込んだ。
エンジンをかけようと鍵に回す手が震えた。
緊張、なのだろうか?
アクセルを強く踏み、あの場所を目指した。
確証はない。
イタズラかも知れないし、罠かも知れない。
だけど、彼女が待っていると思うと向かわずにはいられなかった。
デーボスが復活した。
きっと今まで以上の激しい戦いが始まる。
仲間たちは今も街の見廻りをしている。
(僕は何をしている…。)
自問自答を繰り返した。
マルフク丸が目的地の駐車場に到着するとノブハルは飛び降りた。
緑に囲まれ整備された庭園。
ここには何度も仕事で訪れていた。
そして、彼女とここで会ったこともある。
「…はぁ、…はぁ、…はぁ。」
息を切らし、辿り着いた。
庭園の中央に備え付けられたガゼボと白いベンチ。
そこに彼女はいた。
「…いた。」
淡いピンク色のワンピースを見に纏った人間体の彼女がベンチに座っていた。
今にも雪が降り出しそうな曇り空を眺めながら、冷え切った指先を擦り合わせていた。
「…キャンデリラ?」
ノブハルが警戒を滲ませながら声を掛ける。
顔を上げたキャンデリラはノブハルの姿を確認した。
「良かった!来てくれたのね!」
立ち上がり、満面の笑顔でノブハルに近付いてきた。
ノブハルの手を取り、はしゃぐ姿は普通の女性に見えた。
「すまない、遅くなってしまって…。」
キャンデリラの冷え切った両手に包まれ、どれだけの時間をここで一人きりで待っていたのだろうと思った。
素直に謝罪を口にすると、キャンデリラは頭を横に振った。
「いいわ!来てくれただけで嬉しいわ。」
微笑む彼女に絆される。
しかし、それが本心なのか、罠なのか、喜びの戦騎としての性分なのか…。
(何か企んでいるかも知れない…。)
そっとキャンデリラの手を離す。
ノブハルは気を引き締めるように自分の頬を強く叩いた。
「でも、あの手紙で来てくれるなんて。」
キャハハ、と笑うキャンデリラにノブハルは真剣な眼差しを向けた。
「すぐに、君からだと分かったよ。」
そう言われ、キャンデリラは驚いたように目を丸くした。
真っ直ぐにこちらを見つめるノブハル。
純粋すぎるほど真っ直ぐな瞳が綺麗で…綺麗過ぎて苦手だった。
「僕になにか用があるんだろう?」
敵同士であるにも関わらず真摯に話を聞こうとしてくれる。
今までそんな人間はいなかった。
ましてや、同じデーボス軍の仲間でもいなかった。
キャンデリラは少しの戸惑い、迷い、そんな表情を浮かべる。
そして意を決したようにまたノブハルを見上げた。
「あなたに…あなた達にラッキューロのことをお願いしたいの。」
思いがけない彼女の言葉にノブハルは耳を疑った。
「ラッキューロを、お願いしたい…?」
「えぇ。」
真摯な声色、ここまで真面目に向き合ってくれる彼女を初めて見た。
彼女と会っていた時間はそこまで多くはない。
むしろ敵として対峙しているばかりだ。
しかし、今目の前にいるのはデーボス軍の幹部としての冷酷で無責任な喜びの戦騎ではなく、ただ一人の人間の女性だった。
「デーボス様が復活をされて、デーボス軍にラッキューロが必要なくなっての。そのまま解雇されることになったわ。」
「そんな…必要がなくなれば切り捨てるのか。」
仲間でさえ容赦無く切り捨てるデーボス軍のやり方が改めて頭にきた。
右足が強く大地を踏みつける。
拳を強く握りしめると怒りで震えた。
「殺さないのはカオス様の優しさよ。」
ノブハルの拳をとり、キャンデリラはそっと続けた。
「根はとっても優しい子なの。ねぇ?ラッキューロをお願い。」
キャンデリラの冷たい手、しかし触れ合ったところから温かさを確実に感じた。
それはキャンデリラの心の温かさのようにも感じた。
ノブハルは返答に困っていた。
どうするのが良いのか、何が正解なのか、一人で決めて良いのか…。
いろんな考えが頭を巡り答えが見つからなかった。
「あなたしか…頼れる人がいないの…。」
戸惑っているノブハルにキャンデリラは肩を落とした。
悲しそうな表情に胸が締め付けられた。
(キャンデリラのそんな顔は見たくない。)
心がそう告げた。
大きく息を吐くと、握られた手を離した。
そしてキャンデリラの肩を掴み、彼女の瞳を覗き込んだ。
「よし!わかった、ラッキューロのことは引き受けるよ。」
「本当に!?」
ノブハルの返答にキャンデリラは笑顔を戻した。
そして続けるようにノブハルはこう提案した。
「その代わり、君も一緒だ。」
「…どういうこと?」
不思議そうにノブハルの瞳を見つめ返した。
肩に置いた手に力が入る。
息を大きく吸って、言った。
「君と戦いたくないんだ。」
その言葉にハッとした。
吸い込まれそうなほどの真っ直ぐな、真剣な瞳。
それが急に怖くなった。
肩に置かれた手を払い除けると数歩下がって距離を取った。
「私は、…だって、わた、し…。」
「君がデーボス軍だなんて関係ない。」
自分を抱き締め、肩を震わすキャンデリラにノブハルは羽織っていた作業着をそっと掛けた。
「…なぜ、そんなことを言うの?」
無意識のうちに作業着を強く握り締めていた。
全身に震えが走る。
(悲しみ?戸惑い?怒り?迷い?不安?…喜び?)
知らない感情がぐるぐると駆け回り支配してくる。
「僕は、君のことが!!」
そこまで言いかけるとノブハルは驚きで声が出せなかった。
シャツの胸元を掴まれ、引き寄せられた。
キャンデリラの柔らかい唇がノブハルの厚い男らしい唇を塞いだ。
「…それ以上は言っちゃダメよ。敵、同士だもの。」
ゆっくりと唇が離れていく。
ふわりと甘い香りがノブハルの鼻を掠めると、急激に意識が遠のいていく。
キャンデリラの魔力だと気付いた時には既に立っている事すらままならなかった。
「それじゃ、ラッキューロのことはお願いね。バイバーイ。」
いつものような無責任な笑顔を浮かべて手を振った。
ノブハルに背を向け歩いていく。
「キャン、デリラ…行っちゃ、ダメだ、」
遠のく意識の中、その背中に叫ぶ。
しかし、彼女は止まることも振り返ることもせずに消えてしまった。
「…キャンデリア、ダメだ」
ノブハルの意識はそこで途絶えた。
氷結城に戻ったキャンデリラは城に入る前にノブハルの上着を脱いだ。
お世辞にも綺麗とは言えない作業着だが、ノブハルの仕事に対する熱心さや一生懸命さが伝わってくる。
「…言えるわけないわ、あなたが好きだなんて…。」
作業着を抱き締めたまま、呟いた言葉は今にも泣き出しそうな灰色の空に虚しく掻き消されていった。
fin
Even though I love you.
(愛してるのに…)
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